クラースナヤが参戦して150秒が経過した。活動時間の半分を消費したクラースナヤは留まることを知らず、縦横無尽にQBを噴かしていた。遠距離から狙撃しようとする敵が居れば一方の【051ANNR】を構えてほぼ目測で撃墜し、背後を取ろうとする敵が居ればノールックの背面撃ちで撃墜し、ならばと近接戦闘を挑んできた敵が居れば、昆虫的な脚部で蹴り上げて彼方へ吹っ飛ばす。
八面六臂の活躍とは
「あんなのとやり合えるかってんだ」
《言ったろ。腕は保証すると》
「……
《なに、腐れ縁という奴だ。それよりも敵の意識がクラースナヤに向かっている間に残りのミサイル砲台も撃破するぞ》
「おいおい、ノルマはクリアしただろ?」
《あの子供に見せ場を全部持って行かせるなら――》
「それは気に入らねぇ」
《だろうな。残弾は残り僅かだ、確実に行けよ》
食い気味に即答したイッシンに満足げな表情を浮かべたセレンは手元のコンソールを操作し、ストレイドの損傷状況を確認した。
ストレイドの耐久値は30%を割っており、コア部に至っては大きくヘコみ歪んでいる。両手に構える【MR-R100R】および【ER-R500】の残弾は20%程度。背部右側の【EC-O300】はキルドーザーにお釈迦にされ、左側の【CG-R500】は残弾50%を切っている。唯一の撹乱装備である【YASMIN】もとうの昔に撃ち切っており飛来するミサイルは自力で避ける他なかった。
手札は最悪。ゲームは優勢。助勢は規格外。
であれば全額ベットで勝負するのも悪くない。
「オーライ」
イッシンは沸き立つ闘志とギャンブルの興奮性を併せ持った凶暴な笑いを立て、自身のリミッターを解除する。先のイレギュラー戦以来の限界機動にイッシンはある種の懐かしさを感じたが数瞬後には眼球が飛び出る程の多大なGを全身に浴び、もう二度とやるものかと心に誓う。
クラースナヤと同じく残影が出るほどにメインカメラを輝かせたストレイドは限界機動の名に恥じぬ速度でメインブースターを噴かして飛翔する。その勢いを更に加速させるようにOBを起動、時速1800km/hの超高速で残りのミサイル砲台へ向かった。ハリも迎撃の手が空けばミサイル砲台を破壊していたようで残りは4基となっていた。
「先ずは手前の!」
ストレイドは両手のライフルを構え、すれ違いざまにミサイル砲台に叩き込む。実弾と光線のコラボレーションは砲台が迎撃する間も与えずに撃破し、代わりに歪な黒煙を立ち上げた。超高速ゆえに振り返って確認する余裕はなく、レーダーの反応が消失したことでイッシンは確実に撃破したことを知る。
続いて奥まった場所に設置されているミサイル砲台を視認したイッシンは更なる加速の為にQBを噴かした。瞬間的にVOB相当の時速2800km/hの域に達した加速に意識が飛びそうになるのを
球状の爆発が起こった事を確認し、ターゲットが残り2基となったイッシンは目端に異変を捉える。要塞たるマザーウィルが
《第3、第5ブロックより電子負荷による火災発生。……訂正、第3から第5、第8ブロックにて電子負荷による火災発生》
もはや
《――あと一押しだな》
「速攻済ませる!!」
戦闘が始まり25分弱。ようやく目に見える形でダメージらしいダメージが通った事に追撃の弾みがついたイッシンは、残り限界機動時間36秒を振り絞りミサイル砲台へと照準を会わせる。幸いにして、破壊した砲台と同じく東側に設置されたミサイル砲台との距離はそこまで大きくはない。であれば落とす以外の選択肢は無いだろう。
「これで……!」
《ぶるぁあああぁ!!》
限界機動に振り回されるストレイドに鞭を入れようとしたその時、
「付き合ってる暇はねぇ!」
《じゃかあしゃあ!解体屋の矜持、見せたらぁぁ!》
乱射された弾丸がキルドーザーに着弾し、浅くは無い傷跡を形成するがチャンプスは止まることなくストレイドを追う。自身の誇りと存亡を掛けて。
――チャンピオン・チャンプスはボクサーであった。ハイスクール時代には故郷のアマチュア大会で優勝する程の実力を備えており、カレッジ時代には六回戦級のプロボクサーを打ち負かした事もある有望な選手だった。しかし不慮の事故で利き手を粉砕骨折してしまい、夢はあえなく潰えてしまった。そして自暴自棄になった彼は酒浸りの日々を経て、父親の家業である解体屋を手伝うようになる。
それから暫くして、チャンプスは自身にAMS適性があることに気付く。お世辞にも高い数値とは言えなかったが、形こそ違えど再びボクサーとして戦えるという事実にチャンプスは多いに満足し、喜んでリンクスになった。
だからこそ退けない。一度は諦め、しかし天運によって再興したボクサーの道を自ら手放すつもりはないからだ。故に――。
《やっぱりかぁぁぁぁぁ……》
ストレイドの放った弾丸の一つがキルドーザーを貫通し、ジェネレーターの供給パイプに直撃した。供給先を失ったパイプから出るエネルギーは内部機構を膨張させ、GA製の厚い装甲を持つキルドーザーの脇腹を風船のように破裂させる。コックピットへのダメージはないものの、制御不能となったキルドーザーのエネルギー残量はみるみる減っていき、30m程の砂煙を巻き上げながら地上に落下した。
「そのまま寝てろ!」
レーダー上でキルドーザーの墜落を確認したイッシンは急いでミサイル砲台へ向かう。残り限界機動時間20秒。左手の【ER-R500】は先ほどの乱射で撃ち尽くしてしまったので投げ捨て、イッシンは背部の【CG-R500】を展開する。
ストレイドに捕捉させた2基のミサイル砲台は、只で死ぬわけにはいかないと言うようにステルスミサイルをこれでもかと発射する。白煙を牽きながら迫り来るミサイル群だったが限界機動中のストレイドを捉えられる筈も無く、早々に振り切られて爆発した。
ストレイドは【MR-R100R】と【CG-R500】を構える。
「これで、終わりだ!」
放たれた弾丸が命中すると砲台は跡形もなく爆散した。すると、あれだけ震えていたマザーウィルが突然静止する。数秒の沈黙の後、六脚部で小規模な爆発が散発し始め、それは段々大きくなっていく。最終的に機関部から一際大きな煌めきが起こり………。
ドオォオオオオオオオン!
マザーウィルは中央から真っ二つに折れるように爆ぜた。あまりの爆風にストレイドは50mほど吹っ飛ばされるも、何とか空中制御を効かして体勢を立て直す。
「……すっげーな」
今までそこに君臨していたマザーウィルだったモノは、絶え間なく爆炎と黒煙を垂れ流す活火山へと姿を変えていた。時折大きな爆発が起こり、瓦礫を噴石のように打ち上げる様はマザーウィルの終焉を否応なく感じさせる。
《スピリット・オブ・マザーウィルの撃破を確認。……なんとか一端の傭兵になってきたな、お前も》
セレンの安心したような、それでいてどこか誇らしげな声色を聴いてイッシンも肩の力が抜ける感覚を覚えた。
――やったんだな、俺。
イッシン自身は心あらずな感覚に浸る。マザーウィルの撃破は出来ると確信してはいたが、実際に撃破してみると良い夢を見ているようにしか思えなかった。イッシンはとりあえずストレイドを手頃な場所に着陸させ、改めて肉眼で確認しようとしたとき、前方から無傷の赤いネクストが近付いてくる。
《おーい、パートナーさーん》
「――ん?ハリか」
《いやぁ最後の機動、お見事でした。あんなに動けるなんて知りませんでしたよ》
「あれは奥の手だからな。切り札は最後まで取っておくもんだろ?」
《それもそうですね。まぁ最終的な撃破数は僕が上ですけど》
「ホント一言多いな、お前」
《何がです?……あぁそうそう、報酬の話ですけど。契約通り、弾薬費と修理費を除いた合計額の40%でお願いしますね?》
「言われなくても分かってるさ、キッチリ指定口座に振り込んどくよ」
カラード記録ファイル(整理番号:OST-101)
依頼主:オーメル・サイエンス社
依頼内容:スピリット・オブ・マザーウィル撃破
結果:成功
報酬:700000c
備考:ネクスト〝キルドーザー〟との交戦有り。〝キルドーザー〟および搭乗リンクス〝チャンピオン・チャンプス〟はGA社救援部隊により収容され、以後の動向は不明。
なお、本依頼の達成に伴い、これまでの実績を考慮し〝キドウ・イッシン〟並びに〝ハリ〟のランク昇格を検討するものとする。
呑んだ翌日の便が臭い理由は、腸内でアルコールが異常発酵しているからだそうで。つまり実質密造酒では?