と言うわけで後日談。
ラインアーク事変から三日後
旧合衆国 ワシントン州 ヤキマ
晴れ渡る青空には真っ白い雲が悠々と漂い、その下を渡り鳥達が新天地を求めて隊列を組みながら翼を広げている。
空の雄大さの前では人間同士の争い事などちっぽけな塵に過ぎないのだ、と感慨に浸っていたジョン・ゴールドマンの心象は
簡素ながらも堅牢な造りの観測小屋の中から外を眺めているゴールドマンは茶色のハンチング帽を浅く被り、リネンの白いポロシャツと有名テーラーで仕立てたクリーム色のスラックスを着用し、いかにも休日ゴルファー然とした動きやすい格好をしている。
上部中央に配置されている砲塔がリニアカノンから六連式のガトリンググレネードランチャーに変更され、下部中央に格納されていたレールキャノンは超巨大なアンチマテリアルライフルのバレルにしか見えない兵装にすげかわっているのだ。
間違いなくオーバーキルを前提にしている装備構成にゴールドマンは双眼鏡を外し、隣でのんびりと茶を啜っている和装の男性に呆れながら問いかける。
「相変わらず加減を知らんな、十六代目」
「何か問題でも? 有澤重工のモットーは一撃必殺です。GA本社でも少量生産すると聞いていたので、武装はむしろ抑えたぐらいですよ」
片手に湯呑み、片手に個包装された芋羊羹を持つ十六代目有澤隆文はニッコリと微笑んで彼の問いかけに答えた。ゴールドマンがやれやれと肩を竦めると同時に辺り一帯にアナウンスが流れる。
《まもなく改良型ギガベース【
《発射、10秒前。9…8…7…6…5…4…3…2…1…発射》
ズォガァーン!!!!
眼前で3000m級の活火山が噴火したと錯覚するような爆音と爆風が周囲200mに吹き荒れ、観測小屋の窓に嵌められた強化ガラスが割れるのではないかと心配になるほどピシピシと音を鳴らした。
あまりの衝撃に思わず目を瞑ったゴールドマンとは対照的に、十六代目有澤隆文は気にする素振りすら見せずにモッモッと芋羊羹を頬張っている。
『
遥か遠方の地平線にそれまで存在していなかった直径100mはあろう規格外の土柱がそびえ立ち、その麓では赤褐色の爆炎が暴れ足りないと言わんばかりに踊り狂っていたからだ。
「……アレでか? いくら少量生産といえど限度があるだろう。インテリオル・オーメルに鹵獲されるリスクを考えれば流石にホイホイと許可出来んぞ」
「これは妙なことを仰る。役員会で我等にギガベースの改良を振ったのは貴方でしょうに」
「あまり宗主をいじめるな、十六代目。種を蒔いたのは私だ」
「お、来てたのか小龍」
白老から放たれた素直に喜べない弩級の砲撃威力に眉を顰めるゴールドマンと、『圧倒的破壊力こそ正義』という確固たる信念をもつ十六代目有澤隆文の間に微妙な空気が流れるが、その空気は相も変わらずグレーのスリーピースを嫌味無く着こなした王小龍の登場により霧散する。
彼の後ろにはいつものようにリリウム・ウォルコットが控えており、品良く前に組まれたその手には銀色のアタッシユケースが持たれていた。
「
そう言って王小龍はリリウムに目配せする。長年の師弟関係で培われた阿吽の呼吸で彼の意思を汲み取ったリリウムは一切無駄のない所作でアタッシユケースを開き、中に入れられていた分厚い書類の束を二部取り出してゴールドマンと十六代目に手渡した。
表紙には【ラインアーク事変における調査報告書】と仰々しいフォントで書かれているが、受け取った二人は特に気にすることなくパラパラと
「企業連肝いりのホワイト・グリント撃破任務が最上位ランカー2名と上位ランカー1名の裏切りに利用されていた事実は、最終決定権も持つ者として恥ずべき一生の汚点だな」
「しかし奴らの狙いだったホワイト・グリント撃破は免れました。
「アスピナのセロだな……あれは流石に耳を疑ったぞ。今の彼の身柄は?」
「書類上はアスピナが管理していることになっていますが、現時点でラインアークに身を寄せています。アブ・マーシュが在籍している事を鑑みればラインアーク専属になるのも時間の問題かと」
「第二のホワイト・グリントか。裏目に出るとはまさにこのことだな」
「ですがラインアークは
「――まあいい、本題はここからだ。例のORCA旅団とやらについてはどうなっている」
差し出された報告書にザッと目を通しているゴールドマンは顔を伏したまま王小龍に目を向ける。体勢上、彼を睨みつける格好になっているゴールドマンは歴戦の末に刻まれた皺の迫力も相まってただならぬ雰囲気を醸し出しているが、いつものことだと王小龍は意に介さず説明を始めた。
「現時点で判明しているのは練度の高いネクスト戦力を少なくとも9機以上保有していること。目的はクレイドル体制の打破であること。活動資金源としてオーメルグループが関与している可能性が高いこと。そして推定の域を出ませんが、恐らく旧レイレナードの思想を引き継いでいること。以上4点です」
「……やはりそうか」
王小龍の説明を聞き終えたゴールドマンは落胆するような、哀れむような声で独りごちる。その言葉の真意はリリウムを除く全員が理解しているが故に誰も口を開かなかった。
それは強大な力をもつ反動勢力が存在する事への危機感ではなく、過去に自身らが滅ぼした反逆者の残滓が未だ活動している事実に対する反応である。
犯した罪を清算しようとした存在が不都合であったというそれだけの理由で彼等を討ち滅ぼして突き進んだ結果、一歩たりとも後戻り出来なくなった愚かな体制側の、せめてもの自己嫌悪でしかないのだが。
「今後の調査は特別調査チームを編成してORCA旅団の全容解明に取り組む予定です。結果が判明次第、逐次報告させて頂きます」
「分かった。引き続き頼むぞ」
「無論です。――行くぞリリウム」
「はい、
「あっと。ちょっといいかい小龍」
「……なんだ?」
踵を返して早々に観測小屋を去ろうとしていたところを有澤隆文に呼び止められた王小龍はゆっくり振り向いて声の主を見据える。少々の苛立ちが混ざった彼の仏頂面に有澤隆文はふざけたように肩を竦めるが、奥底の眼光ではいつもの楽天的な雰囲気が鳴りを潜めた代わりに冷徹な感情が宿っていた。
「一つ質問がある」
「言ってみろ」
「今回のラインアークの一件、参戦したリンクス6名のうち3人が君の子飼いだったと聞いている。しかも内2人がカラードから離反して反動勢力と行動を共にしているのだろう?」
「……何が言いたい」
「君も反動勢力に繋がっているんじゃないのか」
その言葉に小屋の空気が一段と重くなる。
お前も敵ではないか。そう言い切った有澤隆文の隣で話を聞いていたゴールドマンの目にも猜疑心が生まれ始めた。
だが当の本人は面食らった表情でキョトンとしており、かと思えば拳を口に当ててクスクスと笑い始めた。そして王小龍は臆することなく言葉を返す。
「冗談の質が上がったようだな十六代目。仮にもしそうだとして、私に何の得がある。現行の体制を打ち倒したところで残るのは無秩序と混乱だけだぞ? 私はそんなものなど望んでいない」
「BFFは元々レイレナード陣営だっただろう。積年の恨みを募らせて虎視眈々と機を狙っていたとすれば説明はつく」
「確かにまぁ『槍の残党』連中は下らん復讐心で奴等に手を貸すかも知れんが、その時は私自らが身内の恥として処断するだけだ」
「証明出来るか」
「そこまで疑うのなら何人でも監視を付けるといい。ただし私の事務処理業務の補佐と平衡して、だ。丁度ここ最近、人手が足りなくて難儀していたところでな………では失礼する」
久しく笑っていなかったのだろう。目尻をうっすらと涙で濡らした王小龍は有澤隆文の思案を冗談交じりに一蹴すると、リリウムを従えてどことなく晴れやかな表情でカツカツと革靴を鳴らして観測小屋を後にした。
いかがでしたでしょうか。
次回も後日談の予定です。ほら、正規ルート外れちゃったし、多少はね?
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