沈み行く数隻の艦艇達。
動揺に沈み行く夕陽に照らされ、いまだに黒煙を上げ続ける海の勇者達。そんな彼等を抱きかかえるよう浮かぶ環礁の奥にある島に作られた施設群も同様であった。
旧日本海軍残存艦隊が潜む通称“朧”。
文字通り、太平洋の波間に隠れるように存在したその環礁は巨大地震の生み出した異常気象に守られ、今日まで発見されることは無かった。
日本解放戦線やレジスタンス達が神出鬼没の戦いを続けられたのは太平洋の波間に潜む彼等の力が大きかった。
しかし、その力も今日潰えた。
その光景を紅蓮のコックピットで見たカレンは、声を発すること無く拳を握りしめる。
『カレン。それから玉城達もご苦労だったな……』
憮然としたまま通信を受けたカレン。そして、名誉ブリタニア人を名乗って彼女と共に行動している玉城や永田に対して言葉を継げるルルーシュは、その様子に声を落とす。
「別に良いわよ。命令でしょ?」
『ああ。俺が、お前達に同胞を殺すよう命令した』
「お偉いさん同士で話が付いているなら、後はあんた達がやる事よ。今回の戦いで死んだ人達が……、日本のためになるんだって事を納得出来るような説明をすることがね」
『そうだな。これからはこの秘匿回線でのやり取りになる。傍受の危険がある以上、頻繁なやり取りは難しくなるが、長くは掛からない』
ルルーシュとシュタットフェルトの取引の場に自分も居た以上、納得しなければならないことはカレンも分かっていた。
シュタットフェルトは、自分の信用の証として騎士団にコーネリアとの戦いに勝利をもたらす事を約束した。
ただし、こちらとしても無傷というわけにはいかなかった。
『コーネリアの信用を得るべく、ジェレミア卿が残した官僚達。それと、太平洋にて姿を消した海の英雄達。彼等の一部を差し出してもらいたい』
シュタットフェルトはルルーシュに対し、そして彼等を抱えるキョウトに対してそう告げた。
ルルーシュもキョウトの老獪達もまた、出来すぎた申し出である事を自覚しつつ、それを了承した。
カレンが知る事実はそこまでのこと。
この先はルルーシュやキョウトの老獪達。それから、シュタットフェルトが考えることであり、自分はそれまでブリタニアの犬になって日本を、日本人を裏切り続ける。
ルルーシュはこれが最初で最後だと言ったが、コーネリアの靴を舐める以上、それが許されるとも思えなかった。
『ルルーシュ、カレン。コーネリアからの通信だ』
『分かった。……上手くやってくれ』
永田からの通信にルルーシュは頷き、カレンに対して視線を向ける。
無言のままカレンはその視線を一瞥すると、すぐに画面を切り替える。抗議というつもりも無いが、特に何かを言う気にもなれなかった。
そこには、似たような雰囲気を持つ女性の姿が映し出される。
コーネリア・リ・ブリタニア。
幾度となくその姿は目に焼き付けてきた敵の総指揮官。
学園祭で直接目にする機会はあったが、妹と一緒に居たときの柔らかい目元も鋭く意志の強そうな今の表情は“良く似ている”ように思える。
『シュタットフェルト。ご苦労だった……。名誉ブリタニア人の諸君も良く戦ってくれた』
「恐悦至極にございます」
カレンの返答にコーネリアの眉間がピクリと動く。
『それは私に対する嫌味か?』
「そのようなつもりはございません。ただ、生みの母より、最上級の礼であるとおしえられました」
日本人の言葉で礼を述べるカレンをにらみ付けるコーネリアだったが、カレンはあくまでも深窓の令嬢を装いそれに答える。
散々継母から嫌味を言われ、アッシュフォードで病弱を装い続けたカレンにとって、戦闘時に暴れられる事を考えればこの程度の演技は容易い。
とはいえ、腹の立つ事に変わりは無い。コーネリアに嫌味の一つも言わせてもらいたいと言うのがカレンの本音だった。
『父親同様、食えない娘だ』
「いえ、私はまだまだ父には及びませぬ」
『……まあいい。今回の事で貴様等の実力は理解できた。黒の騎士団との戦い、期待しているぞ』
「いえす、ゆあ、まじぇすてぃ」
どうやらコーネリアはシュタットフェルトが苦手らしく、カレンの演技も気に入らなかった様である。最後の答礼も妙に日本語的であった事で苛立ちは余計に募ったかも知れない。
その後、ダールトンから帰還後の日程を聞かされ、通信を終えたカレン達。ふっと、息を吐き出し、ベルトを外して寝転ぶように背中を預けたカレンは、普段以上の疲労感を自覚していた。
『カレン、頼むからやり過ぎるなよ?』
『聞いてて冷や冷やしたぜ』
双方のやり取りを黙って聞いていた永田と玉城が呆れたような表情で通信を繋げてくる。
「永田さんはともかく、玉城には言われたくないんだけど?」
『んだよ。俺だってちゃんと言われたとおり黙っていたじゃねえか』
「永田さんが何回も通信妨害をしていたんだから当然でしょ」
『何っ!? だから、俺が何言っても無視されていたのかっ!?』
永田の慎重な口ぶりも、玉城の放言もこれまでは聞き慣れていて面倒に感じていたが、こうして敵地に来ると安心できるのだから不思議なモノだった。
実際、気は張り詰めている事は間違いない。
『黙っていないじゃないか……。それにしてもカレン、気持ちは分かるが、挑発もほどほどにな? 俺達は』
「コーネリアの信用を得なきゃならない。ルルーシュからも何度も言われているわよ」
『あのブリキ女が俺達を信じるとは思えねえけどな』
「そのブリキに私達はなっているのよ……」
そう言ったカレンの言に、二人だけでなく話を聞いて笑っていた騎士団員達……全員が永田と同じく名誉ブリタニア人であり、それまでの生活を捨ててレジスタンスや解放戦線に身を投じ、黒の騎士団に加わった者達である。
一度は祖国を裏切った身。そんな気持ちが全員に共通しており、今回の作戦は2度目に裏切りのようにも感じてしまうのだろう。
カレンもまた、ブリタニア人として学校にも通えていた恵まれた立場であったからこそ、忸怩たる思いも強い。
ただし、そう言った出自が役に立つ事で、過去に決着を付けさせたいと言うルルーシュの意図も分からないでもない。
それにしては、犠牲を甘受させ、さらに重いモノを背負わされたようにも思えるが。
「母艦に帰投するよ。玉城、喧嘩を売るんじゃ無いよ?」
そう言うと、カレンは先ほど航空隊が投下していったフロートユニットを機体に接続させる。
同じ紅蓮型であるが、やはり普段載っているモノとの違いは肌で感じもする。
シュタットフェルトはカレンの素性を巧に隠していたようだが、紅蓮の機動を見ればコーネリアやダールトンなどの武人達は引っ掛かりを覚えるはずだ。
紅蓮はさすがに目立ちすぎるため、今回はシャーリーが載っている壱型にアッシュフォードの手で偽装が施されているが、精々目くらまし程度だろう。
そのため、自分が感じる違いが彼等に対する目くらましになってくれれば良い。
そんな事を思いつつ、カレンは自分の胸の奥にある引っ掛かりを封じ込め、ブリタニア艦隊の下へと機体を舞い上がらせた。
その様子を見つめる複数の視線を感じながら。
◇◆◇◆◇
空母へと着艦して行く一部隊。
数名、艦砲にて落とされたが、瞬く間に敵拠点を制圧し、目標であった最新鋭潜水艦の撃沈にも成功している。
「どう思う?」
その様子を見つめたコーネリアは、先ほどまで対峙していた令嬢の姿を思い起こしながら傍らに立つダールトンとギルフォードに問い掛ける。
「あれだけの才を持つ者が隠れていたとは。正直、驚きしかありませんな」
「ダールトン。私に対して腹芸は不要だ」
「申し訳ありません。ですが、姫様の申すとおり、似ておりますな」
「私も同様です。騎士団の赤きKMFの動きを思い起こさせる……」
二人の言にコーネリアは重々しく肯く。
黒の騎士団の象徴とも言える赤きKMF。
その禍々しき姿を持って多くのブリタニア騎士達を屠ってきた存在。
ドロテアやジェレミアと言ったブリタニア有数の騎士達にも比肩する存在であり、コーネリアとしても対戦を望んでいた相手でもある。
だからこそ、その挙動は目に焼き付いていたはずである。
だが、時折、通信越しにもたらされた荒々しいパイロットの言動と今の令嬢の様子は似ても似つかない。
当然、演技という可能性もあったが、彼等は自らの手でイレブン達を屠って見せた。
これ以上ない戦果であり、自身の立場の証明とも言える。加えて、残党達の抵抗も激しかった。
自沈した潜水艦や軍艦。破壊された基地内部でも激しい抵抗があり、最終的には機密情報とともに、全員が自爆して果てている。
特に、名誉達の部隊はカレン・シュタットフェルトの呼びかけが戦端を開くきっかけとなった事もあり、すべての砲火が集中したと言っても良いほどの攻撃である。
埋伏の毒と言う可能性もあったが、それでも、お互いが激しく憎み合い、殺し合ったという凄惨な光景でもあったのだ。
「姫様、まだまだお疑いでしょう。彼奴等の踏み絵はまだまだ用意してあります」
「ああ。休息を取らせた後、出撃させろ。仮に、騎士団のネズミであったとして、帰る場が無くなるほどにイレブンどもを屠らせるのだ」
懸念はある。
だが、島国に生きてきた民族である分、イレブン達は同胞意識が強い。そして、勝利のための謀略であったとして、同胞を殺戮した者達をイレブン達が受け入れるかどうか。
ゼロがどういった手管を巡らせてくるのかは分からなかったが、自らの手駒をこちらに手渡してきたというのならば、有効利用するだけであった。
「さて。状況を説明してもらおうか。ミヒャエル卿」
そして、名誉ブリタニア人部隊に対する方針を決したコーネリアは、ようやく呼び出しに応じたユーロブリタニアへと意識を向ける。
宗主たるヴィランス大公が姿を消した今、ユーロブリタニアの国政は大貴族連合に委ねられているが、元々、ヴィランス大公を中心としてまとまってきた貴族連合である。
ユーロピア討伐という大目標を有するとは言え、国政に至っては利害の対立が常に存在する者達。
現状、ヴィランス大公の片腕としてその調整に当たってきた、ミヒャエル・アウグストゥスの表情も冴えないモノであったが、元来ブリタニア本国への対抗心が強い男である。
疲労の色を隠しつつ、コーネリアに対しても臆することの無い視線を向けてきていた。
◇◆◇◆◇
カレンの冷たい視線が自分達に突き刺さった事に背中に冷たいモノを感じたルルーシュ達は、その通信が途絶した後も引きつった表情を向け合うことしか出来なかった。
「片瀬一派に続き、背負うモノが増えましたわね。ルルーシュ様」
「神楽耶様……」
沈黙を破ったのは、やはりこの場において最も高貴な地位にある少女、皇神楽耶の冷え切った声であった。
「コーネリアに、末はブリタニアへの勝利のため、たしかに大義はございますわね。ですが、禁を犯した者達を粛清するのならばいざ知らず、日本の、ひいては世界のために戦うはずだった命まで犠牲にする。…………背負いきれますか?」
伏し目がちにそう語り、最後は氷の如く澄み切った目でルルーシュを見つめる神楽耶。
彼女自身も、シュタットフェルトとの取引に反対したわけでは無い。ただ、彼女の目にルルーシュの逡巡が見えたのであろうか。改めて、犠牲に見合うだけの未来を導き出せるのかと問い掛けているのだろう。
桐原達の意見を挟ませる事も、同席したジェレミアやモニカ達にも口を挟ませない。
この場においては、暫定的にも君主同士の会話であると、彼女は態度で示している。
「作戦は前に語ったとおりです。こちらの戦力を差し出すことで、コーネリアはカレンやシュタットフェルトを信用する……。難敵に勝利するため、我々は鬼にならねばならぬということです」
「そのための艦隊、そして兵士達と言う生贄にございますか」
「これで終わりではありません。ブリタニアに組みし、こちらに対する埋伏の毒となっているレジスタンス。さらには、騎士団員。それらの多くを捧げた後」
「決戦を挑む。と言う事ですね?」
「コーネリア達からすれば、こちらの一斉蜂起に備えた戦力を削り取り、焦った我々が最後の決戦に挑んできたと」
大切なのは結果であると突き進んだ末に待っていたのは破綻。
それはルルーシュ自身が生み出した過ちの結果だったと思う。とは言え、犠牲を払わず勝利を得ることはルルーシュといえども不可能。
そして、神楽耶やキョウトの重鎮達は、“過去の彼等”とは異なる。ジェレミアやモニカもまた、軍人として戦場での犠牲は甘受し得る。
ルルーシュ自身、過去にはそう言った彼等が持ち得ていた覚悟を悟ることもせず、一人で抱え込むことしかしてこなかった。
「そして、激突する騎士団とコーネリア軍……。先鋒を務めるのは、おそらくは」
「カレンの搭乗する紅蓮壱型でしょうね」
「カレンさんに重きを背負わせる事になりますね……。それも、貴方の計画の一つですか?」
「黒き紅蓮壱型に率いられた名誉ブリタニア人部隊が我が黒の騎士団へと突撃し、赤き紅蓮弐型がそれを討ち果たす。そうして、解放された名誉ブリタニア人達は黒の騎士団に合流。その先頭にあるのは」
「そこで、カレン・シュタットフェルトは死に、紅月カレン……日本とブリタニアの血を引く、新たな時代の象徴が表舞台に立つことになる。ゼロという記号でも、キョウトという影でもない日本。そして、侵略者としてのブリタニアでは無く、とも戦う同士としてのブリタニア。双方の象徴がな」
スザクが先日口にしたような否定では無く、古き時代の象徴達とともに戦う新たな象徴。
シュタットフェルトは、そしてキョウトの老獪達は当初は枢木スザクに、そして、紅月ナオトにそれを託すつもりであった。
しかし、そこにあるべき男達はすでに失われた。
だが、それを引き継ぐべき存在があるならば、それを成すことが今を生きる人間の役目である。
この世界において、自分達と邂逅したその時からカレンに対して告げていた未来図。
最後まで彼女はそれに納得してくれなかったが、なにも彼女が元首となるモノでも無い。その地位には生まれ置いたときから覚悟を持って今日まで生きてきた少女がいる。
「積み上げた功績と流れた血。仮に、カレンさん達の埋伏を見破られたとしても、コーネリアは彼女達が帰る場所は無くなったと考える」
そうして、神楽耶は瞑目する。
それでもなお、同胞へと刃を向け続けるならば、コーネリアはようやくカレン達を信用するだろう。
そして、それは決戦の場においても同様。
カレン達は騎士団に対しても手を抜くこと無く攻撃を掛けてくる。そうしてこちらは上手く負ける。犠牲は覚悟の上。上手く負けるとはそう言う事だった。
「一人が背負うには重すぎる未来でございますね。ですが、引き出す勝利は日本の未来を描く」
「ええ。そして、彼女一人に背負わせることなど、私が、私達がさせませぬ」
「ふふ、そうですわね。そのために、ルルーシュ様が、騎士団の皆様が、私たちがいるのですね」
そこまで言うと、初めて神楽耶の表情が和らぐ。
釣られて笑みを浮かべるルルーシュであったが、それは互いに一〇代の少年少女が持つべきであろう朗らかな笑みでは無く、権謀術数渦巻く政治の世界にあって、尚も自らの野心や大望の行く末を見た者達が浮かべる獰猛な笑み。
周りの大人達は、改めて両名に対する認識を強める。それまで、象徴という名の傀儡であった少女もまた、ゼロという希代の策謀家に当てられて、一国の君主として目覚めはじめていると言う事実に。
そんな二人のやり取りを見つめる視線。
キョウトの老獪達でも、ブリタニアの精鋭達でも無い。この場において、最上位に位置する二人に対しても、怒りの炎を宿した視線を向ける者達。
その怒りの炎が向けられた先にある結末。それが分かっている者は、この場においてはただ一人しか居なかった。
更新が遅れて申し訳ありません。