「えっと……セレン、もう一回説明してくれる?」
「何度も言わせるな。今まで私が会っていた有澤隆文は『雷電』という名の影武者で、目の前の御仁が本物の有澤隆文だ」
「うん、そこまでは分かる」
「そして本物の有澤隆文は【オリジナル】のワカで、私とは旧知の仲だ」
「ごめんそこから理解が追いつかない」
「ハハハ、無理もない。その頃のGAとレオーネはライバル関係だったからね」
鹿威しがカコンと鳴り、冬季の夕暮れが訪れ始める時分に穏やかな空間が形作られた和室では、四人の男女が茶菓子を嗜みながら談笑していた。
「……隆文殿、小生も初耳でございます」
「あれ、スミカとの関係は言って無かったかい?」
「そちらでは有りません。【オリジナル】である霞スミカとの関係は以前より聞き及んでおりましたが、まさかストレイドのオペレーターとは……」
「セレン・ヘイズを霞スミカと呼ばないのは知ってる人間にとって暗黙の了解だからね。それに、名前を変えた理由が――」
「ワカ、喋りすぎたぞ」
漆塗りの長机を挟み対面するセレンは、ワカこと有澤隆文を穏やかながらも鋭い言葉で制する。有澤隆文は笑みを絶やさずにそれに応じ、口を閉じる。それに反比例するようにイッシンは有澤隆文へ言葉を投げかけた。もちろん雷電の言いつけを守り、丁寧に。
「それにしても……影武者なのは薄々分かっていましたが、まさか本物もリンクスだったなんて驚きました」
「と言っても、怪我で引退した身だ。もう戦場には出られないよ」
「怪我?」
「作戦行動中にパイルバンカーの直撃を受けてね。幸い一命は取り留めたけど、臓器の大半が人工臓器さ」
「それは……」
「君が気にする事じゃない。戦場とはそう言うものだよ。な、スミカ」
「いちいち名前を呼ぶな、鬱陶しい」
本気で嫌そうな顔するセレンを尻目に有澤隆文はカラカラと笑う。
――というか、セレンさんが『霞スミカ』ってことは意外と知られてるんだな。もっとこう、秘密中の秘密って感じだと思ったのに。
イッシンが物思いに耽っていると、どうやら話はセレンと有澤隆文の出会いについてシフトしたようだ。
「――私とワカが出会ったのは国家解体戦争後の共同戦略会議の事だ。ワカの言う通り当時のGAと旧レオーネメカニカ……現インテリオル・ユニオンの片割れだが、二つはライバル関係にあった。と言っても良い意味でのライバルだ」
そこまで言うとセレンは机に置かれた煎茶を口に運び、コクリと喉を鳴らした。並ぶイッシンも煎茶を口に運んで含んだ。爽やかな茶葉の旨みが鼻から抜ける感覚は、とても前世では飲んだ事がない最高級の茶であることを改めて思う。
「そしていつしか、互いの欠点を補完しようと言う案が上層部同士で決定してな。リンクス戦争が始まるまでは合併の話まで出ていた程だ」
「インテリオルとGAが合併って……」
「もし実現していればオーメルも太刀打ち出来ない一大軍事複合企業が誕生していただろうね。まぁ結果としてはご破算になったけど」
「……話を戻すぞ。その共同戦略会議は両企業が有するリンクスの顔合わせと意思疎通を計るためのものでな。双方のリンクスでペアを組んで、シミュレーターによる演習を行う内容だった」
「そこでお互いに選んで組んだのが僕とスミカだったって訳さ」
有澤隆文はどこか得意げに誇るが、対照的にセレンは腫れ物でも触るかのように目を細める。
「馬鹿を言え。もともと私自身は共同戦略会議に乗り気では無かったし、お前が最後まで残っていたから私が仕方なく組んだんだ」
「それは今でも感謝してるよ。それまで敵同士だった企業の、それも次期社長なんて呼ばれてる御曹司の機嫌取りなんて誰もしたくないのにね」
「……なら、その恩を今返して貰おうか」
「どういう意味だい?」
「わざわざつまらない雑談をする為に私達を呼びつけるお前では無いだろう。目的はなんだ」
セレンの語尾が鋭く響き、和やかな空間を切り裂いた。同時にピリピリと張り詰めた空気が部屋全体を支配する。三人は面持ちをしかめ、場の雰囲気に順応しようとするが有澤隆文だけは笑みを崩さない。仮にも一企業のトップという事だろう、この程度どうということはないといった感じだ。
「分かった、単刀直入に言おう。……イッシン君、GAグループに所属するつもりはないかね?」
「え!?あ、いや……」
「ワカ、ふざけるのもいい加減にしろ」
「スミカ、残念だが大真面目だ。彼ほどの実力者をむさむざ野放しにするほどGAの懐は大きくない」
「私のリンクスだ。どうさせるかは私が決める」
「決めるのは君じゃない、彼だ」
そう言うと有澤隆文はセレンからイッシンへ向き直り、目を合わせる。その表情は相変わらず柔和そのものだが、眼鏡の奥に光る目は全く笑っておらず、一種の冷徹さが垣間見えた気がした。
「で、どうかね。GAに所属してくれれば不自由は一切させないし、身の保証も確約しよう」
「どうと言われても……急には決められません」
「イッシン、まともに取りあう必要はないぞ」
「はぁ……スミカ、彼は君の操り人形じゃない。彼にも人格があるし、考えもある」
「だとしてもだ。イッシンを見出したのは私で、育てたのも私だ。私が導くのは当然だろう」
「……まだ引き摺っているのか。
突然セレンが長机を踏み越え有澤隆文の胸ぐらに掴みかかった。衝撃で湯飲みが倒れ、机に茶が撒き散らされる。あまりにも唐突だったため場の全員が一時呆然としたが、すぐさま雷電は我に返りセレンに向け怒号を飛ばした。
「霞スミカ!!貴様どういうつもりだ!!隆文殿に対してその狼藉、覚悟は出来ているのだろうな!?」
「黙りなさい雷電、お前が出ていい場ではない」
「しかし!」
「もう一度言う、黙りなさい」
雷電の、主を守ろうとする怒声とは裏腹に有澤隆文から発せられた言葉は余りに冷淡な返答だった。雷電は主の言葉に従い、憤激を抑えようと全身に力を入れ堪える。
雷電が堪えた事を確認した有澤隆文は再びセレンに目を向ける。セレンの顔が下を向いているため表情は確認出来ないが、鼻息による呼吸は荒く、肩はブルブルと震えている。胸ぐらを掴む手の力は一向に弱まる気配は無い。
「スミカ、手を離してくれるかい?」
「………」
「私が悪かった。謝る」
「………」
セレンの拳から力が徐々に抜け、最終的に有澤隆文の胸ぐらから離れた。セレンは俯いたまま乱れた身なりを整えると無造作に障子を開ける。
「帰るぞイッシン」
「え、でもまだ――」
「帰るぞ」
セレンは有無を言わせぬ口調でイッシンに言い放つ。反論出来る空気では無いと察したイッシンは座布団から立ち上がり、有澤隆文と雷電に軽く会釈しながらセレンと共に部屋を後にした。
部屋には殺伐とした雰囲気がまだ残っていたが、有澤隆文の何とも言えない溜息でそれは一気に崩壊する。
「雷電、奉公人に二人を屋敷の外まで送るよう言ってきてくれないか」
「宜しいのですか。あのような無礼を働いておきながら送迎させるなど」
「客人は客人だ。こちらから招待した手前、無下には出来ないよ」
「……承知しました」
納得出来ない様子ではあったが、雷電は主人の言う通り奉公人に二人を送るよう伝えるため立ち上がり、部屋を出た。静まり返った部屋に唯一人となった有澤隆文は、座布団に座りながら袴の袖口より深緑色の通信端末を取り出し、ある人物へ連絡をかける。
《――私だ》
「やあ小龍。こうして会話するのは久しぶりだね」
《十六代目か。何の用だ》
「分かっているくせに。例の新人だが、貴方の要望通りに懐柔するのは骨が折れそうだ」
《やはりそう上手くはいかんか》
「みたいだね。それとスミカの説得は諦めた方がいい。彼女、
《……リリアナの件か》
「ああ。引き摺るのも仕方ないさ、あれは私でも相当応える」
《まあいい。懐柔出来ない以上、しばらくは泳がせるつもりだ。……手間を掛けさせたな》
「まさか。今後ともご贔屓にしてくれ」
通話を切ると有澤隆文は目を瞑り、大きく深呼吸をした。
日は既に落ち、辺りが暗闇に飲まれようとしている中、庭の灯籠に奉公人が火を入れる。
やがて日は完全に落ち、灯籠の灯りは一際輝きを増した。
いかがでしたでしょうか。
風呂敷を広げすぎて(個人的意見)、伏線回収出来るかたまに不安になります。
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