べちょっ。
「あ」
「ちょっと何やってんの」
「……ゴリゴリくんが……僕のゴリゴリくんがー!!」
「こんな暑いのにダラダラ食べてるからそうなったんでしょ? 自業自得よ」
「ピーナッツバターコーラ味だったのに……期間限定の激レアなのに……たまたまあの駄菓子屋にあったのに……うぅ」
「あ~もうウッサイ。じゃあ私とジャンケンして勝ったら買ってあげる。それでいい?」
「いやいらない。あんま美味しくなかったし」
「え~……」
暑苦しいアブラゼミの鳴き声が響き渡る嫌味ったらしいくらいに晴れた空の下、ホームセンターで買った安物の麦わら帽子を被ったタンクトップ姿のイッシン少年とシンプルだが上品な雰囲気を纏った白いワンピースを着るせっちゃんが無情にも地上へ落下してしまったアイスについて話し込んでいる。
フレーバーの奇抜さはひとまず置いておくとして、この光景自体はどこにでもある夏の一幕であり、深層心理的ではあるが彼等はこの瞬間を酷く気に入っていた。お気に入りのアイスを食べている中、炎天下で多少茹だった頭をフル回転させて友人との会話に集中するあまりアイス落下の悲劇に見舞われるなんてイベントは、夏における理想的なアンラッキーだからだ。そして上述の会話の終わりはいつも笑いで締め括られる。これ以上の素朴な幸せはこの世に存在しないと言わんばかりに。
「あ~あ、アイスも無くなっちゃったし。どうするかな」
「取り敢えず手ぇ洗いなよ。ベトベトで気持ち悪いでしょ」
「ふっふ~ん♪ 残念だったね。僕の開発した天才的持ち方の効果で全然汚れてないもんねぇ!」
「じゃあ半ズボンは? 割とガッツリ付いてるけど」
「なっ!いつの間に!?」
「アンタがアイス落とした時だよ」
コントのような軽妙なやり取りに思わず呆れ笑いを浮かべたせっちゃんだったが、瞬間なにかを察知したかのようにピクッと反応すると、急にイッシン少年の手を握って走り出した。彼女の思いがけない行動に面食らったイッシン少年だったがもつれる足を何とか動かして転ぶのを回避する。だが、そんな様子などお構いなしにせっちゃんはスピードを緩めることなく舗装されていない砂利道を駆け抜けた。
「ど、どうしたのせっちゃん」
「またガイジンさんが来たみたい。それも二人。一人はこの前来てた白黒の人っぽいね」
「えっホント!? てかなんで分かったの?」
「女の勘ってやつよ」
「ドラマで良く聞くけどなんなのそれ。女の人はみんな超能力者かなんかなの?」
「そうよ」
「………えマジで?」
そうこうしている内に二人は駄菓子屋の前で立ち止まった。古びた木造家屋の正面には薄汚れた赤い幌が日差しから来客を守るように前へせり出している。その奥ではレタス太郎やサバサバしてんじゃねーよ等の昔懐かしい駄菓子が所狭しと鎮座しており、片隅には50円でプレイ出来る朱色の筐体が二台置かれていた。ゲームタイトルは……パワードギアとサイバーボッツと書かれている。
「さっきアイス買ったところじゃん。ガイジンさんは?」
「大丈夫。もうすぐ向こうから――ほら来た」
せっちゃんの言葉通り、駄菓子屋から10mほど離れた小さな交差点の角から二人の男女が姿を現した。一人は以前会った時にカミソリ・ジョニーと名乗った白黒のガイジンさん。そしてもう一人はピンク色のショートカットが良く似合う美人のガイジンさんだった。目鼻立ちは凜としていて体型もモデルさんみたいにシュッとしている。というか。
「せっちゃん。あの人ってせっちゃんのお姉さん?」
「違うよ。なんで?」
「だってスゴい似てるよ。顔とか髪の色とか」
「
二人が話している内にガイジンさん達はどんどん歩を進めて来ており、遂に彼等の目の前に到着した。遠くからでも分かってはいたが白黒のガイジンさんはこの前会った人で、ピンクのガイジンさんはやっぱりせっちゃんに似ていた。
「こんにちは。この前振りだねイッシン君」
「うん! この前振り! オジサンはやっぱり白黒だね!」
「ハハハッ――白黒か」
「それでその、隣のお姉さんは?」
「……セレン・ヘイズだ。お前のオペレーターをしている」
「? オペ? 僕の? それってどういう…………っ!」
刹那、イッシン少年の脳裏に知らないはずの記憶が鉄砲水の如く流れ込んでくる。巨大な橋でロボット達が戦っているシーン、大きな農場が焼けるシーン、足の付いた建物を壊しまくるシーン、そして最後に赤いロボットと死闘を繰り広げるシーン。
全く身に覚えが無い。だが覚えてる。確かに
「ねぇどうしたの?」
「せっちゃん、ごめん。なんか僕変みたいで……」
「前から変じゃない。それとも美人のガイジンさんと会ってテンション上がっちゃった?」
「べ、別にそんなんじゃ――」
「なら大丈夫だよ。
「……そうだパシィーンッ!!
突如、イッシン少年を中心として軽快で大音量の破裂音が周囲に鳴り響いた。彼の視線は正面から何故か横方向へ急に流れ、その様子を見ていたジョニーとせっちゃんは目を丸くしている。数秒後、ヒリヒリとした痛みが頬に走り始めた。芯に来る鈍痛ではない。どちらかと言うと音だけに特化させたパフォーマンス性の高い痛みだ。
横方向へ流れた視線を前に戻すと、セレンと名乗ったガイジンさんは右腕を平手で振り抜いたままの状態でこちらを見つめていた。苛立ちの目では無い。怒りの目では無い。哀れみの目でも無い。これは……心配の目? だとしてもイッシン少年からすれば見ず知らずの女性にいきなりビンタされるなど到底受け入れ難かった。心の整理が追い着かない。未知の恐怖で涙目になる。
「え? いや……なんパシィーンッ!!
再び振り抜かれる右腕。今度は手の甲が頬にクリーンヒットしてイッシン少年の視界が横に振れる。やはり痛みは少なく、本気で傷付けようとはしていない。だから余計に理解できない。この人は何がしたいのだろうか。とにかくこれ以上のビンタは止めさせなければ。イッシン少年は恐怖で震える足に渇を入れてセレンを睨んだ。
「やめろよ!さっきからなんなんだよアンタ!!」
「私を忘れておきながら私のイメージと親しげに話すのが気に食わん。この私を忘れておきながらな」
「イメージ? なに言ってんだよ! せっちゃんはアンタのイメージなんかじゃない! 僕の友達だ!」
「ならいつ出会ったか覚えているか?」
キッと睨んでセレンを威嚇するイッシン少年に彼女は無遠慮なほど尖った質問をぶつける。当たり前だろとイッシン少年はせっちゃんとの出会いを口に出そうとして、そこで絶句した。
覚えているいないのレベルではない。何とか引き出そうと掻き集めようとした記憶の断片すら脳内に見当たらないのである。理解できない。なんでせっちゃんとの思い出がないんだ。あんなに遊んだのに。あんなに笑い合ったのに。助けを求めるようにイッシン少年はせっちゃんを見る。彼女なら教えてくれるはずだ。だってせっちゃんだもん。
そうして彼女の顔を見たイッシン少年の目に映ったのは、
「ひっ……!」
「なんで思い出せないの? あんなに遊んだのに。あんなにアソんだのに。アンナニアソンダノニ」
「そうだな。お前はイッシンと沢山遊んでくれたようだ。その点は感謝している」
顔のないせっちゃんの顔がセレンの方にグルンと向く。表情は分からない。だが多少困惑していそうなのは雰囲気で掴める。
「だがお前がAMSに住み着くなにかである以上、外で何が起こっているかは分かっているはずだろう。その解決にイッシンが必要なんだ。彼を返して欲しい」
「モうあブないメにアわセない。しナせなイ。そレがワたシのシめイ」
「ならその使命を私が外で受け継ぐ。イッシンは絶対に死なせない」
セレンは確固たる覚悟を持って言い放った。この世界が搭乗者の全てを電気信号化したAMSで構成された世界である以上、ここの住人たる顔のないなにかは全てを感じ取る。この世界に入り込んだ者の脈拍も、思考も、感情も全てだ。だからこそ分かる。彼女に嘘偽りは無い。なにかは思案する。向こうの世界で起きていることとイッシン少年の安全を天秤にかけ、そして。
「――どウマもル」
「私はイッシンのオペレーターだ。理由はそれで十分だろう」
「………」
「……せっちゃん」
声がした方向をなにかが見ると、そこには悲しそうな目をしたイッシン少年が指を弄りながら所在なげに視線を送っていた。おそらく彼は気付き始めている。そうである以上、自我が覚醒するのも時間の問題だ。なにかはおもむろに右手を前に出すと、指先からポワッとした光が漏れ出す。
「きミのキおくをカえす」
「うん」
「コこヨりソとのセかいはきビしイ。そレでもかエルのカ?」
「……うん」
「こノせかいハたのシかっ」
「楽しかった! 絶対、絶対また来るから!!」
「……そウか」
なにかの指先から切り離された光はイッシン少年の胸の辺りに触れ、まるで染み渡るようにすぅーっと入った。刹那、イッシン少年の身体が光に包まれてその姿がどんどん大きくなっていく。同時に
「おはよう、セレn」
バッシィーーン!!!
「ぶっへぇ!? なんで? いまなんで!?」
「私を心配させた罰だ。もう一発いくぞ」
「えっいやちょタn」
ブァッシィーーン!!!
「ぶあっはぁ?!」
「……感動の再会だねぇ」
【ランク18】キドウ・イッシン 現世に帰還
いかがでしたでしょうか。
やっぱりこう、主人公がいるっていいよね。
励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。