「被験体013のバイタル、安定」
「脳波およびAMS接続に異常なし」
「転送率100%、人格データの再構築を開始します」
ラインアークより北西に200km。
雲海を眼下に望む高度10000mの空の下、輸送機というより早期警戒機に近いフォルムをしている航空機の中では白衣を着た十数名の男女が、世話しなく何らかの機械を弄くり回していた。機械群の中央には粘度の高い液体の中で満たされた大型カプセルが鎮座しており、その中には密閉型の酸素マスクと幾つかのケーブルが装着された一人の男性が瞳を閉じてゴポゴポと浮いている。
無駄なく引き締まった体躯には無数の古傷が刻み込まれ、黒髪の映えるアングロサクソン系の端整な顔立ちは左半分を大きく占用している痛ましい火傷跡のせいで、どこか奇妙で歪な魅力を漂わせていた。
「しかしCUBE12が撃墜されるとは思いませんでしたね」
「仕方ないだろう。【ランク10】の特殊機構は我々も想定外だった。それに撃墜直前、CUBE12の脳波に大幅な乱れが観測されている。調整不足とは思いたくないが万全を期すためにCUBE13の再調整を――」
リーダー格らしき白衣の男性が部下に指示を出そうとした瞬間、カプセルの調整・管理を司る機器が大音量の警告音を発しながらモニターに『対象脳波:半覚醒状態』と表示された。
突然の出来事に研究員達は戸惑うことしか出来なかったが、その中に居た数人のベテラン研究員は即座に状況を理解して問題解決のため各々が受け持つコンソールパネルを弾き始める。
「被験体013の最高脈拍が30を突破! α遮断剤、β遮断剤を規定量投与しましたが効果ありません!」
「筋弛緩剤も併せて倍量を投与しろ!」
「……駄目です!効果ありません!」
「脈拍60を突破! 覚醒します!」
研究員の言葉とほぼ同時にカプセルの
男性は周囲の状況を確認するように辺りを一瞥すると、身体に装着された幾つかのケーブルを両手を使い無造作に引き抜いて、緊急脱出用の前面ハッチを自らの力で開け放った。
生まれたままの状態でカプセルの外に出た男性はリーダー格の研究員を視界に捉えるとペタペタと裸足の音を立てながら近付いていき、やがて目の前で止まる。身長が高い方ではないリーダー格の研究員は男性に見下げられる格好となり内心怯えが止まらなくなっていたが、精一杯の平静を何とか装いながら男性に語りかけた。
「ひ、被験体013。気分はどうだ?」
「僕の興味を全くそそらない君達さえ目に入らなければ最高の気分だ」
「――!? そ、その口調は……」
「気付いたようだな。なら早くリンクススーツを用意しろ。それと【マグヌス】もだ、どうせ積んでいるんだろ」
そこまで言うと男性は全裸のまま近くにあった手頃な椅子に腰掛けて足を組む。自身の望む要求を多く押し付けながら、相手が求める疑問や要望には全く答える気のない傲慢の権化である男性は悪びれる表情すら見せずに背もたれに寄り掛かりながらふんぞり返ってみせた。
「何をしている、早くしろ。あんな三下共に【アナトリアの傭兵】をくれてやるほど僕は謙虚じゃない」
「…………………は?」
それはあまりにも唐突だった。
白亜の巨人の胸部に突き出した光の剣は煌々と光り輝きながらも早々に抜き取られ、膝をついた白亜の巨人を見下しながら民衆を恐怖に陥れる怨敵を討ち果たしたような達成感を纏っていた。
しかし剣の持ち主であるトリコロールの巨人には達成感など微塵も感じられない。ただ無機質に、事象を傍観しているような目をしている。
「――まさか援軍に隙を突かれるとはな」
《悪く思わないで下さい。急所は外してあります》
「虎の子の再起動エンジンを的確に射抜いておいて良く言う……ホワイト・グリントの機体構造をどこで知った」
《残念ですが答えられません》
「だろうな。言ってみただけだ」
《なにしてんだテメェ!!》
レイヴンとの腹の探り合いを断ち切るような怨嗟の怒声にダンは驚いて声の方向へ顔を向けると、OBを発動して猛進してくるマイブリスが目に飛び込んできた。その右手には【HLR09-BECRUX】を構え、左肩からは起動済みの【DEARBORN03】が顔を覗かせている。
信用していた友人に裏切られたという事実によって発生した純度の高い殺意は、心身ともに消耗したロイの身体機能をブーストさせるには十分過ぎる起爆剤であった。ロイは激情のままに狙いを定めてセレブリティ・アッシュを【HLR09-BECRUX】で貫かんと発射態勢を整えるが、それは死角から現れた赤い機影の飛び膝蹴りによって阻止される。
《行かせないよ、おじさん》
「どけよ! クソガキ!!」
赤い機影ことクラースナヤを駆るハリに攻撃を邪魔されたロイの感情はますますヒートアップする。フラジールとの闘いで疲れ切った身体はとうの昔に限界を迎えているが知ったことでは無い。
ロイはレイヴンを、幼い頃からの恩人を手に掛けた友人を殺さなければ気が済まなかったのである。
しかしロイが放った迫真の猛攻の多くは悉く躱され、運良くクラースナヤに着弾したとしても精々
極め付けはハリの呼吸が全く乱れず、簡単な宿題を早く終わらせようとする機械的な態度さえ見せている。
《今のボロボロな状態で僕に勝てる訳ないでしょ? 黙って引っ込んでよ》
「舐めんじゃねぇぞ!」
売り言葉に買い言葉。
ロイは目の前に立ち塞がるクラースナヤを倒すため、再びマイブリスを【ドルニエの黒鬼】モードに移行させようとする。頭部スタビライザーから両角が再び生えて、背中から放出される翡翠色のコジマ粒子が徐々に緋色を帯びていき……
……何事も無かったかのように翡翠色に戻った。
ロイが座るコックピット内のコンソールパネルには『
「――なっ!?」
《……それで終わり?なら次はこっちの番だね》
ハリの声が響いたと同時にクラースナヤは目にも止まらぬ速さでハイキックをマイブリスの頭部に打ち込んだ。衝撃でバランスを崩した隙を見逃さず、間髪入れずに後ろ回し蹴りを腹部に打ち込む。
クラースナヤの連続コンボに堪らず後ろへよろけてしまったロイとマイブリスが最後に目にした景色は、両手に構えられた【04-MARVE】の銃口が舌なめずりをしながら此方を捉えている景色だった。
《次に会うときは――もうないか。バイバイ、おじさん》
「……くそが」
ロイの忌々しく吐き出した呪詛を嘲笑うかのように【04-MARVE】から放たれた銃弾の雨嵐がマイブリスを包み込む。鈍色の装甲には無数の穴が刻み込まれ、メインカメラは弾け飛び、雄々しく反り立った両角は虚しく折られていく。雨嵐が止んだ頃には身体中からショート音と火花を散らせた穴だらけの巨人が出来上がり、巨人は最期の言葉を発することなく沈黙した。
「……すまない、ロイ」
その一部始終を見ていたダンは消え入るような細い声で呟く。瞬間、今のダンの心情を踏みにじるような滑稽で不愉快な軽口がセレブリティ・アッシュのコックピットに響き渡った。
《おいおい、ウザったい
「……イッシン君」
《あっ、ちなみに『心が痛む』とか『精神的にツラい』とかそういう
「別に許して貰おうなんて思っていない」
《……ハハハっ!!安心しろ、許す気なんざハナからねぇさ。
全員ぶっ殺してやるから安心しろ》
イッシンの言葉にレイヴンを含めたその場の全員が凍り付く。
死神に後ろから優しく抱き締められ、耳元で死刑宣告を告げられたような悍ましさを孕んだ語気は今まで経験したことの無い感覚だっただろう。それほどまでにイッシンの
刹那、突如現れた砲弾がクラースナヤの頭部に直撃。メインカメラが爆散してもうもうと煙を上げた。次いで間髪入れずに脚部、コア部へと砲弾が撃ち込まれるがサブカメラを起動させたハリの操縦技術によってすんでのところで躱されてしまう。
「くそっ!金づる野郎のくせに!」
《ハリ、お前は身を隠せ。ダン・モロ、貴様はキドウ・イッシンの座標を共有次第、予定通りホワイト・グリントを尋問しろ。私がヤツを始末する》
《……了解》
不意打ちによってメインカメラを破壊され、苛立つハリをオッツダルヴァが窘める。確かに姿の見えない敵からの遠距離狙撃は脅威であるが、接近して近距離戦に持ち込めばどうということは無い。
オッツダルヴァはフットペダルを踏み込み、深蒼色のステイシスにOBを発動させる。フラジール並みとは行かないまでも、一般的な軽量級ネクストより速い速度で向かっていく様はまさに【
「一度立ち会って見たかったのだ、ゴーストやらにな」
いかがでしたでしょうか。
たまにランキング作品を見たりするんですが、執筆して3日程度で日間1位をとっている様子を見て文才の無さを痛感したりしてます。タンメン食って忘れるけども。
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