ブリタニア本土との連絡が取れなくなった。
コーネリアが宣言したヤマト同盟討伐日を前にニワカに騒ぎはじめたエリア11―日本国内をさらなる混乱と動揺に巻き込まんとする情報をもたらしたのは、コーネリア等エリア11総督府からでもルルーシュ達黒の騎士団側でも無い。
現にテレビ中継は正常のままであり、街角のテレビジョンでも変わらぬニュースが届けられている。
情報が出たのは、他ならぬトウキョウ租界の一般人達である。
「冬休みは向こうでと思ったのに……、なんでまだ電話が??」
「テロ工作かと思ったらそんな話はまるで出ないしな」
「総督府はサイタマゲットー討伐の話ばっかりだし、ニュースも投降を呼びかけるような話ばかりだろ? 本国のことも経済がどうのだ株価がどうのだと変わらないし……」
期末テストも終わり、年末年始を本国で過ごそうと考えるアッシュフォードの学生達もまた、その一端を担っている。
特に、ペンドラゴン出身者は全くの音信不通な状況であり、それが五日も続けばざわつきはじめもする。
決戦を前に慌ただしく準備を進めている騎士団であっても、普段は学生である者達の耳には当然のようにそれが届きつつあった。
「ルル、何かやったの?」
「やったと言えばやったが、ここまで効果があるとは思っていなかったな」
「いつものように詳細は伝えないってヤツ?」
生徒会室にて、学園クリスマスパーティーと言う名の戦勝記念パーティーの準備の傍ら、生徒達の混乱を見てきたシャーリーがルルーシュに対して問い掛ける。
当然だが、ルルーシュとモニカ、キョウトの連携工作の結果であったのだが、シャーリーにもカレンにも詳細を話すことは無い。
いつものこと。とカレンが言うのも当然であるし、目下、コーネリアに埋伏が見抜かれている状況では仕方がないと両者共に納得はしている。
ルルーシュとコーネリアの水面下の読み合いは互いに連日連夜の思考下における暗闘ともなっているが、そのための“駒”と言う立場の者達は余計な情報を持たぬ方が良い。
最悪、拘束された際の事も考える必要があるのだ。
とは言え、すました顔でシャーリーの問いに答えたルルーシュの内心は予想以上の困惑と苦悩があった。
真相としては、ヴィランス大公の不明につけ込み、ユーロブリタニアを掌握したシン・ヒュウガ・シャイングが、当人の野望を達成してしまったと言う事にある。
それも、マンフレディやシャイング家母娘の犠牲無くしてと言う状況にあってである。
シュタットフェルトからの情報によれば、コーネリアに対してもその報は届けられており、徹底した報道管制を敷いたため当初は噂レベルに止まっていたが、それまでリアルタイムで繋がっていた家族や知り合いとのやり取りが五日も断たれては現在に生きる者達は当然混乱する。
しかし、真実を話せば混乱は必須。何より、決戦を目前に控えるコーネリア軍にしてみては寝耳に水どころの騒ぎでは無いだろう。
ルルーシュ等、黒の騎士団側からしたらしてやったりという状況であったが、ルルーシュ個人としてみると、本国へと戻ったユーフェミアとスザクの安否が真っ先に気になる状況だった。
シュタットフェルトもそこまでは把握できていないが、ユーフェミアは、シンによる攻撃―ヴァイスヴォルフ城に設置されたアポロンの馬車による長距離爆撃―の前日からスザクやロイド、セシル等を伴ってペンドラゴンを訪れていたと言うのだ。
スザクは元より、ロイドとセシルが居るならば大事には至って居ないと思う一方、自身の手から離れた彼等のことを気に掛けてしまう自身の弱さを自嘲する思いもある。
C.C.の迷惑そうな様子から、シャルルもマリアンヌも健在の様子だったのはもったいないと思う反面、やはり自分が引導を渡すしかないと思い直しもしたが。
「それで、ルルが思い悩んでいるのはユーフェミア様のこと?」
「なんだと?」
「さっきから心ここにあらずって感じだもん。ルルが悩むとしたら、ユーフェミア様絡みかなって」
そんなルルーシュの心情を見透かすようにシャーリーが問い掛けてくると、思い掛けない不意打ちに目を見開くルルーシュであったが、それでは「その通りです」と言うようなものである。
「何? まだあのお姫様のことが気になってるの? 自分で振っておいて勝手な男ね」
「なんだそれは。そもそも、ユフィにはスザクがいるんだから俺は関係ないぞ?」
「わざわざ経験を積む機会を作ってやったりしておいてそれを言うか??」
「ルルーシュもユーフェミア様を……」
それを聞いていたカレン、リヴァル、ニーナの反応もそれぞれ。カレンからしたら、自分が面倒な謀略に付き合わされている状況であったし、リヴァルはリヴァルで家族の安否が特に気になる状況であったし、ニーナは当然ながらユーフェミアの身を案じる中での事である。
皆が皆、ルルーシュを茶化して気持ちを落ち着けたくなるのも無理はなく、シャーリーの発言は遠回しに皆の肩の力を抜くための事であったりもする。
もちろん、槍玉に挙げられるルルーシュからしたらたまったモノでは無いが。
「それは俺なりのブリタニア支配策の一環だ。ユフィのように操りやすい人間をトップに据えてブリタニアを支配する。それが俺のやり方であって」
「悪い顔をして言うって事は図星だね」
「本当にシスコンなのね」
「うるさいぞ。それより、カレンとシャーリーはさっさと総督府と騎士団本部へ向かえ。やることはたくさんあるぞっ!!」
「コーネリアより会長の方が手強いんだけど」
「代わりはルルがやってくれるから大丈夫だよ。行こ? カレン」
なおも続く攻勢にルルーシュも形勢不利と判断し、中心にいるシャーリーとカレンを追い出しに掛かる。
もっとも、決戦よりも、それにかこつけてイベントを企画しだしたミレイの方が手強いと言うのは全員の一致するところであったが、シャーリーとカレンからしてみれば、ルルーシュに押し付ける言質を取ったとも言えた。
「しまった……。ええい、まったくっ!!」
「まあ、自業自得ってヤツだな。……で、実際のところはどうなんだよ?」
笑顔で去って行ったシャーリー達が残した書類に目を向けたルルーシュに対し、笑みを浮かべたリヴァルだったが、ニーナに対して目配せすると改めて表情を引き締め、ルルーシュに対して問い掛ける。
リヴァルにとっては家族、母のリンダは極秘回線で無事を伝えてきてくれたが、ビスマルクの現状は伝わっていなかった。
「ペンドラゴンは壊滅状態だそうだ。とは言え、シャルルの健在は間違いない以上、ビスマルクも無事だろう」
「ユーフェミア様は?」
「さっきも言ったとおりだ。俺にも分からん」
ペンドラゴンに関しては、アポロンの馬車による無差別爆撃を受けたことだけが現状確定している状況。
宗像の情報によれば、聖ラファエル騎士団を除いたユーロブリタニアの主力が対ユーロピア戦線から姿を消しており、本格的にブリタニア本国に対して反逆しようという状況が見てとれる。
あれだけの大軍が姿を消したとなれば、ユーロピアからすれば絶好の反抗機会とも言えるのだが、現状では動きは見えない。
当然と言えば当然で、「方舟の船団」なるテロ組織の暗躍とシンとの密約を結んだスマイラスの策動で動ける状態には無い。
方舟の船団に関しては、ルルーシュがかつて用いた謀略同様に存在しないテロ組織であったが、当時と同様にユーロピアを混乱させるには十分な働きをしてくれた様子だった。
「おいおい、それじゃあユーロブリタニアがブリタニア本国に攻め込むって言うのか??」
「確定じゃ無い。ただ、この状況でもオデュッセウスとギネヴィアが任地を動く様子は無い。となれば、すでに水面下で密約が結ばれていても不思議じゃ無い」
モニカが張り巡らせた手の者達の情報だったが、それも以前のようにリアルタイムで入ってくるわけでは無い以上、ルルーシュとしては予測を元に状況を考えるしか無い。
「……そっか」
「……リヴァル、俺が言う事じゃ無いが」
とはいえ、不意に家族を危機に晒したと言う事実を知らされたリヴァルの心情はいかがなモノか、ルルーシュとしては巻き込んだ以上はこうなることも十分に考えられていたのだが、それでも何かを言わずには居られなかった。
「言うなよ。俺は俺で選んだ事だ。今は、コーネリア総督達を叩き潰すことだけを考えるよ」
しかし、ルルーシュの言をやんわりと拒絶し、ルルーシュの肩を叩くと再びクリスマスパーティーの書類屁を目を向ける。
「それより、今はこっちを片付けるのが先だけどな……」
「…………そうだな」
そして、山積みになった書類に遠い目をしながらそう呟いたリヴァルに対し、ルルーシュは強いなと思いつつ、直面する問題を片付ける事へと意識を向けたのだった。
結果として、ルルーシュの苦悩が解消されることになったのもまた事実であったが、当人がそれに気付くのは書類の山を片付け終えた後の事でもあった。
◇◆◇◆◇
画面の映る青年の表情は普段の不敵な笑みが消え去っていた。
「兄上、今一度、申してください」
『シャルル陛下以下、ペンドラゴンの臣民の安否は不明。それだけだよ、総督』
情報が途絶えたことはすでに報告を得ていたが、それを何とか回復させようやくコーネリア等の元に届けられた情報はそれである。
ユーロピア遠征の準備のためペンドラゴンを離れていたシュナイゼルは難を逃れたモノの、ペンドラゴンは壊滅し、シャルルやユーフェミアの安否は不明のまま。
シュナイゼルと合流予定であったジノ、アーニャ、ルキアーノ等、ナイトオブラウンズすらも現れていない状況だと言うのである。
『加えて、兄上も姉上とも連絡が取れない。ユーロブリタニアがユーロピアの長距離兵器を奪取したという報告は受けていたが、まさか味方に向けられるとはね』
「っ!? 出撃の用意は整っております。全軍を持ってユーロブリタニアに向かい、反逆者どもをっ!!」
『いや、それには及ばない』
「なぜですかっ!! ヤツ等はユフィをっ!! 民をっ!! 家族をっ!!」
『まだそうと決まったわけじゃ無い。何よりコーネリア、あのゼロがこの機会を見逃すとでも思うかい?』
「それは……、ですが、このような辺境の島国など」
『帝都が壊滅し、エリアの奪回を許す……。ブリタニアの威信は傷付く一方だね』
帝都壊滅のみならず、ユーフェミア安否不明との情報を得たコーネリアは当然の如く怒り狂い、その下手人であるユーロブリタニアに対する怒りは当然の如く凄まじい。
普段であればそれを諫めるギルフォードやダールトンはおろか、文官であるバトレー達ですら、帝都壊滅という暴挙に怒り心頭という状況にある。
シャルルが安否不明な状況である以上、宰相であるシュナイゼルの命令があれば世界中どこへでも出撃し、反逆者達を一掃すると言う心づもりをこの場に集う全員が持っていると言っても過言では無い。
しかし、ペンドラゴン壊滅の報はほどなく世界中の知るところとなる。そこに加えて、ユーロブリタニアとの内戦、エリア11の喪失などと言う状況まで明るみに出ればどうなるか。
『何よりコーネリア、ユーロブリタニアが単独でこのような暴挙に出ると思うかい?』
「……まさか」
『君に対する謀略を掛けてきているし、欧州方面にも大分入り込んでいる様子だよ。元々、NACの暗躍はあったようだが、クルシェフスキー卿達の親族を逃がしたことが大きかったね』
「殿下、まさかゼロが此度の事を?」
『確証は無いよ。しかし、ヴィランス大公が行方不明ともなれば、反抗的なユーロブリタニア貴族達の箍が外れることは容易に考えられたし、腐敗したユーロピアを操ることは簡単だろう。なにせ、君達が良いように手玉に取られているんだからね』
現状、コーネリア軍は黒の騎士団と直接干戈を交えた事は無い。
ゼロとしても、ブリタニア最精鋭とも言えるコーネリア軍と直接対峙する事は避けている。
コーネリアのみならず、ダールトン等麾下の軍団としても謀略で後れを取ることはあっても、戦場においては後れを取るつもりなど毛頭無い。
武力に勝る相手を打ち破るには、歴史を紐解いても何重にも及ぶ謀略を張り巡らせるモノ。
加えて、戦術で劣るモノが戦略を持って立ち向かってくることもまた鉄則とも言える。
『せっかくゼロが出てきてくれる舞台は整ったんだ。何より、ゼロからしても絶好の機会である以上、動かないわけも無い』
そして、シュナイゼルはようやく普段通りの不敵な笑みを浮かべた表情へと戻る。
実際、水面下に潜ってしまった相手がようやく表に出てくる機会を得た。ここまで来て、打って出てこないともなればゼロに対して希望を抱くナンバーズ達の失望も買うことになる。
ブリタニアも苦境であるのだが、ゼロ―黒の騎士団もまた、この機会を逃せば築き上げてきたモノが一瞬で崩壊する状況にあるのだ。
『コーネリア総督、改めて命令する。エリア11総督府は総力を上げてテロリストの首魁、ゼロを討ち、エリア11を平定せよ』
「イエス、ユア、ハイネス」
そして、シュナイゼルより改めて命令を受けたコーネリア。
総督に対し、宰相が直々にテロリスト討伐を命じることなど、ブリタニアにあっては異例のことでもあるが、この場にいる誰もが疑問や屈辱を感じることは無い。
恐れとは最も無縁な彼等にとっても、ゼロと彼に率いられた黒の騎士団は全力を持って叩きのめす相手であると無意識のうちに認識していたのだ。
「姫様」
「うむ、作戦日時を繰り上げる。我々は今よりサイタマゲットーを討伐。そのまま黒の騎士団を討ち、エリア11を平定する」
「しかし、出てきますかな? ユーロブリタニアの暴挙がゼロの手管であればこそ、ヤツにとっても予想外の事ともなれば」
通信を終え、ダールトンとギルフォードがコーネリアに対し向き直ると、コーネリアは即座に決断を下す。
決行日の変更などは当然だが前提を持って作戦は計画される。すでに出撃体制に入っている軍ともなればそれは容易。
だが、バトレーの懸念もまたコーネリア達にとっては理解できる事でもある。
「いや、ヤツは必ず来る」
その懸念に対する返答は、断言をもっての言葉。
「今更、隠し立てをする必要は無いな。殿下はNACに対し、サイタマゲットー平定後に皇神楽耶の身柄を総督府へと差し出すよう申し伝えてある。すでにヤマト同盟と桐原産業の癒着は判明している」
「それは」
「皇神楽耶の身柄をもって、サイタマゲットーのイレブンどもの赦免を了承するともな。ゼロや皇神楽耶が出て来ぬのならば、ヤツ等は守るべき民を売ったと喧伝してやれば良い」
弱者の味方を名乗り、虐げられる人間を守る事で今の地位を作ってきたゼロである。
皇神楽耶はかつての日本の象徴たる一族最後の生き残りであり、今は16歳の少女。これを見捨てる事も、サイタマゲットーのイレブン達を見捨てることのどちらを選んだとして、その名声に傷が付くことは間違いが無い。
ここまでのことから、その行動原理には“誇り”や“プライド”が見え隠れしており、自身の名声に傷が付くともなれば必ず討って出てくると言う確信がコーネリア等にはあったのだ。
「っ!? ダールトン閣下、総督宛の通信が入っております」
「どこからだ?」
「……それが、黒の騎士団と名乗っております」
「…………やはりか。繋げっ」
そして、彼等の会話を見透かしたかのようにもたらされる通信。
盗聴か、ハッキングか、はたまたその両方か、答えは次期に分かることでもあったが、いずれにしろ、コーネリア等の謀略を見抜いた上での通信である事に間違いは無い。
『コーネリア総督、そして、親愛なる日本の皆様』
すると、画面に現れたのはゼロではなく、先ほどまでの人質とも言える少女、皇神楽耶の姿であった。
「っ!? ウィルス侵入っ!! エリア全域の電波がジャックされておりますっ!!」
「どこからだっ!?」
「逆探知困難っ!!」
「良い。このまま、やらせてやれ」
そして、それを合図に電波管制室より、もたらされた報告は今の神楽耶の姿がエリア11に対して映し出されている事を示す。
コーネリア達は知らぬ事であったが、ディートハルト等の手によってすでにエリア11内部の通信はジャックされており、この手の映像ハッキングはルルーシュが単独で行ったそれよりもはるかに濃密に工作されている。
現状では、映像を遮断することは困難であったのだ。
『私、皇神楽耶は、本日をもってブリタニアからの独立を宣言いたしますわ。その名は、合衆国日本』
静かに、それでいて芯の通った声に、映像を目にしていた者達は無意識のうちに口を閉ざし、そして息を呑む。
それは、明確な独立宣言であり、支配者であるブリタニアに対する明確な宣戦布告であった。
少し半端になってしまいましたが、長すぎたためここでいったん切ります。