問いたい。もし眼前に途方もなく厚く、果てしなく高い壁が立ちはだかったとしたなら諸兄らはどうするだろうか。そして、その壁に安全の確保された扉が据えられていたら諸兄らはどうするだろうか。
おそらく100000人に聞いても、99999人が『大人しく扉を開けて通り抜ける』と答えるだろう。当たり前だ。壁を乗り越えるのと通り抜けるのとでは労力と成果の天秤が違いすぎる。これは自明の理だ。
しかし自明の理というのも理が通る相手にしか通じない。つまりは、そう。有澤というのはかくも愚かで強い生き物なのである。
「まさか……これほどとは……!」
ネクストと呼ぶにはあまりに危険すぎる『鉄輪』の膂力に雷電の奥歯は悲鳴を上げていた。実弾が当たれば雨粒のように弾き、レーザーが命中すれば乾いた砂のように吸い込み、ミサイルが爆発しても手垢のような残滓しか残せない。
メインブースターを噴かせば全身を押さえつけられ、QBなぞ噴かそうものなら内臓がひっくり返ったと錯覚する不快感に襲われる。それだけでも異常だというのに、それを優に超える異常さを顕現させていたのは『鉄輪』の兵装に他ならなかった。
AFグレートウォールの兵装を彷彿とさせる『鉄輪』の左腕として装備された巨大なガトリンググレネード。冠する名を『ASAHI』と言う。
端的に、誤解を恐れずに言うのであれば存在してはならない類の兵装である。有澤重工の主力製品であるOGOTOと同規格のグレネードを毎分110発の高速レートで、しかも弾速850km/hの超スピードを纏いながら近付いてくるなど悪夢以外の何物でもないだろう。
擦ろうものなら一撃でAPの3分の1を当然のように掻っ攫い、衝撃で動けなくなったところに間髪入れず次弾が直撃。ものの数秒で複雑系アクチュエータを搭載した人型兵器は煤だらけのスクラップに姿を変えられることを、迫り来る002-B30機の内の5機が体現してくれたことが何よりの証左だ。
加えて、背部兵装として取り付けられた特注の三連装BIGSIOUX『RAUSU』の破壊力たるや凄まじいことこの上ない。雷電が牽制のつもりで撃ち込んだBIGSIOUXは案の定002-Bの機動力の前に軽々と躱され、本懐を果たせなかったミサイルが行くあてなく所在なげに地面へ着弾した瞬間、半径30メートルの極太火柱が立ち上ったのだ。
……これは至極簡単な帰結なのであるが、いくらサー・マウロスクの操縦下にある002-Bといえど超火力兵器を初見で看破出来るはずも無く、25機の内の2機がその火柱に巻き込まれて蒸発、爆散した。
そして現在。有澤重工が誇る鉄壁の防衛ラインを事もなげに乗り越えてきた002-Bが有澤邸より約10km付近に襲来して8分が経過したあたりか。
残された23機の内、7機の002-Bが『鉄輪』を確実に潰さんとしてOBによる吶喊を敢行。残る16機は二手に分かれる形で『鉄輪』を迂回し、有澤邸を目指して進軍を再開した。
7機の002-Bは、かのサイレント・アバランチもかくやと言った完璧な連携と機動性によって瞬く間に『鉄輪』を七角形に取り囲むと同時に大型レーザーブレードを発振。全機が刺突の構えを以て『鉄輪』のコアめがけて突進、衝突する。
『鉄輪』の圧倒的な火力と防御力に呆けて操縦が粗雑になっていた雷電も流石に危険であると感じ取るが、それがもう遅いことは彼自身がよく分かっていた。
ガアァァン!!!
鉄と鋼とがぶつかり合い、耳を塞ぎたくなるほどの鈍く甲高い音が周囲1kmを支配したあと、聞こえてきたのは命の煌めきにも似た爆発音ではなくバチッバチバチバチッという溶接音だった。
「……俄に、俄に信じられんが、コレすらも防ぐというのか。鉄輪」
七方向からの大型レーザーブレードによる同時刺突に晒された『鉄輪』の答えは無言である。確かに理論上、溶接バーナーを極厚の鉄板に向けた所で赤熱させるのが関の山であることは小学生でも分かる理だ。
だがそれを『鉄輪』は、いま、レーザー兵器を相手に、平然とやってのけた。これに驚愕せず何に驚けと言うのか。雷電が改めて畏れ呆けそうになった瞬間、彼の脳内でカチリと何かが嵌まる音がした。
―――鉄輪とは有澤重工そのもの。それに畏れを抱くことは即ち、有澤重工そのものを畏れていることに他ならない………私が? 十六代目を護り、幾多の戦場を有澤重工の鉄壁を以て邁進してきた私が畏れている?
「巫山戯るなぁ!!!!」
刹那、GA社標準重量ネクスト『SUNSHINE』の腕部を二周りほど太く大きくしたような右腕が近くにいた002-Bの頭部を鷲掴みにすると『SUNSHINE』の比では無い圧倒的なトルクでこれを握り潰す。
その勢いのまま雷電はフットペダルを蹴り込んで左回転QTを発動。ガトリンググレネードである『ASAHI』は、その用途を射撃武器から鈍器に移し替えて周囲を囲む002-Bを薙ぎ払い、続く二周目の左回転QTで吹っ飛んだ憐れな羽虫達にグレネードを叩き込んだ。
一切の余情なく撃ち込まれたグレネードは冷徹に002-Bを内部から爆散させ、僅か十数秒のうちに黒煙を交えた紅炎を七つ誕生させる。
―――有澤の前に有澤なし。有澤のあとに有澤なし。ならばこそ小生が有澤を体現せずしてなんとする!!
雷電の激情を表すかのように『鉄輪』の、潜水艦の艦橋にも似た頭部カメラに赤い光が揺らめく。二手に分かれていた002-Bは突然の理解不能な出来事に思わず足を止めてしまった。
そして雷電はOBを噴かして彼等の前に立ちはだかると、あえて広域無線をオンにした上で叫ぶ。
「我こそは有澤重工十六代目当主有澤隆文が懐刀、雷電である!! ここより先、鼠一匹通れると思うな!!!」