水の流れに逆らうように力強く泳ぎ切る。
「ふぅ……」
「シャーリー、スゴいよっ!! 新記録っ!!」
プールから顔を上げたシャーリーにストップウォッチを片手に駆け寄ってくるミーヤの声に驚き、目を丸くする。
今回は久々の部活動だったから軽めに泳いだつもりだったのだが、身体が良く動いたと言う自覚もあった。
「ところで、シャーリー……、部活休んでいる間に痩せた?」
「きゃっ!? ちょっ、ちょっと」
ジト目になってシャーリーの胸をわしづかみにするミーヤに慌てるシャーリーだったが、たしかにKMFに乗る機会が多くなったためか、身体が締まったように思える。
「部活中にセクハラをするな馬鹿者」
「あいたっ!?」
「あ、ヴィレッタ先生」
そんな調子でじゃれるミーヤの頭に、こちらも久々の登場となったヴィレッタの拳が落ちる。
シャーリーは先生と呼んだが、ヴィレッタはあくまでも臨時の講師みたいな立場である。たまたま軍人としての鍛錬科目に水泳があり、ヴィレッタはそれを得意としていたため指導を頼まれただけでもある。
とは言え、ここの所、軍や政庁では変事が多すぎたため、以前はなぜ自分がこんなことを?と思った職務だったが、今となっては逃げ場としてちょうど良かったのである。
「軍務の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。それにしてもシャーリー、たしかに見違えたな?」
「えっ!?」
「ルーベン理事長が不在のようだが、今日はどこかに行ったのか?」
「出張みたいですよ? 会長ならいると思いますけど」
ヴィレッタの言葉はある意味でミーヤの言葉を肯定するモノであったが、ヴィレッタはそれには答えず、ルーベンの居所を問い掛けてくる。
今日、ルーベンはルルーシュとナナリーに付き添ってキョウトへ行っているはずだったが、それを言って良いのか判断が付かなかったシャーリーはとりあえずミレイに話を投げる。
「そうか。なら、後で会えば良いか。少し付き合え」
「はい」
ヴィレッタもそれを悟ったのか、言葉を切るとシャーリーともどもプールへと飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
シャーリーとヴィレッタが久方ぶりに顔を合わせていたその頃、ルルーシュもまた久方ぶりに感慨を持ってある人物達と顔を合わせていた。
もっとも、“ゼロ”としての仮面を被り、傍らに控えるカレンには後々の黒の騎士団用の仮面を付けさせた上での“参内”となっている。
本来であればナオトの後釜である扇を連れてくるべきだったのだろうが、生憎と彼等の協力は取り付けられていない。
救出作戦に同行したカレン、玉城、井上以下のメンバーとシンジュク事変での負傷からなんとか復帰した永田は協力を申し出たが、他のメンバーは中々ルルーシュに対する不信を拭えない様子であるのだ。
顔と素性を晒せば全てが解決するわけでもなく、何よりもブリタニア皇族という事実が日本人の心証を害してもいる。
「キョウト並びに日本解放戦線の皆様、本日はお招き、恐悦至極に存じ上げます」
とは言え、それらの解決の前に眼前の人物達との会合を終えなければならない。下手をしなくとも、扇グループ以上に手強い者達が揃ってもいる。
加えて、正体を知る桐原以外は、こちらの要求によって気分を害している可能性が高い。
「大義である。先頃のレジスタンス救出とクロヴィス総督の暗殺。貴方以外には成し遂げられぬ偉業と言えましょう」
御簾越しに座り、幼きながら凜とした声でルルーシュの言に答える神楽耶に、ルルーシュは懐かしさを覚えるも、この場においては親しみを持って接するわけにも行かなかった。
そして、この場にはかつて自分が引き入れ、カレンと同様にもっとも頼りにした男、藤堂鏡四郎や自らの命を引き替えに自身を導いた卜部巧雪も片瀬帯刀とともに馳せ参じている。
つまりは、今現在、日本の残滓を守り続けている人物達がこの場には集結していた。
「もったいなき御言葉。クロヴィスの治世下においては、多くの日本人が虐げられ、明日の暮らしも侭ならぬ状況。私といたしましては、それを見過ごすわけには参りませんでした」
言外に、私は我慢できずに行動したが、貴様等は何をやっていた?と言う思いも含んだ言である。
そして、その手の嫌味を察するのは容易であったのか、皆が皆、顔をしかめている。
「感謝いたします。そして、“ゼロ”。貴方は桐原を通じ、またアッシュフォード侯もまた我々に対して貴方への助力を求めて参りました。貴方は、何故に我々の力を望むのです?」
「違うな。間違っておりますよ、神楽耶様」
「違う?」
「私があなた方の力を望むのではない、貴方方が私の力を望むのですよ」
神楽耶の言を否定し、自身を売り込む。
あまりに無礼な行為であるし、相手が相手なら即座に切り伏せられてもおかしくは無い状況。だが、この場にいる人間達は海千山千の修羅場をくぐってきた人間達である。
このような安い挑発に乗る人間はいない。もっとも、ほぼ全員の眉間に寄せられた皺が深みを増しているが。
「なれば問う。ゼロよ、我らが貴公の力を望むとして、貴公はその力を持って何を成す?」
「知れたこと。私は力を持って、力無き者を虐げる者を裁くと言った。覚悟なき力を、理不尽なる暴力を、そして、それを成しているブリタニアを、私は裁くっ!!」
桐原の傍らに座す公方院が怜悧な視線を向けて問い掛けてきた事に、ルルーシュは先日の犯行声明で語ったように鋭く答える。
「ブリタニアを裁くとな? それを貴公は成せると言うのか?」
「無論。だが、私はあくまでもパーツの一つに過ぎない。それを成すべき、力が、人が私には必要だ。私は所詮頭脳でしかない」
「それを我々が求めると?」
「…………先年、レジスタンスを率いていた英雄が死した」
自らの力を望むと公言したゼロであったが、それでも自分は頭脳であり、部品の一つだとも答える。そして、それに対する答えを静かに語り出す。
それは、かつてカレンに対して語ったことと同じ語り口であった。
英雄とは、もちろんカレンの兄である紅月ナオトの事である。彼はキョウトが求めたように、レジスタンスを率いて結果を出し、同時にゲットーの生活安定のためにも尽力した。
だが、それでも彼には限界があり、とある作戦を最後に帰らなくなったという。
「加えて、8年前。厳島の地に置いて奇跡を演出し、ここにも英雄を生み出した」
その言に、無言でゼロを見据える藤堂がわずかながらに身じろぎする。
「二人だけではない。今、この日本の地にあるレジスタンス。それらに対して貴方方が危険を承知で支援を続けているのは、英雄の出現を待っているから。違いますか?」
「つまりは、貴公が英雄たらんと言うことか?」
「それも違いますね。私はあくまでもパーツ。それに……」
刑部の問いに、ルルーシュはゆっくりを首を振り、仮面に手を掛ける。
いつその正体と明かすのかと言う思いではらはらしながら状況を見守っていたカレンとルーベンが、その仕草に身体を強ばらせる。
桐原の信頼があるとは言え、彼はブリタニア人。それも、憎しみの象徴たるブリタニア皇族である。
経済通の桐原は損得で判断が出来ても、現役退役軍人達がそれで納得できるかは未知数だった。
「その顔……っ!?」
「ええ。8年ぶりでしょうか、神楽耶様」
「なるほど。紫の瞳の鬼は、真の鬼となって私の前に帰ってきたのですね……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「ブリタニアっ!?」
そして、ルルーシュの黒髪は元より、白皙の肌と言う特徴に皆困惑していたが、傍らにカレンが居ることで、ハーフの可能性も考慮して押し黙っていた。
だが、面識のある藤堂は驚きで目を見開き、神楽耶は神楽耶で幼き頃に脳裏に刻みつけた記憶の中の少年とその成長した姿が一致した。
そして、ブリタニアという名にこの場における最下級に位置する卜部が反応するも、藤堂に手を掴まれて押し黙る。
「あの時は失礼をいたしました、神楽耶様。あの時の願いを叶えることは出来ませぬが、私は改めて鬼となり、魔王となりて貴方の思いに応えましょう」
「ゼロ。いや、ルルーシュ皇子。つまり、貴公が我らに力を求めるその先にあるのは……」
「無論、日本の解放とブリタニア破壊。そして、その再生」
「修羅の道を行く。と言う事よ」
不敵な笑みの元、日本の解放とブリタニアの破壊。それは、かつて親友に語った「ブリタニアをぶっ壊す」と言う思いはそのままに、今となっては破壊した後の再生すらも視野に入れている。
そして、過去において果たすことの出来なかったその道こそ、桐原が言うように「修羅の道」でもあった。
「つまりは、皇帝になるという野心のために我々を利用すると言うことか?」
だが、納得の表情を浮かべる神楽耶と桐原に対し、他の者達の視線は冷めたモノであった。
日本の解放、そしてブリタニアの破壊までは別に構わない。だが、ブリタニアの再生となれば話は違ってくる。
専制国家であれ、民主国家であれ、再生に着するとなればそれ相応の地位が必要になる。
ましてはルルーシュは皇族。となれば、皇帝として登極することが最大の目的になるだろう。
それを考えれば、日本の解放もブリタニアの破壊も手段の一つでしかなく、そのためにはこちらを利用するだろう。と言うのは誰でも考える。
「ルルーシュ皇子、帝位を望むのならば、今すぐブリタニアに帰り、父君や兄君と相争うべきではないか? そうなれば、ブリタニアはエリアどころではなくなり、我らの付けいる隙も生まれよう」
「宗像公。たしかに、私であればそのような手段で帝位を盗み取ることは容易。だが、私は帝位を盗みたいのではない、あの男から奪いたいのだ」
「……そのような野心の為に、我々に協力をしろと?」
「結果的にはそうなる。私とて全てが善意で日本を解放するわけではない。当然、見返りは求めたい」
宗像の問いに、はっきりとそう答えたルルーシュに対し、カレンは驚きとともに落胆の気持ちが芽生える。
勝手な事とは思うが、彼女からしたらルルーシュは日本のために戦おうとしていると思っていたのだ。
彼の性格的に、「死者は生者がねたましい」とまで言ったことはあっても、それは彼なりの道化染みた答えだとも。
「だが、それでも我々としてはリスクが大きすぎる。貴公は誰にも成せなかったことを成した。しかし、それでもクロヴィス総督一人の首を取ったに過ぎぬ」
「もちろん、この先は結果で証明するしかない。だからこそ、私は貴方方への見返りと、私なりの覚悟を示す用意がある」
そう言うと、ルルーシュは指先をならすと、ふすまが開かれそこにいた人物に全員が目を丸くする。
そこに立っていたのは、現エリア11総督代行、ジェレミア・ゴッドバルト辺境伯と篠崎流当主篠崎咲世子の両名であった。
「総督代行だと? どういうことだ?」
「我が忠義はルルーシュ様の御為にある。マリアンヌ皇妃、クロヴィス皇子をみすみす死なせた不忠の士が、分不相応な地位を得たのも、全てはルルーシュ様のため」
そんなジェレミアの姿に藤堂が軍刀の鯉口を切りながら口を開くと、ジェレミアは正面を見据えながら己の在り方を口にする。
彼にとっては総督の地位でも、ルルーシュへの忠誠を果たすための手段に過ぎず、ルルーシュの命令が全てであると公言する。
「面従腹背。桐原爺達と同じなのですね」
「御意」
事実、ジェレミアは就任以降、ブリタニアの国是に忠実であるように見せて、エリア民に仕事を用意し、貴族達の特権的な権力をいなし、軍内部での名誉ブリタニア人の登用など、危険な改革も水面下で行っている。
派手さもなく、堅実な政策の影で行われている行為であり、表面的な部分のみを見ていては分からないように政策を行っている。
実際、彼は事務次官などの文官達を醜聞で押さえ込み、配下にはアッシュフォードやアールストレイムが見出した中立的な官僚達を登用するなど、着実に下地を作っている。
軍人は戦いとなれば倒れる者達も多いであろうが、文官は戦後も生き残るのが常である。ブリタニアをぶち壊す。とルルーシュは言うが、その再生のための布石も打っていると言う事である。
「武力による打倒は大いにけっこう。私は決して平和主義者ではない。クロヴィスだけでなく、その配下の兵達を残酷に葬り去っている。だが、破壊の後の再生を否定するつもりはない。ブリタニア人には、私も大切な人間は居るのですから」
そう告げたルルーシュの言葉には、破壊だけでは意味がないと言う意図も含まれている。
日本解放戦線をはじめとするレジスタンス達がブリタニア人を憎むのは分かる。だが、破壊や殺戮だけでは応酬を生むだけである。
だから抵抗をするなとはもちろん言わないが、敵を間違えるなと言う思いがこもってもいる。
実際、過去において日本解放戦線は罪なきブリタニアの民間人をゴミのように殺害した。
草壁のような強硬派からすれば、ブリタニア人である事自体が罪なのかも知れないが、それでは終わる事なき戦いが続くだけである。
「憎しみに囚われるなと言う事か?」
「そうなるな。もちろん、過去を全て忘れろとは言わない。だが、過去は消せない……。それとも、君たちはブリタニア人を根絶やしにするまで戦うつもりか?」
「まさか。強硬派の連中だって、もはや勝つためとか恨みとかそう言うんじゃなくて、単純に自分の意地や誇りのためだけに放言しているだけだしな」
「卜部」
「……すいません。どうしても、俺としてはああ言う考えが無駄のように感じてしまって」
ルルーシュの言にそう問い掛けた卜部を藤堂が咎めるが、彼としても強硬派の行動は賛同しがたいのだろう。
片瀬や藤堂は同胞意識が強いが、卜部は過去を考えてもあくまでも冷静な軍人と言える。
だからこそ、草壁一派の行動には賛同できないのだろう。だが、あくまでも一介の少尉。階級的にも遙かに上位者の行動を掣肘できるはずもないのだ。
「ルルーシュ様は、解放戦線にどこか思うところがお有りのようですわね」
「さて、どうでしょうか」
そんなルルーシュと卜部のやり取りを見ていた神楽耶が、相変わらずの笑みを絶やさずにそう口を開く。ルルーシュとしては、解放戦線そのものよりも、彼等とコーネリアとの戦いにおいて起こりうる悲劇を懸念している。
さらに本音を言ってしまえば、片瀬では無理だと言う思いもある。草壁のような短慮な強硬派の暴走を許し、藤堂のような当代一の武人を活かせず、クロヴィスすら打倒できなった人間である。
今も会話に入ることもなく沈黙しているが、本来であれば六家の代わりにルルーシュと渡りあわねばならぬ立場の人間なのである。
ルルーシュが神楽耶と対等の立場に立って話してしまったことで、キョウトや六家がルルーシュの風下に置かれる形になってしまうのである。
現状では、ルルーシュは所詮レジスタンスのリーダーに過ぎず、精々現場の軍人と言える。
つまり、片瀬にも及ばぬ立場であるのに、現状では桐原の黙認があるにせよ、ルルーシュに主導権を握られてしまっている状況だった。
それを防ぐには、政治家ではない制服のトップである片瀬がルルーシュと渡りあう必要があるのだが、それすら気付いているようには思えなかった。
ルルーシュからしたら、藤堂がなぜこのような人間に心酔していたのかは今を持っても分からなかった。
「片瀬、この際です、外部の協力者の意見をお聞きになられては?」
そんなルルーシュの心情を知ってか知らずか、神楽耶は無邪気に片瀬に話を振る。
実力はどうであれ、日本の実働戦力を率いる人間が黙して語らぬままなのは神楽耶としても不満なのであろう。
笑顔の下には、明らかに失望の色がある。
「語ることなどは」
「ならば、こちらからの要請をお聞き願おう」
そんな神楽耶の心情を知ってか知らずが、憮然としたまま短く問い返した片瀬に対し、ルルーシュは即座に口を開く。
「成田より退去し、日本全土を戦場として地下に潜ることを私は提案する」
「なに?」
「成田の地形はたしかに難攻不落。だが、それは無辜の民を盾にした結果だ。仮に、連山に降り積もった氷土が一気に融解したらどうなる?」
ルルーシュの言に、さすがの片瀬も目を見開き、藤堂と卜部も色めき立つ。
解放戦線が掲げる旗を降ろし、レジスタンス同様に地下に潜れと言ったのである。たしかに、ブリタニアからしてみればテロリストの首魁であり、規模の大きいレジスタンスに過ぎない。
だが、ルルーシュとしてはこれは譲れない線でもあった。
かつて、罪なき少女の家族を破滅に導いた、自らの過ちの地。戦場になる以上、民間人の避難を行わなかったコーネリアにも非はあるし、解放戦線やブリタニア軍人の犠牲に関しては考慮に値しない。
だが、それでも直接手を下したのは自分だという思いもある。あの謀略が、ブリタニア軍を効率よく壊滅させる結果になったとは言え、自分の中では取り返しの付かぬ過ちとなったのだ。
「私は、力ある者が力なき者を虐げた時、それを裁くと世界に対し表明したつもりだ。となれば、今のままでは解放戦線とも戦わねばならなくなる」
「我らが、民を盾にしているというのか?」
「違うのか? 先日のシンジュク事変とて、扇グループが民間人の環の中に逃げ込んだ結果、虐殺の名分を与えてしまったのだ。成田の民間人諸共ブリタニアが殲滅作戦を行わない保証がどこにある?」
ルルーシュの言に、片瀬だけでなく藤堂と卜部も明らかに苛立っているのが分かるが、ルルーシュは尚も続ける。
実際、ブリタニアの暴虐がヒドすぎた事で目を逸らされがちであるが、扇グループもシンジュクに逃げ込んだ事で民間人を巻き込んだのである。
玉城が毒ガスを使った先にある未来としてシンジュクでの虐殺を見たが、毒ガスだけではなく、彼等の存在自体がシンジュクを危機に晒したのである。
とは言え、その言には日本解放戦線は元より、キョウトやカレンも後ろめたさを感じずには居られなかった。
カレン達はシンジュクを拠点に抵抗活動を続けており、玉城などが住民と揉めることも度々あった。
そして、キョウトはNACとしてレジスタンスを支援する立場である。その結果、多くの日本人が迫害を肯定され、塗炭の苦しみに遭ってきたのは否定できない事実である。
しかし、そのような意図は件の人物には通じなかったようである。
「話にならぬ。どうやら、我々はこの場に相応しくないようですな。帰らせて頂こう」
「お待ちなさい、片瀬っ」
「皇公、我らは一兵卒に至るまで日本の未来のために戦っております。ブリタニア皇族の風下に立って戦う義理はございませぬ」
そして、神楽耶の制止に対してもそう反論すると、片瀬は場を辞し、藤堂と卜部を伴ってその場から去って行く。
去り際、藤堂がルルーシュを一瞥する視線と卜部がルルーシュに頭を下げる様子を見る限り、片瀬に従う両者にも思いの違いはあるようだった。
「……ヤツもこの程度か」
「何を言うか桐原っ!! 貴様がこの無礼者を連れてきたのであろうがっ!!」
「刑部よ、片瀬をかばい立てするのは分かるが、あの男がこの八年間何を成したというのだ?」
片瀬達が去ると、桐原は瞑目したままそう口を開く。
彼としては、ルルーシュの登場によって解放戦線にも変化が生まれることを期待したのだが、この八年間、攻勢は藤堂頼りであり、本人は常に守勢に徹していた片瀬が己を変えることはなかった。
だが、片瀬の後ろ盾という立場にあった刑部としては、かつての部下であり、物足りなさはあっても組織を保ってきた片瀬を悪し様に言われるのは、普段温厚な彼であっても苛立ちを覚えたのであろう。
ルルーシュ自身、無礼な言い分であった事は自覚していたためそれに対して反論するつもりはなかったが。
「何も出来なかったのは私たちも同様でしょう。民が虐げられる中、名誉としてブリタニアに膝を屈し、飢えることもせずに生き長らえてきたのです」
「それは私も同様ですよ神楽耶様。私も、このルーベンの庇護の元、アッシュフォード学園にて安穏と過ごして参りました。私に片瀬少将を非難する資格などは無いでしょう」
「ですが、貴方は堂々とブリタニアに対して戦いを挑んでおります。ルルーシュ様」
そう言うと、神楽耶は桐原、刑部、宗像、公方院の四名に視線を向け、各々を制すると、再びルルーシュへと向き直る。
「ゼロ。いえ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子。この皇神楽耶の名において貴方に問います。貴方はブリタニアの皇子でありながら、ブリタニアを打倒し、新たな秩序を生み出すこと望みますか?」
「無論です」
ゆっくりと、ルルーシュに視線を向け、問い掛ける神楽耶。それに対し、ルルーシュは口約束に過ぎないと思いつつも、それに応じる。元々、神楽耶達には借りがあるのだ。
「では、その道を行くため、我ら日本は貴方の同盟者として、その道を成す手助けをいたしましょう。ですが、その際、目的を達するまでの間、我々を裏切らぬ事を約束できますか?」
「逆に問いましょう。皇神楽耶。貴方様は、ブリタニアの打倒を前に、エリアの解放を謳われたとしてもその甘言に乗ることなく、私とともに戦い、私とともに死ぬことを約束できますか?」
借りはある。かつて、日本の解放を手段としながら、それをなすことなくゼロとしての表舞台から去ってしまった事を。
だが、ルルーシュとしても、神楽耶が扇等とともにシュナイゼルの甘言に乗り、アッシュフォードにて愚挙に及んだことを忘れてはいない。
冷静かつ高潔な彼女がなぜという思いはルルーシュにもあったが、あれが自身のギアスが生み出した不信の果てにあった事であるという自戒もある。
「約束いたしましょう。日本の解放が成った暁には、この私の全てをもって貴方に報いましょう」
「神楽耶様!?」
と、そんなことを考えていたルルーシュに対し、彼女が笑みを浮かべて言い放ったのは、かつてゼロの妻を自称した彼女の姿を思い起こす。
だが、同時にそれは、ルルーシュを縛る楔ともなるのである。
若輩者とは言え、彼女は事実上日本の国主。その人物が、自らの身を捧げるとまで告げて求めた協力。
それを違えることは即ち、日本の全てを敵に回すことになり、未来永劫日本とブリタニアの和解する道が消えることも意味する。
かつてのような、一人の少女としての戯れ言とは重みが違うのである。
一つの決別と盟約が生まれようとしている。だが、その背後で世界は再び大きく動き始めようとしていた。
大物という者を描くのって難しいです。