通信障害による静かなる混乱に包まれていたエリア11―日本は、今は困惑とざわめきに包まれつつあった。
突然の電波ジャックによって、トウキョウ租界をはじめとする租界、そして各ゲットーに置けるテレビ映像に映し出されたのは、キョウト六家筆頭にして、日本の名目上の元首とも言える皇神楽耶の独立宣言。
とは言え、あまりに一方的かつ突然の宣言であり、彼女がどこを領土とするのか、目的は何なのか。
それらがはっきりしないままの宣言である以上は、ブリタニア人は元より日本人達も困惑するのは当然である。
異なる世界における『特区の悲劇』を背景とした怒りと決意のこもった独立宣言と日本人の総決起とは異なり、キュウシュウ戦役以降はアッシュフォード学園祭での融和的な演出なども相まって、平穏な空気は続いていたのである。
とは言え、ジェレミア時代の融和的な雰囲気はコーネリア政権の武断と抑圧的な空気によって霧散し、レジスタンスのような目に見えた抵抗はなくとも、水面下での締め付けによる反発は生まれつつある。
そんな抑圧された空気があった中で、今回の宣言は逆にガス抜き的な空気にもなってしまうように聞き入る者達は思っていた。
しかし、徐々にそのような空気は変わっていく。
神楽耶は一つ一つ静かに語りかけていく。
ブリタニアの侵略に対し、国家の指導層が道を誤り、国民の多くの苦難を味合わせたこと。
ブリタニアの暴虐にあってもなお、表舞台に立つこと無く水面下で抵抗を続けることしか無かった自分達の過ちを。
そして、ゼロ達、日本人では無い者達の協力によって得た力の大きさを。
『そんな私に対し、コーネリア総督はサイタマゲットーに生きる罪なき日本人の命と引き替えにブリタニアに出頭するよう申し伝えて参りました』
そして、先ほどコーネリア等がバトレーに伝えた事が偽り出ないことを証明するように、神楽耶は自分の身柄を持ってサイタマゲットーの日本人を助命すると言う事実を告げる。
その言葉を受けて、画面は引き気味になっていき、神楽耶達の背後にはサイタマゲットーの日本人達の姿が映し出される。
『コーネリア総督。並びに、日本人を虐げようというブリタニアの皆様、見ての通り、私はサイタマゲットーにおります』
毅然としたまま、向けられた視線の先にはコーネリアを見据えている。画面越しとは言え、コーネリアもまた神楽耶が自分を見つめていることも理解できた。
『そして、この日本の地に生きるすべての民と共に、私はあなた方に抗いましょう。ここはすでにブリタニアではなく、合衆国日本。あらゆる人種、歴史、主義を受け入れ、強者が弱者を虐げない、矜持を持つ国家』
『その覚悟、たしかに受け取りましたっ!!』
そして、神楽耶の宣戦布告とも受け取れる宣言に、男とも女とも取れる声が響き渡る。
その声の主、黒き仮面の男がゆっくりと画面に現れ、神楽耶の傍らに立ち大仰な仕草でマントを払うと、再び画面が引いていき、彼等の眼前には黒の騎士団の制服を身につけ、バイザーで顔を覆った黒の騎士団員達が勢揃いしていた。
『我が黒の騎士団は、今のこの時をもって合衆国日本と共に道を歩む。コーネリア総督よ、私は待っていた。高潔と誇りを知る貴女の統治下ならば、ブリタニアの蛮行を省みる時が来ると。しかし、私達の期待は裏切られた。貴女はジェレミア総督代行の融和路線を否定し、再び日本人とブリタニア人に分断をもたらした……』
そして、再びカメラはゼロと神楽耶を映し出す。
『あまつさえ、日本人の象徴とも言える神楽耶様の身柄とサイタマゲットーに生きる日本人の生命を天秤に掛ける行為はまさにブリタニアの非道そのものっ!! 貴女こそが、国家という体裁を取り繕った人殺しだっ!! 私は貴女のような人物と一度でも手を結んだことを恥じる』
鋭くコーネリアを糾弾するゼロの言に、コーネリアは口元に笑みを浮かべて応じる。
挑発している。
自らがここに居ることを示し、誘い込もうとしているとコーネリアはゼロの意図を読み取り、そして失望を感じていた。
キュウシュウ戦役において、敵機動部隊の撃破をたしかに黒の騎士団に託した。
澤崎等による不当な侵略行為を糾弾した立場である以上、エリア11を守ろうというゼロと黒の騎士団を否定することは大いなる矛盾である。
同時に、ブリタニアに反抗するテロリストの首魁と手を取り、敵を討つこともまたブリタニアにおける矛盾。
あの時、コーネリアは後者を否定した。ゼロはそれを和解の切っ掛けと日本人に対するメッセージとしてアピールしたいのであろう。
当時はジェレミア派やユーフェミアに同行した融和派の官僚達が残っていたため、融和路線は継続されていた。
とはいえ、コーネリアとしてはゼロの期待に添ってやる義理など無い。ユーフェミアが融和を唱えるならば一考する余地はあるが、それでも彼女はブリタニアの総督であり、弱肉強食の国是を体現し続けてきたのだ。
「電波状況はどうなっている?」
「はっ…………、発信源はいまだに掴めず」
「不要だ。私が聞きたいのは、映像に割り込めるか? と言う事だ」
「姫様、あのような戯れ言、お相手になる必要など」
「良い。出来るな? 繋げ」
そして、コーネリアは神楽耶とゼロから向けられた宣戦に対し、同道と応じる道を選ぶ。
相手がジャックしてきた回線をそのまま用い、繋ぐことなど容易だとコーネリアにも分かっているし、何より、彼女自身が出てくるよう準備もゼロはしているという確信があった。
「ゼロよ。それで、私が懺悔するとでも思ったか?」
予想通り、電波ジャックはあっさりと通り、投影画面には神楽耶とゼロに並び立つようにコーネリアと彼女の幕僚団が映し出される。
「貴様との謀略合戦にも飽きたところだ。貴様等がサイタマゲットーにいるのならば、行ってやろう。今すぐにな」
そして、電波状況が回復したのか、投影画面にはエリア11各所からの映像がもたらされる。
ブリタニア人も日本人も突然の状況に困惑しつつも、コーネリアの発言を息を呑んで見つめている。
「エリア11―日本が欲しいのならば、挑んでくるが良い。戦場において、私を打ち倒して見せろ。私は逃げも隠れもせぬ。すべてを得るか、すべてを失うか、戦いとは元来そういうもの。オール・ハイル・ブリタニアっ!!!!」
すでにコーネリアの目には神楽耶や他の日本人は映っておらず、ただ一人黒き仮面の男へと視線が向けられている。
しかし、その獰猛な眼はブリタニアの魔女として世界中の戦場を掛けて抜けてきた戦姫のそれを超越し、ブリタニアを象徴するウォークライを持って気勢を上げる様は、当代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを彷彿させる。
その威勢に導かれるように、その場にいた幕僚団のみならず、電波ジャックに困惑していたブリタニア兵はおろか、租界に住むブリタニア人達をも声を上げていく。
本国との音信不通と神楽耶とゼロによる告発を元にした困惑を一瞬にして覆して見せたコーネリアの様を仮面越しに見つめるルルーシュは苦笑するしか無かった。
そして、ブリタニア側の気勢に対抗するように、日本側も声を上げて行く。声の主はやはり藤堂であり、口々に日本人達が『日本万歳』を叫び、それはやがて日本中へと伝播していく。
とは言え、黒の騎士団は、そして合衆国日本はすでに日本だけの存在では無い。
ルルーシュは元より、シャーリーやリヴァルをはじめとするブリタニア人もまたこの戦いに参加しているのである。
「我らに勝利をっ!!」
そして、万歳を叫ぶ日本人達に割って入るように、歓声を上げるのはジェレミアを筆頭としたブリタニア人団員達である。
一瞬、その声と姿に驚き、口を閉ざした日本人達であったが、困惑する藤堂等を横目に井上や吉田等、日本人幹部達がそれに同調し、やがては双方の歓声が調和していく。
日本とブリタニア。それまで、支配者と被支配者という関係でしか無かった両者が、今この時ばかりは対等なる存在となったのである。
神楽耶、ゼロとコーネリア、双方の宣戦布告は、もはや両者の間だけに存在する決戦の宣誓ではなく、日本の解放を掛けた戦いへと一瞬のうちに移り変わっていったのである。
そんな歓声の中、ルルーシュは一人仮面越しに戦いの行く末を冷静に見つめていた。
(コーネリアが捨て身の決戦を挑んで来ると言うことは、やはりユーロブリタニアの暴走は事実か……)
ルルーシュとしては、あくまでもコーネリアが打って出てくる事を想定した挑発であり、要塞化したサイタマゲットーに引き出すことを目的としていた。
ブリタニア側から突き付けられた赦免案も日本の象徴が汚されたという事実の象徴して大々的にアピールすることに用いたのだが、コーネリアの鼓舞一つでブリタニア側がここまで燃え上がってしまうことはさすがのルルーシュにも予想外であった。
結果的に、日本人を焚きつけることにもなり、万一に備えて各地に派遣してあったレジスタンス達を蜂起させることにもなり、結果としてコーネリアが言うように、勝敗がすべてを決する形が生まれてしまっている。
ルルーシュとしては、サイタマゲットーにてコーネリア軍主力を叩き、エリア11総督府にトドメを刺すための一斉蜂起であり、同時に万一決戦に敗れた際の保険としての意味合いもあったのだが、これは一本取られた形になってしまっている。
しかし、マイナスばかりでも無い。
(やはり、藤堂達は危険か……。なぜ、理解できないんだ?)
コーネリアのウォークライに当てられたことはまだ分かる。元来、戦を前に味方を鼓舞し、相手を威嚇するためのモノであるが、たいていはお互いの士気を高め合うモノとなってしまっているのだ。
だが、「日本」のみに囚われては意味が無い。
神楽耶の告白の意味をまるで理解していない事は明白であり、それに多くの日本人が乗せられてしまったこともまた事実。
ジェレミア達が声を上げたことで井上達が軌道修正してくれたから良いものの、これでは勝利したところでブリタニア人と日本人の立場が入れ替わるだけだ。
(それでは、シャーリーやリヴァル達が危険を犯してまで戦う意味が無い)
「ゼロ様」
「……神楽耶様、これは私の落ち度です」
「いえ。私どもも安直でしたね。ですが、勝利の後も、舵取りは難しそうです」
「……ええ」
ルルーシュも神楽耶も勝利を疑っていない。
コーネリア軍が如何に強大な敵であったとしても、ブリタニア本国が混乱する今、張り巡らせた蜘蛛の糸の中に飛び込んでくる相手は敵では無い。
だが、本当の戦いは勝利の後である。
この日本の地にいるブリタニア人達を今の日本人の立場に追い込んでは意味が無いのである。
それでは、恨みの連鎖が断たれることは無いのだから。
「ミレイ、ナナリー。作戦は予定通り開始される。各所に対し信号。『ニイタカヤマノボレ1220』だ」
『了解っ!! ニイタカヤマノボレ1220ですねっ!!』
そして、ルルーシュはいまだ興奮冷めやらぬサイタマゲットーから、外縁部に待機するG1ベースへと繋ぎ、待機させていたナナリー達に指令を下す。
『ニイタカヤマノボレ』
かつて、第一次太平洋戦争にて幻となった電文であり、各所に点在するレジスタンス達も教養の一つとして多くが知り得る。
ナナリーとミレイから待機中の篠崎流の手の者達やディートハルト等の情報工作部隊を通じて日本の各地へと瞬く間に電文が届けられる。
歓声を上げる日本人を取り締まるべく、各ゲットーにて行動を開始したブリタニア兵達は、それまで息を潜めていたレジスタンス達の抵抗を受け、各地で戦闘が開始される。
コーネリアが作戦目標を発表したことで、各地のレジスタンスは戦闘準備を整えて待機しており、目の前に現れた格好の獲物へと襲いかかったのである。
ルルーシュとコーネリアの決戦は、双方の想定とは異なる形で、それも規模を大きくして火蓋が切られる事になったのである。
◇◆◇◆◇
そんな日本全土の盛り上がり最中、太平洋の波間を漂う黒き影は雲間より差し込んだ月明かりにその姿を照らし出す。
レジスタンスの一斉蜂起によって混乱する日本列島は、ゆっくりと近づくそれらの存在に気付くことは無い。
◇◆◇
そんな予期せぬ存在達が近づきつつある中、トウキョウ租界では足早に出撃準備が進められていた。
「シュタットフェルトさんと玉城は軟禁されたままだそうだ」
「咲世子さんが何とかするでしょ。私達は、役目を全うするだけよ」
「だが、俺達に出撃を許したと言うことは、コーネリアはいつでも俺達を射ってくる。判断が難しくなるぞ?」
「逆にシュタットフェルトの言い分を信じて居ない証拠でもあるわ。信じるだけのことをすれば良いのよ」
名誉ブリタニア人部隊もまた、指揮官であるカレン・シュタットフェルトと副官の永田の指揮の下、出撃準備に取りかかっていた。
シュタットフェルトと玉城が拘束された事はすでに聞き知っていたが、まさか出撃が許されるとは思っていなかったため急ピッチでの出撃準備となる。
「だが、これまで以上に俺達は味方を殺させられるぞ?」
「…………ゼロがやれと言ったんじゃ無い。だったら、やるしか無いわよ」
埋伏の毒としてブリタニア側に入り込んだとは言え、ゼロとシュタットフェルトの策は見抜かれ、しばらくの間は厳重な監視下に置かれていた。
今も遠巻きにグラストンナイツやその麾下の騎士達が巡回しており、二人の発言にも聞き耳を立てている状況だった。
永田の発言はバレている以上は開き直っている事のアピールでもあったが、逆にカレンの心情は見てとれない。
本気で怒っているのか、それとも演技か、補佐を任された永田ですら意図が読めないのである。
「それにしても、髪を立てなくて、しかも栗毛色じゃカレンらしくないな」
「仕方ないでしょ。……永田さんには色々と世話になっているからなんだけど、私だってイライラしているんだから一人にしてくれない?」
「そうだな。悪かった……。ただ、戦いの前には気持ちを落ち着けておけよ?」
そう思いつつ話題を変えた永田だったが、どうやら彼女を苛立たせるだけだったようであり、そそくさと退散していく。
そんな永田の姿を見送り、ゆっくりと眼前の機体を見上げる。
紅蓮壱型、いまでは『ブラック・ウィドウ』と言う名が付いているが、カレンが紅蓮に載る前に載っていた試作機であり、今では改造を施されてシャーリーが登場している機体でもあった。
紅蓮をブリタニアに渡すわけにいかないとは言え、恋人の機体に搭乗させるというルルーシュもどうかと思ったが、そもそも機体名もシャーリーを載せるような名前じゃ無いと思う。
そんな事を考えて気を紛らわせると、一人になるべくコックピットに乗り込み、外部との通信を絶つ。
軍用の機密通信は入るがこれで外部に声が漏れることは無いし、仕掛けられた盗聴器はすでに咲世子に頼んで偽装済みでだ。
そして、彼女はゆっくりを息を吐くと、桃色の携帯を取りだして耳に掛ける。
盗聴対策もすべて成されているとは言え、不必要な通話とも言える。ただ、自分を落ち着けるためだけの行動でもある。
そう考えると、それまで引き締めていた目元も次第に緩み、身体に震えが起こることも自覚している。
謀略を知る人間は皆、自分の状況を分かっている。しかし、日本人をこの手で殺した事もまた事実。
その行動が必要だったと思い切れるほどに自分は強く無いのだと実感させられる。ふと、他人は知覚できぬまま、目元が赤く縁取られる。
「ルル……っ!?」
それを自覚せぬまま、相手の名を口にしようとした矢先、彼女の元に届いたのは、出撃を知らせる信号だった。
思わず携帯を叩きつけたい心境であったが、気持ちを落ち着かせろと言う永田の言葉がルルーシュの言葉とも重なったことに気づく。
そして、彼女はふっと息を吐き出すと、ガントリーから滑空するブラック・ウィドウへと身を委ねた。
「ウォークライ」の本来の意味は異なると思うんですが、ラグビーとかを見ているとああ言うノリだと双方盛り上がっちゃうと思ったので意味を曲げて使用してみました。
おかしいだろうという指摘もあるとは思いますが、今回ばかりはお見逃し頂けるとありがたいです。