凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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筋トレのモチベーションが上がらないので、何とか上げようとムキムキマッチョメンの動画ばかり見てたら友人に変な目で見られました。


28.精密と伝統は、女狐に遊ばれる

暗闇で埋め尽くされた世界を掻き分けるかのように一台の車がタイヤの鳴き声を出し、舗装された路面を走っていた。

 

運転手は淡い桜色の短髪が似合う東洋系の女性。助手席には同じく東洋系の青年が無言で座っている。等間隔に設置されたオレンジ色の街灯は多少の明暗を演出しながらも途切れる事無くフロントガラス越しに車内を照らしつづけるが、二人の間に会話はない。

 

東洋系の青年ことキドウ・イッシンは、運転手の女性が引き起こした先ほどまでの言い争いについて考えていた。確かに女性とは短い付き合いではある。しかし、それを踏まえても目の前の女性があれほど迄に激昂するなど考えられなかった。

 

常に冷静でありながら毒舌が枯れる事はなく、必要とあればどんな手段も厭わない程に(したた)かな彼女が、である。

 

 

「セレン」

 

「なんだ」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

聞ける訳がない。彼女があそこまで拒絶した事柄を、()()()()()()()()()()()()()自分が。たしかにイッシンは原作内で語られる考察は空で言える程に覚えてはいる。だが、所詮考察は考察であり真実ではない。そんな初歩的な事にも気付かず彼女の大部分を知った気になっていた事をイッシンは恥じる。

 

会話はそこで途切れ、再びオレンジ色の街灯が車内の明暗を演出するだけの時間が流れ出した。運転手の女性はそのまま前一点を見つめたままハンドルを握っている。イッシンもこれ以上言葉を交わす必要はないとドアウインドウから矢継ぎ早に過ぎ去る白線を眺めた。

 

 

「お前は」

 

 

急な声にイッシンは肩を飛び上がらせ顔を向けるが、声の主である運転手の女性は先程と変わらず視線は前のみを向いていた。

 

 

「お前はどうしたい」

 

「どうしたいって……」

 

「ワカの意見も一理ある。GAに組すれば余計な心配などしなくて良くなるのは尤もな意見だ」

 

「……仮に俺がGAについたとして、セレンは――」

 

「私は行かん」

 

 

予想はしていた回答だった。だが改めて言われると面を食らうというか、イッシンは豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。

 

 

「なんでだ?」

 

「裏で王小龍が糸を引いているのは分かっているんだ。わざわざ此方(こちら)から出向く必要は無いだろう」

 

「……らしくないな」

 

「何?」

 

 

イッシンの物言いに彼女――セレン・ヘイズ――は前を向きながらも語気を強める。その陰には先程までの苛烈さが見え隠れするがイッシンは構うこと無く続けた。いや、もはや構うものか。セレンが言わないのであれば自身が言うほか無い。

 

 

「いつもなら『GAに所属するよりもGA寄りでいた方が安全に搾り取れる』とか言うだろ。俺でも分かる事だ」

 

「……今回は相手が悪い。下手に飛び込むのは無謀だと判断したまでだ」

 

「セレンが怖いだけだろ?」

 

 

イッシンが言い切るよりも速く、運転する車が急制動をかけた。思わぬ衝撃にイッシンは前へつんのめり、胸のシートベルトがキツく胸部に食い込んだ。

 

 

「な、なにす――」

 

 

イッシンがそう言いながら運転席に目をやると、セレンはハンドルを握りながらも今まで見たことの無い表情で顔を歪ませている。憤怒にも悲哀にも歓喜にも見える表情だった。

 

 

「私が怖がるだと?この私が?」

 

 

セレンが醸し出す余りの迫力に、イッシンは顔から生気が抜けていくのを自覚する。イッシンは無自覚に顔をそらし、目線を足元に向けながらも自分で自分を奮い立たせ言葉を紡いでいく。

 

 

「さっきの豪邸でセレンが見せたあの行動は『自分が一番触れられたくない過去』に対する反応だろ。だから胸ぐらに掴み掛かった、違うか?」

 

「………」

 

「俺は本当のセレンを何も知らなかったし、知ろうとも思って無かった。これまでセレンがどんな思いをしてきたかも。でも……」

 

「でも?」

 

 

セレンの促しにイッシンは最も重要で、最も伝えなければいけない言葉を言わんと意を決して顔を上げる。セレンの表情は先ほどと変わっておらず、イッシンの顔をジッと見つめていた。

 

 

 

 

「……でも、たとえセレンの過去に何があったとしてもセレンが生きてる限り、俺も一緒に背負っていくさ。俺はセレンのリンクスだからな」

 

 

 

 

 

イッシンはどうにか信用して貰おうと空元気で胸を張り、自信満々な様子で話したが、その台詞を聞きセレンの表情がみるみる変わっていく。一瞬呆けたかと思えば思案する顔に変わり、かと思えば肩を震わせて笑っている。

 

 

「あ、あの、セレンさん?」

 

「フフフッ、お前という奴は………」

 

「???」

 

 

イッシンはセレンの意図が読めないようで、戸惑い気味に彼女を見るが、当のセレンはそれがまた可笑しいらしく先程以上に肩を震わせた。

 

 

「お、俺なんか変なこと言ったか?」

 

「ハァー……ハァー……いや、お前はそういう奴だったな」

 

 

セレンは涙を滲ませた瞳を人差し指で拭いながら悪戯っぽくイッシンに微笑みかけた。イッシンも、笑っている理由は分からないながらもセレンの表情を見て安堵の表情を浮かべる。

 

 

「……フーッ。お前のお陰で頭の力みが取れた気がするよ。ありがとう、イッシン」

 

「な、なら良かった?」

 

 

イッシンは未だ納得していないような顔をしていたが、対照的にセレンは今までの雰囲気が嘘のように晴れ、腹が決まったような表情に変わっている。

 

 

「……そういえば、さっき『GA寄りになった方が安全に搾り取れる』と言ったな」

 

「あぁ。普段のセレンならそうするだろうと――」

 

「どうせなら、もっと効率的に搾り取らないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次代のエース、キドウ・イッシン 支援企業を正式に発表!?』

 

〝ここ最近活躍目覚ましいニュージェネレーション、キドウ・イッシンについて、またもや当編集部に衝撃のスクープが飛び込んだ!何と、自身が支援する企業を正式に発表したのだ!!本来リンクス本人が支援企業を大々的に報じるのは良くないという慣習があったのだが、ニュージェネレーションの代表格たるキドウ・イッシンにはそんな過去のルールなぞ通用しないという事だろう!気になる支援企業は………なななんと、かの『ローゼンタール』と言うでは無いか!ランク6を擁し、少数精鋭思想の格式高いローゼンタールを支援企業に選ぶとは全くもって予想外という他ない!当編集部はこれからも彼を追い続ける。続報を期待されたし!〟

 

最高級のウォルナット材で作られた執務机に置かれていた〝週刊ACマニア〟を手に取り、椅子にもたれながら何気なく読み進めていた王小龍は暫しのあいだ硬直するが、瞬時に持ち直して思考の扉を開けた。

 

 

(……ローゼンタールを支援企業に選ぶとは、商魂たくましいな)

 

 

【所属企業】と【支援企業】の違いは、言うなれば【専属契約】と【個人契約】のようなものだ。専属契約となれば好待遇と引き換えに主人である企業の命令は絶対であるが、個人契約の場合は()()()に命令をこなすのみであり厳しい制約はない。しかし、どちらの形態にも共通する事は〝企業の審査をクリア〟する事である。企業側も看板を背負わせる以上、一定の実力を持つリンクスにしか認可を下ろさないのはある意味当然であった。

 

そしてローゼンタールは、審査が非常に厳しい事で有名な現オーメルグループの一翼であるが、歴史的経緯からGAグループであるBFFとの関係も良し悪しはあれど深い。つまりは………

 

突然、王小龍の通信端末が着信音を響かせる。自身の通信端末を鳴らしているのが誰であるか見当がついていた王小龍は、相手の名前を確認する事無く応答する。

 

 

「……私だ」

 

《声に覇気が無いぞ。隠居したらどうだ?》

 

「お前のような躾のなっていない女狐を野放しで隠居するほど耄碌(もうろく)はしておらん」

 

《ふん》

 

 

着信の主であるセレン・ヘイズの罵倒を華麗に捌き返した王小龍は軽く息をついた。双方同じ【オリジナル】でありながらここまで仲が悪いのは同族嫌悪によるものだろう。どことなく気分が重くなりながら王小龍はセレンに尋ねる。

 

 

「記事を見たぞ。レオハルトに口利きでもしたか」

 

《まさか。支援企業契約を結びたいと言ったら、連中は小躍りしながら契約書をもってきたよ》

 

「どちらでも構わん。……わざわざローゼンタールと契約を結んだ理由はこのためだな?」

 

《私は安っぽいラブコールは受け取らない主義なんだ。でもまぁ〝お友達〟からなら(やぶさ)かでは無いと思ってな。天秤にかけさせて貰っている》

 

「傾国にでもなったつもりか」

 

《生憎、傾国の(リンクス)を持っているのでな。……せいぜい()()()()()になれる事を願っているぞ、王大人》

 

 

通話は一方的に切れ、執務室に静かな時間が流れ始める。王小龍は、高齢となり淋しくなりつつある頭を背もたれに預け、目を閉じる。時間にして20分前後、今後の展望と手持ちの駒を照らし合わせて最善の手を考え出した王小龍は目を開き、室外で待機していたリリウムを呼びつける。

 

 

「大人、いかがいたしました?」

 

「十六代目に伝言を頼む。『桜は手の内にある、また手を借りる』とな」

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

一般的な激辛料理が苦手だったんですが、つい先日食べられるようになりました。食べられるだけで、お尻は相変わらず火を噴いてますが。

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