『元気そうで何よりだメアリー』
『珍しいわね
『……アナトリアの傭兵を知っているな』
『アナトリアの傭兵? あの野良犬がどうしたの』
『ヤツがお前の撃破任務を受けた』
BFF本社【クイーンズ・ランス】
その一室で在りし日の梟と女王が話していた。梟一言で発生した暫しの沈黙。破ったのは女王だ。
『用はそれだけ? なら帰るわ』
『後見として忠告するぞメアリー。自分の実力を見誤るな』
『あら、心配してくれるの。
『アナトリアの傭兵は成長途中だ。それも戦場で急激に伸びるタイプの――』
『ねえ
『……おそらく強襲戦で来る。増援は期待するな』
『そうね。その時は、化けて出てやるわ』
『これはなんだ。アンシール』
『あぁ? 見れば分かるだろ。レイレナードのネクスト部隊に編入したって書類だよ。ちゃんとCEOの署名もある』
『そこではない。何故今なんだ。お前とて時流を読めない訳ではないだろう』
BFF仮本社【ビショップ・タワー】
女王と話した時よりも少し老け込んだ梟は、マホガニーの執務机を挟んで目の前に憮然と立つ男を睨みつける。男の名はアンシール。現時点で梟に次ぐ実力のリンクスだ。アンシールは答えた。
『大勢が決してる今、ボロボロのレイレナードに肩入れするよりも戦後のためにGAへ媚売った方が良いってくらい俺にも分かる』
『なら何故』
『別にひとり減ったところで問題ないだろ。BFFのリンクスならアンタの秘書のイアッコスもいる』
『答えになっていないぞ』
『――メアリーとフランシスカは死んで、ユージンは意識不明の重体。理由はこれで十分だ』
『……アンシール』
梟の声を遮るようにアンシールは踵を返し、スタスタと歩き始める。まるで死地に赴くための決別を示すように。
『アナトリアの傭兵とか言う時代遅れの雑魚をブチ殺してくる。アンタはアンタのするべきことをしろ』
『久しいなお前達……そうだ。フランシスカ、お前に良いニュースがある。ユージンが目を覚ましたぞ。夢みたいだと呆けておった。あの時の顔をお前にも見せてやりたい』
冬。深々と積もった雪が全てを包み込む中、墓地のある一画に一羽の老いた梟が佇んでいた。彼の目の前には墓標が三つ並んでおり、それぞれメアリー・シェリー、フランシスカ・ウォルコット、アンシールと刻まれている。
『……老いぼれ一人残して逝く馬鹿共がどこに居る。お前達にはまだ教えていないことが山ほどあるのだぞ……』
『王小龍上級理事』
振り返るとそこには一人の男性と年端も行かない少女が立っていた。男性は如何にも貴族と言った雰囲気のスーツを着熟し、なんとも利発な雰囲気を醸し出している少女もそれに倣った気品ある格好をしていた。
『ウォルコット卿。この度は誠に――』
『よい。あれは戦争だ。彼等も……フランシスカも承知の上だったろう』
『……何か御用でしょうか』
謝罪や同情、悔恨の念を伝えたところでどうにもならない。むしろ感情を逆撫でするだけだと理解していた王小龍は何も言わずに本題をウォルコット卿に促した。
『君にこの
『……! お言葉を返すようで恐縮ですが、一般教養等はまだしもリンクス教育までとなると私には荷が勝ちすぎます。第一、御息女はまだ幼いでしょう』
『AMS適性はS+。かのメアリー・シェリーを凌ぐ才能の持ち主だ。これを使わずにいるほど私も出来た人間ではない』
一切も退く気は無いとばかりにウォルコット卿は眼光を強める。こうなった彼を折ることは出来ないと王小龍は過去の経験から一番よく知っていた。そして、御息女のAMS適性がS+という事実に少なからず興味を覚えたことを彼は否定できない。
『――承知しました。その大任、謹んでお受け致します』
『ありがとう。ほら、ご挨拶しなさい。これから彼がお前の先生になるのだよ』
『リリウム・ウォルコットです。よろしくおねがいします。あなたのことはなんとおよびすればよいですか?』
『そうだな……では、
『ウォルコット卿! これはどういうことです!』
中世ヨーロッパを彷彿とさせる調度品が小気味よく
『なに、ごく自然なことだろう? BFF再興には御旗がいる。絶対的な御旗が。私はそれを手伝ったまでだよ』
『ですがこれはあまりにも……!』
『意外だな。君ならもっと理知的に考えるかと思っていたが』
『……リリウム様はご存知なのですか』
『あの
ウォルコット卿は宝石のコレクションをあらかた磨き終わると木製の保存ケースを閉じてパチンとスナップ錠をロックする。まるで会話の終了を報せるように。
『いずれにせよ、君の役目に変わりは無い。引き続き頼むよ。
「リリウムッ!!」
王小龍の怒声と共にアンビエントの前へ割って入ったストリクス・クアドロのコアを、プロメシュースの放った弾丸が無慈悲に穿つ。しかし勢いを保ったまま割り込んできたことが幸いしてか、慣性の法則が味方してコックピットを貫くには至らず、サブカメラ破損だけで事なきを得た。
《
「気を緩めるなと言ったろう! メアリーはBFFの礎を築いた傑物なのだぞ!」
王小龍はストリクス・クアドロの左手に握られた【
《いちいち不快ね
「メアリー。時代は変わった。殺し合うために殺し合う時代は終わったんだ」
《その言葉、フランシスカに言える? アンシールに言える? 下らない理想を叶えようと報われずに死んでいった彼等に向かって正面から言えるの?》
「言わねばならん。お前達は無駄死にだったと。捨てるべき命ではなかったと。それが私が死した後も背負う業だ」
《……本当に腹が立つ。なら贖罪者らしく、無様に穿たれなさい》
瞬間、プロメシュースは再び高速機動を開始した。しかし速度と軌道は先程と比べ物にならないほど激烈なものとなっており、並のリンクスなら視界に捉えるだけで精一杯。一発でも攻撃を当てられたら大金星と言って差し支えないレベルだ。
それを間近で見たリリウムは戦慄する。
これがメアリー・シェリー。
BFFを作り上げた女王。
(私ではこの速度は捉えられない。いったいどうすれば――)
「リリウム」
《……
不意に王小龍の声がリリウムの耳朶を打つ。その声は戦場で発せられたとはとても思えぬほど穏やかな声色で、朝食後のティータイムを楽しんでいるような声だ。あまりのミスマッチにリリウムは思わず聞き返してしまった。
「お前は強い。認めたく無いが、既に実力は私を超えている。それに才能も桁外れだ。きっとメアリー以上の功績や偉業を成し遂げるだろう」
《なにを――》
「
瞬間、ストリクス・クアドロのメインカメラが大きく光る。それと同時に格納されていた両背部兵装【
「メアリー。お前の望み通り、陰謀家の王小龍ではなく
《……いいわ。心ゆくまで、へし折ってあげる》
いかがでしたでしょうか。
あの王小龍が驚く秘密とは……?
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