凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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※今回は物語の進行上、一部残酷な表現を使用しております。免疫のない方が読む際には注意してください。


51.狂信の天秤

「おいセレン待てって!」

 

一心不乱に歩みを進めるセレンに対して、イッシンは小走りで追い着こうと彼女を呼び止める。しかし彼女は止まること無くロータリーに駐車中の車に乗り込みエンジンをかけ始めた。遅れて到着したイッシンも急いで助手席へ乗り込み、息を切らしながらシートにもたれかかる。

 

 

「そんなに急ぐ事ないだろ。別に輸送機は逃げたりしないぜ?」

 

「私は一刻も早く立ち去りたいだけだ」

 

 

ぶっきらぼうに答えたセレンはエンジンが始動すると同時にアクセルペダルを踏み、急加速気味でインテリオル・ユニオン欧州支部を後にした。正直セレンがここまで反応する場面をイッシンは見たことが無かった……いや、正確には一度だけある。

 

つい一ヶ月前に訪れた有澤邸での出来事である。有澤重工の十六代目社長〝有澤隆文〟が言った『()()は君のせいじゃない』という一言にセレンは突如として激昂し、長机を乗り越えて有澤隆文の胸ぐらに掴み掛かったのだ。幸いにも大事に至ることはなかったが、気になるのは当時の有澤隆文の対応だ。一般論として、いきなり胸ぐらを掴まれるという動作は身の危険を感じるに十分な理由であり、事態を把握次第何かしらの防御策を講じるのが普通である。しかし有澤隆文は防御策を講じるどころか、甘んじてそれを受け止めた上で諭すようにセレンの無礼を許したのだ。

 

GAグループの一翼を担う企業のトップとはいえ、この出来事を些事の如く振る舞うのは流石のイッシンでもおかしいと感じる。だからこそ今回の一件も有澤隆文の言う『アレ』が関わっているのだと彼は確信したのだ。セレンのトラウマである『アレ』とは、それこそ一企業のトップですら気遣う程の何かであり、そして相応の恐ろしさを持った何かであると。

 

 

「セレン」

 

「何だ」

 

「話してくれないか」

 

「……聞いてどうする」

 

「今のところ俺だけ外野だ。それでも傍にいることは出来るけど、理由を知らねぇと支えられねぇよ」

 

「別にお前に支えられるつもりはないぞ」

 

「支えてぇんだよ、俺が」

 

 

その一言を皮切りに運転中の車内を沈黙が包み込み始めた。一方は返答の是非を待つ沈黙を、もう一方はそれに応じるか否か、或いはそれ以外の何かで思案する沈黙。

 

時間にして2分程度だろうか。永遠とも思える沈黙を先に打ち破ったのはセレンだった。根負けしたことに対する自嘲とイッシンの頑固さへの呆れが見える溜息をつくと、輸送機が待つ空港へのルートから無理矢理外れるようにハンドルを切る。

 

 

「……後悔するなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、目的地に到着したセレン達を出迎えたのはおよそオフィス街のど真ん中に似つかわしくない仰々しい石造りの博物館だった。バロック様式らしい煌びやかさを全面に押し出している建造物であるが決して歴史ある建造物ではない。何故なら石造りの隙間にはモルタルの代わりに電子光が漏れ出ており、建物全体からうっすらではあるがモーター音も聞こえて来ているからだ。

 

 

「インテリオル記念博物館。旧メリエスとレオーネメカニカの合併を記念した、老人達の戯れだ」

 

 

それだけ言うとセレンは歩みを進めて入り口をくぐる。追うように3歩後ろについて歩くイッシンが最初に思った感想は『企業の老いぼれ共もずいぶん暇だな』という辛辣な言葉だった。博物館内の正面玄関両脇にはブロンズ胸像がズラリと並んでおり、その全てがしかめ面の老人。各人ともインテリオルに対して多大なる貢献をした御仁に違いないが、それにしたってもう少しマシな表現方法があるだろう。来客を招く意思を微塵も感じられない利己的な自己満足の総攻撃にイッシンはげんなりしてしまう。

 

そんな老人達の胸像の圧力をものともせずズンズンと奥へ進んでいくセレンに敬服の念を抱きながらそれに追従して歩を進めたイッシンが行き着いた先には、一つの大迫力なジオラマがあった。元は高層ビルであったであろう瓦礫の山々の中に桜色の旧レオーネメカニカ標準機〝Y01-TELLUS(テルス)〟が凜として仁王立ちしているジオラマは見る者全てを圧倒する何かを感じずにはいられない。

 

 

「これってシリエジオ……だよな」

 

「あぁ」

 

 

シリエジオ。

 

セレン・ヘイズいや『霞スミカ』が共に幾多の戦場を駆け抜け、実質的な旧レオーネメカニカの最高戦力とも謳われた、間違いなく最強ネクストの一角。そのジオラマを見て息を吞むイッシンを尻目にセレンはジオラマの足元にある説明パネルへと足を運んだ。

 

 

「『レオーネメカニカのリンクス、霞スミカを語る上で欠かせないのは【エチナの奇跡】だろう。反体制武装勢力であるリリアナによって占拠されたエチナの奪還を命じられた霞スミカは、当初不可能とも言われた『犠牲者を出すこと無くコロニーを奪還する』ことに成功。これによりレオーネメカニカの世論評価は一層高まり、インテリオル・ユニオン発足の一助を担ったという事実は間違いない』……というのが老人達の見解だ」

 

「違うのか?」

 

「大きく間違っては無いな。確かに犠牲者は出していない」

 

「なら――」

 

()()()は、だが」

 

「は?」

 

 

言葉の不意打ちに戸惑いを隠せないイッシンに対して、セレンはゆっくりと振り返る。表情は物憂げで、自暴自棄で、儚くて、諦めた顔だった。そこからセレンの独白が始まる。

 

 

「この任務の本当の目的はリリアナに拉致されたリンクス候補生3人の救出だ。そしてその3人の指導役が私だった……言ってみれば尻拭いだな」

 

「拉致されて数日後、私の通信端末に拉致された候補生の1人から連絡が入った。『エチナで捕まっている。助けてくれ』とな。もちろん向かったさ。上層部からの待機命令を無視してな」

 

「だが蓋を開ければ、待ち受けていたのはエチナの住民をも人質に取ったリリアナだった。そこで指揮官らしい男から『今すぐ撤退しろ、さもなくば人質を全て殺す』と脅された」

 

「迷ったさ。リンクス候補生3人の命かエチナ市民の命か。普通の感覚ならエチナ市民を選んで、候補生3人の犠牲をコラテラルダメージとして見るのが一般論だ。でも私は違った。今後レオーネメカニカで戦力となり得る3人の命は、レオーネメカニカに利益を何一つもたらさないエチナ市民よりも重いと判断したんだ」

 

「そこからは奪還というより虐殺だった。人質を盾にする奴らは人質ごと殺したし、人質がいるシェルターに逃げ込んだ奴らも人質ごと潰した。生々しい鉄の臭いとレーザーで焼き切れる肉の香り……この世に地獄があるなら、それは此処だろうと本気で思ったよ」

 

「そうしてリリアナの掃討が終わった後、リンクス候補生を捜索した。独房を捜したらすぐに見つかったよ。内2人は既に死んでいたがな。多分私に連絡を直後に殺されたんだろう、ボロ雑巾の方がまだマシと思える有様だった。何とか生き延びていた女の候補生も女性としての機能が失われる程の酷い拷問を受けていた」

 

「直ぐに応急手当を施して、一緒に外へ出た候補生は言葉を失っていた。焼け野原と死体の山が一面に広がっているんだ、仕方ないだろう」

 

「その候補生は私を睨んでこう言った。『貴女は何をしにきたんですか』とな。そこで我に返って愕然としたよ。結局のところ私は何も助けていなかった。ただの大量殺人者になっただけだと」

 

「この一件の真相はレオーネメカニカ上層部によって揉み消され、全責任を負う形で私は逃げるようにリンクスを引退。生き残った候補生はメキメキと頭角を現して、今では〝GAの災厄〟なんて呼ばれたりしているな」

 

 

そこまで言い終え、セレンは絶句して立ち尽くすイッシンに歩み寄る。手を伸ばせば届きそうな距離まで近付くと、諦観の念がこもった瞳でイッシンに問いかけた。

 

 

 

 

「それでも、お前は私を支えるか?」

 

 

 

 

イッシンはその問いに(うつむ)き、口をつぐんでしまう。セレンは力なく微笑むと彼の肩にポンと手を置きつつ出口へ向かった。

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