「副総督を辞任したいだと??」
シュタットフェルト家を訪れていたユーフェミアが政庁に戻ったときにはすでに夜の帳は落ち始めていた。
とは言え、総督たるコーネリアや騎士であるギルフォード、側近であるダールトンには休息の時間などはほとんど無い。
官僚達を下がらせた後も、来たるべき黒の騎士団との戦いへの備えに加え、先日のキュウシュウ戦役以降、沈黙している中華連邦への備えも必要になって来る。
そして、ユーフェミアがスザクを下がらせた上でコーネリアの執務室を訪れたときは、タイミング良くギルフォードもダールトンも席を外していた。
「ユフィっ!? シュタットフェルトに何を吹き込まれたのだ??」
シュタットフェルト邸から戻り、最初に口にした辞任願いにコーネリアは目を丸くして身を乗り出すようにユーフェミアを咎める。
当然、反応は予測していたユーフェミアはそんな姉に対しても笑みを崩さぬまま口を開く。
「彼の話を聞き、私はまだまだ自分の理想を実現できる力は無いと言う事を改めて実感しました。副総督になってからもお姉様達に守ってもらうばかり。本来であれば、キングスレイ卿の暴走なども私が止めねばなりませんでした」
当時の責任者は総督代行であったジェレミアだったが、副総督が内定したユーフェミアは事件当時エリア11に居り、ユーフェミアかジェレミアかという歪な権力構造が解消されても居た。
暴走するヴィクトルを掣肘した面はあったもの、最後はずる賢いヴィクトルに出し抜かれる形でドロテア、モニカの両名は害され、結果として両者が追放される結果になった。
もちろん、この咎は暴走したヴィクトルにあるし、三人の名誉回復もしなかったシャルルにも責任はある。
とは言え、ユーフェミアが無力であるが故にヴィクトルに勝手を許したと言う風聞はいくらでもある。
そう言った背景からキュウシュウ戦役などの際には、内政を託されているが、相手は良くも悪くも百戦錬磨な腐敗官僚達である。
腹心とも言えるブレーンの居ないユーフェミアを出し抜くなど容易いことでもある。
当人は何とか上手くやれたという気持ちはあったが、その辺りの現実もルルーシュ達に突き付けられ、同時に現状に不満を持っていたり、真摯にユーフェミアに尽くしてくれそうな官僚達が居ることも教えられた。
シュタットフェルトに会う前にはそう言った者達と話す機会は得ていたが、彼等から特区に対する意見や問題点を吸い上げてもらっても、中々粗が多いと言う事が現実であった。
さらにユーフェミアの背中を押したのは、シュタットフェルトの言も含めてであったが、話をしに行った官僚達の現実でもある。
コーネリア自身は今の腐敗官僚達の汚職を握っており、エリア11を平定した際にはNAC諸共彼等を粛清してユーフェミアにバトンを渡すつもりであった。
だが、それで蓋が取れるかと言えばそうでは無い。
コーネリア自身は自身が信頼できる人物達を本国から呼び寄せる準備をしており、元々親日的と言うべきか、融和的とも言うべき官僚達は、上役達の粛清に連座して本国に戻される可能性が高いと言うのだ。
これは、シュタットフェルトの妻、タリシアの実家であるローマイア家が政界に太いパイプを持つが故に裏付けを持ってユーフェミアに告げたことであり、彼女が今ブレーンを作り出したとしても徒労に終わる可能性が大きかった。
姉としても、総督としても頼りになるコーネリアの存在は、ユーフェミアが一人の少女としてならば誰よりも頼りになる存在だったが、皇族・指導者として理想を抱くユーフェミアにとっては、逆に巨大な足枷でもあった。
そして、シュタットフェルトの言を借りるのならば、ユーフェミアにとってはコーネリアもまた政敵とも成り得るのである。
「事務次官達のような高官だけでなく、現場の官僚達とも話し、仕事をする機会を持ちました。末端の苦労も考えずに、夢を見るのは難しいとも」
「それで、副総督を辞任してどうしようというのだ? 末端の官僚にでもなるつもりか?」
「さすがにそれは……。もしよろしければ、地方の知事か首長職を任せて頂けるよう、シュナイゼルお兄様に言伝願えませんか?」
「兄上に? エリア11であれば私の権限でねじ込めるが」
「それだと、やはりお姉様に甘えてしまうと思います」
「私はかまわぬが……」
コーネリア自身、ユーフェミアを手元から離すことなど断腸の思いである。
エリア11を任せたいというのも、サクラダイトという経済的基盤があれば本国の貴族どもも軽んじることなど出来はしないだろうという思いがあったからだ。
しかし、ユーフェミアの口ぶりからすると本国の地方長官辺りの役職を推薦して欲しいというのが本音だというのはコーネリアにも理解できる。
オデュッセウスやシュナイゼルを信用しないわけでは無いが、彼等を取り巻く貴族達は別である。
自分の庇護下にない皇族など、競争相手としか見ない可能性は十分に有る。
「お姉様。お姉様は私を思い、今日まで私を守ってくださいました。その事には感謝しております。だからこそ、私はお姉様のお力になりたいのです」
「お前が笑顔で側に居てくれるだけで私は戦えるのだ。いや、それだけでは無い、私の目の届かぬところにお前がいて、もしお前を失うことになったら私は……」
年齢差のある姉妹である以上、天寿を全うすれば先に死ぬのはコーネリアだろう。そうでなくても、戦場に出て居る以上はコーネリアの方が死ぬ可能性は高い。
だからこそ、コーネリアにとっては自分を残してユーフェミアが死ぬと言う未来が何よりも恐ろしかった。
「お姉様、私を思ってくださることには感謝をしております。ですが、今までお姉様が平定した地に、私たちのような仲の良い姉妹が居なかったことがあったでしょうか?」
「…………なにっ!?」
「国是にならい、エリアを広げる過程において、犠牲になった人々の中にも私たちのように仲の良い姉妹は居たと思います」
「しかし、戦場においては犠牲は付き物だ」
「その通りですわ。だからこそ、私たちはお互いの死を引きずったり、他者を害する動機にしてはならないのだと思います」
そう告げたユーフェミアは笑顔ではあったが、その笑みはどこか寂しそうでもある。
実際、コーネリアが日本に赴いたのは、レジスタンスの激しい抵抗が有り、クロヴィスの仇討ち、そして、ルルーシュとナナリーが死したる地という背景がある。
過去においては、サイタマゲットーにおいて虐殺に手を染めたように、彼女の行動原理には、“仇討ち”と言う大義名分を持って殺戮を正当化する向きがある。
ユーフェミア自身は敬愛する姉の唯一とも言える欠点だと思っていたが、それでも姉の気持ちを考えてこれまで口に出せては居なかったし、特別口にすることもでないとは思っていた。
しかし、さすがのユーフェミアでも、コーネリアの中で自分の存在がおかしな方向に大きくなってしまっていることを察せざるを得なかった。
愛情も過ぎればそれは執着になってしまう。
ルルーシュやスザクもそれに呑まれてしまった結果、悲しい結末を迎えたとも言えるのだ。
「…………ユフィ、お前は私にゼロと、日本人との和平を望んでいるのか?」
「そこまでは言いません。実際、テロを持ってブリタニアの民間人を害する人間も居ります。ただ、ルルーシュやクロヴィスお兄様を戦う理由にはして欲しくないですし、もし、私の身に何があっても、私をその列に加えて欲しくないのです」
本音としては、ゼロ―ルルーシュとコーネリア、そしてスザクが手を取り合ってくれる事はユーフェミアの理想の未来である。
しかし、コーネリアとスザクはゼロを認めないであろうし、ルルーシュはルルーシュで、二人と分かり合うことは不可能だと諦めても居る。
かつてのユーフェミアであれば、ルルーシュの気持ちは特に考えず、二人との和解を求めたであろうが、すでにそれはルルーシュによって拒絶されてしまっている。
そして、どちらも折れぬと分かった以上、ユーフェミアに出来ることは、ルルーシュとスザクが互いに殺し合うことを避け、かつ、ルルーシュとコーネリア。そのどちらかが倒れることを見ないようにするしかない。
逃げと言われようとも、ユーフェミア自身に出来ることは無い。そして、ユーフェミア自身は、コーネリアの敗北を予想しているからこそ、自分の存在が彼女の足枷になることを恐れた。
覚悟を決めたとなれば、ルルーシュはコーネリア最大の弱点になるであろう自分を必ず狙う。今までであればそれでも戦って来れたであろうが、黒の騎士団はさらに勢力を増し、コーネリア軍団でも無視できない存在に成長しつつあったのだ。
「……少し、考えさせてくれ」
「お姉様……」
「単なる私のわがままだ。お前の願いはたしかに受け取った。決断するまでの時間が欲しいだけだ……」
瞑目しつつそう告げたコーネリアに対し、はじめは気落ちしたユーフェミアであったが、寂しく笑いつつ再び口を開いたコーネリアの言にようやく安堵する。
「ギルフォード、今日は少しユフィと話をする。ダールトンにももう休むよう伝えておいてくれ」
『姫様? ……承知いたしました』
席を外していたギルフォードにそう告げるとコーネリアは備え付けの紅茶を取り出し、丁寧に並べていく。
その様子に、ユーフェミアもまた無言で寄り添い、準備を手伝っていく。
総督と副総督としての話は終わり、ここからは姉妹としての話になっていく。そして、それが出来ることがこの先有るかどうかは、二人にも分からなかった。
◇◆◇◆◇
ユーフェミア・リ・ブリタニアの本国赴任が発表されたのはそれから数日後の事であった。
G1ベース内部で黒の騎士団幹部達とユーフェミアの会見を見るルルーシュの表情はなんとも複雑なモノで有った。
「要するに、夏休み中に日本に遊びに来ていたって事か?」
「あんたじゃ無いんだから遊んでいたわけじゃ無いでしょ」
会見の中で、学業への復帰とその後の赴任先に対する言及を聞いた玉城がのんきに口を開くが、カレンが呆れ目になりつつそう応じる。
実際のところ、ユーフェミアはまだ16歳であり、副総督在任中も専門の家庭教師は付けられていた。
とは言え、期間は夏から秋にかけてと言うところであり、進路等々への影響が出てくる冬を前に帰国するというのは特段珍しくも無い。
「ルルーシュ様、これは」
「まあ、手土産だろうな。俺がユフィを持て余している事まで掴んでいるのか」
キョウトや政庁内からのリークに寄れば、発端はユーフェミアからの提案のようだが、十中八九シュタットフェルトの進言によって動かされたと見て良いだろう。
コーネリアとしてもそれが分からないわけでは無いだろうが、あれで強情なユーフェミアが言いだしたとなれば最終的には折れるしか無いのがコーネリアである。
「実は妹より言伝がございまして」
「ユフィの赴任先か?」
「はっ。公式ではありませぬが、オデュッセウス、シュナイゼル両陣営より非公式に働きかけがあったと。もちろん、ユーフェミア様への言及はありませんが」
ゴットバルト辺境伯の所領はブリタニア本国にも当然存在するが、帝都ペンドラゴンからは遠き西海岸沿いにあり、政治的な影響は薄い。
しかし、ジェレミアと共に事実上ブリタニアから追放されたモニカ、ドロテアの実家であるクルシェフスキー家、エルンスト家の領地も近郊にあり、両者の追放によって粛清を恐れた親類縁者がEUに亡命したため、政治的な空白が生じつつある。
当然だが、オデュッセウス、シュナイゼル両陣営の貴族達の権力闘争からユーフェミアをこの地に送り込み、後ろ盾としての実効支配を目論んでいるのだろう。
「ユフィ自身も地方長官や首長職を求めているとも聞く。双方の貴族からしたら渡りに船というわけか」
「加えてもう一つ、問題がございます」
「……“ゲットー”だな?」
ユーフェミアが望んだとなれば、とりあえず、叶えてやろうと動くのがシュナイゼルである。加えて、周囲の要望に応える形となれば彼は簡単にユフィの“遊び場”を提示するだろう。
支配者を失って混乱する地方。そして、その地に済む原住民や有色人種などが押し込まれた“ゲットー”。
ナンバーズから見ればワンランク上の地位にある彼等であったが、扱いに関しては同等、むしろ、直接弾圧に晒されるため、より厳しい暮らしを強いられているとも言える。
ジェレミア達の領地には、そう言った難しい要素がいくつも存在していたのだ。
「たしか、アーニャのアールストレイム家も遠くない場所にあったな? ふ、お前達、実はシャルルに警戒されていたのではないか?」
そう言って不敵に笑うルルーシュに、ジェレミアもモニカもドロテアも苦笑するしか無い。今となっては当然かとも思うモノの、当初捧げていた忠義もシャルルにとっては何の意味も無かったと言う事になる。
「それで、どうするんだゼロ? お姫様は帰るみたいだけど、姉姫はまだ残っているぜ?」
「どうするもこうするもないさ。我々はコーネリアとの決着を付け、日本を解放するまでだ」
「いよいよ、決戦というわけか」
「急くわけじゃ無い。扇とヴィレッタをキュウシュウに送ったばかりだし、現地のレジスンタンスがまとまるまでの時間も必要だ」
キュウシュウ戦役において九州地方のレジスタンス達とのコンタクトに成功し、現地をまとめるために扇を送り、負傷から復帰したヴィレッタを補佐として送り込んでいる。
お人好しな扇であったが、ヴィレッタならば上手く操縦出来るだろうし、懸念していた実戦指揮官としての役割も託せる。
加えて、ルルーシュとしては、過去において不幸にしてしまった両者に対する一種の償い染みた気持ちもある。
自分が利用した結果、重きを背負わせ、辿り着いた行き先は決して平穏なモノでは無かったと言う話はジェレミアからも聞いている。
もちろん、ルルーシュとしては自分を裏切った事に対するわだかまりもあるにはあったが。
「以前も言ったと思うが、仮にコーネリアを打ち破り、日本を解放したところで待っているのはブリタニア本国軍の反撃だけだ。それをも撃破出来るほど我々の戦力は豊富では無い」
特区の悲劇に端を発したブラックリベリオンもあと一歩で成功にこぎ着けたが、ルルーシュ自身の甘さもあって最後の最後で頓挫している。
とは言え、仮にナナリーが攫われず、最後までルルーシュが指揮を取ったとして、ギルフォードを倒して政庁を占領するまでは可能だろう。
しかし、暴徒と化した日本人達の暴走は明らかであり、そうなれば現地ブリタニア人の協力を得ることは不可能。
加えて、消極的とは言えオデュッセウスを中心としてはブリタニア本国からの増援が来襲する可能性は十分にあった以上、最終的には鎮圧されるのが関の山だっただろう。
ルルーシュとしては、そのままシャルルを討つべく行動するつもりであり、その後の日本のことなどどうでも良かったというのが当時の本音だったと思う。
しかし、今回は違う。
日本の解放は既定路線であり、解放してすぐに奪還されては意味が無い。
「モニカ達が動いていたのはそれだろ? 中華やEUだけじゃ無く、ユーロブリタニアすら動かすって言う」
「ユーロブリタニアはどちらかと言えばこちらの意図通りに動かせればと言うだけだがな。中華に関しても、キュウシュウ戦役のように横槍を入れられては敵わない」
「現状は私や桐原公、宗像公等で動いております。必ずや吉報をお届けいたしますから、あなた方は来たるべき時に備えて頂きたいのです」
吉田の言にルルーシュとモニカが応じると、他の幹部達も一様に肯く。
皆、来たるべき決戦が近いことは感じ取っているようだったが、それでもまだまだ戦うための覚悟が固まりはじめたばかりの者ばかりである。
準備はしすぎるほどでもまだ足りないぐらいであるのだ。
そして、G1からそれぞれの役務へと戻っていく幹部達の中で、ルルーシュはカレンと永田を呼び止める。
二人とも、自分達が呼び止められたことでルルーシュの用件が何なのかは容易に想像が付く。
「分かっているとは思うが、シュタットフェルトと会うことにした。場所と時間は二人を通じてシュタットフェルトに指定させてくれ」
「呼び出さなくて良いの? なんだったら私が無理矢理にでも」
「カレン、今回はシュタットフェルトさんが真意を探られる側だ。余計なことをしたらルルーシュは即座に切り捨てる。だからこそ、誠意を見せるためにもシュタットフェルトさんが迎え入れる必要があるんだ」
「へえ? でも、あの男になんか任せたらルルーシュと会った瞬間にコーネリアが現れたりするんじゃ無い?」
「そうなったときはお前の出番だ。父親を取るか、俺を取るか。即座に決めてもらうぞ?」
「言われなくてもルルーシュを選ぶわよ。今更何を言っているの?」
「母親はどうする?」
「あ……」
「そう言う事だ。シュタットフェルトが俺の味方をしたいならば、カレンとかな子さんの安全ぐらいは確保するべきだ。となれば、俺を売るなんて出来るはずも無いし、それを証明しなきゃならない」
実際のところ、カレンのウィークポイントは母親の存在だった。
ルルーシュがナナリーやシャーリーという弱点を抱えているのと同様に、カレンもまた大きな弱点を抱える。
恵まれた立場にあるが故の弱点だったが、それはシュタットフェルトとしても同様になって来る。彼が妻と娘を捨ててでもルルーシュを潰しに来るのであれば、それはそれで見上げた忠誠心でもあるが、二度とカレンと親子に戻ることは出来なくなるだろう。
そして、こんなことを考える以上、ルルーシュもまた、カレンの父親としてのシュタットフェルトを信用したいという気持ちもまた存在していたのだ。
週1更新すら出来ずに申し訳ありません。先の展開は浮かんでいるのですが、それを文章に起こす時間や体力がどうしても。。。
言い訳になってしまいますが、何とか完結を目指しますので今後もよろしくお願いします。