敗北。初撃と不意打ちの一打を与えた以外、なんの戦果も上げることなく新型ハイエンドノーマル九機全てが負傷者すら出さないまま無力化された、これ以上ない敗北。
大規模コジマ施設『スフィア』の司令室内に設置された大型モニターの前で、王小龍と理事官の目も憚らず白衣姿の主任研究員はガックリと項垂れている。
――勝てると考えてはいなかった。ただ、善戦は出来るだろうと。文字通り、全研究員が寝る間も惜しんで作り上げた粉骨砕身の集大成である新型ハイエンドノーマル部隊ならば、そしてそれを駆る人員がサイレント・アバランチならば、一矢報いることは出来るだろうと。そう考えていた。
「まだ届かないのですか……!」
主任研究員は呻くような低い声で独りごちると、いつからか握っていた右手にグッと力を込める。ネクストとノーマルの性能差はマリアナ海溝より深いことは重々わかっていた。それでも、だとしても、ここまで理不尽なのか。ネクストという兵器は……!
その様子を横目で流し見ていた王小龍は、顔にこそ出さないが内心笑みが止まらなかった。自ら『サイレント・アバランチの無力化』を依頼したとはいえ、ここまで痛快に達成されたとなれば無理もないだろう。
(これで【槍の残党】共も大人しくなるだろう。童も良く働いてくれた。さて、あの豚の悔しがる醜顔でも拝むとするか)
王小龍はポーカーフェイスのままチラリと横を見遣った。そして、彼が思い描いていた風景が無かったが故に眉間に深い皺が刻まれることになる。理事官は相変わらず粘度の高い汗を拭いながら佇んでおり、そして
「……ずいぶん平然としているな。虎の子の新型が敗れたというのに」
「ご冗談を、王小龍上級理事。いくら私でも彼等が心血を注いで完成させた新型が敗れたことは悲しい限りです」
「ならばその余裕はどこから来る」
「なに、単純な事ですよ。
「お~い、生きてるか~?」
《……なんのつもりだリンクス。貴殿の任務は完遂されたのだろう。ここに残る意味は無い筈だ》
「いやいや『サイレント・アバランチの無力化』ってのはつまり『誰一人殺すな』ってことだろ?こんな吹雪の中、コックピットで凍死されちゃ俺の報酬が減るかもだろうが」
吹雪が吹き
辺りには複数の新型ハイエンドノーマルが同じように両脚を切断されて横たわっており、残った両腕でジタバタする者、微動だにせず物思いに耽る者、メインカメラを右往左往させて状況把握に努める者など各々違った行動を取っている。
そして流石というべきか、両脚を切断されたどの機体もコックピット部分には傷一つついておらずパイロットの安否を確認するまでも無く生存が確約された状態になっており、このことが更にノーマルとネクストとの溝を強調しているようでもあった。
《ふっ、此方の作戦を全て受け止めた上で圧倒されるか。やってられんな》
「そう卑屈になんなよ。正直、吹雪の中の不意打ちからネクスト用
《だが貴殿は倒せんのだろう?》
「そりゃあ、まぁ……それをウリにしてるからな」
《イッシン、長居は無用だ。吹雪の影響が少ないポイントB4-sで回収するぞ》
二人の会話に楔を打ち込むようにセレンの声がJOKERのコックピット内に反響する。どことなく上機嫌そうな声色は自身が鍛えたリンクスが及第点以上の働きをしたからだろう、スピーカー越しに聞こえるタイピング音も普段より軽やかな音色を奏でていた。
「あいよ。それじゃ、俺達はお
《リンクス。貴殿らは一つ勘違いをしている》
「……どういうことだ?」
隊長格の男から突然発せられた意味深な言葉に、それまで隙だらけの無警戒だったイッシンの気怠い目がスッと細まって感覚の鎧を急速に身に纏っていく。ものの数秒で完璧な警戒態勢を整えた彼から放たれる緊張感はもはや別人レベルであり、鉄と吹雪の三層に断じられている隊長格の男もその変容ぶりに思わず生唾を呑み込んだ。
《――そのままの意味だ。我々サイレント・アバランチを無力化して任務完了と、本気でそう思っているのか?》
「………はあぁ~~。
《すまない。我々から教えられるのはそれくらいだ》
「いや、教えて貰っただけめっけもんさ。てことはそろそろ――」
《イッシン! 12時の方向、『スフィア』からネクスト3機の出撃を確認! まっすぐ向かってくるぞ!》
「ほ~ら噂をすれば」
気迫に満ち満ちているにも関わらず、どこか楽しげな雰囲気を感じさせる物言いに若干の違和感を感じた隊長格の男だったが、その疑念を言葉にする前にJOKERはOBを発動。驚異的な瞬間加速で吹雪の壁の中へボフンッと突っ込んだ数秒後にはブースターの炎色すら見えなくなってしまったのだった。
正体不明のネクストに対応するため吹雪の中を突き進んでいた。先程のアサルトアーマー使用により消失していたJOKERのプライマルアーマーは既に回復しており、相も変わらず吹き付ける雪は黒い装甲にシミを付けることも出来ず蒸発している。そんな中イッシンはコンソールパネルを弾き、状況把握に努めているセレンへ通信を繋げた。
「それで機体照合は? ネクスト3機なんて随分物々しいじゃねえか」
《待ってろ、もう少しで………ああ、なるほど》
「どうした?」
彼女の拍子抜けしたような、張り詰めていた気が抜けてしまったような声に思わずイッシンは言葉を返してしまう。今まで想定外の自体に焦ってしまうセレンは何度も見てきたが、こうも分かり易く敵を侮る彼女は見たことが無かった。
《相手は【ランク24】スカーレットフォックスと【ランク25】エメラルドラクーン、それに【ランク19】バッカニアだ。確かに数は多いがお前からすればたいした敵じゃない》
「ちょいまち。いまバッカニアって言った?」
《? それがどうした》
セレンは『なんでそんなことに引っ掛かる』と言わんばかりな態度だが、イッシンからすれば大事も大事。今回も
原作上『サイレント・アバランチ撃破』のハードモードで出現するのはスカーレットフォックスとエメラルドラクーンのみ。バッカニアはこのミッションどころか本編ストーリーにも全く絡まず、アリーナでしか戦うことの出来ない不遇キャラなのだ。それが原作を無視して
「……毎回毎回ハズレくじで参っちまうぜ」
《不貞腐れるのは分かるが会敵まで20秒を切ってる。箸にもかからない格下共だが油断はするな》
「格下ねぇ。まぁ、そうあることを願うよ」
イッシンは皮肉を込めた半笑いでスピーカー越しのセレンに応答してJOKERに戦闘態勢を取らせた。格下か格上か、
《距離400……300……敵ネクスト、視認距離に入るぞ》
「よし。それじゃいっちょ――」
《お~い! JOKER~! 聞こえるか~!》
《姐さんそれはマズいです。オープン回線で呼びかけたら流石に怪しまれます》
《右に同じく》
いざ出陣とばかりにJOKERのブースターが青白い炎を放出しようとした瞬間、場違いとも言える快活な若い女性の声がオープン回線でコックピット内に響き渡り、続いて二人組の若い男性の声がその女性を窘める。
突然の出来事に理解が追いつかないセレンとイッシンだったが時間は待ってくれない。視認距離に入ったJOKERのメインカメラは既に3機を捉えており、そのどれもが特徴的な見た目だった。
まずは逆関節脚部に散布ミサイルと軽量グレネード、そしてマシンガン型武器腕を採用した赤い軽量級ネクスト。次にスナイパーライフル二丁と背部、肩部ともに通常ミサイルを採用した緑色の重量二脚ネクスト。どちらも頭部に動物の耳を彷彿とさせるスタビライザーを装備しており、どことなくお腹が空いてきそうになる。
その特徴的な2機に挟まれている最後のネクストはインテリオル製標準機【Y09-
「……どうするよ?」
《まぁ話すだけなら構わん。任せる》
「あ~~……こちらJOKERのリンクス、キドウ・イッシンだ。こちらに呼びかけたリンクスはフランソワ・ネリスと見受けるが、どういう意図か説明してくれ」
あくまで戦闘態勢を崩さないイッシンは推し量るように女性の声へ尋ねる。それは、変に警戒を解いて『騙して悪いが』されては堪ったものではないと彼が判断したからに他ならないが、結果として不要だったと言える。
何故なら――。
《あたし転生者なんだけど、あんたも転生者でしょ?》
「……………はい?」
いかがでしたでしょうか。
まさかのバッカニアとフランソワ・ネリス登場でございます。どんな活躍をするのかは乞うご期待と言うことで。
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