「で、だ。取り敢えず言い訳を聞きてぇんだが」
「何のことかな、キドウ・イッシン」
「とぼけんなよ。ORCAに
「同意見だ。思想の違いはあるだろうが世界の行き着く先を知っていて何故連絡を取ろうとしなかった?」
「それは僕から説明する」
【フラスコと硝煙の桃源郷】 小会議室
機能性を最重視したカーボン合金製の無骨な円卓の四方に備えられたビジネスチェアに腰掛けているイッシン、ドン・カーネル、ダン、メルツェルの会話はひどく剣呑な雰囲気を纏っていた。カラード側に付くイッシンとカーネルからすれば、ダンとメルツェルはLOSERSの台頭を予期していたにも関わらずORCA旅団という反動勢力を率いて人類同士の内紛をわざわざ引き起こした迷惑極まりない人間にしか映らず、多少喧嘩腰になるのにも得心がいく。そんな彼等の心情を推し量ったのかは定かでは無いが、この場の張り詰めた空気を少しでも抜こうとするダンは出来る限り丁寧で非攻撃な口調で語り始めた。
「まずは謝罪を。君達には迷惑をかけた。これに関しては本当に申し訳なく思う」
「要らねぇ要らねぇ。さっさと本題を言ってくれ」
「……僕がメルツェルと初めて会ったのはアルゼブラの
『コールドブリューのMサイズとハニーレアチーズタルトを一つ。それとブラックチョコを二、三粒ください』
日光の暑さに若干の苛立ちを覚え始める四月の正午過ぎ。行きつけのムーンバックスで注文を終え、いつものように店奥の非常口に近いボックス席に座ったダンは情報端末を開いて先程から鳴り止まないメールの受信音が誰なのか確認する。上はGAグループの最大手食品メーカーから下はいままで聞いたことも無い小さな水産加工工場まで、大小様々な企業からの丁寧な恨み節がビッシリと書かれたメールの数々だった。
GA寄りとは言え、独立傭兵の自分に企業間の対立を端に発した食糧問題の恨み辛みをぶつけるのはナンセンスでは無いかと思うダンは早々にメールボックスを閉じて目の前に置かれたコーヒーとケーキ、それと数粒のブラックチョコに意識を集中させる。流石にレイさんほどの味は見込めないが、それでも十分に美味しいムーンバックスを一人でゆっくりと堪能出来る時間は彼にとって唯一無二と言って良い。そしてフォークを手に取り、タルトに切れ目を入れようとした瞬間。
『相席、構わないかな?』
『えぇ。いいですよ』
見上げると、そこには漆黒のジレとスラックスに身を包んだ青年が両手でトレイを持ちながら困ったような顔で佇んでいた。ダンは一瞬だけ戸惑った表情を浮かべるが、すぐにいつもの余裕ある微笑みを貼り付けて青年の着席を促す。そして
『流石だなダン・モロ。この一瞬で状況把握を済ませられるリンクスはそういない。王小龍に迫る能力だな』
『……失礼ですが、どなたでしょうか』
『メルツェル、といえば聡明な君は分かるだろ?』
『っ! 転生者か』
『理解が早くて助かる』
メルツェルと自身を呼称した青年はトレイのコーヒーを持ち上げてゆっくりと口に含む。警戒心とは程遠いリラックスした立ち振る舞いに違和感を覚えたダンはそれとなく周囲を確認すると、明らかに場違いなスーツ姿の男性が斜向かいのボックス席に新聞を読みつつアイスコーヒーを嗜みながら座っていた。オールバックに撫でつけられた髪は栗毛色、体格は筋肉質でガッシリしている。何より特徴的なのが左目に当てられた黒い眼帯で、二本の赤いラインが斜めに入れられたデザインは冷徹さと情熱を併せ持つ不思議な印象を与えた。――ボディーガード、それも相当に出来る奴か。
『クレム・
『……チェスの名手か。メルツェルの名を冠するのは皮肉なものだね』
『
『なら尚更僕は理解出来ない。なんでORCAに与する? 行き着く先は限りなく絶滅に近い生存なのは分かっているはずだ』
メルツェルの言動にダンは苛立ちを隠さず、ハニーレアチーズタルトの端をフォークで力強く両断して口に運ぶ。レアチーズの酸味と蜂蜜の自然な甘さがマッチした逸品だが今の彼からは只の甘酸っぱいケーキとしか認識されていない。目の前の青年がORCAに与する理由が分からないからだ。対するメルツェルは再びコーヒーを口に含んで芳醇な香りを口腔内に
『
『カラードが腐っているのは認めるが、だからといって九割の人類を見捨てていい理由にはならないだろ。それに最終戦争が起こってしまえば人類はおろか地球の存亡すら怪しくなる』
『――例の神が言っていたアレか。確かに絶望的な脅威であることは認めよう。しかし仮に、奇跡的に我々が勝利したとして。そのあと誰が主導権を握る? ORCAでもなくラインアークでもなく企業連、つまり腐ったカラードだ。彼等は来もしない敵の恐怖に怯えて更なるコジマ技術に邁進する。真綿で自分の首を絞めている事に気付かずにな』
『それを阻止するためにORCAにいると?』
『荒療治だが仕方ない。幸い、今のORCAが有する戦力は原作よりも遥かに優れている。正面からのカラード打倒も可能だ。
『……それが本題か』
メルツェルの言葉を聞いたダンは力が抜けたように背もたれへ寄り掛かり、不気味なほど穏やかな表情の彼を見据える。原作では機械的な印象を受けたが、なるほど。合点がいく。その色白い顔面の皮膚を剥がして中からグロテスクなロボットが出て来ても不思議じゃない。いっそのこと本当にやってみるか? ダンがとりとめも無く
『止めた方がいい。その気持ちは分からないでもないが、私は確かに人間だ』
『――心が読めるのか』
『私の【
『なら僕の考えは言わなくても分かるだろ』
『勿論。君はORCAに合流するつもりは毛頭ないし、
メルツェルは肩を竦めて薄く笑う。全人類を救いたい。そこにORCAやカラードと言った区分は存在せず、ただ純粋にそうしたいとダンは願っていた。世界がどんな
『なんとでも言え。僕は僕のやり方で世界を救う』
そう言ってダンはコールドブリューコーヒーを一気に飲み干し、おもむろに立ち上がるとメルツェルを一瞥する素振りすら見せずにムーンバックスをあとにした。しばらくしてボディーガードの男――ユナイト・モス――がメルツェルに近付き、呆れたような表情を見せながらダンの座っていた席にドカッと腰掛ける。ユナイトはネクタイを緩めつつ手持ちのアイスコーヒーをがぶ飲みしてプハァッと声を出すと、ジト目でメルツェルを見遣った。
『いいのか? 彼は計画に必要なんだろう?』
『今回でスカウト出来ると思っていない。これは撒き餌だ。次で確実に詰めるためのな』
『悠長だな』
『急がば回れ、という言葉もある。これが一番の近道だ』
メルツェルはそう言ってコーヒーを口に含む。市販品にしては香りが良く、味に深みもある。このクオリティであの値段ならコストパフォーマンスも上々だ。だが足りない。もう一手、あともう一手が欲しい。それだけでこのコーヒーは劇的に変わる。そう思いながら。
いかがでしたでしょうか。
メルツェルくん、チェスのグランドマスター&心を読めるギフト持ちな時点で交渉スキル最強なのでは?
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