オールドキングと呼ばれたイレギュラーは、玩具を取り上げられた子供が親を責めるように忌々しく思いながら返事をする。
「何の用だメルツェル、こっちは忙しい」
《物は言い様だな。ランドクラブ2機の撃破後、即時帰還すると言って出たのは君だ》
メルツェルと呼ばれた男は苦笑しながら、幼子を整然と諭すように反論する。抑揚のないその声色には生気が全く感じられず、機械仕掛けの何かと話しているような感覚になる。オールドキングは面倒とばかりに通信用コンソールパネルに手を伸ばした。
「そんな事は忘れたな。切るぞ」
《今、相手をしているリンクスは殺すな》
「出来ねえ相談だな。コイツは俺が殺す」
《団長からの指示だ。モノによっては
「俺の知ったことじゃない」
《……オールドキング、
「……」
《もう一度言う。帰還しろ》
メルツェルの発した言葉は優しく包み込むような穏やかさでオールドキングに語られるが、言外には『粛清』の二文字が佇んでいる。損得勘定を瞬時に済ませ、オールドキングは苦虫を噛み潰したように言葉を吐いた。
「………了解」
《余所見してんじゃねぇぞ!》
オールドキングが返答すると同時に、攻勢側のストレイドがOBを発動。両手の【GAN02-NSS-WR】および【LR02-ALTAIR】を掃射しながら急速に距離を縮める。対するオールドキングは弾丸と光線の雨嵐を巧みな体裁きでいなしながら機体を180度反転。ストレイドと同じくOBを発動させ、いささか名残惜しさを滲ませながら戦線を離脱しようとする。追うストレイドは離されまいとOBの出力を更に上げるが、イレギュラーのOB出力の方が数段高いらしく彼我の距離はみるみる離れていった。
《逃がすか!》
「悪いな、殺し合いは一旦お預けだ。それまでせいぜい生き残れよ」
オールドキングはイッシンに捨て台詞を言うとOBを加速させ作戦エリアを離脱、そのまま彼方へと吸い込まれて行った。
「この……!」
《イッシン!今は奴よりも雷電の救助が先だ、抑えろ!》
昂ぶるイッシンをセレンはスピーカー越しに制した。確かにイレギュラーを取り逃がした事は大きい。あのまま戦闘を継続していれば勝算も十分にあっただろう。だが、僚機である雷電が瀕死であり、なおかつイレギュラーが自ら撤退したのであれば救助より追撃を優先する理由は無い。
イッシンもそれは理解したようで、未だ醒めやらぬ闘争心を無理に押し込めながら、ストレイドを雷電の救助に向かわせる。その間にイッシンはセレンより雷電および有澤隆文の現状について説明を受けた。
見た目こそ派手にやられているが内部機能へのダメージは致命的ではないらしく、戦闘の衝撃によりある程度の外傷は受けたものの搭乗リンクスの命に別状はないらしい。
―――【SAMPAGUITA】の直撃を至近距離から何発もコアにブチ込まれて内部ダメージがそれなりで済むってどういう事よ。いくら原作内で『普及型AFと正面から撃ちあえる』って触れ込みがあったとは言え限度があるだろ。もはや
そんな邪推をしている内にイッシンの頭も冷え、普段と同じような平常を取り戻しつつあった。……イレギュラーネクストを仕留め損なった事に関しては、未だ腹を据えかねてはいるが。
「社長殿、生きてるか」
《……ストレイドか》
イッシンがモニター越しに見る雷電のコックピット内はバチバチと火花とショート音が断続的に出てはいるが、確かに主要な機能に関しては正常に作動しているようだった。パイロットである有澤隆文もこめかみから流血しているが大部分は乾き始めており、持ち前の肉体と精神力も手伝ってかすり傷を負ったようにしか見えない。
「アイツは撤退した。正直気に食わないが、良しとするさ」
《『勝った』とは言わないのだな》
「不戦勝ってのはノーカンだと思う
《そうか………イルビスはどうした》
《既に確認している。イルビスのバイタルサインは安定しているが、ネクストはスクラップ寸前だな》
雷電の問いにセレンは答える。イッシン達がイレギュラーと交戦している間、セレンは作戦エリアを大回りしてイルビスの駆るネクスト〝マロース〟と交信。被害状況の把握に努めていた。即時救助も選択肢にはあったが、イレギュラーの行動が予測不可能であること。回収完了時間が読めない事から結果として、即時救助は出来なかった。
因みに、救助を試みたセレンに対するイルビスの対応が最悪だった事から救助しなかった訳ではない。……多分。
「まだマロースを回収してないんなら、さっさと回収して帰ろうぜ」
《いや、必要ない。たった今、オーメルからランク1がマロースの救援に向かっているという情報が入った》
「ランク1……オッツダルヴァか」
《鉢合わせるのも面倒だ。このまま雷電を回収後、作戦エリアを離脱するぞ。イッシン、お前は周辺を警戒し雷電を守れ》
「了解、これより社長殿の作戦エリア離脱を援護する」
《……面倒を掛ける、ストレイド》
「構わねぇさ、先にダウンしたのは俺だしな」
《全くだ。あの程度で気絶されては今後が思いやられる》
「セレン、もうちょい気遣ってくれてもいいだろ?」
《ふん》
セレンとイッシンの軽妙なやり取りの後、すぐに両ネクストの輸送機が到着した。ストレイドは到着時と同じように肩部に多重層ワイヤーを固定し通常通りに懸架出来たが、肩部含めボロボロの雷電はそうは行かない。
結果、コア上部に即席のアンカーボルトを新たに設置し懸架する形になる。時間にして30分程を要した後、両ネクストおよび両輸送機は作戦エリアを離脱。麦畑が未だ燃えるリッチランド農業プラントをあとにした。
カラード記録ファイル(整理番号:GA-101)
依頼主:グローバル・アーマメンツ社
依頼内容:リッチランド農業プラントの襲撃
結果:成功
報酬:500000c
備考:イレギュラーネクストとの交戦有り。本依頼の受注リンクス〝有澤隆文〟は交戦により全治1週間の軽傷。搭乗ネクスト〝雷電〟は損傷により一ヶ月の修繕が必要と判断、指名依頼の受付を一時停止。なおイレギュラーは僚機〝ストレイド〟によって撃退。
「救援は……まだか」
イッシン達がイレギュラーと交戦したエリアより40km南東で、イルビス・オーンスタインは眉間に皺を寄せる。彼はアルゼブラ社が『イクバール社』と呼ばれていた時代より身を置く生粋の軍人であった。AMS適性を持ちながら、当時指揮していた〝バーラッド部隊〟の練度不足を理由にリンクスへの転向を固辞し、先の大戦をノーマルのパイロット〝レイヴン〟として生き抜いたベテランでもある。
そして数年前に自身の後任も十分に育ったとして、リンクスへ転向。それまで培った経験と勘を存分に生かし、数々の功績を残してきた…………にも関わらず。
「バーラッドは全滅、マロースも死に体……。大アルゼブラに尽くした結果がこれか。……救われんな」
《それが企業に心酔した者の末路だ。貴様のような盲信家には似合いの状況じゃないか》
イルビスはコンソールパネルを見る。友軍のネクスト反応がこちらに向かって来ており、その光点の注釈には〝Rank.1〟と示されていた。
「……お前を寄こせと言った覚えはないぞ、オッツダルヴァ」
《アルゼブラ社が擁する最高戦力が、どこの馬の骨とも分からん輩に手こずっていると緊急依頼が入ってな。同じグループのよしみで引き受けたんだ、有難く思え》
オッツダルヴァ。
技術力、政治力ともに随一であるオーメル・サイエンス・テクノロジー社が擁する最高のリンクスである。同社が威信を持って発表した最新鋭ネクスト「TYPE-
本来であれば、社のコンセプトから逸脱したリンクスなど使う道理はないが、その圧倒的な実力故に歯噛みながらも起用し続けているのが実情だ。尤もオッツダルヴァの生来の性分である『皮肉屋』という側面が災いし、現場からの評価は最悪であるが。
コンソールパネルに表示されているネクスト反応は、やがてマロースのコックピットから全身のシルエットが視認出来る距離まで接近してきた。
TYPE-LAHIREは全体的に戦闘機を彷彿とさせる先鋭的なデザインのネクストだ。コア部が前方に突き出た見た目でありながら、腕部は通常のネクストよりも後ろに設計されており、その見た目は文字通り戦闘機の主翼にも見える。脚部は常に中腰のような格好で、空気抵抗を抑えるために薄く設計されているのが特徴だ。また、足はハイヒールのように土踏まずの部分が抉れており、軽量化の工夫が至るところに見て取れた。
そんなTYPE-LAHIREにメインカラーが青、差色が黒の洗練されたカラーリングが施されたオッツダルヴァの乗機〝ステイシス〟はマロースに手が届く所まで接近し、ブースターを切る。
《まるで捨て猫だな。
「皮肉を言いに来ただけなら失せろ」
《そうしたいのは山々だが、生憎依頼でな。貴様の回収が終わるまで警護を一任されている。恨むなら貴様自身の実力不足を恨め》
そう言うとステイシスは周囲の警戒を開始した。とことん相手を見下す態度は腹立たしいが、一切の隙が見当たらない様はランク1であることをイルビスも認めざるを得なかった。
「一つ教えろ」
《なんだ。貴様と雑談など性に合わん》
「違う。
《……何の話だ?》
「イレギュラーに向けた攻撃の事だ。お前じゃ無いのか?」
《貴様のような男に助太刀するほど、私も落ちぶれてはいない。恐らく依頼を受けた別のリンクスだろう》
「どこのどいつだ。別のリンクスってのは」
《さぁな。貴様が考えろ》
そこで会話が途切れ、沈黙が訪れた。その間、麦畑のサラサラとした音が風によって奏でられる。しばらくすると2機の輸送機が到着し、すぐにマロースの回収作業が行われた。周囲100kmに敵影なしの報告を受けオッツダルヴァも警戒を解除。同じく輸送機で回収され、最早居る意味は無いといち早く帰路についた。
帰りの輸送機内でオッツダルヴァは依頼の報告書を同行した秘書に書かせ、自身はリクライニングシートで寝そべり、アイマスクをして足を組みながらクラシックを聴いていた。故郷に思いを馳せながら
「オッツダルヴァ様」
「……なんだ」
アイマスクをずらすと、座席の横に秘書が膝をついていた。オッツダルヴァの機嫌を損ねたのではと秘書の顔に焦りが見えたが、いくらオッツダルヴァとてその程度で激高する程器量は狭くない。オッツダルヴァが話すよう促すと、秘書はいくらか安心したようで滑らかに喋り始めた。
「ご所望の情報ですが、件のイレギュラーについて新たな情報はありませんでした。また、今回作戦エリアに居合わせたリンクスは〝ランク14〟雷電と〝ランク31〟ストレイドのようです」
「ふん、イレギュラー如きに振り回されるとはカラードも堕ちたものだ。……ストレイドは例の新人か」
「そのようです」
「ご苦労、下がっていいぞ」
「では失礼します」
秘書は足早にその場から去り、再び備え付けのデスクに座った。オッツダルヴァはその様子を薄目で見ながら再びアイマスクを掛ける。
そして、その口元には笑みが浮かんでいた。
いかがでしたでしょうか。
最近「リーサルウェポンズ」というバンド?にハマってます。内容が無いような歌詞ですが、元気になれる気がします。よければどうぞ。
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