第一話 はじまりの日
周囲が騒然とする中で男の怒鳴り声が響いている。
顔を紅潮させ、呂律が回っていないようにも聞こえる男の声。身なりを見れば、それなりに高い地位にある人間な事は分かったが、飲酒が原因となった事故である事は明らか。
そして、男は加害者である。
後ろから追突され、痛みに堪えながら、詰め寄ってくる男に頭を下げる女性と彼女の子ども達。女性は所謂『名誉』であるようで、男はよけいに居丈高に女性を怒鳴りつける。
状況を見れば、明らかに男が悪い。だが、この国では平等のはずでも『名誉』に対してはそれが必ずしも適用されるとは限らなかった。
「あのおじさん滅茶苦茶だよ。自分からぶつかっておいて」
「しっ、シャーリー、ああ言うのは耳だけは良いから止めておきなって」
そんな様子を友人のソフィーとともに見ていたシャーリーは、どうすれば良いのか分からず、単純に女性に同情して非難めいた声を男に対して向ける。
最初は騒然としていた周囲も、被害者が『名誉』であることを知ると関心を無くしたように離れていく。
被害者への同情より男に絡まれる方が面倒くさいと思ったのだ。
「あれ? あそこに居るのって、ルルーシュ君じゃない?」
そう言ったソフィーの視線の先を見たシャーリーの目に、クラスメイトの男子の姿が目に映る。
ルルーシュ・ランペルージ。
その整った外見と物腰の柔らかさや普段のクールな振る舞いから学園では絶大な人気を誇る男子生徒であったが、シャーリーは彼が賭け事に興じたり、授業態度が悪いことを知っているため苦手意識を持っており、はっきりと嫌いであった。
実際、今も助ける様子は無く、面倒くさそうな表情を浮かべながら事故の現場を見ている。
やがて、散々怒鳴りつけて満足したのか、男は被害者に対して修理代を請求すると、どこかへ電話をかけ始めた。
怪我をさせられた側にもかかわらず、被害者の女性は謝り続けるしか無く、その後は力なくうなだれている。
「なんなのあれ? おじさんの方が謝るべきじゃないっ!!」
「ああ、待ってよシャーリー」
そんな光景を目撃し、元々正義感の強いあるシャーリーは男の振る舞いに激昂し、一言言ってやらないと気が済まなくなった。
そして、ソフィーが止めるのも聞かず、男の元へと歩き始める。
しかし、シャーリーが文句を言おうかと思ったその時、パトカーが到着し、有無を言わさぬ様子で男を取り押さえる。
なにやら叫き散らしている男は、さっさとパトカーに乗せられて連れて行かれてしまい、呆然とする女性と子ども達。
先ほどまで誰も通報していた様子は無かったのにどうして? とシャーリーは思ったが、たまたま視線を向けると、ルルーシュが携帯を手にほくそ笑む様子が目に映る。
後で分かったことだが、事故現場の写真を転送し、男の罵倒を通報しながらに警察に聞かせ、男が脅迫しているように見せたのだという。
面倒くさそうな表情は、男に万一通報していることに気付かれると面倒だったからだと言う。
女性が名誉である以上、交通事故という形で警察を呼んでしまえば、警察の処理も適当になる。
だが、被害者がどういった身分か分からない状態で脅迫めいた言動があれば、容疑者確保を優先してくれる。残念ながら、被害者が被害者なだけに厳しい罰も、被害者への賠償も無いだろうけど。
と、ルルーシュは苦笑しながら言っていたが。
それからである。シャーリーがそれまで良い印象を持っていなかったルルーシュの行動に目を向けるようになったのは。
クールでどこか人を馬鹿にするような印象は、実は目立ちたくなかっただけで、細々としたところでクラスメイトや他人の為に行動していることが目に付いたのである。
それからよく話すようになったり、生徒会に入ったことで、買い出しを名目に出掛けたりもするようになり、『特に親しいクラスメイト』と言う形になっていったと思う。
「いつからだろう? ルルが好きなことを自覚したのって……。って、ええっ!?」
夢の中でそう呟いたシャーリーだったが、それが声に出ていた事に驚くと、ベッドから身を起こした。
◇◆◇◆◇
その日、シャーリーは授業が身に入らなかった。
朝、目を覚ますと知らない部屋で制服を着たまま寝かされていたことに驚き、起こしに来たルルーシュに寝起き顔を見られて狼狽し、それでいてようやく昨日の出来事を思い出す。
心配を掛けたことを詫びるルルーシュに対し、咎め立てるようなことはしたくなかったのだが、元はと言えばリヴァルと一緒に賭けチェスなんかに出掛けたことが発端でもある。
いつもはその辺り苦言を軽くいなされてしまうのだが、今日は普段とは違っていた。
ルルーシュはシャーリーの苦言に対し、神妙な面持ちで賭けチェスからは手を引くことを告げ、有無を言わさぬような雰囲気のまま、今日は部活に行かずに生徒会に来て欲しいと重ねて頼み込んできたのだ。
その様子は、普段の彼とは異なるモノであり、どこか自分が知らないルルーシュの一面を垣間見たような。はっきり言えば、底知れぬ恐ろしさをルルーシュから感じもしたのである。
かと思えば、自分に向ける眼差しが普段以上に優しいモノのようにも思えてしまい、よけいに困惑してしまう。
思えば、今朝見た夢は、ルルーシュに恋心を抱くきっかけになった事件だし、昨日のとんでもない事件は自分には関係の無い事のはずだったのに、知らず知らずのうちにショックを受けていたのかも知れなかった。
「あら? シャーリー、ずいぶん早いわね?」
一人、生徒会室にて悶々としていたシャーリーであったが、次なる来訪者にようやくそれから解放される。
とは言え、今までのような態度を見せてしまえばそれを早速おもちゃにしてしまう人物でもあったのだが。
「お疲れ様です。ミレイ会長。ルルに呼び出されていて」
「ルルちゃんに? 私もなんだけど、今日って何かやることあったかしら?」
「ルルがサボった分の書類はたくさんありますけどね」
テーブルに高く積まれた大量の書類。
シャーリーやリヴァルだけでやれば、放課後丸々掛かってしまうような量だった。
しかし、ルルーシュに掛かればあっという間に片付けてしまう上に、誤字脱字は元よりちょっとした不備も見つけてしまう。
それだけの頭の良さがあるのに、学業成績にそれは反映されているとは言い難い。実際、テストも適当に答えて眠っている時間の方が多いぐらいだった。
「授業だって真面目に受ければ良いのに」
「そうね……」
「……会長って、ルルの勉強とか将来?の話になると、目を逸らしますよね?」
思わず口をついた思い人の普段の態度を思い返し、少し愚痴っぽくなってしまったシャーリーだったが、それに同調するかと思っていたミレイの態度に、それまでの彼女の様子を思い返す。
よくよく考えれば、ミレイは普段の学校生活を楽しむためのお祭りめいたイベントは計画するが、進学や就職など将来に繋がるイベントを計画したことは無い。
むしろ、この手の話題になると普段の陽気さが影を潜めていたことにシャーリーは今更ながら気付く。
「そうかしら? まあ、私の場合は自分の進路も決まっていないからねえ」
「もう、そうやってはぐらかす」
「ルルちゃんみたいに?」
そんなシャーリーの指摘に、ミレイはあくまでも陽気に振る舞おうとする。今更ながら、ここまでミレイの様子を疑うように見るようになったのは、朝顔を合わせたルルーシュの変化があったからであろうか?
「遅くなりました~。って、あれ~?ルルーシュは?」
「リヴァルもルルに?」
「俺もって言うと、二人もそうなの? だったらわざわざ呼び出す必要も無いよな」
そんなシャーリーとミレイの小さな小競り合いにごく自然な風が割り込む。呑気な声で生徒会室に入ってきたリヴァルであったが、彼もまたルルーシュに呼び出されていたようだった。
「ニーナは用事で来られないって言っていたから私達だけみたいよね。あら?」
そんなリヴァルの登場にミレイは再び道化の仮面を付けるが、すぐに横槍が入るかのように彼女の携帯が鳴り響く。
シャーリーからしてみると、ルルーシュや自分だけで無く、ミレイの様子もどこかおかしいような気がしていた。
「理事長から? ちょっと出てくるわね」
「ごゆっくり~。って、シャーリー難しい顔をしてどうしたん?」
「え?」
そんなことを考えていたためか、ミレイの背中を見つめるシャーリーの視線は彼女が意図すること無くキツくなっていた様子で、リヴァルが目をむいている。
やはり、今日の自分はどこかおかしい。とシャーリーが思い改めるのと、神妙な面持ちで生徒会室にミレイが戻ってきたのはほぼ同時のことだった。
◇◆◇◆◇
シャーリー達が生徒会室に集合していた頃、彼女達を集めた張本人達は、学園の理事長室にて一人の男と面会していた。
ルーベン・アッシュフォード。
アッシュフォード学園の理事長を務め、かつては皇妃マリアンヌの後援勢力を率いていた大物貴族である。
マリアンヌの死を境に没落したモノの、KMFを世に送り出した事から、財界、特に軍事企業への影響力はまだまだ健在である。
さすがに、ブリタニア軍の中枢を担うKMF部門からは追い出されてしまっていたが。
「理事長、突然の面会。申し訳ありません」
「いや、気にしなくて良い。君が私に面会を求めてくるなど、いつ以来のことだったかな」
「ナナリーの事を含め、普段から大変な迷惑をおかけしています」
「ふむ。では、ジェレミア卿を連れられていると言うことは、今日はランペルージでは無く?」
慇懃な態度で頭を下げたルルーシュに、ルーベンは理事長として応対するが、それでも一介の学生が辺境伯を傍らに控えさせたまま腰を下ろすと言うのは礼に欠ける。
あくまでも、彼が一介の学生の場合であって、皇族としてとなれば話は変わってくるのだが。
「ああ。シンジュクのこと、どこまで聞き及んでいる?」
ある程度の事情を察したルーベンの様子に、ルルーシュは学生の仮面を脱ぎ去る。
「テロリストの毒ガステロにより、多くの犠牲者が出た。と言う事では無く、総督の私的な理由において、組織的な虐殺が行われた。と言う事でよろしいですかな?」
表向きな発表だけを聞いていれば良いのならば、ブリタニアの上流貴族としてやっていけるはずも無い。没落したとはいえ、総督府の情報ぐらいは自然と耳に入ってくるだけの実力はまだまだ保持していると、ルーベンは言外に告げてくる。
「俺もそれに巻き込まれた」
「…………っ!? 殿下、私は平時より、諌言させて頂いたはずですが?」
とは言え、ルルーシュがそれに巻き込まれたというのはルーベンにとっては予想外の事であり、原因となり得る行為に頭を痛めていた事もあって一気に表情が曇る。
「それに関しては申し訳無く思っている。俺も、もっとお前達を信用するべきだったとな」
「ありがたき御言葉。しかし、どういった経緯で心変わりを?」
それまでのルルーシュは、孫娘であるミレイとは個人的な友人関係を作っていたものの、ルーベンをはじめとするアッシュフォード家それ自体には決して心を許していなかった。
ジェレミアの説得――これは、今のルルーシュは知らないことであったが――があっても頑なであったのは、ひとえにルーベンの息子夫婦――ミレイの両親をはじめとする一族の不信心にある事はルーベンにも予想は付いている。
実際、ルルーシュがランペルージとしてではなく、ヴィ・ブリタニアとして話している今の状況を聞けば、彼等は歓喜するだろう。
ルーベン自身は、同志とも言えるジェレミアと同様に忠臣であろうと努めてはいるが、身内の者達にその真意を理解されることは無かったのだ。
「ルーベン、お前はこの国の人々のことをどう思う?」
「……イレブンではなく、日本人であると?」
「さすがだな。母さんを支援したように、お前は差別主義で凝り固まった連中とは違う。だがな、俺は目の前で見てしまったのさ。泣き叫ぶ赤ん坊を、ゴミのように撃ち殺すブリタニア兵の姿をな」
そう言って瞑目するルルーシュ。ただ、これはこの世界において目にしたことでは無く、過去の記憶である。あの反逆のはじまりとなったあの日。
いまだギアスなど無く、自分の軍隊も無かったあの時、親衛隊の手で無残に殺されていった日本人の姿は、虐げられる自身と重なり、いまだに脳裏に色濃く残っている。
ルルーシュ自身、人道主義者とは対極にいる人間だと自覚している。勝利のため、目的のために手段は選ばず、過程では無く結果を求め、多くの血を流してきた。
だが、武器を持たぬ者に対して、逡巡無く武器を振るう愚かさを肯定するほど堕ちてはいないとも思っている。
だからこそ、自暴自棄となって不要なギアスを使用したこともまた後悔していた。自身のギアスの犠牲になったのは、シャーリーだけでは無いのだ。
「嘆かわしいことですな」
ルーベン自身、そしてジェレミアもまた、高潔であろうとは思うものの、実際に落ち度が無いかと言われれば、否定するしかない。
ジェレミアにとって、過去のシンジュク事変で殺戮を楽しんでしまった事は生涯消えることの無い咎であるし、ルーベンもまた、こうして栄華の一端を食む身として、それが各エリアの犠牲の上に成り立っている事実を否定できないでいる。
実際、ルーベンは派手好きな浪費家という面もあり、アッシュフォード没落の原因はその辺りにもあった。元々、ルルーシュの信頼を勝ち得なかった事はこの辺りにも原因はある。
もっとも、その浪費こそ、ルルーシュが立つべき時に備えた軍資金作りであったのだが、それはついぞ使われること無く消えてしまった。
「だからこそ、俺は立つ事にした。いまだ学生の身ではあるが、これ以上、ブリタニアを好きにさせることは出来ない」
「兵を挙げ、御父上を討たれると仰せになられるのですか?」
「最終的にはそうなるな。俺の目的は、ブリタニアという国家の打倒や滅亡では無く、皇帝シャルルの掲げる弱肉強食の論理を基にした侵略と殺戮、搾取と支配の体制を破壊することだ」
そこまで言い切ったルルーシュに対し、ルーベンは目をむいて息を飲む。
はっきりと反逆の意思を口にしたルルーシュ。帝国の貴族として、反逆者を放置することはすなわちそれの肯定を意味する。
だが、ルーベンは強い決意のこもったルルーシュから目を離すことは出来ぬまま、時だけが停止している。
(どうなっているのだ? ルルーシュ様はその牙を隠し続けておられたはず。明晰な頭脳を持つが、成長の過程で受けた苦労からか、それを表に出すのは避けてこられたはず。何より、目の前に居られるその姿……。私は、いったい何と相対しているのだ?)
じんわりと全身から冷や汗が滲み出ていることを自覚するルーベン。
シンジュク事変だけでルルーシュが変わるとは思えない。さらに言えば、部屋に入ってきた時には普段と変わらぬ少年の姿であったのだ。
つまり、ルルーシュは自身の覇気というものを自覚し、思うようにコントロールしている。
ルーベンの困惑は当然と言えよう。
今、彼の目の前に座すのは、捨てられた皇子では無く、世界を恐怖に陥れた悪逆皇帝ルルーシュその人なのであるのだから。
「……分かり申した。この老骨の命、ルルーシュ様に捧げましょう」
「ありがとう。お前達には何も報いることが出来なかったというのに」
「元々、マリアンヌ様の死とともに私は死んだも同然。なれば、この命も、家も、財産も惜しくはございません」
これはルーベンとルルーシュが対面した時点で決まっていた結論とも言えた。
ルルーシュ自身、その気になればギアスを用いて、無理矢理にでも協力させることは可能であったが、アッシュフォードそのものに対する恩義がそれを許さない。
元々、スザク達に対してもギアスで操ることを良しとしなかったのである。他人であれば容赦なくコマにする面はあっても、身内と言える立場の人間には甘く、一定のルールを設けているのだ。
「お、おじいさまっ!?」
「ル、ルル……っ!?」
そんな時、乱暴に扉が開けられたかと思うと、顔を青ざめながらそこに立つ三人の男女。
ミレイもシャーリーもリヴァルも、普段の陽気さは消え失せ、動揺と困惑を持って部屋の中へ足を踏み入れている。
三人が聞き耳を立てていることは、部屋の中の三人はとうに気付いていたが、説明するよりも話を聞いた方が早い。
ただ、ルーベンもこの決断をした『主君』の判断を計りかねている。
「ほ、本当なの? ル、ルルが皇子様って……?」
「そ、そうだよ。本当なのか? それに、マリアンヌ様がどうとかこうとかって……」
「これ。殿下の御前だぞ」
「いや、いい。黙っていて悪かったな。シャーリー、リヴァル。俺の本当の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア……。母、マリアンヌの死とともに、ブリタニア皇室から捨てられた人間だ」
動揺が有り有りと見てとれるシャーリーと困惑の方が先に立つリヴァル。それに対し、本当に良かったのかと尋ねかけるような表情のミレイ。
三者三様に反応に対し、ルルーシュは静かに自身の正体を告げる。
そして、それは学生という身が背負うには重すぎる決断を促すための告白のはじまりに過ぎなかったのである。
誤字指摘やたくさんの感想をいただきありがとうございました。
一応、今回から本当の本編開始になります。
シャーリーがルルーシュに好意を抱いたきっかけのエピソードは具体的な内容が見つからなかったのでこんな形で創作していました。
ちょっと無理があるかなとも思ったんですが、貴族と警察の腐敗かつ名誉ブリタニア人に対する不当な扱いなども書けたらと思いました。