食品を完食出来なかったのは久方振りです。
カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ
食器の音とコーヒーメーカーの蒸気音だけが響くラウンジでイッシンは神妙な面持ちを崩さぬままレイが淹れたコーヒーを口元に運ぶが、その手はよく見ると震えている。
何故ならイッシンの右隣にはセレンが、左隣にはビジネススーツに身を包んだ企業連仲介人のマーリー・エバンが座っているからだ。イッシンにとっては初ミッション以来の邂逅だが、いかんせんマーリーには堅物の印象しかなく、更にセレンとの仲が悪いとなれば緊張するのも無理はない。トドメにラウンジの長であるレイもバックヤードに引っ込んで出てこないのだから、場の空気は重くなる一方である。
マーリーとセレンはカラード職員の間でも美味いと評判のブラックコーヒーとレイ特製のシフォンケーキを食べているが、双方ともに表情筋が死滅したかのような鉄面皮で会話を交わす素振りは一切無い。もはや只の
「レ…レイさーん。お、俺もシフォンケーキが食べたいなー」
『ん~? ああ、悪いなぁ。たったいま焼き始めたところなんだ』
「じ、じゃあコーヒーのおかわりくれよ」
『すまねえ、このシフォンケーキは焼き加減が命なんだ。しばらくそっちには行けそうにないから、自分で適当に注いどいてくれ』
「ふ、ふ~ん。それなら仕方ないねぇ」
あの野郎、意地でも出てこない気だな。とイッシンが内心の怒りをメラメラ燃やしていると、コーヒーを飲み終えたセレンがカップをソーサーにカチャンと降ろす。その音が聞こえたと同時に、それまで目を閉じてシフォンケーキを味わっていたマーリーはスッと細く目を開ける。
「それで? コーヒーブレイクするために呼びつけた訳じゃないだろう」
「もちろんですセレン・ヘイズ。わざわざ出向いて貰った理由ですが、聞きたいことがあります」
「ほお、通信を使えない用向きか。なら尚更、カラード本部での会合はダメじゃないのか」
「
マーリーがギロリとバックヤードを睨むと、奥で作業しているレイが我関せずと言いたげに、冷や汗まみれになりながら無心に皿洗いをし始める。分かり易すぎだろアンタ。
「本題は?」
「……キドウ・イッシン。貴方は過去に二回、全く違うイレギュラーと対峙していますね?」
「あ、あぁ」
「どんな些細な事でも構いません。その二機に共通点はありましたか?」
「共通点……?」
「ええ、共通点です。エンブレムや機体構成、イレギュラーの言動。何でも結構です、なにかありませんか」
語気を強めながら身を乗り出して迫ってくるマーリーにイッシンは両手を広げてたじろいだ。ハーフリムの眼鏡の奥に見える顔は意外にもよく整っており、思わずイッシンも顔を赤らめてしまう。
「いや、その…………あっ」
「あるのですね?」
「ある、というか感覚的なものだけど。両方とも
「満足していない?」
そう、満足していなかった。
これについては何の確証もないし俺にとって本当に感覚的なものだが、死を間近に感じる戦いを通してなんとなく、どちらのイレギュラーも現状に満足していないように思えたのだ。先のラスター18はとにかく戦乱の中で殺し合いながら死にたいって感じの
つまるところ、好きなように生きたい駄々っ子達ってのが正直な感想になる。だから
「根幹としての思想が共通していると。そういう訳ですね?」
「ホントに感覚的なものだし、当たってる保証はないぜ」
それを聞いたマーリーは顎に手を当てて考え込む。話を聞いていたセレンも同じように顎に手を当て、深く唸った。しかし数秒後には頭を横に振り口を開く。
「マーリー、流石に無理がある。単機ならともかく、複数ネクストの運用体制は企業連に隠し通せるほど小規模ではないぞ」
「だからです。仮に同じ思想の下に集っている反動勢力であれば規模は徐々に大きくなり、必ず尻尾を出します。ネクストを運用しているなら、それこそ
「………」
「しかし今回は勝手が違います。上位リンクスと同等以上の実力を持つネクストを保有しているにも関わらず、全く全容が見えない組織など前例がありません。それらから導き出される最悪の結果は、カラードよりも強靱な組織である可能性が極めて高いと私は想定しています」
マーリーの言葉にラウンジの空気が二段階ほど重くなる。
そりゃそうだろう。カラードは年がら年中、文字通り命懸けの経済戦争を仕掛けあっている大企業が擁するリンクス達の梁山泊であり、最上位リンクスに至っては単機で一企業と渡り合えるバケモノじみた実力を有しているのだ。
にも関わらずマーリーはバケモノ揃いの梁山泊よりも強い組織があるかも知れないと、ある程度の根拠も添えて言いだしたのだから始末が悪い。耳を
「あくまでこれは最悪の想定ですので、必ずこうなると決まった訳ではありません。私の考え過ぎの可能性も十分にありますし」
「……この事は企業連に話したのか?」
「いいえ。というよりカラードや茶会メンバーにも話していません」
「なぜ話さない。文句なしの最重要事項だろう」
「理由は2つあります。一つはあくまで想定の域を出ないこと。もう一つは内通者がいる可能性が排除出来ないことです」
「内通者だと?」
冷静に話を聞いていたセレンの片眉がピクリと上がる。しかし、あからさまに面白くない雰囲気を出し始めた彼女を気にすることなくマーリーは続ける。
「先程も言ったとおり、ネクストを保有する反動勢力の動向をカラードが把握していないこと自体が異常なんです。どんなに隠れる事が上手いとしても、影すら掴めないとなれば内通者がいないと説明がつきません」
「……仮に内通者がいるとして、俺たちかも知れないって思わないのか?」
「一回だけならともかく
マーリーは銀色に縁取られたハーフリムの眼鏡を右手でクイッと上げる。――原作だと中々絡まなかったのもあるけど、案外しっかりしてるんだな。てっきり企業連のスピーカー的存在だとばかり思ってたわ。クール系美人だし。なんなら結構タイプな顔だし。そこそこ胸大きいし。
「そして、信頼のおける貴方方だからこそ、この依頼を受けて頂きたいと思っています」
そう言うとマーリーは傍らに置かれたブリーフケースを開き、中から丁寧にファイリングされた書類を取り出してイッシンの目の前に置く。表紙に目を通すと【不明ネクスト+ノーカウント撃破任務における概要計画案】とインテリオル・ユニオンのロゴマークが太字で印字されていた。
「いや完全に内部資料じゃん。これ見せちゃっていいやつなのか?」
「無論ダメです。ですので他言無用でよろしくお願いします」
「――別にいいけどよ、ノーカウントも撃破するってのはどういうことだ? リンクスのパッチ、ザ・グッドラックってカラード所属じゃ無かったか?」
「近頃インテリオル・ユニオン領内においてパッチ、ザ・グッドラックのものと思われる略奪行為が横行しているようでして。依頼主の要望として、不明ネクスト撃破のついでで構わないのでノーカウントにキツい灸を据えてほしいそうです」
マジかよパッチ最低だな。
パッチ、ザ・グッドラック。カラードランク28を拝する彼は【豪運の持ち主】だと自称し、比較的長く戦場にあるリンクスである。まぁ、原作を知るイッシンからすれば只の臆病者だという印象が何よりも強いのだが。
「……この資料を見せたと言うことは、私達に選択肢はないということだな?」
セレンの言葉に数瞬遅れて、小さくアッと間抜けな声を出したイッシンにマーリーは呆れながら笑いかける。――謀りやがったな。前言撤回、あんまり好きじゃないぞコイツ。
「察しが良くて助かりますセレン・ヘイズ。今回の任務は僚機を伴うミッションですが、僚機はこちらで指定させて頂きます」
「その言いぶり、既に決まっているようだな。一体誰だ?」
「【ランク10】ロイ・ザーランドです。実力、任務成功率、くわえて独立傭兵の中では最高ランクであることを加味した上で選定させて頂きました」
「ロイか――悪くない人選だ。だが奴が内通者である可能性は無いのか」
「彼の行動ベースは報酬と女性です。それゆえ思想に染まる確率はカラードに登録しているリンクスの中でもダントツに低いですし、なによりこちらには
「……やはりお前は好きになれん」
「褒め言葉と受け取っておきます」
セレンの下衆を見るような表情と視線に、マーリーはたおやかな笑みを返す。――なに? やっぱり仲悪いの? というか俺を隔てて話さないでくれる? さっきから胃がキリキリしてしょうが無いんだけど。
「それでイッシン、お前は受けるのか」
「……一応聞きたいんだけど、断ったらどうなる?」
「カラードの禁閲資料を見たとしてリンクス登録は抹消。数日後には地方紙の小欄に事故死したと掲載されるでしょうね」
「……聞かなきゃ良かった」
ミッションの概要を説明します。
ミッション・ターゲットはキタサキジャンクションを占拠するネクスト2体です。1体はノーカウント、ランク28の逆脚タイプ。もう1体の四脚タイプは、詳細が確認できていません。
今回は細かなミッション・プランはありません。
あなたにすべてお任せします。ターゲットを破壊してください。なお、ユニオンは支援機の採用を認めています。
候補はこちらで指定しましたので、必要であれば採用してください。ミッションの概要は以上です。
ユニオンはこのミッションを重視しています。成功すればあなたの評価は更に高いものとなるはずです。
よいお返事を期待していますね。
いかがでしたでしょうか。
ひさびさ登場、マーリー・エバン。
相変わらず鉄の女っぷりを遺憾なく発揮していますね。
励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。