インテリオル・ユニオン欧州支部 Q4待合室
得体の知れないオブジェの間隙から水色の明るいグラデーションが漏れ出し、目の前に置かれた長机では立体ホログラフィックの地球儀がぐるぐると世話しなく回り続けている。いかにもSFらしい無機質然とした部屋で、スーツ姿のイッシンとセレンは待ちぼうけを食らっていた。
イッシン達がここを訪れた理由は一つ、先日請け負ったミミル軍港脱出支援の顛末を聴くためだ。インテリオル仲介人であるマリー=セシール・キャンデロロの杜撰な事前情報のお陰で危うくミッションを放棄しかけた経緯から、セレンは先日カラードを通じて意見書を提出している。まぁ意見書とは名ばかりで、痛烈な皮肉の効いた罵詈雑言がビッシリ3000文字書かれた呪言集だが。
その呪言集の異常性にインテリオル・ユニオンが寒気を覚えたのかは不明ではあるが、先方からこの件について協議がしたいと打診してきた。それに応える形でセレン達は欧州くんだりまで足を運んだのだが、いざ会ってみればくたびれた背広と頭頂部の寂しい卑屈そうな男性が出迎えたのだ。男性はあからさまに嫌そうな顔をしており、その態度に立腹したセレンが問い質すと案の定『自身は経理担当であり門外漢である。作戦本部に対応しなければ失職させると脅された』と白状したのだ。
あまりにお粗末なやり口に、お前達から呼び出しておいて何様のつもりだとセレンは激昂。知己の間柄だが作戦本部の責任者を今すぐ呼ばなければ今後インテリオルの依頼は一切受け付けないと凄んで言い放つと、経理担当の男性は幽霊のように白くなりながら慌てて応接室を飛び出していった。
それから30分弱の時を経て今に至る。セレンは腕を組みながら目を閉じて大人しく待機しているが、こめかみには青筋がうっすらと浮き出ている。我慢の限界は近いと読み取ったイッシンは己の立場を嘆きつつも彼女の逆鱗に触れないようにそれとなく話題を振る。
「そ、それにしても遅いよなー。どこかで油でも売ってんのかなー」
「気遣うな。余計に腹が立つ」
「……ごめん」
彼が何とか絞り出した棒読みのなまくら台詞に対して、名刀並の切れ味鋭い返しが飛んできては黙るしか無い。また殺伐とした雰囲気に戻るのかとイッシンがげんなりしたと同時に、ノックも無く応接室の扉が開いた。
「遅い。いつまで待たせるつもり、だ……」
「お久し振りです。
入ってきたのは真鍮色の軍服をカッチリと着込んだ仏頂面の女性であった。美人にカテゴライズされる均整のとれた顔つきは、短く切り揃えられた美しい金髪と相まって女神のような雰囲気を醸し出している。しかしその眼光は鋭く、どこかセレンを軽蔑しているような目であった。そんな彼女を視界に入れたセレンは思わず目を見開き絶句してしまうが、女性は気に留めること無くセレン達の対面に置かれた上座に座って一息をつく。
「ふぅ……この件を担当するインテリオル専属リンクスのウィン・D・ファンションだ」
「ランク18のキドウ・イッシンだ。まさかランク5が直々に応対してくれるなんてな」
「作戦責任者が逃げ出したせいで私が代理で対応する事になっただけだ。気にするな」
自嘲気味に笑うウィンは手元に持っていた薄いファイルをテーブルに開けると、数枚の資料をイッシンに提示した。そこには小難しい文体で構成された回答書と、マリー=セシール・キャンデロロのこれまでの功績を羅列した職務経歴書が添付されている。
「結果で言うと意見書はたかが意見書。再考するに値しないと言うのがインテリオル上層部の答えだ」
「おいおい、それは俺じゃなくてセレンに言うべきだろ。もともと意見書を提出したのはセレンだぜ? なぁ?」
そう言ってイッシンは隣に座るセレンへ向き直り同意を得ようとするが、セレンは何故か顔を背けて俯いたまま微動だにしない。不審に思ったイッシンは再度声を掛けようとするが、それを遮るかのようにウィンは言葉を紡いだ。
「この意見書を提出したのは先輩だったんですね。てっきりリンクスからの意見書だと思っていました」
「…………」
「そういえば、戦場で命を賭けるリンクスを眺めながら安全なオペレーティングルームで飲むコーヒーは格別に美味しいと聞いています。オマケに任務が成功すれば自分の手柄のように振る舞えると思うと笑いが止まらないそうです。先輩なら分かるのではないですか?」
「…………」
「なぁ、アンタちょっと不躾が過ぎねぇか?」
その一方的なやり取りを見ていたイッシンは声を極力荒げないよう注意しながらウィンを窘める。理由は知らないが、常日頃世話になっているセレンに対して露骨な嘲りを続ける事にイッシンは我慢できなかったからだ。しかしウィンは流し目でチラリと彼を見遣ると、一切動ずること無く言葉を続ける。
「良いリンクスを見つけたようですね。次は男ですか? 実力は伴っていませんが、お似合いだと思いますよ」
「てめぇ、ふざけた事抜かすのも大概にしろよ。なんなら今すぐに――」
「イッシン、やめろ……」
今にもテーブルを乗り越えてウィンに掴み掛かりそうになっていたイッシンを、セレンは力ない言葉で静止する。先程と変わらず俯いたままであったが、意を決したように顔を上げるとウィンを真っ直ぐ見据えた。
「……仲介人の件は分かった。私達はこれで失礼する」
「えぇ、そうして頂けると助かります。先輩と同じ空間で顔を合わせながら空気を共有するのは苦痛以外の何物でもないので」
そう言って席を立ったセレンに対してウィンは微笑を浮かべる。隠すつもりのない敵意と軽蔑と憎悪がこもった笑みは、直接向けられていないイッシンですら背筋が薄ら寒くなるほどおぞましい笑みだった。
セレン達は応接室を後にし、二人は特に会話も無いままコツコツと靴音を立てながら肩を並べてエントランスへ向かっていく。若干セレンの歩みが遅れ気味に感じるのは気のせいではないだろう。間違いなく今の一件がトリガーとなって意気消沈しているのは明白である。
何とか励まそうとするイッシンは脳をフル回転させて最善策を講じようとするが、十中八九込み入った理由であるだろうし、何よりイッシンはその件について何一つ知らないのだ。そんな状態で下手に励ませば逆効果になることは目に見えており、どうしたものかとイッシンが頭を悩ませている内にエントランスに到着してしまった。
エントランスにはインテリオル・ユニオンのロゴマークが巨大なホログラフィックに投影されており、空間の中央でこれ見よがしにグルグルと回っている。その下では複数人の事務職員が忙しそうに早歩きで往来していて、その内の何人かは疲れ切った顔つきで今にも死にそうな様相だった。
消沈中のセレンにそんな人混みは酷だろうと気を利かせようとしたイッシンは、出来るだけ人がいないルートを選定してエントランスを通過して出口に辿り着いたのだが、そこには一人の女性が腕を組んで壁にもたれている。
腰まで伸ばした髪は毛先まで美しい照りのある漆黒を纏っており、一重瞼が印象的な顔つきは典型的な東欧系クールビューティーといったところか。体型は長身細身のモデル体型で、どこか朧気な印象を与える不思議な雰囲気はそのまま吸い込まれそうな妖しい魅力がある。
「スティレットさん……」
「えっ!スティレットってあの?!」
「――スミカ、あまり自分を責めるな。私もあの状況なら同じ選択をした」
「…………」
セレンはスティレットの言葉には応えず、そのまま彼女の目の前を通り過ぎて出口の自動ドアをくぐって外に出た。対するイッシンはというと状況が状況だけにスティレットに正式な挨拶をする事を断念して軽い会釈で済ませてその場を後にしようとしたのだが、不意にスティレットに呼び止められる。
「君がキドウ・イッシンだな?噂には聞いている」
「えっあっ、どっどうも……」
「――スミカを支えてやってくれ。アレは溜め込む性分だからな」
「……分かりました」
ほんの二言三言。相応の短い会話であったが『支えてやってくれ』の一言で、初対面にも関わらずセレンの今後を託された雰囲気を察したイッシンは小さくも力強く頷き、先へ行ってしまったセレンの背中を追いかけた。
いかがでしたでしょうか。
セレンとウィンディ、二人の間に何があったのか……
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