凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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馴染みのお店で面識の無い美人の隣席へ強制移動させられて、とりあえず口説けよって煽てられても困るよね。白石麻衣似の美人でした。失敗したな。


119.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅰ

「つまらない……つまらないわ」

 

 

操縦に特化して作られたネクストのコックピット空間はリンクスの精神的圧迫感解消のためにある程度の余裕を持たせているが、お世辞にも決して広いとは言えない。精々大きめのリクライニングチェアが関の山と言った所だろう。そんな狭いコックピットにも関わらず、その女性はまるでキングベッドに横たわっているかのようなリラックスした体勢で視線の先の全周囲モニターを見遣った。

 

降伏勧告から既に一分経つが、彼方(あちら)が動く気配が一向に見られない。まさか本当に降伏勧告を吞んだというのか。だとしたら野良犬の割に良いオツムをしている。ご褒美に鳴かせてあげようかしら。女性は思わず舌舐めずりをする。

 

アングロサクソン系の白人である彼女の特徴は間違いなく程よく垂れた目尻と、口元にある妖艶な二つ並んだホクロだろう。そこにリンクススーツ越しでも分かる抜群のプロポーションが合わされば誰しも一見して「イイ女」だと言うに違いない。だが昔の偉人は言った。綺麗な薔薇には棘があると。

 

彼女――メアリー・シェリー――が(まさ)しくそれに当たる。彼女の特技は二つ。徹底的に相手を蹂躙(じゅうりん)し、甚振(いたぶ)り、被虐し、その先に待つ快感を開花させるサディスティックな才能。そしてもう一つは、そのサディスティックな才能から繰り出される相手の急所を的確に狙い澄ました正確無比な狙撃である。それこそBFFの基本設計思想である「長距離狙撃」を決定付ける程に。

 

 

「でも――物分かりの良い野良犬は嫌いよ?」

 

《ヤッホー。調子はどうだい》

 

「……急に回線を開かないでくれるアンミル」

 

《あっ♡ その蔑むような眼差し、イイネ!》

 

「用件は? いくら貴方でも下らない用件なら切るわ」

 

 

プロメシュースのコンソールパネルに現れたのは相も変わらず赤いチュニックを着用した一神(いっしん)ことアンミル・アンフィンだ。例の如く背後から鳩やらリボンやらを繰り出している彼は紅茶を嗜んでいるようで、片手に持つソーサーには小さめのスコーンが一つ鎮座している。そしてもう片方の手に持ったティーカップを口元に近付けてクイッと一口含み、嚥下すると悪戯な笑みを浮かべながら彼女に語り掛けた。

 

 

《なに、ちょっとしたTipsでも提供してあげようかと思ってね》

 

「なら勿体振らないで早く教えなさい。LOSERSなんて屈辱的な名前に我慢してるのだから、その権利くらいあるはずよ」

 

《焦るなよメアリー・シェリー。安心してもう数秒待つといい。そうすれば………ほぅら来た》

 

 

アンミルの声に呼応するように、プロメシュースのメインカメラに反応が現れる。長距離狙撃用にカスタマイズされた特注のFCSは米粒以下の僅かな機影を見逃すこと無く捕捉した。表示されたデータは【ストリクス・クアドロ】と【アンビエント】の二つ。つまり名実ともに当代最高峰のバディと評される王小龍とリリウム・ウォルコットの両名である。メアリー・シェリーの古巣であるBFFのリンクスが出張ってくる理由など、所詮「身内の問題は身内で片付ける」程度の安い理由だろう。

 

メアリー・シェリーは嘲笑う。下らない。実に下らない。プロメシュースの特性を理解している上で、三流の矜持に縛られ確実な勝利を無下にするとは。彼女はオープン回線を開いてストリクス・クアドロに呼び掛ける。かつて自身の後見を務め、そして()()()()男を。

 

 

「へぇ。調子に乗って殺されに来たの小龍(シャオロン)。戦場は老体が出てきていい場所だと思って?」

 

《―――やはりメアリーなのだな》

 

 

(しゃが)れた男性の声がコックピットに響く。遥か昔に聞いた、変わらない声だった。あれから相応の年を重ねているだろうに未だネクストに乗れるだけの体力、精神力を有していることは純粋に評価に値する。メアリーは軽く笑うと言葉を返した。

 

 

「今更ね。貴方ならウルナの件で分かってたでしょう」

 

《何故だ。何故加担する。お前とて行き着く先が閉塞しているのは理解している筈だ》

 

「なら壊しても問題ないでしょ? それに私は一度死んでるの。だから好きにやらせて貰うわ。なんなら貴方も死んでみる?」

 

《させません》

 

 

不意に年若い少女の声が彼等の会話を遮るように発せられた。利発的で聡明な雰囲気を纏っているが、まだあどけなさが残る直情的な声。あの頃には聞いたことの無い声だ。メアリー・シェリーはその声の主がリリウム・ウォルコットだと一瞬で見抜く。リンクス戦争を経て、体制を一新したBFFが象徴(シンボル)として祭り上げた新たな女王。ウォルコット家のブランドだけで持ち上げられ、BFFの愚かしさが詰め込まれた哀れな傀儡。

 

 

「あら居たの? 環境(アンビエント)なんて名前だから気付かなかったわ。子供は温室でお人形遊びでもしてなさい」

 

《私は大人(ターレン)の剣であり盾。大人(ターレン)の意思が私の意思です》

 

「……よく調教してあるわね小龍(シャオロン)。フランシスカとユージーンの失敗がまだ忘れられない? それとも小児性愛(ペドフィリア)に目覚めた?」

 

 

刹那、亜音速の巨大な砲弾がプロメシュースのコアめがけて飛来した。彼等の相対距離は5km以上あるにも関わらず寸分の狂い無く撃ち込まれた砲弾は、間違いなく意識の範囲外からの攻撃に位置付けられるだろう。しかし砲弾はプロメシュースから100mほどの距離でカクンッと浅く折れ曲がり、本懐を遂げることなく明後日の方向へ過ぎ去ってしまった。

 

プロメシュースの左手に握られた【050ANSR(スナイパーライフル)】の銃口は真っ直ぐ正面を向いており、先からは薄い硝煙が上がっていた。スナイパーキャノンから放たれた亜音速の砲弾をスナイパーライフルで狙撃して弾道を変える。文字に起こせばなんてことない簡単な事実だ。理論上可能である事象でもある。問題は、それを実際に実現させたことだ。

 

メアリー・シェリーは嗤う。経緯がどうであれ、老人が年端もいかぬ少女に執心している滑稽に。そして自身が屠られたリンクス戦争から数十年。現在の陰謀家という文官の渾名でなく、リンクスの異名として「教授(プロフェッサー)」と畏れ称された彼の技量が見るも無惨に錆び朽ちていた哀愁に。

 

 

「……ねぇ小龍(シャオロン)。貴方の哀れな老い方に免じて警告してあげる。退きなさい。雑魚に使ってあげられるほど私の弾丸は安くないの」

 

 

FCSの射撃補助システムが稼働しているとしても、到底容認できない神業いや神の御業を息をするようにやってのけたメアリー・シェリー本人は助言しつつ想う。老人と少女では役不足だ。やはりアナトリアの傭兵でなければ。

 

野良犬でありながら私の戦績に消えぬ泥をつけた唯一。今でも思い出す。技術とは程遠い暴力的で、しかし洗練されたあの動き。私の女を強制的に濡らした圧倒的本能。彼を飼いたい。今度こそ屈服させ、跪かせ、無様な泣き顔で許しを請わせたい。

 

 

《退くつもりはない》

 

 

メアリー・シェリーの悦は王小龍の無粋な拒否で終わりを迎えた。否、無粋にも程がある。彼との来るべき逢瀬を愉しんでいたというのにこの老人は。彼女は苛立ちを隠すことなく声を上げた。頭が切れるだけの時代遅れが。

 

 

「――あらそ。なら死になさい」

 

 

プロメシュースのメインカメラが怪しく光る。BFFの標準機である【047AN】をベースに設計された本機の各パーツは外見的にこれと言って特筆した性能を有しているものはない。しかし対照的に内部性能はワンオフと言って差し支えないレベルにまで昇華・改造されており、完成度だけでいえばラインアークのホワイト・グリントと並んでしまうほどだ。

 

そしてゆっくりと構える。左手には【050ANSR(スナイパーライフル)】、右手には名銃【051ANNR(ベーシックライフル)】。アンミルの悪戯で色々弄られているが、これだけで十分だ。背部兵装など必要ない。そして、ロックされたままの彼等を見てメアリー・シェリーは舌で唇を濡らした。なんて無作法で無用心なのか。

 

 

「いい的よ貴方達。ゆっくり痛めてあげる」




いかがでしたでしょうか。メアリー・シェリーのドS感っていいよね。踏まれたい。

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