セレン・ヘイズは悩んでいた。
(……ホワイトデー、どうしよう)
しかしセレンはバレンタインの返礼品をどうすべきか考えているのではない。
イッシンのオペレーターとなり早一ヶ月。
初陣こそおっかなびっくりでこなしていたがギガベースの一件以来、堂々とした立ち振る舞いを獲得したようで、つい先日には〝ランク3〟ダン・モロに本気を出させ、追い詰めるまでに至っている。
確かに増長している部分はある。それは認める。しかし、それを勘定しても余りある実績を残しているのも事実だ。故に日頃の労いも込めて何かしらプレゼントでもしてやろう。丁度、ホワイトデーも近いしな。
というのが一連の流れである。
ここまでは良い、そして問題はここからであった。何を隠そうセレン・ヘイズ、異性に対し贈り物をしたことがないのである。
厳密にいえば幼少期に父親への誕生日プレゼントとして手作りクッキーを焼いた事はある。
だがそれ以降の思春期では意中の男性はおらず、反抗期には男性と会話をする位なら死んだ方がマシとも考えていた。
それが彼女なりの反抗であった訳だが、結果として男性との関係はそれを機に断たれ、それなりの年頃になった今でさえ引きずっている感がある。
(……下手に考えても仕方ない。まずはどんな品が定番か調査するか)
セレンは自前のノートPCを立ち上げ、それとなくネットサーフィンをしてみる。ヒットする記事はどれも在り来たりで、手作りクッキーやらブランド物の財布やら枚挙に暇がないが不思議とどの記事も結びは「品物なんて関係ない。貴女の想いが最高の贈り物です」と締めくくられている。
(ふむ、『想い』か)
セレンはしばし熟考する。
……筆者の実体験で恐縮ではあるが、この手の贈り物は想いがこもっていれば何でも良い訳ではない。だが、逆に言えば想いがこもって
そしてセレンはその破綻した論理を、何の疑いもなく数式に当てはめる。
(――ならばフィジカルサプリが最善だな。イッシンを労いつつ身体機能強化も望める、そして
セレンは自らの発案に、我ながら天晴れといった様子で満足げに頷く。セレンはそのままの勢いで愛用しているフィジカルサプリを販売している会社のサイトにアクセスした。
トップページには黒の背景に白文字で『Make up. Perfect Body.』と記されている。恐らく毛筆で書かれたのだろう、アルファベットの随所に独特の荒々しさが見て取れた。そしてその短文を守護するかのように、左右には腕を組んだ筋骨隆々の男性のバストアップ写真があしらわれている。
向かって右の男性は有澤重工の専属リンクス『有澤隆文』である。相も変わらず彫刻のような逞しい筋肉はフィジカルサプリの販売には一役買っている事だろう。
左の男性は何故か頭にバケツのようなヘルメットを被っている。右の有澤に負けず劣らずの雄々しい筋肉ではあるが、どこか女々しさも感じ取れる不思議な男性だった。
そんなトップページには目もくれず、セレンは即座に下へスクロールする。老若男女に向けた様々な商品が一瞬の内に画面外へ急上昇していく中、ページの一番下に辿り着く。そこには、それまでと全く違う雰囲気を醸し出している『更なる極みを求める貴方に』と書かれたリンクが貼られており、セレンはそのリンクを躊躇なくクリックする。
(……値は張るが日頃の労いだ、私も中々買えない商品だがプレゼントしてやるか)
セレンの眼前には、ある一つの商品が映し出されていた。『Z~極み、その先へ~』と銘打たれたその商品、外見は黒一色で構成された手のひらサイズのバケツカップいっぱいに入れられた翡翠色の粉末である。
工業用薬品のような見た目だが、間違いないなくフィジカルサプリであり、その成分表は『Z~極み、その先へ~』の名に違わず凄まじい。
一般人であればティースプーン一杯を服用しただけで疲労が全て回復するほどに強力な身体修復作用を誇り、一ヶ月間服用すればどんな肥満体型もフィジーク選手顔負けの肉体になることの出来る、正に劇薬である。
値段は50
(たまに私も使わせて貰うか)
少し
「……私だ」
《よぉセレン、元気か?》
「レイか。何の用だ」
《いやな、変な胸騒ぎがしたんで電話してみたんだ。なんかあったりするか?》
「何もないぞ。強いて言えば、贈り物を選定していた」
《随分珍しいな。何を送るつもりなんだ?》
「ゲイリーセブン社のフィジカルサプリだ」
セレンは自信満々な声色でレイに話す。
これ以上の選択肢は有り得ず、間違いなく最良の贈り物であると自負しているが故の発言だったが、電話越しのレイは何故か沈黙している。
「どうした?」
《――セレン。一応聞いておくが、送る相手は誰なんだ》
「イッシンだ。最近のあいつは良くやっているからな、日頃の労いも兼ねてコレを贈ろうと思っている。……何か問題があるか?」
《悪い事は言わん、やめておけ》
瞬間、セレンを中心とした半径2mの体感温度が3度ほど下がり、セレン本人の顔には鉄仮面とも言うべき表情が形成された。
まぁ、自身が最良と判断したプレゼントを一蹴されたのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「……理由は?」
《セレン。俺との付き合いは長いよな》
「……そうだな」
《その間、男にプレゼントした事はあるか?》
「……無いな」
《だったら俺の言葉を聞け。いいか、ま―――》
「断る」
食い気味の即答。
セレンの力強い先制ジャブに出鼻を挫かれたのか、レイの言葉は間抜けな音を発しながら虚空へ消えた。
《……少しくらい喋らせろよ》
「いいかレイ。私はイッシンのオペレーターだ。オペレーターたるもの、リンクスの糧になるプレゼントをしたいと結論を出すのは当然だろう」
《それは分かるが――》
「だから、私はイッシンにフィジカルサプリを贈る。これのどこが悪い?」
オペレーターとしての観点からすれば、確かにフィジカルサプリは最適解であろう。しかし日々を労うつもりであれば話は変わってくる。
《セレン、イッシンはリンクスである以前に一人の男なんだぞ? 男ならフィジカルサプリよりも、他愛ないアクセサリーなんかの方がよっぽど喜ぶもんだ》
「しかしそれでは……」
《ここは騙されたと思って俺の話を信じろ、な?》
レイはここがチャンスと見たのか一気に畳み掛ける。日頃、異性との交流が皆無な女性であるセレンはこのような状況の男性心理に疎い。となれば、レイがそこを攻めるのは必然であった。
《どんな形であれ、イッシンを喜ばせたいんだろ?》
「……分かった、お前の言う通りにしよう」
セレンは折れた。
図らずも『イッシンを喜ばせたい』が殺し文句となった格好だが、セレンは認めないだろう。
レイはその回答に満足すると、少し世間話をしたのちに通話を切る。再び待機室に静寂が戻り、セレンはPCへ向き直った。
(他愛ない、か……)
その日の夜、照れ臭くも
余談であるが、数日後レイの元に着払いで小さなバケツカップが届いた。
届けた配達員の話では、あれほどまでに絶望した顔を見たことは無く、今後見ることも無いだろうと語っているらしい。
いかがでしたでしょうか。
終盤はあえて大雑把に書きました。
セレンとイッシンの詳細なやりとりは皆様のフロム脳で構築して頂いて、ご自身の最高のシチュエーションをお楽しみください。
励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告お待ちしております。