凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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125.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅶ

「この状態の私に当てたのは褒めてあげる。でも無駄よ? 貴方達とは違うもの」

 

 

メアリー・シェリーは冷静に戦局を分析していた。王小龍の一撃を囮にしてリリウム・ウォルコットが【067ANLR(レーザーライフル)】の狙撃を撃ち込む。初手で『躱さなければならない攻撃』を繰り出せる技量を有しているのであれば非常にシンプルで効果的な作戦だ。

 

だが本命である【067ANLR(レーザーライフル)】の威力が落第点としか言えない。自己修復機能が発動したプロメシュースに対してあの程度の攻撃はまさに焼け石に水であり無駄の一言に尽きる。おそらく靄の正体を掴むことも兼ねた一撃だったのだろうが、掴んだ所で修復機能が低下する訳でも無く。

 

先程の王小龍の気迫はリンクス戦争当時でも数回しか経験したことがない。正真正銘、今の自身に繰り出せる全身全霊の一撃だったのだろう。だからこそ思う。彼は老いた。老いすぎた。

 

刹那、ストリクス・クアドロの四脚が膝から崩れ落ちる。当然だ。ほんの数秒とはいえリンクス戦争当時の全盛期真っ盛りだったアナトリアの傭兵と同等と見紛う気迫、機動力、戦闘力を発揮したのだ。棺桶に片足を突っ込んだ老人がマトモに耐えられる訳がない。

 

無様に跪くストリクス・クアドロを見たメアリー・シェリーの背筋にゾクゾクと電流が走った。私の後見を務めておきながら死の間際に裏切り、のうのうと暮らしてきた人間に対し、時代を超えて復讐を果たすことが出来る。その機会がどれだけ得難い幸運であるかメアリー・シェリーは知っていた。だから彼女がプロメシュースを着陸させ、一歩ずつストリクス・クアドロに近付きつつ【051ANNR(ベーシックライフル)】の弾丸をブチ込める幸福を噛み締めるのも至極当然のことであった。

 

一発。【051ANNR(ベーシックライフル)】から放たれた弾丸がストリクス・クアドロの右肩関節を抉る。

 

二発。四脚の左前股関節を撃ち抜いて体勢を崩させ、次いで右前股関節も撃ち抜き、(こうべ)を垂れるような体勢に持ち込む。

 

三発。見ていられなくなったのか、背後から躍り出ようとするアンビエントを制したストリクス・クアドロの左手のド真ん中を撃ち抜く。着弾の摩擦により赤熱した風穴から見える風景は無味乾燥として、なんとも味気ない。

 

しかし、一方的に(なぶ)られる恐怖と痛みに晒されながらも王小龍は一切の言葉を発しなかった。機体越しでしか彼を感じ取ることが出来ないメアリー・シェリーからすれば面白味に欠ける事この上ない。何故声を出さないの? 私は貴方の苦悶の叫びを待っているのよ? 懇願の涙を垂れ流しながら赦しを乞うのを待ち侘びているのよ?

 

そこから更に二発、三発とストリクス・クアドロが機能停止せず、かつ搭乗リンクスに最大の苦痛が与えられる箇所を的確に射抜いていくメアリー・シェリーだったが、変わらず王小龍は沈黙を貫いたままだった。

 

そして遂に穿てる箇所が無くなりプロメシュースとストリクス・クアドロの相対距離が80を切った頃、彼女の被虐思考は単なる苛立ちへと昇華する。これほど徹底的に痛め付けられてなお呻き声の一つも上げない胆力は驚異的と言うほか無く、純粋な賞賛の念を送るメアリー・シェリーだったが同時に謝罪の言葉が絶対に聞けないという反証の表れでもあることに気付き、操縦桿をグッと握り締めた。小龍(シャオロン)、貴方がそのつもりなら私も私のやりたいように決めるわ。

 

 

「それじゃ終幕(フィナーレ)にしましょう」

 

 

こめかみにうっすらと青筋を立ててサディスティックな笑みを浮かべたメアリー・シェリーはプロメシュースが持つ【051ANNR(ベーシックライフル)】の獰猛な銃口をストリクス・クアドロのコアに差し向けた。何某(なにがし)から想定外の妨害を受けたとしても問題ない絶対必中の距離。トリガーを引いた瞬間、初速と貫通力に秀でた弾丸は分け目も振らずにコアへ突き刺さり、その中に内包された哀れな老人を木っ端微塵に磨り潰すだろう。

 

完全な勝利を確信したメアリー・シェリーは再び回線を開き、王小龍へ話し掛けた。裏切ったとはいえ同じ時代を生きた人間である。辞世の句ぐらい詠ませてやるのがせめてもの手向けというものだ。まぁ、あれだけ痛め付けても呻かなかったのだから既に事切れているかも知れないが。

 

 

「なにか言い残すことはある小龍(シャオロン)? 命乞いするなら今の内よ」

 

《……さらばだ。メアリー》

 

「――そうね。さよなら小龍(シャオロン)

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ネクスト一機が丸々収まってしまうほど野太い翡翠色の光条が弾速3000という超速度を以てプロメシュースの真横から飛来し、その全身を包み込んだ。あまりに突拍子も無い出来事に一瞬だけ思考停止してしまったメアリー・シェリーだったが、その数瞬後には完全に思考停止に追い込まれてしまう。何故なら文字通り地獄の苦しみを受けたからだ。

 

 

「なに、この光………ギャアアアア!!???」

 

 

プロメシュースの装甲がマグマのように沸き立ち膨れて(めく)れ上がり、両手に持つ【051ANNR(ベーシックライフル)】と【050ANSR(スナイパーライフル)】もグズグズに融解し始めて端部が液体状になりつつある。黒い靄の自己修復機能によってなんとかネクストの形は保たれているものの明らかに修復が間に合っておらず、修復された装甲も次の瞬間には再び沸き立ってしまっていた。そしてなにより、コックピットに閉じ込められたメアリー・シェリーは逃げ場が一切無く、ただ只管(ひたすら)に最悪の苦痛を受け止めることしか出来ない。そして彼女はこの地獄の痛みの正体を知っていた。宝石のように美しい翡翠色を放ちながら全てを蝕む存在など一つしか無い。

 

 

「コ……ジマ…キャノン……!?」

 

《流石に分かるか。特注のハイコジマキャノンだそうだ。ネクスト三機程度なら造作も無く融解出来る威力なのだが、やはり一筋縄ではいかんようだな》

 

(シャオ)……(ロン)………!!!」

 

 

それまで糸の切れた操り人形の如く項垂れていたストリクス・クアドロのメインカメラに光が灯る。傷が無い場所を捜す方が困難なほど満身創痍の状態だが、どことなくその姿は威厳に満ち溢れていた。

 

 

《メアリー。お前の敗因は勝利を確信したこと、そして一人で()()に挑んだことだ》

 

「――ふ……ざけるなぁ!!」

 

 

メアリー・シェリーは理性を失った怒り狂う猛獣のようにプロメシュースが持つ【050ANSR(スナイパーライフル)】の弾丸をストリクス・クアドロに向けて放つが、機体全体を包み込むコジマ粒子の奔流を突破することが出来ず、銃身から離れた瞬間に蒸発してしまう。その事実を受け入れられないメアリーは【051ANNR(ベーシックライフル)】とのダブルトリガーを乱射するが結果は同じだった。

 

 

「なんで!! なんでなの! なんでまた小龍(シャオロン)が生きて私が死ななきゃいけないのよ!!」

 

《単に弱いからじゃない?》

 

 

それまでブラックアウトしていたプロメシュースのコックピット内のコンソールパネルに光が灯り、アンミルこと一神が映し出される。画面越しの彼は煌びやかな黄金の玉座に座りながら頬杖をつき、気怠げに赤ワインを嗜んでいた。

 

 

「アンミル……!?」

 

《いや~正直、期待外れもいいとこだね。君なら上位リンクスの一人や二人くらい余裕で倒せると思ってたのに、まさかのゼロって(笑)》

 

「私の実力はこんなものじゃない!! 助けてくれたら今以上の働きを約束するわ! だから――」

 

《なにを勘違いしてるのかな?》

 

 

メアリー・シェリーの言葉にスッと目を細めたアンミルは赤ワインを一気に飲み干してグラスを玉座の後方へ弧を描くように投げ捨てた。

 

 

《これは世界を賭けた(たの)しく(たの)しい終末戦争(ゲーム)なんだよ。ルールはどちらかが全滅するまで。それにルールを決めたのは僕だし、変えるつもりもない。あと雑魚に興味ないし。だからまぁ、死んで?》

 

「…………!?」

 

 

絶句するメアリー・シェリーを他所にアンミルは一方的に回線を切り、再びコンソールパネルに漆黒が戻る。自身が絶体絶命の危機に際しているというのに、自らを生き返らせた張本人がまるで飽きた玩具のように目の前で自身を見捨てた事実を受け止め切れない彼女は、絶望に打ち拉がれながら半ば放心状態で視線を元に戻した。

 

そこには【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲口をこちらに向けたストリクス・クアドロが鎮座しており、そのメインカメラには一際大きな光が宿っている。

 

 

《さらばだ。メアリー》

 

「――畜生、ちくしょおおおお!!」

 

 

メアリー・シェリーの怨嗟の叫びが虚しく木霊する中、【061ANSC(スナイパーキャノン)】から放たれた砲弾は吸い込まれるようにプロメシュースのコアに突き刺さる。そしてコジマ粒子によってグズグズに融解した装甲を湯葉の如く貫通し、胸に大きな風穴が出来た数瞬後、プロメシュースはコジマキャノンの奔流の中で爆散した。

 

それを確認したようにコジマキャノンはどんどん細くなり、やがて収束する。プロメシュースが完全に消滅したことを改めて確認した王小龍はコジマキャノンが飛来した方向を見遣り、個別回線を開いた。

 

 

「……苦労をかけたな」

 

《ふん。俺ありきの作戦を立てて起きながら何を今更。第一、ここまでの展開を読み切ったから俺を独房から無理矢理出して待機させていたんだろう》

 

「読み切った上でコレしか勝ち筋を見出せなかったのだ。亡霊とはいえ身内に手を掛けさせたことは謝る」

 

《別に気にしていない。汚れ役はもう慣れてるし、俺はメアリーさんが嫌いだった》

 

「……そうか」

 

 

ストリクス・クアドロのメインカメラ倍率を最大まで上げた先。小高い丘の上で偽装迷彩を施し、両背格納式ハイコジマキャノン【FEFNIR(ファフニル)】を担いだ四脚型ネクスト――ビックバレル――を駆るブッパ・ズ・ガンことユージン・ウォルコットはにべも無く言い放つ。王小龍もそれ以上言葉を重ねずに通信を終えようとしたが、ふと思い立って口を開く。

 

 

「リリウムと会うつもりはないか?」

 

《悪い冗談だ。会ったところでどうにもならないだろ》

 

「あの子には私以外の人間が必要だ。私以外のな」

 

《……まぁ考えておく》

 

 

ユージンの言葉を聞いた王小龍は軽く微笑むと通信を切った。そしてコックピットに背中の全体重を預けながら思いを馳せる。メアリー・シェリー。BFFを築き上げ、磨き上げ、戦場に散った怪物。傲慢で、高飛車で、奔放で、寂しがり屋な只の女性。

 

 

「――少し疲れたな。やはり年には勝てんか」

 

 

 

 

 

 

勝者 王小龍&リリウム・ウォルコット&ユージン・ウォルコット




いかがでしたでしょうか。

まさかのユージン登場でございました。伏兵で決着とは汚いさすが王小龍きたない。色々思うところもあるのでしょうねぇ。

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