「なんでお前が……レヴァンティールで死んだ筈だろ……」
「鹵獲されて捕虜になった時に、逃亡防止でタイラントを撃破されただけだ。勝手に殺すなん――」
「ふざけるな!!」
ローディーはユナイトと呼ばれた眼帯の男の胸倉を強引に掴み上げ、思い切り振りかぶった右拳で彼の左頬を殴りつけた。そのあまりの衝撃にユナイトは後ろに大きく倒れて尻餅をつく。
大きく拘束マスクの上から殴ったせいで右拳にはうっすらと裂傷が出来上がるが、ローディーは構うこと無く正規軍仕込みの鉄拳をもう一発食らわせようと倒れたユナイトに迫った。しかし突然の出来事で面食らっていた両隣の特殊部隊員が慌ててローディーを取り押さえ、一人は両脇を抱え、もう一人は正面に立って制止させる。
「ちょ、いきなり何してるんですか!?」
「死んだと思っていた仲間が突然現れたかと思えばGA正規軍を襲撃するわメノの遺伝子データを盗むわ!挙げ句にゃバカでかい反動勢力に加担してるだと!? ふざけんじゃねぇ! てめえのその腐りきった性根、ぶん殴って叩き直してやる!!」
「ローディー特別顧問!! 落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いてられるか! 離せ! 離しやがれ!!」
「………ふっ、やはりお前は変わらんな」
尻餅をついていたユナイトは血の滲む口元を親指で雑に拭い、ゆっくりと立ち上がる。その目は激昂するローディーとは正反対に深く冷めた目をしていた。
「昔からそうだ。俺が出撃を控えている時は決まってお前は殴ってきたな。『やり返したきゃ生きて帰ってこい』なんて、今考えてもアホらしい」
「ああそんなこともあったな!思い出したついでにもう一遍殴らせろ馬鹿野郎!!」
「だからローディー特別顧問、落ち着いて下さい! これ以上の身勝手は上層部に報告しますよ!?」
「報告したきゃ報告しろ! コイツをもう一回殴らないと俺の気が済まん!」
「……だがローディー。お前は変わらずとも俺は変わった。いや、変わらざるを得なかった」
ユナイトは備え付けの座椅子に再び腰掛け、顔を地面に向けて目を閉じ、一息つく。殴られた左頬が充血して赤黒く肌を染め上げる様は見るも痛々しいが、当の本人は気にする素振りは無い。
「変わらざるを得なかっただ?! そんな大層な理由があってたま――」
「
「………!」
企業の罪。
この言葉を聞いた瞬間にそれまで暴れていたローディーが打って変わって急に大人しくなり、振り上げていた拳を力無くダランと降ろした。その光景に彼を制止していた特殊部隊員も少なからず驚いていたが、ローディーに暴れる意思が無いことを確認すると彼から離れてユナイトとのやり取りを注視する事に移行する。
「……知っていたのか」
「お前が企業の罪を知りながら企業側につくのは理解出来るし責めるつもりもない。だが俺は、その罪を知った上で企業側につくことは出来ない」
「それで罪のない民間人を大勢殺すことになってもか」
「革命に犠牲は付きものだ。いまこそ膿を絞り出す時なんだよ、ローディー」
そう言ってユナイトはおもむろに立ち上がり、すたすたとローディーの目の前に立つ。先程と同様に深く冷めた目をしているが、奥底に強い決意を宿しているその眼光は真っ直ぐにローディーの両目を射抜き、見据える。
――いつもそうだった。俺より弱くて頼りない癖に、一度決めたことは自らがどんなにボロボロになっても意地でやり通すヤツだった。簡単だろうが難しかろうが必ず、だ。
これ以上の会話は尋問の
「変わらないな、お前は」
「……そうだな。そうかもしれん」
「それなりに話せたか」
「……あぁ」
「気を悪くしたなら謝る」
「いいさ、遅かれ早かれ
独房を後にしたローディーは廊下で待っていた王小龍と合流してエレベーターへ向かう途中だった。彼が独房から出てきた瞬間のリリウムが作った表情はしばらく忘れられそうに無い。聡明で理知的な才女だとばかり思っていたが、年相応に恐怖で怯えた顔も出来るのだな。当分の間は避けられる事になりそうだが仕方ないだろう。
「
「皆まで言わずとも分かる。だからこそお前を呼んだのだ」
「企業の罪を知っているのは俺とお前を含めた【オリジナル】と数名のリンクス。あとは引退した爺様連中だけの筈だろ」
「旧レイレナードの残党も含めればその限りではない」
「……まさか」
「考えたくは無いが、オーメルが糸を引いている可能性は多いに有り得る」
王小龍は顔色を変えぬまま淡々と喋るが、腹の底では苦虫を噛み潰した苦悶の表情で満たされている。実質的な被害をほぼ受けること無く『漁夫の利』で大戦の勝者にのし上がった醜悪な赤子が、旧レイレナード社の強大な技術力を接収したにもかかわらず今だ満足の二文字を知ろうとしないで保身の最適解を見つけ出す現状況は王小龍に取って本当に面白くなかった。
仮にオーメルが裏で糸を引いていた場合、反動勢力最大の障壁は企業に属さず、常に単機行動を取るホワイト・グリントもとい【アナトリアの傭兵】だ。その障壁を企業体制の磐石化という大義名分を掲げて大多数の賛同を得ながら排除できる
「しからばホワイト・グリント撃破の件を黙って見ている訳にはいかん」
「だがどうする。あの様子だとゴールドマンはやる気だぞ。止められるのか」
ローディーの
「誰にモノを言っている? オーメルの
「あ~~もうちょい右」
「ここですかい?」
「あ、行き過ぎ。ちょっと戻って下に……あ~~そこそこ」
「旦那ぁ、ずいぶん凝ってますね? シミュレータのやり過ぎですかい?」
「あ、分かる? それがさぁセレンの訓練メニューが酷いのなんのって――」
「そんな口を叩けるのなら今度からメニューを2倍に増やしてもいいんだぞ」
「セレン!?」
「
「誰が
「別にいいじゃねえかよ、なぁパッチ?」
「いやぁ
「あ!汚ねぇぞ!」
不明ネクストとの戦闘から十数日後、イッシン達が保有する
インテリオル領内で略奪を繰り返し、しまいには反動勢力の不明ネクストとの協力関係も白日に晒されたパッチは本来であれば即座に拘束&拷問のダブルパンチで一生日の目を見ることが叶わない筈だった。しかしイッシンは自らの子飼いリンクスが出来るというメリットに着目し、セレンに無理を言ってパッチを処刑する気満々のインテリオルと交渉。制約付きではあるがパッチの身柄を移管する事に成功したのだ。
それからと言うもの、イッシンはことあるごとにパッチに雑用を押し付けて悠々自適な毎日を送っている。もちろんパッチも最初こそ寝首を掻いて脱走しようと画策していたが、その
流石のパッチも脱獄不能のアルカトラズにブチ込まれた事が分かったようで、むしろ最近では反抗しようとする気配は一切見せずに自分にとって居心地の良い環境にしようと下っ端稼業に勤しんでいた。それに加えて二人に反抗する態度さえ取らなければ以前の傭兵生活よりも数段上の衣食住を無償で与えられて、ある程度の小遣いも支給されている。控えめに言って最高だった。
「あっそういえば旦那。さっきダン・モロからメールが来てましたよ。なんでもラインアークがどうとか……」
「ラインアーク?」
「……まさか旦那、ラインアークと揉め事でも起こしたんですか?」
「揉め事ってお前、ラインアークとの接点なんて
「えぇと……ああ、コレですコレです」
パッチは手持ちの情報端末を開いて共有フォルダ内にある受信メールボックスを開く。それを見たセレンは、いつの間にパッチに共有フォルダ使用の権限を与えたのだとイッシンに詰め寄るが、メールの本文に目を通したイッシンには眉間に皺を寄せるセレンを気にする余裕は無かった。
――うっそだろ、マジこれ?今くる?マジで?
「……イッシン、どうした」
「セレン。急で
「どうしたんですか旦那。そんなに慌てて」
「ああ、うん。ちょっとラインアークと揉め事起こしてくるわ」
イッシンの片手に握られた情報端末にはダンから送られてきたメールの本文がつらつらと表示されており、その中の一文――
――ラインアーク防衛およびホワイト・グリントの援護――
が一段と輝きを放っているようだった。
いかがでしたでしょうか。
パッチ君の下っ端根性は目を見張るものがありますね。そのうち彼メインの幕間でも書こうかな。
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