「何で居んだよ」
《? 質問の意図が分かりませんね》
「だからよ。さっきボコされて撤退したよな? 何でそんな真新しいフラジールに乗ってんだよ」
《確かに私は撤退しました。そして輸送機に回収されたあと、輸送機に搭載されていたスペアパーツで予備のフラジールを組んで再出撃しただけです。輸送機に搭載する都合上、ジェネレーターはコジマ粒子発生装置をオミットした劣化版ですが強襲には十分でしょう》
「――有りかよ、そんなん」
《フラジールは実験機ですので予備パーツを常備しておくのは当然では?》
両膝をついて鉄塊と化したフェラムソリドスの目の前で、曇り一つ無い真新しいフラジールと所々煤けたJOKERが対面で立つ。あまりにも対照的な二機は、そのまま両リンクスの相違を見事に現しているようにも見えた。いや、あまりにも違いすぎる。
イッシンは何故か胸中で巻き起こった腹立たしさを堪えてその場を後にしようとするが、不意に全身を駆け巡った閃きに動きを止める。閃きはブロックの如く瞬時に積み上がり、ある結論を導き出す。
なんの脈絡も無い解答。
しかし、こうとしか考えられない。
《どうかされましたか?》
「……気に入らねぇな」
《何か問題でも?》
「一切何も問題はないさ。それが気に入らねぇ」
《禅問答でしょうか。貴方の思想の偏重は状況開始前に理解していましたが、お付き合いするつもりはありません》
「違ぇよ、準備が良すぎるって言ってんだ。確かに予備パーツを搭載しておくってのは俺も理解できる。
《………》
「ジェネレーターの損傷は撃破に直結するし、交換が必要なほどなら尚更だ。言っちまえば無駄なんだよ。んで、お前等アスピナがそんな無駄をする訳がねぇ」
《おいイッシン、まさか――》
「そのまさかだよ、セレン。……CUBE、
イッシンの問いにより、一層の沈黙が会話の波を包み込んだ。CUBEがCUBEではない。それこそ禅問答に聞こえ、それに対する冷静で鋭い返答が先程と同様にCUBEの口から発せられる筈であったが、その気配は一向に現れない。
長い沈黙。破ったのはCUBEのオペレーター役である研究員だった。
《失礼、あまりに突拍子が無いので言葉を失ってしまった。CUBEがCUBEではない? 馬鹿も休み休み言って欲しいな。現にCUBEは君達の目の前でフラジールを操縦しているじゃないか》
「へぇ? なら予備のジェネレーターが輸送機に搭載されていた理由を教えてくれよ」
《実験中に何らかの不具合が生じた際に取り替えるためのスペアパーツだ。あくまで戦闘中に取り替える想定はしていないし、それ以上でもそれ以下でもない》
「おいおい研究のし過ぎでイッちまったか?戦場のせの字も知らない頭でっかちのヒョロガリニートが戦場に出るなんてアスピナも堕ちたもんだな。この調子じゃCUBEもそこらの低級リンクスと大差ねぇんじゃねえか?」
《馬鹿にするな! 我々の崇高な理念の元に生み出されたCUBEは貴様ら野蛮人とは違う! 彼は死すらも経験とする最高のリンクスっ……っ!》
そこまで言って研究員はサーっと青ざめて口をつむぐが、時すでに遅し。イッシンは意地悪い笑みを浮かべて高笑いする。
「そこまで教えてくれれば十分だ。ありがとよ、エリートさん♪」
《き、貴様……》
「セレン、帰還していいか? 聞きたいことはあらかた聞けたしな」
《お前というヤツは……分かった、帰還しろ》
「それじゃおいとま――」
《パートナー》
突然の機械的な呼びかけに動きを止めたイッシンは、声の主であるCUBEの乗るフラジールへJOKERを向け直す。フラジールは先程と変わらず真新しい漆黒の装甲を光らせているが、その頭部に宿る紫色の灯火はまるで陽炎のように揺らめいているように感じる。
「悪いなCUBE、苦情ならカラードを通して言ってくれよ」
《苦情ではありません、純粋な質問です。貴方は何のためにリンクスになったのですか》
「なんだよ、薮から棒に」
《私は私自身の意思で過去の記憶を消し、CUBEとなることを選んだと聞いています。そして今、私はフラジールのリンクスとして戦場に立っています》
「………」
《貴方が私をCUBEでないと決めつける事は構いませんが、私は私の意思でCUBEとして生きています。もしそれも、私の意思すらも否定するのであれば――》
《私の全身全霊を以て、貴方を抹殺します》
刹那、フラジールから放たれた圧倒的な殺気に総毛立ったイッシンは思わずJOKERに臨戦体勢を取らせる。オールドキングにすら見せなかった余裕ナシ、手加減ナシの開幕本気モードで構えるイッシンに対してフラジールは無気力にただ佇んでいるだけであった。
この場面だけ切り取れば何を大袈裟に、とからかうリンクスもいるかも知れない。しかしイッシンの目にはフラジールの周囲が歪み震え、濃密な死の香りを発しているように見えていた。恐らくそれはイッシンにしか見えない特殊な情景であるが、それでも彼に臨戦態勢を取らせるには十分な理由だろう。
――オールドキングよりヤバいとか危ないとか、そういう次元じゃない。コイツとは
――でも、ここで我を通さないのは性に合わない。
いやに冷えた脂汗が滲み出る感覚は今まで感じたことが無いほどに不快であったが、それでも押し通すとイッシンは覚悟を決めた。彼の脳内には生命の危機を伝える警告音がけたたましく鳴り響く。余計な事を言うなと本能が胸ぐらに掴み掛かっているが、もはや関係ない。
これから先は、馬鹿な男の下らない意地の話だ。
「別にお前を否定するつもりはねぇよ。自分で選んだ道なんだ、好きにやればいいさ」
《……なるほど》
「ただな。実験の為だけに生きてる
《―――!》
「俺は最初なあなあでリンクスになった。目標なんてロクに決めてなかったし、お前からすればとんでもない話だろうさ。……でも、色んな奴と会う度に目標がどんどん形作られていってよ。今じゃセレンのためにリンクスをやってるて胸張って言えるんだ」
「だからよ、もしお前が俺を抹殺しようってんなら……」
《俺の全存在を賭けて、死んでも死なねぇぜ》
無論、こんな大見得を張ったからには戦闘も止む無しと腹は括っているし、その際の勝算が全く無い訳では無い。完全特化型のフラジールの方が速いとはいえ、JOKERも近距離高速戦闘を想定して作られたネクストだ。意地でも食らいついて射撃戦に持ち込めば、幾らか装甲の厚いこちらが有利に事を運べるのは明白である。
――唯一問題があるとすれば、CUBEは今の殺気をフェラムソリドスには当てていなかった。すなわち
イッシンが啖呵を切って十数秒。焼け焦げた小麦畑に重苦しい空気が立ち込める中、CUBEは口を開く。鬼が出るか蛇が出るか。これからCUBEより発せられる一言一句に対して皆一様に緊張が走る。
《分かりました。では今後ともよろしくお願いします、パートナー》
「………………………………へ?」
《私を否定するつもりがない事は一連の発言で理解しました。貴方に矜持があるのであれば、それを壊す蓋然性は私に無いと判断したまでです》
そう言ってCUBEはフラジールのメインブースターを噴かして空高く上昇していく。先程までの殺意は忽然として消え去り、まるで何も無かったように無機質で冷たい雰囲気を纏い直していた。
《いずれまたお会いしましょう、パートナー》
直後、フラジールの背面からコジマ粒子を伴った青白い爆炎を発生させてOBを発動。ものの数秒でフラジールは米粒程度の遠影に変化して遠ざかっていく。イッシンはその様子を理解できず、ただ呆然と見つめるしか無かった。
「なんだったんだ………いまの」
《………とりあえず帰るか?》
「………そうする」
カラード記録ファイル(整理番号:OST-202)
依頼主:オーメル・サイエンス社
依頼内容:不明ネクスト撃破
結果:成功
報酬:600000c
備考:不明ネクストに搭乗していたリンクスは失血により死亡。遺体はオーメル・サイエンス社主導によりアスピナ機関にて回収。精密検査後、カラードに引き渡される予定。
いかがでしたでしょうか。
CUBEの身勝手さには脱帽しますね。仄かな傲慢さも匂いますし、一体誰に似たんでしょうか?
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