規則的な電子音が耳に届く。
それは、浅い眠りを無理やり醒ます目覚まし時計のような、そんな感覚に似ていた。
だが、それをそう認識すると同時に、意識下にあった光は霧散し、眼前には漆黒の闇が広がっていた。
だが、その闇を劈く音の正体。それは、自分が使用していた携帯電話の呼び出し音である事にルルーシュは気付く。
「――馬鹿なっ!?」
目を見開くと同時に、口をついた言葉。口にした言葉の通り、すでに死したる自分が覚醒する事など馬鹿げた話であるとルルーシュは思った。
だが、同時に鼻についた血と硝煙の匂い。加えて、血に滲み、重くなった衣服は、かつて自身が身につけていたアッシュフォード学園の制服そのもの。
なんの冗談だと思っていたルルーシュだったが、周囲の様子には見覚えがあり、折り重なる死体にも見覚えはある。
何より、自身の傍らに倒れる少女。白を基調とした拘束衣に身を包み、特徴ある緑色の髪を振り乱すように倒れ伏す少女は額から血を流して静かに地に伏せっていた。
「ふふふ、ははははは…・・。なんだこれは? こんな馬鹿げたことがあるとでも言うのか?」
そして、その明晰な頭脳が導き出した答え。
それは、この場が自身の反逆の端緒となった地であること。そして、なぜか過去の記憶を持ったまま、ルルーシュ自身がこの場に立っていると言う事実。
常識で考えれば有り得ないことなのだ。『死者が過去へと戻る』事など。
加えて、もう一つのイレギュラー。それは、自身を覚醒させた携帯電話の呼び出し音。ポケットから取り出したそれの着信画面に目を向ける。
同時に、ルルーシュの鼓動は大きく跳ね上がった。
――シャーリー
今際の際に思い返し、自身がその人生そのものを狂わせた少女の名が、そこには刻まれていた。
「…………もしもし?」
「あっ、ようやく出たっ!? こら、ルルッ!! 今、どこに居るの!? さっきは切っちゃうしっ!!」
激しく高鳴る鼓動を感じつつ、携帯を取るルルーシュの耳に、聞き覚えのある元気の良い声。同時に、どこか自身をいたわるかのようなそんな声色も含まれているように感じる。
思えば、かつてはルルーシュはこの二度目以降のシャーリーの電話に出ることは無かった。傍らに倒れ伏す少女、C.C.より与えられたギアスを駆使し、自身は反逆を開始していたのだ。
「ちょっと、ルルっ!! 聞いているの?」
「すまない。シャーリー、どこかは分からない」
「えっ!? ちょ、ちょっとそれ大丈夫なの?」
そんなことを考えていると、自身が何も答えない事に心配と苛立ちを覚えたのか、シャーリーの声が鋭く問い掛けてくる。
「ああ、場所が分からないだけで……」
「待ってて、今、ジェレミア先生に代わるから」
と、そこまで答えたルルーシュの言を遮るように声を上げたシャーリーの言に、ルルーシュの思考は凍り付く。
――シャーリーは、今なんと言った?
自身にそう問い掛けたルルーシュは、先ほどのシャーリーの言を頭の中で反芻する。
『ジェレミア』
シャーリーはたしかにそう言ったのだ。そこで、会長もしくはリヴァルという言葉が出てくれば、かつての懐かしい仲間達のことだと思い返せる。
――ジェレミア・ゴッドバルト。
かつて、自分に最後まで付き従った忠臣は、この時はまだまだ敵対する立場にあり、今もなお、憎きイレブンと言う名の日本人を虐殺して回っていたはずだ。
「ルルーシュ君っ!? 無事かね? その場に何か特徴あるモノは無いか? いや、君ならおおよその位置は分かるはずだ。何でも良い。言ってくれ」
そして、電話口から聞こえてくる声。それは、つい先頃まで自身に付き従い、ゼロレクイエムの決行を最後まで止めようと、語りかけてくる声と同じモノであった。
冷静を装っているが、どこか必死さを感じる声色も、自分に仕えるようになってから見せたどこか抜けている面と似ていて、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「ジェレミア……」
「む? 緊急事態とは言え、教師を呼び捨てにするのは関心せんな」
思わず、そう口を開いたルルーシュは、訝しげな声を上げるジェレミアに対し、とある予測を持ってある言葉を口にした。
「オレンジは無事か?」
「――っ!? ……はっ、今、この場に戻ってこられました」
はっきりと息を飲む音が耳に届き、そしてやや震えるような声を持ってジェレミアははっきりとそれに応えてきた。それは、予測が確信へと変わった瞬間だった。
「そうか、それならば良い。ヴィレッタはどうしている?」
「はっ。……無事で良かった。ヴィレッタ教官がテロリスト鎮圧に参加しているはずだから、救出を依頼してみるよ。どこか、分かりやすい目印はあるかね?」
帰ってきた主君との再会。それを喜ぶのはまだ先であり、おそらくではあるが、教師としてアッシュフォードと接触を図ったと言うのは予想が付く。
だからこそ、主従めいた口調はミレイ以外の生徒会メンバーを困惑させるだけであろう。
それを察してか、一教師としての口調で必要情報を口にしてくる。
「場所はどうにも……、周囲に死体がたくさんあって。ただ、爆発の音とかは大分遠くなっています」
これも声が漏れたりした場合の方便である。ジェレミアには過去の事は話してあり、C.C. との邂逅の場は伝えてあるのだ。
「分かった。とりあえず、そこから動かないようにしてくれ。では、フェネット君に代わるぞ」
これ以降の話は窮地を脱してからの事。クロヴィスを攫って虐殺を止める必要もあったが、ジェレミアが過去の記憶を保つ以上、下手を打つ事は無いだろう。おそらく、自分とC.C.の邂逅を邪魔しないよう、シンジュク事変は起こしたはずである。
となれば、事が成った際の対処法までは考えているはず。
咲世子をはじめとする日本人と戦場をともにした過去を考えれば、虐殺を是とする事に忸怩たる思いを抱いていたもおかしくは無い。
となれば、彼には一国も早く虐殺を止めるために動いてもらう方が先決だろう。昔話は後になっても出来るのだ。
「ルル……、本当に大丈夫なの?」
そんなことを考えていると、自分の置かれた状況を知ったシャーリーが心配するように声を震わせている。
「ああ。さすがに怖いけど、俺は運が良いからな。大丈夫だよ」
もう二度と君に悲しい思いをさせるつもりは無い。心の奥底に自然とそんな思いがよぎる。思えば、二度目の目覚めの際にも、自分の手を取り、この世界へと導いてくれたのは彼女だったのかも知れない。
と、今際の際に聞こえてきた声と光の中に浮かび上がった姿を思い返す。だからこそ、自然と一つの言葉が口をついていた。
「心配してくれてありがとう。シャーリー」
◇◆◇◆◇
シャーリーとの電話を切ったルルーシュは、傍ら倒れるC.C.へと視線を向ける。どうやら、復活までには今少し時間が必要なようだ。
そんなことを考えていたルルーシュの耳に、いくつかの足音が届く。思いがけない状況であったが、目元にあるであろうギアスからは達成人となった証をはっきりと感じられる。
そんなことを考えながら視線を向けると、そこに居たのはルルーシュにとっては思いがけない人物であった。
「あ、あんた!? な、なんで??」
見覚えのある赤い髪と意志の強そうな瞳が印象的な少女が、見るからに重傷を負っている長髪の男を肩に抱えながらその場所に立ち尽くしている。
「ぶ、無事だったのか?」
「さあな? 見たところ、制服は穴だらけだが」
唖然とする長髪の男――永田と言ったか? とルルーシュは思いつつも、彼は痛みを忘れたかのように声を絞る。
ルルーシュもまた、どうして今の状況になったのかが分からない以上、そう答えるしか無い。
「ふ、ふざけるなっ!! 蜂の巣になって生きている人間なんて居るはずがないでしょ」
そんなルルーシュの態度に、驚きが激昂へと変わったのか、赤い髪の少女―カレンが声を荒げる。その言動から、当時の状況を知っているのだろうか?
ヴィレッタが来るまでどのぐらい掛かるか分からない以上、彼等から情報を引き出せれば御の字だとは思うが。
それより、カレンはKMFはどうしたのであろうか?
「そもそも、俺はどうしてここに居るのかが、いまいち思い出せないんでな。トラックの事故から何が起こった?」
「記憶障害か? 俺達が巻き込んでしまったのは覚えているか?」
「事故を起こしたお前達に声を掛けたところまでしか覚えていないな」
過去においては、その後カレンはジェレミア達に戦いを挑み、地下へと逃げ込んだ永田はトラックとともに自爆していたはず。
だが、カレンがここに居ると言うことはすでに状況は過去とは異なるものになってしまったのだろう。
「それじゃあ、あんたもその女にやられておかしくなっていたって事? でも、普通に動けていたのに??」
「それを覚えていないと言っているだろ? 何があったんだ?」
「……長話をしている暇は無さそうだ」
なおも問答を続けようとするルルーシュとカレンであったが、複数の足音が駆け寄ってくる事に気付く。
携行している武器はカレンと永田がそれぞれ手にするサブマシンガンぐらいであろうか。
「そこで何をしている猿どもが」
やって来たのは見覚えのある赤い制服に身を包んだ男達。かつて、自身のギアスの最初の犠牲者となったクロヴィス親衛隊である。
その高圧的な物言いと態度はまさにブリタニアの圧政の象徴とも言える存在であり、おそらくではあるが、ルルーシュを守ったC.C.を射殺したと思い込み、ルルーシュ諸共殺害されていたと報告したのであろう。
とは言え、C.C.の秘密を知るクロヴィスとバトレーが彼女の亡骸(と親衛隊は思っている)をそのままにしておくことを許すはずも無い。
結果として、今回のような鉢合わせを生んだと言える。
「くそ、こんなヤツを相手するんじゃ無かった」
悔しそうに唇を噛むカレン。たしかに、ルルーシュとよけいな問答をしていた結果がこれである。とは言え、親衛隊の目的は彼女達では無いのであろうが。
「逃げ出した猿どもの残りか。猿ならば猿らしく山へと帰れば良かったものを。貴様等のおかげで、殿下のお怒りを買ったのだ。覚悟をしてもらおうか」
過去以上に隊長の苛立ちは強いとも言える。C.C.の確保に失敗した上に、彼の言動から扇グループから直接妨害を受けた様子である。
ジェレミア達ならばともかく、このような腐敗軍人などでは扇グループ相手であっても苦戦するのであろう。
「だが、大人しく投降すればそれでも良し。捕らえた連中ともども公平な裁判に掛けてやろう。特に、そこの女ならば、殿下の慈悲にもあやかれよう」
「冗談じゃ無いっ!! くたばれ、ブリタニアっ!!」
とは言え、完全に勝利が約束された状況でもある。それ故か、親衛隊の視線はカレンに向けられ、野卑た笑みがカレンの全身に向けられる。
当然、彼女がそのような品の無い連中の視線に耐えられるわけも無く、声を荒げながらサブマシンガンを構える。
「っ!? やはり、美しい女であっても猿は猿か。ならば、死ぬがいいっ!!」
そんなカレンの態度に、即座に怒りが頂点に達したのか、親衛隊の顔から表情が消える。人間、苛立ちが募ると表情が消えるようになり、その先にあるのは人としての尊厳も消え失せた醜態だけである。
「ふん、撃たれる覚悟も無いヤツが、驕りにも他者に対して銃を向けるか?」
「なに? 死に損ないの学生風情が何を言うか?」
「死に損ない? そうか。お前は先ほど俺が撃たれる前にこう言ったんだろう?『上にはこう報告しよう。我々親衛隊はテロリストのアジトを見つけこれを殲滅。しかし、すでに人質はなぶり殺しにあっていた』とな」
「だからなんだ? 貴様ぁ」
すでに経験した過去とは言え、一年以上前の事を良くも細かく覚えているモノだと自分でも感心させられる。もっとも、自分にとっては反逆のはじまりの日なのだ。忘れたくとも忘れることなど出来はしない。
「大方、クロヴィスとバトレーには、俺達の遺体は放置したまま報告をしたんだろう。当然、この女の遺体を回収してくるよう命じていたクロヴィス達は激怒。渋々戻ってきてみれば、先ほど殺したはずの学生と日本人が仲良くおしゃべり。色々と面白くも無い状況だな?」
「っ!? ふん、さっさと逃げていれば生き長らえられたモノを。イレブンの猿と共謀していた以上、次は無いぞ」
「次? 次があると思っているのか? いまだに気付かないとは、何度あっても貴様等の低脳ぶりには泣かせられる」
「なにっ!?」
「ちょっと、あんたっ!! いつまで下らないおしゃべりをしている気よ? って、そこをどきなさいっ!!」
この場にあって、ルルーシュの不遜な態度に親衛隊隊長はさらに苛立ち、何事かと顔を見合わせていたカレンは、マズい状況を察したのかルルーシュの前に出て銃を構えようとする。
とは言え、これから頼みにしなければならないカレンに対し、不必要に危ない目に遭わせる理由も無い。
「なあ? ブリタニアを、そして、世界を壊し、世界を作ろうという人間はどうすれば良いと思う?」
「っ!? 貴様、主義者か?」
「何を驚いている? こちらは一介の学生だぞ? それとも気付いたか? 今目の前に居る人間が、どんな人間であるのかと言うことを」
そして、かつて世界を震撼させた悪逆皇帝の前では、そのような醜悪矮小な悪意など、塵にも等しかった。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命ずる。お前達は死ね」
「イエス、ユア・ハイネスっ!!」
無慈悲な絶対遵守の命令に、親衛隊達は再び自身の手でその場に赤き花を咲かせることになる。
射撃音とともに舞い上がる血飛沫、断末魔を上げるまでも無く、新鋭達達は笑みを浮かべながらCの世界へと旅立っていく。
かつては自身の成したことに驚愕し、恍惚したモノだったが、今となっては道ばたに咲いた毒花を取り除いたぐらいにしか思えない。
皮肉なことに、悪党であっても血の色は鮮やかな花を咲かせるものであったと言うことだろうか?
――再び目覚めた魔神。彼が悪逆への道を進むのか、はたまた異なる道を進むのか、神ならざる身である限りは誰にも分からないことであった。
ただ、ルルーシュの傍らに落ちた白き翼の持ち主以外には。
アニメのアレンジをしていくと、プロのスゴさを実感します。