総督の死から数日。
エリア11には大きな混乱は見られないものの、人々の間にはなんとも言えぬわだかまりは残ったままであった。
総督の失態と残虐行為が表に出たとは言え、その片棒を担いだ軍、特に純血派そのものは軍事力を持ち、一般民衆がどうこうできる存在ではない。
その死による空白を埋めるための次期総督も、途上エリアから矯正エリアへの格下げが検討されるエリア11。
そんなところへの総督就任を望むのは今も中東攻略に身を置いているコーネリア・リ・ブリタニアぐらいのモノであり、立場的に適任と言えるのは彼女以外は少ない。
例えば、本国に居るギネヴィア・ド・ブリタニアが候補となるが、彼女や彼女の後援貴族層はテロリストの討伐やクロヴィスの仇討ちには特に興味を示して居らず、本国にて宰相シュナイゼルとともに政務に励む方が肌に合っていると言える。
となると、矛先が向くのは大貴族、それも本国においては権力闘争とは無縁の、良く言えば野心がなく、悪く言えばいつ死んでも問題無い人間が候補となる。
「それで、私に総督代行をお命じになられると」
『そう堅苦しくしなくて良い。コーネリアが中東制圧を終えるまでの間だよ』
主の居ないエリア11政庁にて呼び出しを受けたジェレミアは、画面越しに柔らかな笑みを浮かべるブリタニア宰相、シュナイゼルから総督代行就任要請を受けたばかりであった。
本国の権力争いから身を引き、領土としてこのエリア11にあるのはルーベン・アッシュフォードとジェレミアぐらいのモノであり、爵位からしてもジェレミアに声が掛かるのは当然とも言えた。
「しかし、私のような若輩者が……」
当然、ジェレミアからしたら恐れ多い地位でもある。
いや、過去はクロヴィスの死を受けて、側近のバトレー将軍等を本国に送還し、自身が事実上の総督として振る舞ったが、結果は記憶にあるとおりである。
もちろん、今回も同じ轍を踏むつもりはないし、主君のために動く事が主目的になるとジェレミアは考えている。
だが、それによってルルーシュの事が露見しては本末転倒でもあった。
『ははは、私を前にしてそれを言うのかい?』
若輩を理由に断るならば、ジェレミアとほぼ同世代で宰相をやっているシュナイゼルはどうなるのか? と本人は言いたいのだろうが、いくら貴族といえど皇族とは大きな差がある。
シュナイゼル自身はそのようなことを気にはしていないだろうが。
「恐れながら、殿下は不世出の天才にございますが故」
『私のような凡人には過ぎたる賛辞だね。それならば、皆やりたくないと言っているから、コーネリアが来るまで君がやってくれないかね? と言えば良いかな?』
そして、太鼓持ちで何とかそれを誤魔化そうとしたジェレミアに対し、シュナイゼルは所謂「ぶっちゃけ」と言う手法を用いて有無を言わせず就任を命じてくる。
面倒ごとは君に任せるから、とにかくやってくれ。と言う事である。そこまで言われてしまうと、ジェレミアとしては断りようが無くなってしまう。
「分かりました。過ぎたる地位ながら、全力で務めさせていただきます」
『よろしく頼むよ。それから、エリア11にあったナイトオブラウンズだが、ヴィクトル・キングスレイ卿は本国に召還し、他の者と交代になる。今のところは人選が進んでいるところだから、近日連絡を入れるよ』
「はっ。……やはり、テロリストの討伐を?」
『小さな綻びを放置していた結果が、クロヴィスの死だからね。コーネリアの着任まで、君とアールストレイム卿に、後任者で道筋を付けておくのも悪くないだろう。ただ、今は、エリアの安定を第一にしてくれて良い』
つまりは、コーネリアの着任までにゼロの捕縛を含めたトウキョウ租界近郊の掃除をしておけと言うことである。
ジェレミアにとっては、それは当然という認識はあったが、全ては主君のため。しばらくは、自分は凡庸で居る必要があるとジェレミアは思った。
「ジェレミア卿、総督代行就任、おめでとうございます」
「キューエル卿、いきなりの嫌味は気分が良くないぞ?」
シュナイゼルが追って正式な任命書を届けると告げ、画面から姿が消えると、側に控えていたキューエルが無表情にそう口を開く。
過去においては同じ派閥の同志という間柄であったが、この世界にあってはジェレミアが宗旨替えをしているため、水面下での冷戦状態にある。
今回も、自身の信条に反する、しかもすでに軍を離れた人間が仮初めとは言えトップに就くのである。面白いはずもない。
「そうは言われても、代行としての責務は果たしてもらわねばなりませぬ。また、コーネリア殿下の就任を前に、総督府内部の掃除は必定」
「うむ。総督の死における対外的な責任はバトレー将軍とキングスレイ卿の召還が名目にはなるが……」
「側近の召還と特権的な地位にあるラウンズの本国帰還は自然なことです。となれば、内部の掃除が必要になるかと」
そう告げたキューエルの目には、テロリストにおめおめと逃げられた男に対する侮蔑とともに、どこか彼を疑う光が宿っている。
実際、ジェレミアはクロヴィス誘拐の下手人であるのだから、間違っては居ないのだが。
「そこで、私は特派に居る枢木スザクを利用する事を進言いたします」
「彼を? だが、彼は私とともに逃亡したテロリストの追撃を行っていたのだが?」
「あのような操縦技術をイレブンなどが実現できるはずはありません。おそらく、内部の協力者が搭乗し、枢木本人はゼロを手引きし、総督の暗殺を実現した」
そのような事実はないが、事実がないならば作り出せば良い。そうやって、過去においては自分も枢木スザクを陥れたのだから、キューエルがそれを考えるのは当然であるだろう。
「さらにヤツは、イレブンどもの首魁であった枢木ゲンブの息子。調子に乗ったイレブンどもに与える衝撃としても十分かと思われます」
「ふむ……」
たしかに、現状で死を望む枢木は、人身御供ならば喜んで受け入れるだろう。そして、そうなればゼロは必ず救出に現れる。
彼は力なき者の味方を公言したのである。無実の罪で処刑を待つ日本人を見殺しにすることなどあるはずは無いだろう。
実際、過去においては枢木スザクの救出をもってゼロは表舞台に登場したのだ。
だが、すでにルルーシュはゼロとして表舞台に立ってしまっている。たった一つの映像で、世界に衝撃を与えてしまっているのだ。
「必要は無かろう」
「ジェレミア卿? しかし、軍属のイレブン一匹で帝国の面目が保てるのですぞ?」
「すでにゼロなるテロリストどもの首魁によって帝国の威信は傷つけられている。そこに、イレブン如きの手引きで総督を害された事実を作り出してみろ。私達はとんだ間抜けではないか」
実際のところ、誘拐の際に居合わせたバトレーと親衛隊の処分で内部の処分は終わっている。
だが、現エリア11駐留軍の全てが、守護すべき総督を守れず、テロリストや民衆に惑わされたと言う事実は世界中が知るところになっているのだ。
今更、恥をすすぐべく一人のイレブンを処刑したところで嘲笑の的になるだけであるのだ。
過去においては犯人の特定すら出来ない状況であったからこそであったが、それでも卑しい行為であったことはジェレミアとしても自覚していた。
「キューエル卿、いや、ソレイシィ卿。今は綱紀の粛正と汚職の掃討に努めるときだ。私が代行を務める以上、エリア内部での勝手は断じて許さぬ。他の皆も肝に銘じよっ!!」
総督室に詰めたキューエル以下の文武官に対し、鋭くそう告げたジェレミアは、足早に執務室を去り、領地、という名目で主君の元へと急ぐ。
やるべき事は山ほどあるのである。もちろん、自身の背中に向けて不信と侮蔑の視線がある事は理解していた。
◇◆◇◆◇
「思いがけないことになったな」
アッシュフォード学園の生徒会室にてルルーシュはジェレミアの報告を受けると苦笑いしつつ、それを生かす方策について頭を巡らせる。
実際、労せずして自分の臣下を最高の地位に就けることが出来たのだ。ジェレミア本人は喜ばないだろうが、総督という看板は使いようがいくらでもある。
とは言え、ジェレミアを看板にして特区のような物を作ったところで現状では討伐軍を向けられて終了である。
それに、討伐に過去以上に時間が掛かっているとは言え、傭兵を主体にした戦術が長続きするとは思えないし、ラウンズまで投入する以上はコーネリアの着任までの時間はそれほど長くは無い。
なれば、精々人気取りに精を出すぐらいが関の山であろう。
「ルルーシュ様、先にお聞きいたしますが、特区に関してはどうお思いですかな?」
「特区?」
「あれか? やりたいなら好きにやらせるさ。だが、それなりの覚悟は持ってもらうがな」
「ルル、特区って?」
不敵に笑いつつ、そんなことを考えていたルルーシュに対し、ジェレミアがそう問い掛けると、居合わせたシャーリーとミレイが首を傾げる。
ルルーシュとジェレミアにとっては忘れがたい出来事となったそれであったが、当然その発案者は日本には居らず、おそらくその構想すら抱いていないだろう。
「簡単に言えば、日本人とブリタニア人が平等に仲良く暮らせる場所だ」
「へえ? ルルにとっては理想じゃないのそれ?」
「いやあ、そうとは言えないわよシャーリー」
「なんでですか?」
ルルーシュの説明に、シャーリーは首を傾げるが、ミレイは苦笑いしつつ、シャーリーの言を否定する。
「ルルちゃんは肝心なことを言っていないけど、それってお互いの元首同士が調印したとかそう言うのじゃなくて、ブリタニアが一方的な譲歩なり、慈悲を持ってやるヤツでしょ?」
「まあ、発案者はそうでしょうね。一方的な善意からそれを構想したわけで」
「だったら、理想とは言えないわよ」
「だから何でです?」
「ブリタニアが慈悲や善意から平等な場を提供すると言うことは、ブリタニアの匙加減でいつでもそれをなくせると言うことさ」
「加えて、ブリタニアからしたら一方的な譲歩をするわけだから、レジスタンス側にも協力を求める訳よね? 平和を求めているんだから協力するべきであって、それを拒むのは平和の敵だと言って」
「協力することに問題があるんですか?」
「ブリタニア軍からしたら、レジスタンスの武装解除抜きにそんなモノを認めるわけがないから、拒否すればそれを口実に討伐できるし、日本人からしたらせっかく平和になるチャンスなのに武装解除に応じないレジスタンスを応援する気はなくなる。つまり、レジスタンスは一方的に牙を抜かれてしまうわけだ」
実際、黒の騎士団の中にも戦う必要が無くなるならと、退団を申し出る人間が多く出ていた。それまでの罪を不問にするというおまけまで付いたのだから当然でもある。
「そっか。武装解除されてから、やっぱり止めますと言われたら、みんな逮捕されちゃって終わりだもんね」
「ああ。そして、最大の問題はブリタニア人にある」
「え? どういうこと?」
「ミレイやシャーリーは気にならないと思うが、ほとんどのブリタニア人がいきなり日本人に同等の権利を与えるなんてなったらどうなると思う? 今まで散々差別や優越感に浸ってきたことが全否定されるわけだ」
「それじゃあ、みんな参加しないよね……」
「そう言う事だ。発案者は本当に善意で考えたんだろうが、周りの人間からしたら反抗的な人間の隔離施設が出来るだけだ。監視も処分も思いのままでな」
実際、ユーフェミアはそんな結末を認めなかっただろうが、シュナイゼル等の賛成者はそういった意図を持っていただろうし、現にダールトンの恫喝によってキョウトは参加を余儀なくされて影響力を失うところだったのだ。
「双方が血を流すというのは、互いを納得させるという意味では必要なこともあるんだ。フェネット君」
「そうだったんですね……。でも、ルルは本当に反対なの?」
「そうだが?」
「でも、ジェレミア先生が問い掛けたとき、ちょっと寂しそうな顔をしていたよね?」
そんなシャーリーの指摘に、ルルーシュは思わず目を見開く。
当時はユーフェミアの決意を知って彼女を助けたいと思ったが、今となってはやはり難しいと思えるからこその反対である。だが、やはり、彼女に汚名を背負わせた事がいまだにしこりとなって残っているのかも知れなかった。
「まあ、理想というモノは持ち続ける価値はあるしな。まあ、特区の話はそんなところだ」
「分かりました。私も融和路線を提唱してきた人間でありますが故、特区なるモノも考えるべきかと思いましたが、今はゲットーの復興と治安の回復を優先いたしましょう」
実際のところ、ジェレミアの本音は日本人に対する複雑な思いがある。
篠崎咲世子とは主君の最期を見届け、お互いの忠義を認め合った間柄であったが、他の日本人達は主君の真意を知ろうともせず、挙げ句の果てに敵の謀略に乗って彼と敵対したのである。
もちろん、ルルーシュにも責められるべき、否定されるべき行為はあったが、恩知らずと罵られても仕方が無い背信であった事は否定できないだろう。
その原因の一端を自分が担ってしまった事もまた事実であったのだが。だからこそ、今回は融和主義者という側面を本国から忌避されつつも貫いてきたのだ。
総督代行に命ぜられたのは、そういった面を攻撃する意図もあるだろう。主義者とは一線を画しているつもりだが、そう取られかねない行動でもあるのだ。
「ああ、それで良い。それでこそ、コーネリアが就任した際、お前は本当に日本人の味方になれる」
ゲットーの復興と治安の回復。
前者で恩恵を受けるのは間違いなく日本人であるし、後者に関しても、テロリストだけではなく、租界内外での汚職や不法行為に対して容赦するつもりはない。
だが、それもコーネリアが後任として就任するまでのこと。軍人である彼女はそこまでゲットーにも治安の維持にも興味は抱かないであろうし、むしろゲットーの復興には嫌悪感を示す可能性もある。
過去において、彼女が日本人を認めたのは、単に正面から自分と戦い、ルルーシュと戦ったからである。
彼女の行動原理には戦いというモノが常に付いて回るのだ。
「ところで、アーニャはどうしている?」
「はっ、相変わらず、思い悩んでいるようです」
「そうか……」
本国に召還されたヴィクトルと日本に残留することが決まったもう一人のラウンズであるアーニャ。
まだ、幼さを残す彼女の姿をルルーシュは思い返していた。
◇◆◇
クロヴィスの暗殺の後、ルルーシュは扇達に覚悟を促した後、改めてジェレミアともう一人の協力者でったアーニャ・アールストレイムと対面していた。
協力に感謝し、頭を下げたルルーシュに対し、アーニャは戸惑いとともにこう口にしたのである。
「あなたは誰?」
すでにジェレミアからルルーシュの事は告げられており、はじめはアーニャもアリエス宮に出仕していた時の事を覚えていたため、久方の再会を不器用ながら喜んでいたのである。
だが、ルルーシュと対面していたアーニャが示した拒絶。
それは、彼女の騎士としての意識からか、幼き頃の友人としての意識からか、この世界において、「彼女がともに時を過ごしたルルーシュ」は、もうこの世に居ない事を彼女は本能的に察してしまったようであった。
思えばマリアンヌに憑依先として選ばれたのは、それなりに必然があったのだ。
それはKMFをはじめとする軍人としての才もそうなのだが、ギアスやコードのような超常的な力に対する対応能力であろう。
シャーリーやナナリーですら、覚悟を決めた男の変化という認識(二人ともなんとなく察しているが)だったのだが、彼女はそう言った面が特に優れていたが故に、はっきりとした拒絶を示したのだ。
実のところ、彼女が受けた衝撃はかなり大きく、進退伺いもクロヴィスの死に対する責任ではなく、ルルーシュの死という衝撃に何もかもが信じられなくなったというのが本心であった。
◇◆◇
そんなアーニャのことを思い返すルルーシュにジェレミアは瞑目し、ゆっくりを目を開けて口を開く。
「今はまだ混乱しているのでしょう。ですが、彼女も一人の騎士。必ず自分の中で決着を付けるモノと思われます」
「そうか。なら、彼女を信じよう」
そんなジェレミアの言にルルーシュはゆっくりと肯く。
その様子に、シャーリーとミレイは小さく嫉妬を覚えたのだが、ラウンズとは言え、アーニャはナナリーと同年の少女である事を思い返すとそれをまた恥じる。
この辺りは、彼女達もまだ大人になりきれていない少女であったのだ。
遅くなった上に短くて大変申し訳ありません。
また、誤字脱字の指摘もありがとうございます。
ちょっと、特区批判みたいな内容になってしまいましたが、自分はどうしても特区が上手く行く未来図とか、上手く行けば全て丸く収まるみたいな話に賛同できないんですよね。
ネタばらしになってしまうとマズいですが、特区に関しては正直悩んでいる面が多いです。