コードギアス ~生まれ変わっても君と~   作:葵柊真

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第十八話 ナイトオブラウンズ②

 突然の日本解放戦線の襲撃に、リヴァル達は貸別荘から乱暴に連れ出されると、後頭部に手を回して跪かされ、それぞれ尋問を受ける。

 

 

「少佐殿。荷物からこんなモノが」

 

 

 自分達を外に出し、手荷物から身分証を探ってきた兵士の一人が指揮官と思われる男に差し出したのは、父の身分証である。

 一般のブリタニア人でも彼等にとってははっきりとした敵であろうに、ブリタニア軍人となればどうなるか。

 リヴァルは咎められるのを覚悟で隣の父に向き直るが、それに気付いた父は不敵に笑うだけだった。

 先ほど垣間見たギアス?も、カラコンでも入れたのか、いつの間にか隠されている。

 

 

「ケイシー・ライマス。ブリタニア近衛軍特務少佐だと?」

 

「そうだ」

 

 

 指揮官の男がそれを手に、父をにらみ付けるも、父は特に表情を変えずに答える。

 

 そんな不敵な態度に目に見えて苛立ち始めている男だったが、眼前の男がビスマルク・ヴァルトシュタインだと言うことに気付く様子はない。

 実際問題、ナイトオブワンがこんな日本の田舎で呑気に休暇を楽しんでいる等とは、普通は考えないのだろう。

 正体がばれたら“死”以外は無いという状況だったが、今は指揮官の間抜けさに感謝するだけだった。

 

 

「ふん、ブリタニア軍人が、我らの地で呑気に休養か? 他人から奪った土地で飲む酒は美味いだろう?」

 

「ここは日本時代から私達が管理していた土地だが? もちろん、正規の手続きで手に入れているし、イレブンが入ろうととやかく言ったことは無いぞ?」

 

「貴様っ!! 我々をイレブン呼ばわりするかっ!?」

 

 

 実際、正体を探る様子も無く嫌味を向けて嫌味で返され、さらに“イレブン”と言う言葉に激昂する兵士を抑える様子も無い。

 ルルーシュがクロヴィスを暗殺した際の犯行声明ではないが、力ある者が力無き者を虐げる状況になろうとしているにもかかわらずである。

 

 

「イレブンをイレブンと呼んで問題があるのか? 私が戦場で相対した軍人達は、真に“日本人”であったが、君たちの行動は“イレブン”でし……ぐっ!?」

 

 

 そんな兵士をさらに挑発するように声を上げ続ける父だったが、激昂した兵が問答無用で銃を振るい、銃把で父を殴打する。

 普通の人間だったら吹き飛ばされそうな勢いの殴打だったが、それでも父はすぐに兵をにらみ返す。

 

 

「ほう? 口答えするだけのことはあるな。だが、反抗的な者がどうなるか、教えてやれ」

 

「はっ!! ほら、来いっ!!」

 

 

 その鋭い視線にたじろぎ、硬直した兵士だったが、指揮官の声に我に返ると父を兵達の環の中へと引きずっていき、集まってきた兵達が次々に暴行を加える。

 父は表情を変えずにそれを受け止めているが、その態度が兵士達の嗜虐性を刺激したのか、次々に周りの兵達が暴行に加わっていく。

 

 

「おい、止めろっ!! 死んでしまうぞっ!!」

 

「そうだそうだっ!! これだから、イレブンは野蛮なんだっ!!」

 

 

 さすがに、その状況を見かねたのか、父の友人達が次々と兵士達を罵る。

 帝国最強の騎士相手とは言え、集団暴行など見ていて愉快なモノでは無いし、友人の危機なのだから当然の反応だろう。

 

 しかし、すでに主導権を握ってこの場の上位者であるように振る舞う解放戦線の兵士達は、支配下に置いた者達の反抗を許せない。

 当然のように、声を荒げた友人達も引きずられていき、暴行の輪に放り込まれる。

 だが、リヴァルの目には、いつの間にかその友人達を縛るロープに切れ目が入っている様が映る。

 さらによく見ると、父も友人達も表情自体は痛みに耐えているように見えるが、どことなく余裕があるようにも見える。実際、父が受けている暴行は、普通の人間だったらとっくに意識を失っているほどの暴行なのだ。

 

 

「いい加減にしろよっ!! それでも日本人かよっ!! お前等なんて、クロヴィス総督や純血派と一緒じゃないかっ!!」

 

 

 そして、特に何かに導かれたわけでも無いが、リヴァルも兵士達に対して声を荒げる。

 総督や軍人を悪く言うのはどうかと思うが、実際、武器を持たない人間に対する暴力という点では同類である。

 だが、当の本人達はそう思わなかったらしく、全員が表情を無くし、能面のようになってリヴァルを見据える。

 

 

「リヴァルっ!!」

 

 

 そんな状況を察してか、母のリンダがリヴァルを守るように前に出てくるが、小柄な彼女ではリヴァルを隠すことも出来ず、リヴァルの目には兵士達の表情が能面から般若のように変わっていく様が見てとれた。

 

 

「小僧、我らをあの虐殺者と同類だとっ!?」

 

「ゼロが言っていただろっ!! 力無き者を虐げる、力ある者そのままだろっ!! こっちは武器も持っていない丸腰だぞっ!!」

 

「ゼロだとっ!? あんな正体不明のテロリストがなんだと言うのだ」

 

「あんたらが八年間何も出来なかったのに、あっさりクロヴィス総督を殺して見せたじゃないか。テロリストだとしたって、無抵抗な人間をいたぶっているあんたらよりよっぽどマシだ」

 

 

 実際問題、リヴァルもクロヴィス総督暗殺には多少関わってもいる。

 

 だからこそ、余計にこう言った理不尽な振る舞いには腹立たしさも感じるのだ。とはいえ、こういった行為は日本人がブリタニア人にされているのだから、彼等の気持ちも分からなくもない。

 だが、身内や知り合いが暴行される事に怒りを感じるのに日本人もブリタニア人も無い。

 

 

「ほう? 小僧、我々を無能扱いするか?」

 

「事実だろ? クロヴィス総督には最近までナイトオブラウンズも付いていなかったのに、負けっぱなしだったじゃん」

 

「リヴァル、もう止めなさい」

 

 

 そして、座って状況を笑って眺めていた指揮官が、他の兵士達と同様に能面になって立ち上がり、腰に下げていた軍刀に手を掛ける。

 

 さすがに、それを見て取ってリンダがリヴァルの口を押さえたが、リヴァル自身、

 

「お前達が出来もしなかったことは俺達はやったんだ」と言う思いがあったため、罵倒をはじめると止めることが出来なかったのだ。

 

「……いいだろう、どのみち、事が済んだら処分するつもりだったのだ。母子ともども、あの世に送ってやろう。銃を貸せ」

 

 

 そして、リンダがリヴァルを止めた姿を見た指揮官は、軍刀よりも銃を使うことを選び、それを手にリヴァルとリンダの元に近づく。

 

 

「や、止めてくださいっ!!! 私達はどうなっても良いから子ども達だけはっ!!」

 

「知ったことか。そんなに子どもが大事ならば、その小僧が先だっ!!」

 

 

 それに対して、リンダは必死に懇願するように口を開くも、すでに怒りが頂点に達している指揮官に対しては、凶行を後押しするスパイスにしかならない。

 

 

 ――しかし、頭に血が上りすぎたのか、指揮官はリンダがすでに縄を解いていることに気付いていなかった。

 

 

「ふっ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 そして、震えながらリヴァルを抱き寄せていたリンダが、一瞬のうちに指揮官の腕を絡め取ると、彼の腹部に銃を押し付け、躊躇うこと無く引き金を引く。

 

 乾いた音が二、三発周囲に響き渡ると、一転して静寂が周囲を支配する。

 

 

「なっ!? こ、このババアっ!!」

 

 

 そして、ドサリと音を立てながら指揮官が崩れ落ちると、それを合図に我に返った兵士達が各々銃を構え、抜刀する。

 

 

「誰がババアよっ!!」

 

 

 だが、リンダはババア呼ばわりに激昂しつつも、眼前の兵士達には目もくれず、振り返ると後方の木々に向かって銃を連射する。

 と同時に、その行為に一瞬動きが止まった兵士達が、鮮血を上げながら倒れ伏していく。

 リンダが指揮官を仕留めたときには、ビスマルクと友人達は縄を解き、どこから取り出したのか、仕込みのナイフで音も無く側の兵士を仕留めていたのだ。

 そして、リンダが怒声とともに後方の木々に隠れた狙撃兵達を仕留めると、即座に行動を開始して周囲の兵達を一瞬のうちに仕留めて見せた。

 

 

「リヴァル君、こっちっ!!」

 

 

 そんな様子を見ていたリヴァルも、女性達に縄を解かれて、他の子ども達とともに別荘内へと逃げ込むように背中を押される。

 とっさに、目に映った指揮官の軍刀と兵士が落とした銃を拾い上げ、入口に向かって掛けていく。

 

 

「あうっ!?」

 

「おばさんっ!?」

 

 

 だが、子ども達が逃げ込み、次はリヴァルの番という所で、後ろから聞こえた悲鳴に振り返ると、友人女性の一人が脇腹を押さえて倒れ込む。

 刹那、耳元を風を切る音が通り過ぎ、一瞬にして全身から冷や汗がにじみ出すが、逡巡も一瞬で、軍刀を入口に投げ、拳銃をズボンに押し込むと、女性の元へと掛けより、抱き上げるようにして別荘へと走る。

 

 

「リヴァル。よくやったわ」

 

 

 すると、いつの間にか駆け寄ってきていたリンダが、その小さな身体に似合わぬ力でリヴァルと女性を別荘内へと引っ張り込んだ。

 別荘内に逃げ込み、ようやく安堵したのか、子ども達が一斉に泣き出しているが、それに構っている暇は無いと、女性陣が負傷した友人女性の応急処置の為にテキパキと動き回る。

 

 

「リヴァル、手を洗ってここを抑えていなさい」

 

「わ、分かった」

 

 

 上着を脱がし、タオルで傷口を押さえているリンダがリヴァルにそう言うと、別の女性が渡したお湯を傍らに置き、アルコール?を入れて消毒液を作っている。

 それで手を洗い、力を込めて女性の傷を抑える。こんなときに不謹慎だったが、年の割に鍛えられた身体をしていて正直驚いていた。

 

 

「うう、リヴァル君、ありがとうね」

 

「そんなこと。おばさん、今は静かに」

 

「弾は抜けているから、止血できれば大丈夫よ。リンダ、頼むわよ? まだまだ死にたくないわ私」

 

 

 そう言うと女性は、厳しい顔つきでコンロの前に立ち、何かを煮ているリンダに対して笑みを浮かべながらそう告げる。

 

 

「私を誰だと思っているのよ? こんなつまらないことであんたを死なせるもんですか。リヴァル、次はゆっくりと水を垂らして」

 

 

 そう言うと、リンダはリヴァルに水筒を渡し、女性に対しては先ほどぬらしていたタオルを噛ませる。

 

 

「麻酔なんか無いから覚悟しなさいよ? 子ども達の前なんだし」

 

 

 鋭くそう言うと躊躇うこと無く傷口を切り裂き、さらに傷ついた体内を開くと、リヴァルは何が起きているのか分からないまま、処置を行っていく。そして、気付いたときには傷口の縫合が終わっていた。

 

 

「ええと、何が起こったの??」

 

「応急処置しただけよ。ここから先は医者の領分」

 

「……母さんも軍人だったのかよ」

 

「いや、民間人よ? なにも、軍人だけが銃を撃てるわけじゃないわよ」

 

 

 あっけらかんとリヴァルの問いに答えたリンダだったが、リヴァルからすると嘘にしか見えない。

 ルルーシュから聞いたことがあるが、拳銃で隠れた狙撃手を逆に狙撃するなんて常人に出来るはずも無いのだから。

 

 

「リンダ。今更隠すことも無いんじゃないの? リヴァル君ももう大人よ?」

 

「……それを決めるのは私じゃなくてあの人よ」

 

 

 そして、リンダのごまかしを証明するように、痛みになれたのか、女性が苦笑しながらリンダに告げるが、リンダはそう言って顔を背けるだけだった。

 いずれにしろ、先ほどまで談笑していたお母さん達と言った姿は皆から消え失せ、どこか物々しい雰囲気を感じる。

 唯一、子ども達をあやしている女性達だけ震えたままだったが、それでも気丈に振る舞っているのはこの人達の友人であるが故か。

 

 

「そう言えば、父さん達は?」

 

「心配しなくても大丈夫よ。どちらかというと、あまり見て欲しくないかな」

 

「……母さん、それは、父さんが」

 

 

 ふと、外が静かになったように思えるが、リンダからすると外は死体ばかりになっているから見て欲しくないというのが本音なのだろう。

 だが、心配いらない。と言う特に根拠も無い言い方にリヴァルがその理由を告げようとすると、リンダは手を差し出してリヴァルの言を制す。

 ほどなく、返り血に染まった父親達がよろよろと別荘内に入ってきたのだ。皆、暴行の傷や銃創を負っているのは見てとれた。

 とは言え、友人女性ほどの重傷では無いようで、リンダ達の助けで応急手当を手際よく施していく。

 

 だが、その場にビスマルクの姿は無い。

 

 無事だろうと思いつつも、リヴァルはどこか心配になり、大人達が応急手当に意識を向けている間に外へと足を向ける。

 

 

 案の定、外はまさに血の海であった。

 

 リヴァル達が逃げる際に倒された兵達もそうだが、異変を感じて駆け寄ってきた日本兵の姿がそこかしこに転がっている。

 そして、ビスマルクはいくつもの死体が折り重なる場所に一人佇んでいた。

 相手から奪い取ったのか、血で赤く染まった軍刀を片手に、誰かに電話を掛けていた。

 

 

「ああ、そうだ。早急に調べた方が良い。……うむ、迎えを寄越してもらった方が良いだろうな、車はもう期待できぬ」

 

 

 それは、先ほどまでの物静かなだけの男の声では無く、冷静ながら威厳に満ちあふれた男の声。テレビで見た事があるナイトオブワンの声そのものであった。

 

 

「そうだ、モニカ。公方院を通じて解放戦線を探れるだろう。君とあの男は」

 

 

 そんなやり取りの最中、ビスマルクの背後に這うように迫る男。はじめにリンダに腹部を撃ち抜かれた指揮官だった男だが、今は目を血走らせながら、恨みを込めてビスマルクの背後に迫り、落ちていたマシンガンを手にしている。

 

 その時、リヴァルは急激に自分の体温が下がっていくことを自覚した。

 

 そして、気がついたときには男の頭部に銃を突きつけ、引き金を引き絞っていた。

 衝撃でもんどりを打って倒れる男。その表情がリヴァルを睨むようにして永久に停止し、リヴァルはその表情から目を離すことが出来なくなっていた。

 

 

 と、目の前が暗くなる。

 

 

「リヴァル、今は全てを忘れて休め」

 

 

 暗くなった目元に当てられた、重厚な感触は父の手であろうか? そんなことを考えたリヴァルは、そのまま暗がりの中で父の声に従うしか無かった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 解放戦線が動きを見せているとの報告がジェレミアからなされていた。

 

 複数の部隊からナリタを出て行方をくらますが、その中の一つが河口湖周辺に姿を見せたというのだ。

 そして、ビスマルクからの通信を受けて、モニカが向かった先というのもそこであると言う。

 

 

『ルルーシュ様、これは……』

 

「ああ。どうしたものか……、いや、プランとかそういう話では無いな」

 

 

 以前の話から有り得た可能性が現実になっただけである。何より、自分以上に衝撃を受けているのはリヴァルだろう。

 過去の自分であれば、リヴァルの記憶を奪って自分との関係を断っただろう。だが、今回は彼を巻き込み、友人として守り抜くと誓ったのだ。今は彼を信じるしかない。

 

 

『仮に、リヴァル君がヴァルトシュタイン卿に全てを話してしまった時はいかがいたしますか?』

 

「仕方が無い。その時はビスマルク、そしてシャルルと直接戦うまでのことだ」

 

 

 実際、V.V.やマリアンヌから自分のことはシャルルの耳に入っている可能性もある。それでも、自分の元に手が伸びてこないのはC.C.の行方だろう。

 マリアンヌからの探りも必死で躱している状況であり、自分がギアスを得たとなればC.C.は側に居ると判断しているだろう。

 

 元々、ブリタニアという国家すら道具扱いな連中である。自分が日本でどれだけ暴れようが、彼等からしてみたら極東の島国での騒ぎでしかない。

 

 

「だが、ビスマルクの事より気になることがある。レジスタンスとして動くわけに行かないから、KMFだけ提供してくれないか?」

 

『御意。いかがなさいました?』

 

「解放戦線の動きだ。コンベンションホテルで事を成すにはそれなりの準備を必要とする。今回の動きはその一環だろう」

 

 

 そして、ホテルジャックを成功させる鍵として草壁等が選んだ兵器の存在をルルーシュは以前から把握していた。

 

 同時に、こちらの手に入れば相応の武器になる事も。

 

 

『私も同行できれば良いのですが……』

 

「無理は言えん。モニカが動いている以上、ドロテアはトウキョウに残るだろうが、彼女の動きもまだ俺には読み切れん」

 

『承知いたしました。彼女とは戦友ですし、上手くつなぎ止めておくといたしましょう』

 

「ああ。それとジェレミア、キャンセラーには注意を払っておけ。ギアスとして発現した形になっているそれだ。暴走して解除してしまったらどんな事態が起こるか予測もできん」

 

 

 そして、ルルーシュは脳裏に浮かんだ一つの要素に関してもジェレミアに忠告しておいた。

 自分のギアスはすでに制御可能であるが、ジェレミアのキャンセラーは元々が外的要因から発現させたモノであり、この世界にあっては彼に発現したものであるのだが、それ故に暴走の危険もある。

 シャルルのギアスによって植え付けられた忠誠である彼女等がそれから解き放たれたらどんな行動を取るのか、ルルーシュとしては想定がいくつも浮かんできてしまい、さすがの彼でも予測が付かなかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ヒグラシの声が耳に届くと、リヴァルはゆっくりを目を見開く。

 

 鮮やかな紅葉が夕陽に照らされて赤々と柔らかな光を発しているように見えるが、すぐにその鮮やかさと軍人を撃った際に広がった血の跡を思い返す。

 

 

「うぐっ…………」

 

 

 途端に襲ってくる吐き気。

 耐えること無く、木にもたれかかるように吐き出したリヴァルだったが、誰かが優しく背中をさすってくれたため、少しずつではあった楽になっていった。

 

 

「…………父さん。ありがとうって、その格好??」

 

 

 誰かはある程度察しが付いていたが、振り返った先には、見知った父の顔とは若干異なり、左目を特殊なピアスで閉ざし、全身をナイトオブラウンズの正装で包んだ一人の男が立っていた。

 それは、リヴァルの父であるケイシー・ライマスとしてでは無く、ビスマルク・ヴァルトシュタインとしての彼の姿だった。

 

 

「これが、私の仕事だ。リヴァル」

 

「……やっぱりそうだったんだ」

 

 

 幼い頃であればナイトオブラウンズとしての姿と自宅での姿にちょっとでも違いがあれば気付くことは無い。

 それでいて、中学辺りからは折り合いが悪くなり、リヴァルの方から顔合わせを拒否するようになっていた。

 

 当然だが、長年たった一人のナイトオブワンとしてビスマルクは過ごしてきていたのだ。それだけの激務の中で、ペンドラゴンから遠く離れた自宅に顔を出していたことを考えれば、自分が反発していたのはずいぶん子供じみていたようにも思える。

 彼の立場を考えれば、勉強や成績のことを気にするのも当然と言えるだろう。

 

 

「いつでも着られるようにって言うから持ってきていたけど、まさかこんな形で必要になるとはね」

 

「か、母さんまでっ!?」

 

 

 そして、苦笑しながら二人の元に歩いてきたリンダもまた、ビスマルクと同様に白を基調とした帝国最強の騎士の証に身を包んでいる。

 だが、ビスマルクやテレビで見たモニカ、ドロテアのモノとは若干装飾が異なっているように見えるが。

 

 

「言っておくけど、私はもうラウンズじゃ無いわよ? カリフォルニアの軍施設で事務やってるお姉さん」

 

「お姉さんって歳じゃ無いだろ」

 

「んー? なんか空耳が聞こえた気がしたけど気のせいかしら?」

 

「はいはい。で、なんで二人揃ってそんな格好を?」

 

 

 リンダの登場に場が若干和んだ気もするが、リヴァルからするとビスマルクの事は覚悟できていても、リンダのことは予想外であった。

 

 実際問題、謹厳な父より、のほほんとした母の変わり様の方が衝撃が大きいのだ。

 

 

「血の紋章事件。お前が生まれる前の事だが、さすがに知っているな?」

 

「そりゃあね。……マリアンヌ様と父さんだけが皇帝陛下に忠誠を誓った大事件だろ?」

 

「若干、語弊がある気もするけど、まあそうね」

 

 

 リヴァルからすると、なぜその事を隠していたのかと言う事が気になるのだが、血の紋章事件は教科書に載るほどの大事件であり、皇帝シャルルの正当性をアピールすることに成るため、しつこいほどに繰り返し教育される。

 

 

「私はラウンズになる前から皇帝陛下に仕えていた。だからこそ、圧倒的不利な状況でも皇帝陛下を見限ることは出来なかった。だが、リンダは」

 

「私の実家はねリヴァル。皇帝陛下じゃなくて、対立陣営を推していたのよ。で、お父さんとは仲良くさせてもらっていたけど、実家に逆らうことは出来なかった」

 

「それじゃあ、二人は……」

 

「私自身は本気で戦うつもりは無かったから。とっとと倒されて高みの見物をさせてもらったわよ。まあ、本気でお父さん達が勝つとは思っていなかったしね」

 

 

 実際、ビスマルクはリンダを最初に打ち破り、戦死したことにして自身の元で匿った。

 そして、マリアンヌとともに他のラウンズ達や対抗貴族を打ち破り、皇帝シャルルを改めて登極させた。

 その後、本来であれば当時のナイトオブワンをはじめとする要人を血祭りに上げたマリアンヌがナイトオブワンとなるところを、彼女は皇妃になる事を求め、残った最後の1人であるビスマルクがナイトオブワンに就任したのだ。

 

 

「ナイトオブワンの特権は知っているな?」

 

「エリアをもらえるんだろ?」

 

「それだけでは無いが……、まあ良かろう、私が求めたエリアというのがリンダだったのだ」

 

 

 ビスマルクはナイトオブワンになって以降、公式にはエリアの支配権を求めていない。忠臣として知られ、エリアの統治よりも皇帝の守護に全力を捧げている事は周知の事実だったため、違和感をもたれることは無かった。

 

 だが、エリアの支配権よりも一人の女の助命を選んだというのはなんとも彼らしくも無い事実。

 だからこそ、もう一つの人格を作り、リンダもまた別の女性として生きることを選んだのである。

 

 

「良い話なんだろうけど、息子の前で惚気られてもなあ」

 

「なによ、良い話でしょう?」

 

「聞かされる方の身になってくれ」

 

「お前達、私は真剣に話しているんだぞ?」

 

 

 内容が内容だけにどうしても雰囲気が重くなる事を感じたリヴァルとリンダが親子漫才みたいな事を始めて場を和ませるが、絵に描いたような堅物であるビスマルクには通用しなかったらしい。

 

 

「お互いの立場上、私は父親らしいことはしてやれなかった。その事を悔やむかと言えばはっきりとは言えない。だが、この前の電話のことは覚えているなリヴァル」

 

「ああ。あの時は頭に血が上っちゃったからね」

 

「……嘘は無いな?」

 

「さあね。少なくとも、俺に対して長年嘘を吐いていた父さんには俺の嘘を責められないんじゃ無い?」

 

 

 するどい父の視線にリヴァルは思わず身がすくむ思いであったが、ここで折れてしまえばルルーシュの思いを無碍にすることになる。

 親への情はあるが、自分を親友と言ってくれた男を裏切るわけにはいかないし、それはルルーシュの破滅でもある。

 

 

「…………ふう、父さんが皇帝陛下に忠誠を誓っているのはな、“嘘の無い世界”を作ると言う野心があるからだ」

 

「は?」

 

 

 真剣な顔で、思いがけないことを口にしたビスマルクに、リヴァルは思わず目をむき、間抜けな声を出してしまう。

 

 

「お前達のこと、私は皇帝陛下に嘘を吐いて生きている。己が全てを捧げている御方にだ。だが、それが実現すれば、私なりのケジメは付けられる。だからこそ、私は戦っている」

 

「嘘が嫌いって言うのは聞いたことがあるけど、だから責任を取るってこと? それじゃあ、俺達は父さんにとっては迷惑な存在なのかな?」

 

「馬鹿なっ!! そんなわけが無いだろう?」

 

「だったら仕方ないじゃん。父さんは俺や母さんが大切だから皇帝陛下に嘘を吐いている。だけど、それは許されないことだから全力で忠誠を誓っているんだろ? 十分筋は通っているじゃん」

 

 

 リヴァル自身、他人に嘘を吐たことが無いかと言えば、はっきりと有り得ないと思える。と言うよりも、今現在がビスマルクと同様に嘘を吐いているのだからどうしようも無い。

 でも、他人の為という点では同じモノだし、それが誰かを傷つけるかと言われれば、その嘘だけで他人を傷つけているとは思えない。

 

 むしろ、守ることに繋がるならそれは正しいことじゃないかとも思える。

 

 実際問題、ビスマルクが妻子の存在を公表し、しかも妻が元反逆者となればビスマルクは敵対勢力によって潰されてしまうだろう。

 帝国最強の騎士といえど、政治スキャンダルの前には為す術が無いのだ。それが皇帝のためにならないのなら、そういう嘘は必要だともリヴァルは思う。

 

 

「そうか。お前はそう考えるのか」

 

「だって、今も嘘を吐いちゃっているならどうしようもないよ。不忠の責任を取って自決しますってなったら誰がラウンズをまとめるんだ? って話になるし」

 

「……そうなのかも知れぬな」

 

 

 それでもなお、難しい表情を浮かべているビスマルク。

 

 その姿は、帝国最強の騎士ではなく、家族や自分の在り方に悩む一人の男でしかなかった。とは言え、ラウンズの制服に身を包んでいても、一人の男として自分に向き合ってくれることがリヴァルにとってはうれしくもあった。

 

 仮に、ルルーシュの為に戦うことを決めた自分の前に立ちふさがるときが来るとしてもだ。

 

 

「まあ、父さんがそんなスゴい人だったとしたら、俺だって頑張らなきゃなと思うよ。実際、期末は自信があるし。まあ、そういうわけだからさ、別荘に戻ろうよ? こんなことになっちゃったけど、迎えが来るんだろ?」

 

「ああ、すでに到着して、負傷した者達は病院へと運ばれている」

 

「そっか、おばさん達も無事だったのか」

 

「そりゃあ、あの子達は元私の部下だしね。柔な鍛え方はしていないわよ」

 

 

 そう言って薄い胸を張るリンダだったが、思わずそれを口にしてしまってひっぱたかれるリヴァル。

 だが、歪な形であれど、その時間は家族として笑い合える時間だとリヴァルは思っていた。

 そして、これが最後になるのではないかという思いもともに。

 リヴァルはルルーシュとともに戦い、ビスマルクはシャルルのために戦う。そして、リンダは表舞台に立つこと無く、夫と息子の帰る場所を守る。

 三者が三者ともに別の道を歩むことが決まっているからこそ、この時間が大切に思えるのだろう。

 

 

 

 一つの家族の絆が芽生え、そしてそれは芽生えたまま消える。

 それは、戦乱の時代に生まれた人間達にとっては宿命とも言えるものだった。




更新が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
内容が牛歩な分、濃くしたいと思うために時間が掛かってしまします。


感想や誤字指摘をしていただきどうもありがとうございました。
シャルル達の賛同者であるビスマルクが隠れた家族という「嘘」を抱えているのは矛盾しているのかなと思いましたが、回想場面でもハブられていたことを考えると、彼の賛同理由はシャルル達とは別方向の嘘への忌避なんじゃ無いかと思って、下手ながらこう言う展開にしてみました。

リヴァルみたいな善人キャラだからこそ、ビスマルクも納得するんじゃ無いかと言う勝手な妄想もあります。

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