どうやら夢では無かったらしい。
クラブハウスに到着した事をジェレミアから告げられ、すぐに睡魔を追い払ったルルーシュはそう思った。
すでに夜の帳は下りている時刻。どうやら、寝入っていたルルーシュとシャーリーを気遣い、少々遠回りをしてきたようだった。
「シャーリー、着いたぞ?」
「うーん、ルル~。って、えっ!? えっ!?」
そして自分にもたれかかるように眠るシャーリーの肩を軽く叩くと、なにやら幸せそうな寝顔を浮かべていた彼女は、ゆっくりを目を見開く。
「ル、ルルっ!? えっと、その大丈夫だったの??」
「ご覧の通りだ。心配を掛けたな」
「ご覧の通りって……。Yシャツが血だらけ……」
「は?」
寝起きを驚きとともに迎えたシャーリーだったが、困惑しつつもルルーシュを気遣う。
元々、好意を抱き合っていた者同士、こうして顔を見合わせるのは感慨深いとルルーシュは思ったが、シャーリーの方は事情が違っていたらしい。
無事である事を証明しようと車から降り、大げさな身振りをしてみたのだが、タイミング悪く外れた制服のボタン。そして、あらわになるYシャツ。
それは、方々が穿たれ、血の跡が黒染み始めている。とは言え、端から見たら血まみれにしか見えないだろう。
「あっ…………」
そして、顔を青ざめさせたシャーリーは静かにそう呟くと、再び座席の人となる。静かな眠りではなく、失神という言う違いはあるが。
「ほわあっ、シャーリーっ!! しっかりしろっ!!」
そんな状況に、急な状況変化に弱いルルーシュは、彼らしくも無い間の抜けた声を上げ、シャーリーに駆け寄る。
そんな二人の様子に、ジェレミアは微笑ましいと思うべきか、呆れるべきなのか、主君を前にして真剣に悩むしか無かった。
ルルーシュにとっての思い人との再会は、思わぬ方向性を見せていたのだが、それでも、彼は二度と戻ってくることは無いと思っていた安住の地。
アッシュフォード学園という鳥籠の中へと帰ってきたのであった。
気を失ったシャーリーを連れてクラブハウス内へと戻ると、ナナリーはすでに休んでいるようであったが、メイドとして仕えている篠崎咲世子は職務を果たすべくルルーシュの帰りを待って居てくれた。ナナリーを一人にしないための配慮だろう。
シャーリーを一旦ソファーに寝かせると、すぐにナナリーの様子を見に行くルルーシュ。かつて、世界を懸けて自分と戦った妹。そして、自分の最期を看取り、その真意を悟ってくれた妹の姿。
シャーリーの姿を目にした時と変わらぬ、もしくはそれ以上の感慨がルルーシュを包み込むが、今は妹との再会を喜んでいる場合では無い。
「遅くまですいませんでした。咲世子さん」
「いえ、ルルーシュ様も急用だったのでしょう? ナナリー様も心配されていましたので」
そして、ルルーシュは傍らに控えたかつての忠臣をねぎらう。この世界にあっても、彼女は誰よりも信頼できる人間の一人だろう。
「それで、シャーリーの事も」
時間を考えれば、シャーリーを寮の部屋へと連れて行くべきだろうが、気を失った彼女を寮に運ぶ時点でルームメイトにどう説明するべきか、また、ルルーシュが行くにせよ、ジェレミアが行くにせよ、面倒くさい事になるのは間違いない。
幸い、クラブハウスにはいくつか空き部屋があり、後々ミレイに話しておけば問題は無い。面倒くささであれば、まだミレイに話す方がマシだというルルーシュの判断でもある。
ジェレミアは、あの生徒会長の気質を考えればルルーシュの苦労が増えるだけだとも思ったが、主君の決定に反抗する気は無い。
「はい、お任せください。……なにやら、積もる話もお有りのようですので」
すでにジェレミアとも面識もある様子であり、自分達のただならぬ雰囲気を察してか、てきぱきとクラブハウスの空き部屋にシャーリーの寝床を用意しに向かう。
メイドは仮の姿であり、本来はキョウトに仕える忍びの当主。いまだ、ルルーシュの正体を知らない立場である以上はメイドに徹している。
今となれば、彼女によくギアスをかけられたモノだとも思うが、それだけ信頼を得ていたのであろう。
「陛下、咲世子には」
「どこまで話してある?」
「アッシュフォード卿とは同志である事。陛下を害する意思はないことぐらいは」
「そうか。……話すべきか。話さないべきか。それから、ジェレミア。今の俺は皇帝じゃ無い。だから、陛下呼びは止めてくれ」
「は……。では、ルルーシュ様。私といたしましては、彼女は信頼できます。キョウトとの伝手も」
「分かっている」
篠崎流の当主とアッシュフォード、ゴットバルトの後ろ盾。この辺りを出せばキョウトと接触することはたやすい。それに、咲世子にとっては日本の解放は悲願でもあるだろう。
シュナイゼルの甘言や日本解放のエサに乗った他の日本人に対し、咲世子は最後まで自分達の側にいた。
個人的な信頼関係も有るが、曲がりなりにも日本を取り戻そうとした事実を彼女は評価してくれたとルルーシュは思っていた。
「ルルーシュ様、シャーリー様の寝床の用意が出来ました。念のため、私が側におつきしますがよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。ただ、シャーリーが落ち着いたら、咲世子さんにも聞いてもらいたいことがあるんですが」
そうしているうちに、寝床の用意を終えた咲世子が戻ってくる。結論は出ていなかったが、それでも彼女に対して隠し事は出来なかった。
「……ルルーシュ様、何かお悩みがあるご様子。なれば、御自身の考えをまとめられてからでもよろしいかと思いますよ?」
「しかし」
「私は、いつでもルルーシュ様とナナリー様の味方ですよ」
だが、そんなルルーシュの心情も咲世子にはあっさりと読み取られたのか、やんわりと同席を断った咲世子に対し、ルルーシュは正直なところ安堵していた。
とりあえず、状況が動きすぎている反面、自分自身もどこかで焦りがあったのかも知れないのだ。
「シャーリーは、咲世子に任せれば良いとして、C.C.はいかがいたします?」
「ソファーで良いだろ」
「おい、ちょっと待て。その女に比べてずいぶんな扱いじゃないか?」
「起きていたのか……」
「狸寝入りを決め込むとは、図太い女だな」
「お前達、初対面の女に対してずいぶんな態度じゃ無いか」
「うるさい。シャーリーが起きるだろ。ジェレミア、ちょっと相手をしていてくれ」
「はっ」
そして、丁寧に寝床を用意されたシャーリーに対し、本人が言うようにぞんざいな扱いが決定されたC.C.が身を起こすと、抗議の声を上げる。
ソファーまで運んで時点で目を覚ましていることは分かっていたが、とりあえずはシャーリーの方が優先であった。
「まったく、親子揃って女の扱いを知らん」
「で、お前はなんなんだ?」
「私はC.C.だ。ほう? 良い味じゃないか」
リビングへと戻り、てきぱきと3人分の紅茶を淹れたルルーシュに対し、C.C.は悪態をつきつつも紅茶に口を付ける。不死身とは言え、出血量の多さを考えれば、水分は必要とするだろう。
「逆に聞くが、お前は何で生きている?」
「ギアスじゃ無いのか?」
「…………なぜ、それを知っている?」
そして、お前はなんだ?と言う、おそらくはシンジュクで成されたであろう会話を改めて行う。
それに対する問答に、それまで不敵な態度を貫いていたC.C.が目を見開く。当然であろう、この世界にあってはルルーシュはギアスを与えられていないのだ。
しかし、それはこの世界にあっては。と言う話。達成人の証であるギアスのオンオフを切り替えたルルーシュとキャンセラーを発動させるジェレミアにC.C.は思わず息をのむ。
「どういうことだ? お前は私がギアスを与える前に」
「そうか。やはり、そうだったんだな」
「私は、再び……」
それに対する三者三様。
意識を失う直前にギアスを与えようとしたC.C.はおそらくはルルーシュの経験とは異なる結末を向かえたのであろう、その事から今の状況に困惑し、ルルーシュは記憶との乖離を鼓動の高鳴りとともに受け入れ、ジェレミアは再びの主君を散らしたことを嘆く。
「それでどうする? このことをマリアンヌに告げ、再び手を結ぶか?」
「……お前、どこまで知っているんだ?」
「さてな? お前の本名ぐらいまでかな?」
そう言った刹那、C.C.は眉間にしわを寄せると、突然ジェレミアが膝をつく。
「な、なんだと? こ、これは……っ!?」
「ジェレミア!? っ、ショックイメージか?」
「?? なぜ、お前には通じない? それになぜ?」
「だから、知っていると言っているだろ? 大丈夫かジェレミア?」
やや軽率であったのか、C.C.の激発を誘発してしまったルルーシュのミスに対する報いは、傍らに立つ忠臣へと直撃していた。
とは言え、ジェレミアも過去の悲劇や痛みを思い返しつつ、全身に脂汗を浮かべながらフラッシュバックに耐える。並の武人では無い彼だからこそであり、常人であれば発狂しかねない衝撃に耐えることが出来たのであろう。
「お前、まさか……。いや、どういうことだこれは?」
「どうした?」
「……お前、ギアスのことは知っていると言っていたな? それでは、コードのことは?」
「そちらはそれほどでも無いな。不老不死の肉体、ギアスを他者に与える力、ショックイメージで相手にダメージを与えること、それとCの世界への干渉だったか?」
「それらを使うことは?」
「何を言っている? 出来るわけが無いだろう?」
「…………V.V.に起きた変化の原因はこれか」
そんなC.C.の様子に困惑するルルーシュであったが、コードのことをC.C.が口にしたことでおおよそのことは理解していた。
「陛下、V.V.は嚮団を離れ、表舞台に立って居るのです」
息を荒げつつも口を開いたジェレミアの言は、ルルーシュにとってはコードのこと以上に衝撃であった。
シャルル以上に残酷で手段を選ばない男が表舞台に立つ。それが意味するところは、過去の世界以上に自分達の危機は増していると言うことであろう。
表舞台に立つ以上はそれなりの準備もされて居るであろうし、嚮団のギアスユーザーを野に放っている可能性もある。
「……俺がコードを奪ったと言う事か?」
「だが、お前にコードを感じることは無い。と言うより、そこのお前、お前も知っているのか?」
そんなC.C.の言に対し、ジェレミアはルルーシュに対して視線を向けてくる。話して良いか?と言う事だが、ルルーシュ自身、C.C.に対して隠し事は無駄だと言うことは分かっている。
傍若無人な態度をとる反面、他人の心の機微には敏感であるし、何より、隠し事をして逃げられてしまっては厄介でもある。
さらに言えば、C.C.もルルーシュにとっては大切な人間の一人である事に変わりは無いのだ。
「俺もお前が今までどう過ごしてきたのかは気になる。話してくれ」
「御意」
そんなルルーシュの言に、ジェレミアは静かに肯くと、三人はソファーへと腰を下ろす。
夜の帳は濃さを増していき、静寂が周囲を支配していく。