パッチ、ザ・グッドラックは剛運である。お世辞にも高いとは言えない戦闘能力でありながら数々の戦場を生き延び、利益欲しさにカラードを裏切ってORCA旅団に与しておきながら現在の雇い主であるイッシンおよびセレンの機転により処罰を免れ、今は彼等不在の
しかし人間というものは無い物ねだりをしてしまう生き物であり―――。
「暇だ」
ベッドに横たわったまま頑として動かないパッチは呟いた。イッシンとセレンというカラードでも屈指の実力者の
しかし現実は違う。まず第一に
そして二つ目。表立っての関係が無いとは言え、王小龍と懇意にしているリンクスを標的にしようという無鉄砲なバカはいない。そしてそんなバカは感圧式センサーを無効化出来るスキルを持ち合わせてなどおらず、おのずと警戒対象から除外される。
要約すると「何も起きない」まさに平和そのもの。世界はLOSERSの脅威に晒されているが、パッチからしてみればどうでもいいことこの上ない。そもそもイッシンとセレンが倒れた時点でドミノ倒れ的に彼も倒れることになるのだ。ならドッシリ構えていても問題はないだろう。この状況および心理的余裕故に、だから冒頭の台詞に繋がるのだ。
「どうするかなぁ。旦那と姐さんはLOSERSのせいでしばらく帰ってこないし、だからって気分転換で買い物行って
パッチは思案する。どうするべきか。あまり没頭せずに適度に周囲を警戒出来るだけの余裕を保ちつつ、不法侵入等があればすぐさま行動でき、自身の利益にもなる暇つぶし。そう考えたパッチは「う~ん」とベッドに横たわりながら頭を悩ませ、そして閃く。
「料理でもするか」
あまり没頭せず、立ち仕事だからすぐさま行動でき、調理技術は今後も役立つ。三拍子揃った良い暇つぶしではないか。そうとなったら善は急げ。パッチはベッドから飛び起きるとキッチンに掛けてあるエプロンを着用し、備え付けの冷蔵庫をガバッと開いた。ちなみにエプロンの柄は犬とも猫とも言い難いモフモフしたキャラクターが首輪を繋がれている何ともシュールな柄だ。
冷蔵庫の中の大半はセレンが買い込んだ完全栄養食のワンプレートディッシュに占領されているが、卵やウィンナー、牛乳や少々の果物など最低限の食材は確保されている。その中から何を作ろうかと頭を働かせたパッチは色々な食材に目を泳がせ、ある一点に到達した。
パスタ。それは独り暮らしのマストアイテム。
「よし! じゃ久し振りにカルボナーラでも作るか」
早々にメニューを決定したパッチは冷蔵庫から手際良く材料を取り出し、キッチンに並べた。この手際は日頃イッシンの昼食を作る際に培われた下っ端根性の賜物であり、その点だけはセレンからも好印象を受けているパッチの特技でもある。
並べられた材料は至ってシンプル。パスタにブロックベーコン30gに全卵が一つ、厚めのスライスチーズ一枚と黒胡椒、コンソメ顆粒の6種類だけだ。
まずはブロックベーコンを5~10mm厚の四角い細切りにして油をひかずにフライパンへ投げ込み、弱火でじっくりと表面をカリカリに仕上げる。するとベーコンの油が熱せられたことで溶け出して、肉々しい香りの上質なオイルが出現した。パッチはベーコンを落とさないように注意しながらフライパンのオイルを小皿に移し替え、同時にカリカリに仕上がったベーコンも別の小皿に移し替える。
作業が一段落した所でセキュリティパネルを流し見たパッチは
おもむろにボウルへ全卵一つを割り入れると偶然にも双子となっていた幸運にパッチは思わず笑うが、だからといって掻き混ぜない選択肢などは存在せず、非情にもカッカッカッカッカッとテンポ良く卵を掻き混ぜていく。そして十分に溶いた卵にスライスチーズを細かく千切りながら投入し、黒胡椒もたっぷりと振り掛ける。パッチが全体をもう一度軽く掻き混ぜるとオレンジ色の中に黄色と黒点が混在する即席ソースが完成した。
比較的満足のいくソースが出来た事に頷くパッチは視線を移して沸騰したフライパンを確認すると、両手で軽く捻って傘のように開いたパスタをフライパンの底に押し当ててゆっくり沈ませていく。押し当てられたパスタの端部は茹で上がったタコ足の如く反り返り、沸騰した水から顔を出すがパッチは構うこと無く押し当て続けた。やがてパスタ全体が水に浸かったことを確認したパッチは規定時間どおりにパスタを茹で上げていく。
そうして茹で上がったパスタはコンソメ顆粒の味がついた茹で汁を十分に吸い込んでおり、これだけでもそれなりに美味しい一品なのだがカルボナーラと銘打っている以上、これで終わるのはまだ早過ぎる。
パッチはこのコンソメパスタに複数回空気を含ませて粗熱を取ると最初に取って置いたベーコンオイルをかけて全体に馴染ませ、その後にソースを投入してシャカシャカと掻き混ぜていった。ソース内のスライスチーズは熱せられたフライパンのお陰で直ぐに溶けてカルボナーラ特有のとろみを演出しており、油分によって照り返される妖艶な光は背徳的な旨さを有している証左とも言える。
パッチはカルボナーラをトングで巻きながら器に盛り付けると、最後の仕上げとしてカリカリになったベーコンと黒胡椒を上からパラパラと振り掛けた。そして遂にカルボナーラは完成する。
艶めかしい黄色とアクセントの黒点、更に食欲をそそる茶色の宝石が無造作に振り掛けられた様はまさしく「欲望の権化」だ。
作った本人であるパッチも思わず生唾を飲み込んで喉を鳴らすが、逸る気持ちを何とか抑えてカルボナーラを食卓に移動させる。そうしてカルボナーラが食卓に足を付けた瞬間、彼は手に準備していたフォークでカルボナーラを素早く巻き取ると一気に口の中へ運んだ。
刹那、パッチの中枢神経に伝達される「うまい」の三文字。口いっぱいに広がるクリーミーさと香ばしさと肉々しさ。控えめに言って最高である。これを食べている間は争いなど起こらないだろうと半ば確信めいた感情を抱いたパッチは黙々とフォークを進め、味わいながらもイッシンとセレンに思いを馳せた。
(必ず帰ってきて下さいよ旦那、姐さん。そうじゃないとこの天国みたいな生活が終わっちまう)
パッチ、ザ・グッドラック。これが剛運と呼ばれた男の日常の一部である。
いかがでしたでしょうか。
作中に出てくるカルボナーラは料理研究家リュウジ氏のレシピを一部アレンジしたものとなっております。元レシピはかなり美味しいので皆さんも試してみては?
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