凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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初めて二輪車の後部に乗って高速道路を走ったのですが『風と一体になる』という意味が分かった気がします。あっ今回ちょっと短めです。


71.最善を望み、最悪に備えよ

カラード本部 3階 療養施設【(かわやなぎ)の園】

 

ここは戦場から帰還した新人リンクスがPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しないように予防策として作られた療養施設である。カラードに登録され、かつ一定以上の戦績を残したリンクスであれば誰でも利用可能となっている【檉の園】は五ッ星ホテル並みのサービスと食事、著名な心理学者とのカウンセリング等々が無償で受けられる楽園のような施設であった。

 

そんな【檉の園】に併設された植物園の中を二人の男性が肩を並べて喋りながら歩いている。およそ建物の中とは思えない柔らかな光を浴び、およそ建物の中とは思えない草木の濃密な香りを全身に纏いながら歩を進める二人の表情と会話の内容を窺い知ることは出来ないが、少なくとも朗らかな話題で無いことは雰囲気で察することが出来た。

 

 

「二日後ですか」

 

「いくら私とローディーでも企業連の総意として決定した以上、覆すのは不可能だ。やるしかあるまい」

 

「それで相手は?」

 

「オッツダルヴァとフラジール、それとハリだ」

 

「……短期決戦型の精鋭を三機ですか。企業連は本気でラインアークを潰すつもりですね」

 

「ハリは私の推薦だ」

 

「――なるほど、貴方らしい」

 

 

男性の内の一人――ダン・モロ――はそう言って微かな笑みを浮かべた。自らの子飼いを敵陣営に忍ばせ、戦況を掌握して都合の良いように自在に操る。

 

やり口こそ単純明快だが一度決まってしまえば確実にアドバンテージを得ることが出来、そのままゲームセットにまで持っていく事が可能な芸当だ。

 

唯一の欠点と言えば如何(いか)にして敵陣営に子飼いを忍ばせるかの策を講ずる必要があることだが、この御仁からしてみれば退屈しのぎにもならない児戯に等しい行為なのだろう。ダンは隣を歩く痩躯の老人――王小龍――を横目で見遣りながら独りごちる。

 

 

()()()側はどうなっている」

 

「構想としては僕とロイ、それとレイブンの三機で企業連側の迎撃にあたります。イッシンくんには万が一の備えとして殿(しんがり)を務めて貰う予定です」

 

「戦力の逐次投入は愚策だぞ。小童を加えて数の利をとるべきだ」

 

「僕達が突破されてラインアークそのものにダメージがいったら元も子もないでしょ? 必要人員です」

 

「……ふん」

 

 

王小龍は表情を変えずに視線を逸らし、血のように赤く染め上がった果実をつけている花の前で立ち止まる。不思議に思ったダンが近付いてみると、王小龍は花の名を示したプレートをじっと見ているようだった。そこには『鬼灯』と英語で書かれており、世界の分布図や開花時期等が細かく記載されている。

 

 

「鬼灯の花言葉は『心の平安』だそうだ。優柔不断なお前にはピッタリだな」

 

「慎重で注意深いと言って下さい」

 

「意味は同じだろう」

 

「手厳しいですね」

 

 

ダンは思わず苦笑するが、対する王小龍は依然として表情を変えない。それどころか少し恐怖すら感じるほどの鉄面皮を作り出して顔に貼り付けた。優柔不断と罵られたダンも流石に気付いて即座に言葉を交わす。沈黙している時の王小龍ほど怖いものはないのだから。

 

 

「どうしました?」

 

「……ダン、私はお前を気に入っている。相応の実力に慢心することなく冷静に状況を判断出来るのは大したものだ。今回の件は万が一の想定外が起こり得ても達成出来ると私は確信している」

 

「――ありがとうございます」

 

「加えて腹芸も出来るとなれば、企業によって形骸化した今のカラードにとって大局を見定められるお前は貴重なリンクスだ。だから、私の期待を裏切るなよ」

 

「期待に添えるよう最善を尽くしますよ、王大人(ワン・ターレン)

 

 

王小龍に真正面から褒められる稀有な出来事を思わず経験したダンは、むず痒い感覚が全身を支配したような感覚に身体を這われながら照れたようにハニカミを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に【ランク1】とやりあうんですか、旦那」

 

「そんな心配すんなよパッチ。骨皮三人衆をちゃちゃっと片付けてラインアーク名物の『ホワイトグリン子タルト』を大人買いしてくるだけだぜ?」

 

「いい加減にしろ」ゴンッ

 

「痛っ! なんで拳骨すんだよセレン」

 

「今回はレベルが違う。今のうちから精神を整えろ」

 

「へいへい。わかりやしたよ」

 

「大丈夫、旦那と姐さんなら必ず生きて帰ってこれますよ!……というか死なれたら俺の生活的に困る

 

「ん? なにか言ったか」

 

「いえいえなにも! それじゃ旦那、姐さん。どうかお気をつけて」

 

「おう! 留守中は頼んだぞ」

 

 

既にJOKERが懸架された桜色の輸送機の目の前で、イッシンとセレンは同居人兼使用人であるパッチの見送りに臨んでいる。濡れた目元を唐草模様のハンカチで拭うパッチの様子は中世の日本にタイムスリップしたような滑稽さと小物感に溢れており、しかしまた愛嬌があるのも事実だった。

 

イッシン達はパッチに手を振りながら輸送機に搭乗し、離陸の最終準備を始める。テキパキと準備が順調に進められ、いざ離陸となった時、イッシンは不意に湧き上がった疑問をセレンにぶつけた。

 

 

「なぁ。【支援企業】のローゼンタールはこのこと知ってんのか? 同じオーメルグループだし、後々マズいんじゃ……」

 

「それなら心配するな、ローゼンタールは今回の件を把握する()()()()()()()()()()()。成功すればオーメルから主導権を奪い取れるだけの影響力を獲得出来て、失敗してもお前を粛清すれば済む話だからな」

 

「――やだやだ。世界ってのは何時(いつ)の世も小汚い計算で成り立ってるよな」

 

「お前はそうはならんのだろ?」

 

「もち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインアーク中央特区【ネスト】 居住エリア

 

 

「よぉ、久しぶり」

 

「……来たのか。てっきり忘れてるのかと」

 

「険のある言い方だな? せっかく最愛の息子が顔を見せに来たってのに」

 

「その台詞は自らではなく誰かから言われるものだ。皮肉にしても、もっと良い言葉があっただろう」

 

「たとえば?」

 

「『貴方の熱心な教育方針のお陰でアウトローになった息子が凱旋に来たぞ』とか」

 

「……自分で言ってて悲しくならねえか?」

 

「事実だ。否定するつもりはない」

 

 

日向に置かれたソファに座りながら本を読んでいた壮年の男性は冷たく言い放ち、見せつけるようにわざとらしくパタンと本を閉じる。表紙には『超越論的観念論の体系』と書かれており、部屋を訪れた男性――ロイ・ザーランド――は呆れながら溜息をついた。

 

 

「また哲学書かよ。ほんと好きだよな」

 

「思想の昇華は精神の成長と安定をもたらしてくれる。お前のように享楽的な日々を生きるよりも、欲に振り回されない道を選んでいるのが性に合っているだけだ」

 

 

壮年の男性はソファの横に置かれたサイドテーブルに本を静かに乗せ、ゆっくりと立ち上がる。顔に刻まれた皺が既に若くないことを示しているが足取りは頑健そのもので、衰えの二文字の(かげ)りは全く見当たらない。

 

 

「【ランク1】は相当に出来るヤツなのだろ? 勝機はあるのか」

 

「安心しろよ。こっちにはダンとレイブンさんがいるし後詰めには期待のルーキーがいる。負ける要素はねえよ」

 

「期待のルーキー……お前が目を掛けてるアイツか」

 

「おう。親父と違って柔軟性のあるヤツだから一緒にいて面白いぜ」

 

「そうか」

 

 

ロイの皮肉交じりの冗談に、親父と呼ばれた壮年の男性はそれまでの仏頂面を崩して軽く微笑むと右手をロイに差し出す。

 

 

「ならそいつと一緒に必ず生きて帰ってこい。お前にはまだ教えることが山ほどある」

 

「――分かってるさ」

 

 

ロイは差し出された右手をガッシリと握って自信の決意を込めるように力を込める。親子同士の、いや男同士の約束が締結された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

史上最大の作戦を前に各々の想いが交錯し、そして二日後――。

 

舞台は整った。

役者は揃った。

機体は万全だ。

 

戦いが、始まる。




いかがでしたでしょうか。

お待たせしました。次回からチャプター2のクライマックス『ラインアーク防衛』に突入です。一体どちらに軍配が上がるのでしょうか。

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