凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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次郎系から淡麗系まであらゆるラーメンを食べた私が辿り着いた終着点は、タンメンでした。


76.ラインアーク事変・Ⅳ

緋色のコジマ粒子を命の灯火のように煌めかせながら戦い続けるマイブリスに対し、あくまで合理的に戦況を見極めて迎撃を行っているCUBEは今まで(いだ)いた事の無い感情に戸惑っていた。

 

水が張られた鍋を加熱しても一気に沸き上がらず、ただ静かに沸々と水温が上昇していくような。

 

そんな感覚にも似た心情の変化は止まること無くCUBEを見つめている。まるで極上の餌を前に『待て』と命じられた忠犬のように。

 

 

(なんだ、この感覚は……)

 

――いつまで待たせるつもりだ。

 

(誰ですか?)

 

――僕は、お前だ。

 

(……理解に苦しみます。貴方が私と言うなら、私は何者なのですか)

 

――お前が一番良く知っているだろ。

 

(答えになっていません。明確に答えてくだ――)

 

《その首貰うぞ!》

 

「っ!?」

 

 

ロイの確信したような声を聞いた事で我に返ったCUBEの眼前には【HLR09-BECRUX】から放たれた二本の青い光条が飛来しており、フラジールの丁字状のコア右上部に着弾してしまう。正面からハイレーザーライフルの直撃をマトモに食らったため、並の軽量ネクストより遥かに薄いフラジールの装甲はグズグスに融解してしまい、そこを基点とした小規模な爆発が発生する。

 

CUBEが座るコックピットのコンソールパネルにはシステム異常を知らせる赤文字が次から次へと表示され、それに呼応するようにけたたましいアラートが鳴り響いた。

 

 

「AP、60%低下。ジェネレータ出力40%ダウン……マズいですね」

 

――そうだな。このままでは()()負けるな。

 

「黙って下さい。それに私は負けたことなどありません」

 

――いいや負けた。お前は覚えているはずだ。

 

「……これ以上の問答は不要です」

 

 

CUBEは強引に会話を終了させ、フラジールの体勢を立て直すことに専念する。瞬時に各系統の点検作業を開始したCUBEは赤文字で埋め尽くされたコンソールパネルを目にも止まらぬ速さで操作して赤文字を瞬く間に消し去り、ミッション開始時となんら変わりない画面に戻した。確かに【HLR09-BECRUX】の直撃でジェネレータ出力が低下したとはいえ、マイブリスに追い着く程度の速度ならまだ出せる事を画面で確認したCUBEはフットペダルを踏み込み、フラジールに緋色を纏うマイブリスを追わせる。

 

 

《くっ! まだそんな速度出せんのかよ!》

 

「無論です。私を舐めないで下さい」

 

――良い傾向だな。感情が乗ってきてるぞ。

 

「黙って下さい。俺に感情などありません」

 

――なにを言ってる。自分の顔を見てみろ。

 

 

刹那、何の前触れもなくコックピットの正面モニターがブラックアウトした。先程から全く理解できない現象の数々にCUBEの脳内は目まぐるしく対応しようとしてフラジールとのAMS接続が切れたわけではない。どちらかと言えば()()()()ように思えたそれに対し……CUBEは息が突然止まったような感覚に襲われて冷静に思考する事が出来なかった。

 

なぜなら、ブラックアウトしたことにより吸い込まれるような漆黒を宿したモニターに映る自身が()()()()()()()()

 

今まで笑ったことの無い自分が無自覚に笑っている。この事実だけでも相当の衝撃を受けるだろうが、CUBEの場合は更に追い打ちを掛けるもう一つの事象があった。

 

違うのだ、笑みの種類が。

 

CUBEもアスピナの被験体とはいえ一人の人間である。リンクスとして一定の社会生活を営む中で他人の喜怒哀楽に遭遇する事は多々あった。勿論その中の『楽』、つまり楽しい表情をした人に会ったこともある。

 

だからこそ分かったのだ。今自分がしている笑みは、興味のもてる娯楽を見つけた時の笑みとは違う。もっと狂気的で傲慢で、諦観している笑み。

 

 

――まだ否定するか?

 

「………黙りなさい」

 

 

そう答えた瞬間、CUBEの脳内にこれまで受け取った事の無い膨大な情報量がAMSから流れ込んできた。

 

地獄の業火のように真っ赤に染まった夕暮れの平地。その中においても一際鮮やかな翡翠色の炎の中で、異形の巨人が沈黙していた。どことなく洗練されてシャープな印象を与える身体に対して、無理矢理付けたようなアンバランスさを醸し出している左腕は巨大なガトリング砲となっている。そんな地獄の使者にしか見えない異形の傍らには半壊したネクスト。

 

おそらく沈黙している異形と交戦して辛くも勝つことが出来たのだろう。右腕の肘から先が吹き飛び、頭部の半分が消し飛んでいる満身創痍の状態である。それこそ息を吹きかければ倒れてしまいそうな損傷だ。

 

フラジールからAMSを通じて脳内に送られてきた光の奔流は少なくともCUBEは経験したことのない、在るはずの無い記憶。しかし本能が告げている。私はこれを知っていると。

 

 

――覚えているだろう? いや、覚えていない訳がない。お前はあの日を境に生まれたんだ。

 

「………やめなさい」

 

――あの時のお前は傲慢だったな。死にかけの粗製程度、どうとでもなると高を括っていた。

 

「……やめろ」

 

 

不意に半壊のネクストが振り返った。おそらくCUBEを視認したのだろう。左腕に握られたライフルの銃口を此方へ向けながらメインブースターを噴かし、徐々に距離を詰めてくる。半分残った頭部のメインカメラの光は弱々しく見るに堪えない。

 

だが分かる。あのような状態でも、あのネクストは自身より強いと。……何故だ?

 

 

――まだ理解が追いつかないか。自我が強すぎるのも問題だな。まったくアスピナのイカレどもめ。……まぁいい、お前はしばらく寝ていろ。

 

()()()()()()()

 

 

声の主とほぼ同時にAMSから放たれる光の奔流の流れが一気に変わった。つまり、それまでAMSから情報を受け取る側だったCUBEが突然AMSに情報を差し出す側になったのである。自身から直接情報が吸い出される経験をしたことがないCUBEは当然困惑し、恐怖した。

 

自分が自分でなくなる。得も言われぬ恐怖に。

 

 

「AMSから、光が逆流する……!」

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

断末魔のような絶叫を上げながらCUBEは両手で頭を抱えて悶え苦しむ。自我の崩壊の恐怖を前にした人間ならば仕方の無い行動ではあったが、いかんせん場所とタイミングが悪すぎた。

 

乗り手を失ったフラジールがCUBEの錯乱を表すかのように無軌道な動きを取り続ける状態に【ドルニエの黒鬼】たるロイ・ザーランドも一瞬だけ思考のラグが生じるが、自身が置かれた状況と今までのフラジールの機動性を鑑みれば見逃す道理はなく、右手に握られた【HLR09-BECRUX】を構えてフラジールのコックピットを狙い澄ます。

 

 

「悪いな、お別れだ!」

 

 

ロイの言葉と共に引かれたトリガーは瞬時にマイブリスの右手に伝達され、二本の青い光条が放たれる。邪魔するものは何も無い空中を亜音速で駆け抜ける青い光条はいとも簡単にフラジールのコアに到達し、コックピットを融解させながら突き進んだ。

 

それでもCUBEは頭を抱え、絶叫しながら悶え苦しむ。灼熱に焼かれてリンクススーツが溶け落ち、指先が焦げて細胞の一つ一つが死滅する感覚に襲われ、眼球の水分が蒸発して視界が閉ざされてもなお、自我が崩壊する恐怖に震えながら断末魔を上げ続け……。

 

そしてフラジールは貫かれた。

 

胸部にぽっかりと空いた穴の周辺は赤熱しており、機体を隔てた向こう側の空が綺麗に見えている。

 

フラジールは糸を失った人形のようにダランと脱力したまま真っ逆さまに海上に堕ちていき、大きな水飛沫を上げて着水。海の底を目指しながらゆっくりと沈んでいった。

 

 

「はぁ……はぁ……慣れねぇことはするもんじゃねえな」

 

 

その様子を最後まで見ていたロイは荒くなった息を整えるように深い深呼吸で肺に酸素を取り込んだ。同時にマイブリスから放たれる緋色のコジマ粒子はグラデーションのように淡い翡翠色へ戻っていき、通常モードに移行したことを知らせる。

 

不意に口の中から鉄の味がし始めたロイは口元を拭うと、唾液と血液の混ざった半透明の朱色の粘液が手の甲に付着した。急激な超加速の連続に身体が晒され続けた反動で内臓系にダメージが行ったのだろう。遅れたように腹部がズキズキと痛みだし、息を擦るのも億劫になってくる。

 

 

《――ロイ、生きてるか?》

 

「バッチリ生きてるさ。さっきの援護射撃、感謝するぜ青年」

 

《気にすんな。とりあえず休んどけよ、()()()もそろそろ終わりそうだからな》

 

 

気安いイッシンの声に導かれるように彼方へ視線を移す。そこにはホワイト・グリントとセレブリティ・アッシュが肩を並べており、相対するステイシスおよびクラースナヤと睨み合いになっていた。しかし、どうやら疲弊しているのはステイシス達だけのようでホワイト・グリント達が疲弊している様子は全くない。

 

イッシンの言う通り、決着はもうすぐ着くだろう。ロイは肩の力を抜きつつ事の顛末を見守る。

 

ホワイト・グリントが一歩前へ出た。セレブリティ・アッシュは動く素振りを見せず、ステイシスとクラースナヤはジッとホワイト・グリントを見据えている。

 

そうしてホワイト・グリントの左手に握られたライフル【051ANNR】の銃口がステイシスに向けられようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドシュッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレブリティ・アッシュのレーザーブレードが、ホワイト・グリントを貫いた。

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