――ルルが皇族??
そう思いながら、理事長室に備え付けられたソファーに座るよう促されたシャーリー。対面に座るリヴァルもまだ現実が受け入れられず、夢かなと頬を叩いたり、つねったりしている。
そして、その隣に座るミレイは、先ほどまでとは打って変わり、いや、ルルーシュの進学などについて話すときのどこか物憂げな様子をはっきりと表に出していた。
彼女は元々、ルルーシュの素性を知っていたのであろうが、それを明らかにすることを望んでいなかったのは明らかだった。
そして、告げられたこれまでの事。
母親の死と人質として日本に送られてからの日々。そして、アッシュフォードに保護された後も、いつ裏切られるかという恐怖。
それらを告げるルルーシュの姿に、シャーリーとリヴァルは驚愕し、ジェレミアとルーベン、ミレイの三人は悔やむように顔を背ける。
「紅茶で良かったかね?」
「あ、ありがとうございます」
一通り、自分の出自とこれまでの人生を語ったルルーシュ。
それに対して大きな衝撃を受けていたシャーリーとリヴァルの様子に一端言葉を切り、休憩を促す。
同席していたジェレミアが優雅な仕草で紅茶を並べていく。普段からどこか芝居染みたところがある人物だったが、そこにあった道化染みた感じは消えている。
シャーリーにとっては、学園の一教師という印象しか無かったのだが、本来は辺境伯の爵位を持つ自分とはほど遠い存在だと知ってよけいに驚きもした。隣に座る人物はそれ以上にほど遠い存在であったのだが。
「ええと、要するに、ルルーシュは皇子様だったわけだろ? スゲえじゃん。でも、だからといって俺達との関係は、この先、別に変わるわけじゃないんだろ? はは、これからは皇族のお供として賭けチェスか~。それじゃあ、コテンパンにしたヤツに身分明かしてへこますってのも良いな」
そして、無言のまま紅茶に手を伸ばし、喉を潤し始めたルルーシュの態度に、それまでの沈黙に耐えきれなくなったのか、リヴァルが口を開く。
口調こそ普段のそれであり、間違いなくそれは彼の本心であろうが、ルルーシュの様子が様子であるため、どうにもぎこちなくなる。
リヴァルが、ルルーシュの出自に関係なく、これまでとは変わらぬ友情を貫く人間だというのはシャーリーにも分かる。だが、それが許されない状況になってしまったと言う事も。
「悪いなリヴァル。賭けチェスはしばらくなしだ。シャーリーとも約束したしな」
「そ、そっか。でもお前、体制の破壊とかなんとか言っていたけど、そんなゲーム出たっけ? こう言うご時世だから、制作会社とかヤバいんじゃないかなそう言うのって」
「リヴァル。お前の気持ちはうれしいよ。だけどな、俺は本気なんだ」
「どうしてっ!?」
リヴァルが必死に言葉を紡いで先ほどのルルーシュの言をはぐらかそうとするも、ルルーシュは、自分達が聞き耳を立てていた発言を肯定する。
肯定されてしまえば、リヴァルは二の句が継げなくなってしまい、シャーリーとしてもどうしてそんなことを言い出すのか、しようとするのかが分からなくなってしまう。
冗談で無ければ、それは大勢の人を不幸にする行為。昨日起こったシンジュクでのテロと変わらないとシャーリーは思ったまま口にする。
「ルルがやろうとしている事って、昨日、シンジュクゲットーでテロリストがやった事と一緒でしょ? 関係ない人達を傷つけて、それで皇帝陛下、いやルルのお父さんを倒してどうするの?」
「シャーリー、それは違うんだ」
「違わないよ。ルルは前に貴族に虐められていた名誉ブリタニア人の親子を助けたりしたじゃない。そう言う人達を助けるならともかく、戦争を起こすなんて絶対ダメだよ」
「そうだな。だがなシャーリー、昨日の事件が、本当はブリタニア側が起こしたことだとしたらどう思う?」
「えっ!?」
シャーリーとしては、思い人が罪を犯すことはどうしても防ぎたかった。だが、ルルーシュの意思は変わらず、さらにシャーリーが思い起こしたシンジュク事変を否定してくる。
真相を話してしまえば、もう後戻りできない事をルルーシュは知っていたが、シャーリーとリヴァルは気付けず、他の三人は顔を見合わせた。
それでいて、ジェレミアとルーベンは悔やむように眉間にしわを寄せ、ミレイは無表情のままルルーシュへと顔を向け、まっすぐ視線を向ける。
「原因となったのはたしかにテロリストだ。だがな、毒ガスを撒いて多くの犠牲者が出たというのはでたらめだ。ゲットーに住む日本人を虐殺したのは、クロヴィスの命令を受けたブリタニア軍だ」
「お前、クロヴィスって……、皇族なら兄貴みたいなもんなのか?」
「いや、気にして欲しいのはそこじゃ無いんだが」
「その、さっき言っていた赤ちゃんを殺したって」
「ああ。シャーリーが俺に電話を掛けてきただろ? まさにその時だったんだよ。クロヴィスの親衛隊が、事件に巻き込まれまいと逃げ惑っている日本人を殺して回っていた。母親を殺され、泣き叫ぶ赤ん坊すらゴミのように殺して回っていたんだ。それが、この国の、ブリタニアという国の現実なんだ」
シャーリーの言葉に、ルルーシュは怒りを露わにしながら答える。その鬼気迫る表情にシャーリーは二の句を告げなかった。
ルルーシュは弱者を虐げるブリタニア軍の、ブリタニアという国そのものの在り方に怒りを見せている。
一介の学生として、平和な租界の中で生きてきたシャーリーにとって、目の前のルルーシュが語る世界は未知の世界過ぎる。
知ったとしても、授業の教科書で知る事があるかも知れないぐらいで、やがては歴史の一項目でしかなくなるような事件である。
だが、それが現実に発生し、それも自分達が普段生活する都市の内部で起こったと言う事実。
そう考えると、自分達がとても恐ろしくなってくる。平然と暮らしている中で、あの事故の被害者女性どころじゃ無い、それ以上の被害に遭っている人間が山のようにいると言う事が。
「殿下のお気持ちは分かりました。ですが、一言お聞きしたことがございます」
「ミレイ、普段通りにしてくれ。それで、なんだ?」
事の重大さに思考が停止しかけたシャーリーだったが、それまで黙って三人の話を聞いていたミレイが静かに口を開く。
だが、そこにはすでにみんなに慕われる明るい生徒会長としての姿は無く、ブリタニア貴族の令嬢としての冷徹な表情がある。
それまでルルーシュの様子に圧倒されていたシャーリーとリヴァルだったが、ミレイのその様子はそれ以上の驚きと威圧感を見せている。
「今は、生徒会長としてではなく、ミレイ・アッシュフォードとしてお聞きいたします。殿下の覚悟と思いはよく分かりました。私も祖父も、ジェレミア卿も貴族として、臣下としての覚悟は殿下を受け入れた際に決めておりました。ですが、なぜ二人を巻き込むのですか?」
鋭く、そして静かにルルーシュを問い詰めるように口を開くミレイ。
その言葉の通り、すでに覚悟は決めている様子が有り有りと分かるが、それとは別に彼女ははっきりと怒っていることがある。と、言外にルルーシュに告げている。
なぜ、一般の学生に過ぎないシャーリーとリヴァルと巻き込んだのかと。
貴族であり、臣下である自分は良い。元々、ルルーシュの為の学園であり、生徒会の日々であり、楽しむためのイベントだった。
それは、いずれルルーシュが自分達の元から去ってしまうが分かっていたが故に、今という時間を大切にしたかったら。
それと同時に、自身の淡い思いもあったからこそ、ルルーシュの為に出来ることをしたかったし、いざとなれば自分はすべてを捧げてルルーシュの為に生きるつもりであった。
だが、シャーリーとリヴァルは、お互いを思い合っている相手どうしと何でも話せるかけがえのない友人ではないか。
それを、ともすれば命を落としかねない、それどころか今この場に居る時点で反逆罪の可能性すらある状況に巻き込んだのはなぜなのか?
ミレイは自身の思いだけは言葉にすること無く言葉を紡ぐ。それだけ、ミレイにとっても二人は大切な後輩であり、友人であったのだ。
「その通りだなミレイ。だがな、この場に呼んだからじゃ無い。俺がここに居る時点で二人は、いや、学園の生徒や関係者すべてが巻き込まれているんだ」
「…………え?」
「アッシュフォード家は、仮に俺が表舞台に立つとして、行方不明の皇子を保護し、今日まで守り通したと訴え出れば、褒美も名声も与えられるだろう」
「そのようなことは」
望んでいない。ミレイはそう告げようとするも、ルルーシュの言に阻まれる。
「それは分かっている。だがな、お前の両親はどうだ? 俺がルーベンを信用しきれなかったのはその辺りがあるからだ。それにな」
アッシュフォードが保護をしていたとなれば、この日本の地はある意味では好奇の目に晒される。学園に通っていたとすれば、その生活ぶりなどを知りたがるのは当たり前の事。
ルルーシュは上位の継承順位では無いから、大々的にとまではならないだろうが、それでも放っておく人間がいるわけがない。
何より、皇族とコネを作るチャンスとばかりに群がってくる輩は多い。
リヴァルは賭けチェスなどに興じる親友であるし、シャーリーは最も心許している異性の友人の一人。
その時点で二人の日常は変わってしまう。
実際、ルルーシュとしても、二人を理由に便宜を頼まれれば、よほどの事じゃ無ければ何とかしようとしてしまう。
二人がそんなことを望むはずは無くとも、そうせざるを得ない雰囲気が作られてしまう。そうしていくうちに、二人の日常には純粋な善意が消え、残るのは利権と欲望にまみれた世界だけ。
そして、名乗り出もせず反逆を起こしたとすればどうなるか?
ルルーシュとすれば、自身の経歴などは徹底的に隠す必要が出てきて、学園からは立ち去ることになるだろう。
その時点でリヴァルとの友情も、シャーリーとの関係も断ち消えてしまう。
それだけの覚悟を持って事を起こすべきかも知れないが、それはルルーシュ個人としても嫌だし、経歴などはどんなに隠し通そうとしてもいつかはバレるモノだ。
何しろ、ブリタニアは世界最大の大国であり、専制国家である。皇帝の意向の元には、個人の権利などは保障されない。
最悪、ルルーシュの意図を探るために二人は投獄されるかも知れない。
「分かるか? 最悪の事態は常に想定しておくモノだが、すでに俺という存在がここにあり、俺と関係を結んでしまった時点でお前達の日常はいつ壊されるか分かったものじゃないんだ」
「そんなこと……」
「シャーリー、気持ちはありがたいよ。だがな言い方を変えれば、『俺の存在が間違っている』んだよ。本来、俺はこの場に存在してはいけない異分子だ。だからこそ、お前達に出会えたわけだが、それを俺は何とかして守りたい。そうなってしまえば、もうお前達を巻き込むしか無いんだ。勝手な事だと思うし、謝って済むことじゃないけどな」
実際、勝手だとシャーリーもリヴァルも思う。自分が知らないうちに、自分達の運命を決定付けられ、ルルーシュの言葉の通りであれば、人殺しの片棒を担がなければならなくなる。
実際、ルルーシュは巻き込む以上は二人が普通の学生のままで居ることは難しいと考えても居た。考えようによっては、学生である事が隠れ蓑になる場合もあるが。
「ナナちゃんはどうするの?」
「当然、話す。ナナリーの気持ちも聞くし、俺の気持ちも伝える。だが、ナナリーと同じように、俺にとってはシャーリーもリヴァルもミレイも大切な人間だ。だからこそ、隠し事はしない」
はっきりとそう言いきったルルーシュの変化に、シャーリーもリヴァルも驚きを隠さない。
これまでのルルーシュのイメージは、ナナリーだけはどうあっても危険な目に遭わせず、籠の鳥といっては悪いが、過保護が過ぎるぐらいに大事にしていた。
ただ、考えて見れば、それはナナリーを一人の人間としてと言うより、自身の宝物として扱う様な一方的な愛情のようであったとも、言われてみれば納得がいくような気がしている。
シンジュク事変の顛末を語るルルーシュを見て、何を見ればここまで人が変わるんだ?と言う思いをリヴァルは抱いたが、当のルルーシュはそれ以上に悲劇や戦いを経験し、さらには自分自身の破滅も経験しているのだ。
当然、他者が見れば人が変わったようにしか見えないだろう。ルルーシュ自身は、自分は元からこうだと思っているのかも知れないが。
「ルルーシュ様、ミレイは覚悟を決めている様子ですが、二人にここで決断を促すのは酷でしょう。しばらくの間、考えてもらってはどうですか?」
「そうですな。ワシ自身、ミレイと話す事は多くあります。何より、殿下もナナリー様にお話しする覚悟が必要なのではありませぬか?」
今回の主役達ではあったが、それでも学生間の話であり、それを背負うには重すぎる話でもある。
とてもでは無いが、即決できる話でも無い以上、ジェレミアとルーベンの進言に従うべきだろう。
正直に言えば、シャーリーもリヴァルも安堵していた。ほんの一時間も前には、のんきな学生であったのだ。それが、ともすれば自分の人生すら終わりかねない決断を迫られるときが唐突にやって来てしまった。
考える時間を与えられただけで、心の平穏はまったく異なる。
「そうだな。二人とも、すまなかった。ただ、一日、いやこの土日の休みの間じっくり考えてくれ。それで、どうしても俺とともに道を歩めない時には、俺が何とかする」
「何とかって……」
「…………お前達にだけは使いたくないが、すべてを忘れられる方法を俺は知っている。皇族の秘技か何かと思ってくれて良い。知っていると知らないの違いだけで、何もかもが変わってくるからな」
苦しそうにそう言うとルルーシュは二人から顔を背け目を閉ざす。その様子は、何かを思い出し、苦悩している様が有り有りと出ている。
正確にはこの世界では無いのだが、リヴァルとシャーリーはルルーシュがそのような過去を経験したことが有るのだろうという事がなんとなく理解できていた。
◇◆◇◆◇
夢を見ていた。
自分のことで誰かが泣いている夢を。
誰かは分からなかったが、シャーリーに対して忘れてくれと言う気持ちと忘れないでくれと言う気持ちのせめぎあいが続いていることが有り有りと分かる。
そして、彼にシャーリーは優しく語りかける。それに対する自分の返答は、「朝は来ますよ」と言うもの。
その自身に疑問は無い。だが、どういうわけか、自分の表情は他人事のようにも感じられる。
目の前で泣いている彼。いや、うつむいているだけで涙を流しているわけでは無いが、それでも心が泣いているのだと今となればよく分かる。
それに対して、自分はどうしてそんな他人のように? と、そんな疑問を感じながら、シャーリーの夢は動き続ける。
楽しい日々の思い出、それらの中に、悲しい別れ、激しい憎悪、苦悩し続ける思いが渦巻き続ける。夢が現実に感じられるほど、それは生々しく、シャーリーの心に刻まれていく。
『だから……、良いよね……?』
自分の声が聞こえる。自分のことであるはずなのに、相変わらず他人事のように、そこに至るまでの道筋が流れ続ける。
いくつもの偽り。いくつもの嘘。やがて向けられる憎悪。知り合いであったはずの彼女はなぜ自分に悪意を向けているのか?
周囲の人間達が仮面を被り、自分のすべてを偽っているかのような、そんな世界の中で、シャーリーは怯えるように走り続ける。
そして、また彼が現れる。だが、それまでと異なるのは、彼もまた仮面を付けていた。
それは夢の中で語られた憎悪と苦悩。それらの終末が来たとき、誰かの泣いている声ははっきりと言葉となって自分の心に響き渡る。
『シャーリーっっ!!!』
聞き覚えのある、誰よりも聞きたい人の声。それがなぜ、自分がそのような状況に置かれたのか。
再び場面は変わる。それまでの悲しい出来事は失われ、平和ながらどこか愁いを帯びた彼の姿が浮かび上がる。
そして、自分は何も出来ないまま、ただ彼への思いだけが膨らみ続ける。
「これ以上関わるな」
これまた自身のよく知る人物からの忠告が鋭く突き刺さる。そして、関わる事ができなかった結果が目の前に現れる。
白き青年と黒き男。二人が交錯し、やがて白き青年は…………、その光景を目にしたとき、自分は見届ける事すら出来ず泣き崩れるだけ。
その結末を自分は知っていた。関わるなとの忠告を受けたところで関わらないことなど出来ない。
自分の思いはそんなに弱いモノでは無い。だが、『彼女達』の思いは自分のそれよりもはるかに大きく、はるかに深いモノだった。
「――――なんだったの……?」
夢と現実の境界に居るような、そんな不思議な気分のまま目を覚ましたシャーリー。
時計を見れば、まだまだ起きる時間では無く、朝の光が顔を出し始めた時刻。だが、まったく眠る気にはなれなかった。
だが、これだけは理解できる。彼は、一人であんな世界と戦っていたのだと。そして、これからもあんな世界と戦っていくのだと。
それに対して、自分は何が出来るのだろう?ただの学生に過ぎない自分。それでも彼は、ともに戦って欲しいと真摯に告げてきた。その表情を見れば、どれほど悩み苦しんだかなど分かりはしない。
だとしても自分はどうすれば良い?
夢の中の彼女は、「自分だけでもルルの本当になってあげたい」と語っていた。その本当というのは、偽りだらけの世界の中で自分だけでも彼の支えになりたいと言う事だったのだろうか?
誰も答えてはくれない。ただ、夢の中で自分が語るように、朝はやってくる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「シャーリー、ミレイ、リヴァルはルルーシュの日常の象徴」でしたし、戦いに巻き込むことは筋違いなのかも知れませんが、ゼロ服のルルーシュに寄りそう騎士団服シャーリーの世界線も自分は見たくてこう言う展開にしてみました。
シャーリーの苦悩は続きますが、彼女らしさを失わせないように書いていきたいと思っています。