《少年、いつも通りリミットは5分だ》
「楽勝!」
少年ことハリはティーンエイジらしい自信に溢れた真剣な笑みを浮かべながら返答すると、オペレーターであるバイオレットはハリの駆るネクスト〝クラースナヤ〟のAMSシンクロ率を98%まで押し上げた。
通常、100%近いシンクロ率は搭乗リンクスへのリスクが大きすぎるため90%程度でセーブされている。具体的にはシンクロ率が高すぎて
「飛ばすぞ、クラースナヤ」
ハリの言葉に反応するようにクラースナヤは文字通り
まるで曲芸師の如く駆け抜けるクラースナヤは軽やかな勢いを保ったままマザーウィルの三段式甲板に音も無く着地すると、両手に握られたBFF製実弾ライフル【051ANNR】の引き金を引く。瞬間火力こそ高くないものの、BFFらしく貫通力に秀でた【051ANNR】は
瞬く間に複数のノーマルが撃墜された事でマザーウィル防衛部隊の間に動揺が走るが、それは
緑色で発光しているクラースナヤのメインカメラが残影が出るほどに輝き、両の手の【051ANNR】をおもむろに構えると情熱的なタンゴのように軽快なステップを踏みつつクルクルと回り始める。ステップはどんどん速くなり、回転が最高潮に達した瞬間【051ANNR】の銃口から火が噴いた。慣性の法則に従い、曲線を描きながら射出された弾丸は飛来するミサイル群を
防衛部隊の弾薬装填に伴い波状攻撃が止んだ時にはクラースナヤは只そこに佇んでおり、ルビーのように赤く澄んだ装甲には一片の煤すら無い。対照的にクラースナヤの周辺には本分を果たす事が出来なかったミサイルの残骸と、甲板上に作られた風穴が無数に存在している。その光景は正に異様であり、クラースナヤおよびハリの規格外加減を端的に示していた。
「……口先だけじゃねえってか?」
圧倒的すぎる後詰めの戦力にイッシンは思わず呆れながら呟き、ハリと初めて対面したミッションミーティングを思い出していた。
「――なるほどねぇ。俺が先行してマザーウィルを削った後、詰めの僚機が仕留めるって寸法か」
「マザーウィルとの物量差を考えれば同時出撃が理想だがゼクステクスの設備ではVOB接続は一機ずつ、しかも接続に30分弱かかる計算だからな。嫌か?」
「嫌って言うか、何で俺が先行なんだ?小龍の爺さんが選んだ腕利きのリンクスなら、そいつが先行した方が良いだろ」
ゼクステクス内に設けられた簡易的な待機所でイッシンは椅子の背もたれを正面にして、腕を組んで突っ伏しながらセレンに尋ねる。部屋に備え付けられたホワイトボードに簡単な図解を書いて説明していたセレンは、少しつまらなさそうに答えた。
「今回の僚機は訳ありでな。確かに腕は立つが、リンクスとしての活動時間が限定されている奴なんだ」
「限定?限定って……まさかクラースナヤか?」
「おや、次代のエース殿に知って貰えてるとはオペレーターとして俺も鼻が高いよ」
不意に声がしたのでイッシンが後方に振り向けば、そこには紫色のショートカットがよく似合う女性が立っていた。多少ダボついた戦闘服を着ているにも関わらず、メリハリがあることが分かる体型はナイスバディの一言に尽きる美人だ。その横には赤いリンクススーツを身に纏った小柄な少年が目を輝かせながらウズウズと立っている。どう見ても20は越えていない外見に、イッシンは彼がハリであると直感的に理解した。
「来たか。イッシン、赤いリンクススーツを着た少年がランク29のハリ。横に立っている紫
「
「黙れ、紫脱法ショタコンが」
(2人とも口悪!?)
出会って5秒で罵り合う両オペレーターに流石のイッシンも驚きを隠せないが、そんな事は露知らず2人の舌戦は笑顔を崩さず更にヒートアップしていく。
「ふん、ダン・モロに肉薄したからっていい気になるなよ。私のハリがやれば確実に勝ってた
「さすが
「ほぉ、嫁ぎ先の一つも見つからない女にそんな心配されるとは思って無かったな。あのミセス・テレジアでさえ旦那がいるって言うのになぁ?」
オペレーター同士の骨肉の争いが目の前で行われているお陰で身動きが取れないイッシンだったが、隣で罵り合いが始まると思ってなかったハリも同じようで、コソコソとイッシンの傍に寄ってきた。それに気付いたイッシンは椅子から立ち上がり挨拶に応じる。ハリの身長は160cm半ばのようで175cmのイッシンからはとても小柄に見えた。――てかホントに未成年だったのかよ。確かに設定では若いとは言ってたけどフロム鬼畜過ぎるだろ。こんな少年にどう血みどろな戦場を駆けさせるとか正気の沙汰じゃねぇぞ。
「あ、初めまして。ランク29のハリです」
「こちらこそ。ランク31のイッシンだ」
「……なんかすいません、バイオレットさんが急に」
「いや、応じたセレンも悪いから気にするな」
互いに我の強いオペレーターを持っている者同士で通じ合う所があったのか、それ以上は言わずに舌戦の2人を眺める。セレン、バイオレット共にどうにか笑顔を保っているが一枚捲れば般若の形相が潜んでいることは明白だった。
「あの、イッシンさん。ダン・モロに肉薄したって本当ですか?」
「ダメージだけ見ればそうだけど、実際は上手く転がされたってのが正しいな」
「本当ですか?」
「あぁ。最初から本気で来られてたら、多分ボロ負けだったよ」
「……な~んだ、期待して損した」
「え?」
急に口調が変わったハリにイッシンは戸惑うが、そんな事はお構いなしにハリは続ける。その口振りは典型的なクソガキと同じ言い方だった。
「だって本気出させてないんでしょ?なら興味ないや」
「どういう意味だよ」
「そのままですよ。ダン・モロに肉薄した貴方を研究する意味合いでミッションを受けたっていうのに……期待外れもいいとこです」
「お前……」
「バイオレットさーん。
小馬鹿にされ静かに憤るイッシンを尻目に、ハリは未だ舌戦を続けている自身のオペレーターに声を掛ける。どうやら勝負はセレンが勝ち取ったらしく、バイオレットは悔しくも名残惜しそうにハリの元へ寄ってきた。
「あのピンク
「へぇ、バイオレットさんが口で負けるなんて珍しいね」
「もぉ~慰めてくれよ少年~」
「はいはい後でね」
ハリの腰元に顔をこすりつけながら甘えるバイオレットにハリは気にすることなく頭をポンポンと叩く。当のバイオレットは腰元にこすりつけている顔の端々から変態的な笑みが溢れており、犯罪臭がしないでもない。
「それじゃ、よろしくお願いしますよ。
ハリはそう言い残し、腰元のバイオレットを引き摺りながら待機室を後にした。残ったのは口喧嘩に勝利した余韻に浸るセレンと小馬鹿にされイラついているイッシンだけであり、待機室には時を刻む音だけが響いている。
「――セレン」
「ん?何だ」
「アイツら嫌いだ」
「……私もだが、腕は立つ。今回だけの辛抱だ」
「本当かよ?クソガキと痴女だぞ?」
この時イッシンはハリの実力を疑っていた。原作ではランク10の実力者であったが、この世界はランク29。つまり最底辺ランカーの1人である。ダンの件で原作とこの世界がリンクしない事が分かっているからこそ、ハリもランク相応の雑魚なのではないか。そういう予測がイッシンの頭をよぎっていた。
場面は変わり、現在。
「トロ過ぎて欠伸が出るよ!」
《少年、あまり飛ばしすぎるなよ》
「こんな奴らに時間掛けてる方がどうかしてるでしょ!」
クラースナヤは両手の【051ANNR】を空高く放り投げると
「……もうアイツ1人でいいんじゃないかな」
終局は近い。
今回はハリとバイオレットの説明回になりました。
「脱法ショタコン」は我ながら良いネーミングセンスだと思っています。積極的に使っていきたい。