咲世子とジェレミアが合流するより少し前。
ジェレミア、モニカと階層を分けて軟禁される形になったドロテアは、基地の地下区画へと連れてこられていた。
全てというわけでは無いが、エリアに建設、修復された基地の多くは地下に通常以上に多くの監房が用意されていた。
征服エリアには当然だが多くのレジスタンスが発生する。加えて、恭順したエリア出身者で形成される名誉ブリタニア人部隊。
これらに対する威圧行為として、より厳しい罰則が科せられるケースが多く、加えて戦場にて捕縛されたレジスタンスや軍内部の名誉ブリタニア人には内密に処分が下されることが多い。
そして、それはこのタチカワ基地でも例外では無かった。
当初の純血派の護送兵に加え、ヴィクトルと嚮団員達もその列に加わり、ドロテアを中心にその周りを近衛騎士達が固める形になっている。
ドロテアは特に捕縛されているわけでも無く、その気になれば近衛騎士達とこの場を切り開いて逃亡しても良かったが、ジェレミアとモニカの様子が分からないことには彼女としても無茶をするわけにはいかなかったのだ。
「おいおい、ラウンズだぞ? 何でまたこんな所に?」
「近衛騎士や純血派まで居るって……、俺達どうなるんだ?」
「揃って俺等を処分しようってか? そうはいかねえぞ」
そして、ドロテア等の登場に地下監房に捕らえられた日本人や一部のブリタニア人達が恐れおののきながら、または憎しみをぶつけるように声を上げている。
それを見た看守兵が鉄格子を銃把で殴打し、声を鎮めるが、怒りはともかく恐れの方はそれで収まりを見せない。
「みんな、随分、僕たちを恐れているね。そういう正直な反応、嫌いじゃ無いよ」
そんな囚人達の反応を見たヴィクトルが満足げに笑い、そう口を開く。
「さて、ドロテアはここだね。ほらほら、入った入った」
そして、その最奥の、それも一画だけ通路にも鍵の掛かった特別房。おそらくは懲罰房と思われるが、中は掃除が行き届いている。
そして、ドロテアが中に入ると、装備していた剣も投げ入れられる。没収されてはいたが、刃が潰されたわけでも無く、手入れしたときそのままの状態である。
「どう言う風の吹き回しだ?」
「うん? コーネリアが来るまで君をタダで待たせておくのも悪いからね。ちょっとした催しさ」
剣を手にし、状態を確認したドロテアは鉄格子越しにヴィクトルを睨み口を開くが、ヴィクトルもまた口元に笑みを浮かべたままそれに答える。
すると、鈍い音とともに監房を隔てる壁が地下へと下がって行き、監房同士が繋がっていく。はじめは何事かと皆が思っていたが、ヴィクトルが手を上げると嚮団員達が監房内に剣や棍棒。そして、銃を投げ入れていく。
「さて。イレブンもブリタニア人も、そして、ラウンズも監獄内では皆平等だ。そこで一つゲームをしようじゃ無いか。そこに居るブリタニア人は、皆が知るように、ナイトオブフォー、ドロテア・エルンストだ。日本人からしてみれば憎きラウンズ。ブリタニア人からしてみれば恐れ多い支配者」
困惑する囚人達に対し、はっきりと嫌悪を示す近衛騎士や眉をひそめる純血派。そして、瞑目するドロテア。三者三様のブリタニア人の中で、その輪に入らぬヴィクトルと嚮団員だけが笑みを浮かべている。
「そんな人間に対してこの場にあっては対等になれるわけだ。やることは一つだよね?」
そして、口を開いたヴィクトルの言に、嚮団員の一人が銃を取り、ドロテアへと射線を向けると、彼は躊躇うこと無く引き金を引く。
瞑目したままであったが、ドロテアに正面からの銃撃が通じるわけも無く、一歩横に歩くだけで銃弾をかわす。
だが、その行動だけでその場の者達には察しが付く。
この場にあっては、ラウンズに対する暴力も無法。加えて、彼女の生死は特に問わないと言うことに。
「キングスレイ卿っ!! 貴方には騎士としての誇りは無いのかっ!?」
「誇り? そんなモノの何が皇帝陛下の為になるの? むしろ、コーネリアやユーフェミアみたいに反乱分子を放置するような人間の方が皇帝陛下の敵だと思うけどね」
「貴様っ!!」
「止めよっ!! エリン」
そんなヴィクトルの様子に近衛騎士の一人が声を荒げる。彼女はポラードとともにドロテアの片腕を長年勤めており、皇室への敬愛も深い。ドロテアを弄び、加えてコーネリアとユーフェミアの両皇女を敵扱いする事など言語道断な行為。
だが、彼のこうした行動は皇帝の庇護によって肯定されてきたのである。近衛という立場上、彼等はそれに抗うことは出来ないが、立場上受け止めるしか無いだけで、こう言った抗議は当然とも言える。
だが、そのような正当な抗議が通じるような相手ではない以上、それは無益な事と思ったドロテアはそれを止める。
「うるさいなあ」
そして、そんなエリンの抗議にヴィクトルは拗ねるような物言いで嚮団員に命ずる。
「うっ!?」
すると、傍らに居た嚮団員の目が不思議な光を放ち、ほどなくエリンが膝から崩れ落ちる。
「エツベス卿っ!?」
「なんだ? どうしたっ??」
「か、身体が……っ!?」
突然、膝をついたエリンに他の近衛騎士や純血派の騎士達が目を丸くするが、ヴィクトルも嚮団員も涼しい顔をしながらそれを見つめる。
(あれが、ギアスっ!?)
ドロテア自身が封じ込められた記憶と植え付けられた偽りの記憶。
それらを成した力の正体を彼女なりに探っていたが、出てきたのはまるでおとぎ話のようなもの。だが、ゼロ――ルルーシュと交戦し、ジェレミアを介して自身の記憶の楔を取り除いた際に知ったそれ。
「んー? どうやら、エツベス卿はエルンスト卿と一緒に居たいみたいだね? みんなも美人が増えるのはうれしいだろうし、彼女にも協力してもらうとしようか?」
だが、ギアスを受けて変調をきたした彼女の様子を嘲笑うかのようなヴィクトルの言動に、さすがに他の近衛騎士や純血派も色めき立ち、皆剣や銃に手を掛ける。
「止めろ。皆、私もエリンも大丈夫だ。ここはキングスレイに従ってくれ」
だが、ここで激発してしまえばヴィクトルの思うつぼである。ドロテアにはジェレミアとモニカという人質が居り、加えて近衛騎士達も事実上の人質と言える。
処断の大義名分を与えてしまえば、ジェレミアやモニカにも咎が及ぶ。当然、彼等にとってのドロテア自身も人質になるのだが。
そんなドロテアの言に満足そうな表情を浮かべたヴィクトルは、エリンをドロテアの傍らに運び込むと、先ほどギアスを使役した嚮団員と純血派の兵士を数名残して去って行く。
「大丈夫か? エリン」
「はい。突然、身体が……。いったい、何が起きたのか……」
「後で話す。……ここから生きて帰れたらだがな」
ようやくギアスから解放されたエリンに肩を貸して引き起こしたドロテアだったが、今はギアスのことを話している暇は無い。
先ほどは困惑している振りをしていたが、ブリタニア人の囚人の多くは笑みを浮かべてこちらを見据えている。
彼等は軍人でもある。何らかの罪を犯して監房入りしていたが、日本人のように抵抗の結果ではなく、一般的な犯罪による。
そんな者達へのエサとして、『ドロテアの首と引き替えに釈放する』等と言う甘言は正に蜜の味だろう。
はじめからそう言った準備をした上で、こちらにドロテア達を連れてきたのだ。
「ふん。そんなに死にたいのならば来るが良い。私もこんな所で死ぬわけにはいかぬからな」
そして、剣を抜き放ち、囚人達をにらみ付けるドロテア。
エリンもそれに続き、二人で剣を構える姿に、それまで笑みを浮かべて居たブリタニア人と状況を察して、生き残るべく武器を手にして日本人達の表情が凍り付く。
ナイトオブラウンズとそれに従う近衛騎士。人類の中でもその武勇においては頂点に位置する人間の恐ろしさを彼等は目の前にしてようやく悟ったのであった。
ほどなく、血に染まり始める地下区画。だが、それを冷めた目で見つめる嚮団員の存在がドロテアに取っては目障りなままであった。
そして、ヴィクトル――V.V.という男の執念深さをそこまで知らぬ彼女は、その偏執めいた悪意を嫌と言うほど味わわされることとなるのだった。
◇◆◇◆◇
基地内部を進むジェレミアと咲世子の様子はG1ベースに余すこと無く送られてきていた。
キョウトより、そしてルルーシュが登極していた折りに手に入れた皇室コードはブリタニア内部のあらゆる情報を手にすることが出来る。
ブリタニア全土の基地構内図もいまやルルーシュの手の内という事実だけは、V.V.やシャルルを持ってしても知り得ないルルーシュとジェレミアのみが知る情報だった。
それでもモニカとドロテアの過去までは知ることが出来なかった点を考えると、シャルルのギアスとそれに伴う情報統制の手腕を素直に褒めるべきであろうか。
逆に、“存在しない過去”など、消去してしまえば良く、残っているのは彼女達の脳内に強引に封じ込められた記憶だけ。
そして、人の記憶というのはゆっくりと忘れられていくモノだった。
「咲世子さん、その先は赤外線サーチが密に張られています。回避が可能であれば回避してください」
『承知しました。迂回路はございますか?』
「待ってください。ルル、ナナちゃん、状況は?」
「大丈夫だ。外に出て救出を急がせろ」
「こっちもOKです。地下水路ゲートへのハッキングは完了しています」
画面を睨みつつ、咲世子に指示を出していくシャーリー。
何度か演習させていたとは言え、予想以上の速度で咲世子とジェレミアはドロテアの囚われている地下区画へと近づいている。
不器用ではあったが、人に対する気づかいや思いやりに長けるシャーリーは意外というわけではないが、全体の動きや隙を見つけるのが上手いのである。
ドロテアとの一騎打ちで彼女の機体を継戦不能にした事を考えると、彼女に発現していると思われるギアス。
過去において、ルルーシュが今際の際のシャーリーに掛けようとした『死ぬな』と言うギアスが何らかの影響を与えているのかも知れず、巧に危険を回避するように動き、それは全体を見通す必要のある場においても力を発揮している。
「分かった。咲世子さん、数メートル進んだところに出口があると思いますから、そこから出た後は目的地に向かってください。監視カメラはすでにハッキングできています」
『承知しました』
シャーリーの指示を受けてさらに速度を上げて突き進むジェレミアと咲世子。
リミットに近づく以上、監視カメラなどへのハッキングは大規模に行っておけば良い。仮に騒ぎが起きる前にそれに気付いても、残り時間で対処されたらお手上げとしか言いようが無いのだ。
「カレン。まもなく、地下水路への進入口が開くから、こちらからの合図があったら一気に突っ込んで。敵のKMFが4機居るから気をつけて」
『了解。でも、交戦したら敵に気付かれない?』
「接敵を前に広域に電波妨害を掛ける。それ以降は通信は困難になるが、指示は基本的にこちらから出す。今は俺達を信じろ」
そして、頃合いを見てカレンに対しても指示を出すシャーリー。
作戦中と言うこともあり、カレンは特にシャーリーに噛みつくこと無くそれを了承するも、疑問もまた口にする。当然のモノであったが故にこちらにはルルーシュが答える。
指揮官はあくまでもルルーシュであり、シャーリーは彼の代弁者という立ち位置である。だが、細かい指示を出すことも許可している。
咲世子達の通路分析などはいちいち了承を得ていてはそのタイムラグが致命傷になる。
状況的にマズいと思えばルルーシュが対処すれば済む。今のところはその必要が無いぐらいにシャーリーはテキパキと指示を出している。
『シャーリー様、ルルーシュ様。まもなく、地下区画に入りますが……』
「どうした?」
『いえ、元々は地下監房だったのですが、どうやら様子が……』
「お前らしくも無い、はっきり言ってくれ」
そんな時、咲世子とジェレミアの両者から歯切れの悪い通信が入る。もっとも、彼等は視覚通信を用いているため、あくまでも文脈的にそう感じるだけであったが。
『はっ……、地下区画が、これは……水没しております』
「……何?」
思いがけぬジェレミアの返答に、ルルーシュは声を上げ、シャーリー、ナナリーも彼の視線を追って投影画面へと視線を向ける。
たしかに、地下へと続く階段の途中に二人の反応があるが、ドロテアの反応もまた地下区画にあるし、警備兵とも思われる反応もある。
だが、それの意味することを察したルルーシュ。そして、シャーリーもナナリーも同時に声を上げる。
「カレンさんっ!!」
「リヴァルっ!! その場でかまわんっ!! 地下水路を砲撃しろっ!!」
「ジェレミアさん、咲世子さんっ!! そこから撤退してくださいっ!! 罠ですっ!!」
即座に思い至った結論。
皆が皆、一応に声を荒げると同時に、皆が皆それにならって動き出す。ただ、一つだけ彼が導き出せなかった結論――それはドロテアの生存であった。
◇◆◇◆◇
「ふうん、下を先に選んだか。さすがに、地下までは届かないか」
暗がりの中で聞き慣れた声が届く。
頭部に袋を被せられている以上、表情を読み取ることは出来ないが、声の主――ヴィクトルのそれから察するに、どうやら黒の騎士団が動き出したのだろう。
モニカ自身、自分達の移送から時を探っており、コーネリアの到着はまだ迎えていないことは分かっていた。
となれば、自分達を救出――と言えば聞こえは良いが、利用するためにやってくるとすれば黒の騎士団。それも、首魁のゼロ以外には無いと考える。
ヴィクトル自身もそれを察しており、騒ぎに乗じて自分達を亡き者とする算段は立てているはず。
とは言え、ヴィクトルにそこまでの戦略眼は無いと思っていただけに、モニカとしては彼が騎士団の動きを読んでいたというのは意外でしか無かった。
「まあいい。また、騒ぎ出してもうるさいから、ロロにさっさと退治するように伝えて」
その声から察するに、騎士団の動きを読んだのはヴィクトルでは無い誰か。それも、精神的な安定とは無縁の人物と思われる。
ヴィクトルの事であるから、様々な人体実験の犠牲者の一人であろうか。だが、それを予測したところでどうにかなるものでも無い。
モニカ自身、ビスマルクやドロテア、ノネットと言った面々と同様に今のラウンズでは古株であるが、個人の武勇においては3人には後れを取る。
自分とドロテアの立ち位置が逆であれば、とうの昔にヴィクトルの首は胴から離れているはずだった。さすがに、ヴィクトルもそれを予期して彼女に対してはとんでもない手段を用いて亡き者にしようとしているようだったが。
「さてと、周囲にネズミたちが悪さをしないウチに駆除しておくべきかな? ジェレミアともう一人は大分手強いようだし」
そして、ヴィクトルの意識はドロテアやジェレミアから、自分と周囲に潜むであろう騎士団の工作員達へと向いたようである。
周囲のブリタニア兵達が困惑するように、潜んでいる者達の気配はほんの僅か。
おそらく、感じ取れたのはモニカ一人であり、ヴィクトル自身は先ほどの犠牲者による情報からそれをくみ取ったのだろう。
「ゼロと言ったっけ? わざわざアリバイ作りの駒を送り込んでくれるんだから彼に感謝しなくちゃだね。君もイレブンに殺されるなんて不名誉を積み重ねるわけだけど、ブリタニアに泥を塗ったんだから当然かな?」
そして、ヴィクトルがモニカに近づき、耳打ちするようにそう告げると、胸元に銃を突きつける。
タチカワ基地に移送されていたジェレミア、モニカ、ドロテアの三名は騎士団の襲撃を受け、交戦中に基地内部に突入してきた工作員によって殺害されるも、基地守備達はそれを撃破した。
元々、日本軍人虐殺犯として恨みを買っていた彼等にとっては自業自得の結果でしか無い。
それが、ヴィクトルの考えたシナリオであろうか。
「程度の低いことを……」
誰が見てもこじつけとしか思えぬ結果であるが、日本のことわざなるもので言えば、『死人に口なし』と言う事だろうか。
そのような言い分にコーネリアが納得するとは思えなかったが、おそらく自分達を処分したらヴィクトルはさっさと帰国するつもりだろう。
その程度の人間である事は承知していたが、この状況を突破するとなると、視界も動きも奪われた状況では運に身を任せる以外には無かった。
そして、モニカの耳に銃声が、胸元に焼けるような痛みが、全身に基地を揺るがす振動が届いたのはほぼ同時のことであった。