東の空が白みはじめていた。
その僅かな明かりをもって、騎士団側もコーネリア側も決戦を前にした一瞬の静寂を断ち切り、それぞれが総指揮官の号令を待つ事になる。
騎士団側も、夜半に出撃した藤堂達キョウト部隊を除いた幹部クラスがアクシスタワー地下の司令部へと集結した。
「見ての通り、現状サイタマゲットーは四方をブリタニア軍に包囲されている状況。コーネリアの本陣は制圧されたカワグチゲットーにある旧川口JCTにある。水運のため拡張された荒川及び芝川が東西の防壁となっており、グラストンナイツを主力とする主戦力は南方。北方は自走砲を中心とする火砲戦力であり、防壁を撃破するべく配置されていると見る」
「KMFは南に配置されている。東西は橋を渡っての攻勢である以上、通常戦力による攻撃が予想される」
普段の礼服とは異なり、旧日本軍の制服に身を包んだ刑部が投影された画像を指しつつ相手の守備戦力を説明する。
事前に細かい配置までは説明されているため、今は最終確認だったが、配置を見てもコーネリアの意図はあからさまである。
元々、サイタマゲットーを隔離するために水運を大義名分に拡張工事され、水量が増している二つの川は今となっては巨大な防壁となっている。
ルルーシュも過去の戦いにあって、有効に利用させてもらって居る。とは言え、過去はすでにゲットー内部に侵入された状況であり、焼け石に水ともいえたが。
今回は定石通りに橋を挟んでの攻防になり、KMFよりは歩兵部隊の主戦場となる。キョウトが長い年月を掛けて用意してきた携行武器がようやく役に立つ状況と言えよう。
北に関しては復興が手つかずの状況であり、わざわざKMFを用意せずとも、戦車で強引に乗り込んでくれば良いが、そこはレジスタンス達のゲリラ戦で対処する。
泉達、ヤマト同盟も過去に比べれば組織的な行動は可能であり、何より数が多い。今更、降伏したところでその場で処刑される事など嫌と言うほどに教え込んでいるため、文字通り死ぬ気で戦うつもりになっている。
とは言え、こちらの指示に従うかは未知数である以上、KMFは無駄になる可能性が高い。いよいよとなったら逃げて来いとも言ってあるため、以前のように反発することも無いだろう。
そもそも、今回の総司令官はゼロという得体の知れない仮面の男では無く、皇神楽耶という正真正銘の日本の元首であるのだ。
「そして、主戦場となる南だが、諜報員よりようやく布陣が届いた。見て欲しい」
そう言うと、戦場全体をうつしていたマップ映像から、旧浦和地区を中心とした映像へと切り替わる。
トウキョウ租界へと侵入していた篠崎咲世子以下、諜報部隊から持たされた情報だったが、さすがに主戦力への諜報は簡単では無く、危険を承知でルルーシュが永田の機体とデータリンクして得た情報である。
当然、コーネリアも予測して居るであろうが、それでもなお正面から来るのが彼女の戦い方だろう。
「見ての通り、第42大隊はグラストンナイツと共に第一陣の魚鱗陣形のただ中にある」
古来より数多の戦場で多用された陣形だったが、コーネリア軍の精鋭グラストンナイツと共に行動する事は一種の誉れであると同時に、本来指揮部隊が陣取る位置に置かれているという奇妙な状況。
それも当然で、第一陣に折り重なるようにダールトン率いる第二、第三陣が魚鱗陣形で第42大隊の背後にある。
埋伏の毒として機能しようとすれば全軍で即座に踏みつぶし、自戦力として活用する場合は膠着を打破するための押しの一手とならねばならない位置。
そもそも、グラストンナイツほどの手練れであれば、即座に位置を動かして第42大隊を矢面に立たせることも容易であろう。
「これではあのじゃじゃ馬もやきもきしそうですね。殿下、私は昨日のご命令通りで?」
「ああ。相手はグラストンナイツだ。貴女としても、久々に骨のある相手となりますよ」
「ふふ、まだまだケツの青い者達です。若さの鼻っ柱をへし折ってやるのに良い時期です」
そして、それを相手取るとなると、今の日本側にはその人材は居ない。あくまでも、日本人には。である。
ルルーシュの言に不敵に笑ったドロテアに、参列していた近衛騎士達もゆっくりと肯く。
「吉田と堀内少佐はあくまでも支援に回ってくれ。ナイトオブラウンズの戦いに巻き込まれたら、無事は保障できないからな」
「了解……怖いことを言ってくれるなまったく」
「雷光も万全にしてある。もっとも、出番が来ないことを祈るしか無いがな」
南方に敷かれた防衛線はトウキョウ租界ほどの鉄壁さは無いモノの、旧武蔵野線高架を利用した隔離壁である。
当然、通用門となる場所が作られ、その出口にはドロテア隊が布陣し、高架の上下付近に吉田隊が布陣することになる。
ゼロ以下の幹部達が最も信頼する主戦力であったが、そこを突破された場合、アクシスタワーまでは旧東北本線沿いを一直線に北上してくることになる。
現在、民間人は旧さいたまスーパーアリーナに避難させているが、そこになだれ込まれた際の結末は想像に難くないだろう。
コンベンションセンターほどの鉄壁さは産み出せなくとも、敵の出鼻を挫くための戦力として、機動力の劣る雷光を配置してあるが、ラクシャータ等の手によって改良が施され、万一の際には砲塔をパージ離脱できるようになっている。
指揮官の性格を考えれば、後退は中々出来ないであろうが、彼が言うように出番が来ないことを祈るべきだろう。
「前線はそれとしてだ。第42大隊、埋伏の毒として潜入させたカレンや永田達だが、あくまでもブリタニア軍人になりきれと私が命じていることは分かっているな?」
そして、改めてカレン達、第42大隊へゼロは言及する。
「その方針に変更は無い。戦場で激突した際には、全力で殺しに来る。その事だけは、全員が肝に銘じておいてくれ」
現状、埋伏の毒は見破られた状況にある。
これは陣形を見ても明らかであり、この場の全員が心得ている認識でもある。それでもなお、ゼロは作戦方針に変更は無いと断言している。
それの持つ意味を全員が理解しているからこそ、ゼロは改めて口にしたということである。第42大隊が全力で殺しに来るのならば、こちらも全力で殺しに行けという事を。
過去の騎士団であればこの事実だけでも反発が生まれたであろうし、今でも一部の者達は反発しただろう。
独裁ともいう決断であったが、ゼロはそう言った不穏分子は有効利用という形で排除し、あくまでも作戦を強調している。
泉達のようにその言葉に息を呑むしかない者達も居たが、多くは納得の上で頷くばかりである。
それは、カレンと親しいリヴァルやミレイも同様であり、永田と長い付き合いである吉田や井上も同様であった。
最後のブリーフィングを終え、出撃するリヴァル達を見送ったルルーシュは直属の親衛隊格納庫へと足を向ける。
作戦会議などに興味の無いC.C.や最終チェックを行うラクシャータ等はここに詰めている。
「あら、来たわね~? 準備は終わっているわよ」
「ああ。状態は?」
「私がやったんだから完璧に決まっているわ」
そう言うと、ラクシャータは得意気に新造機体を見上げる。
キュウシュウ戦役の際にルルーシュがブリタニア側から貸与という名の強奪を行ったガウェインを改良しつつほぼコピーした形になる『蜃気楼』である。
機体性能自体はほぼガウェインそのままであるが、フロートユニットの量産が間に合わない現状では、蜃気楼とサザーランドローヤルのみに装備されており、C.C.を単独で出撃させる利点が今のところ無い。
蜃気楼とサザーランドローヤルは敵航空戦力の駆逐を優先するため、ソフィー達、後々の零番隊も隊長不在という状況を加味して、司令部の守備に当たる予定である。
「C.C.、機体にはもう慣れたのか?」
「私を誰だと思っている? 多少の固さはあったが、キュウシュウの時と変わらん」
「あらぁ? 私をプリン伯爵と同レベルだと思っているわけ?」
「今回は時間が無かったんだから丸コピに近いだろ。そのおかげで扱いやすいがな」
愛用のチーズ君人形を今回も持ち込むつもりのようで、それを枕にだらりとしていたC.C.だったが、ルルーシュの問いに不遜な表情のまま答える。
ラクシャータとしては、生存性軽視のロイドのコピーなどはプライドが許さなかったようだが、蜃気楼の本領はドルイドシステムにあるため、彼女独自のコックピット仕様は止めてもらっている。
さすがのルルーシュもあの姿勢でキーボードを叩くのはごめん被るのだった。
「ところで、アッシュフォード卿は大丈夫なの?」
C.C.の不遜な物言いに、肩を揺らしたラクシャータはキセルをふかすと話題を変えるようにルルーシュに問い掛ける。
シュタットフェルトの軟禁で情報の漏洩を気にしているようだったが、その辺りは百戦錬磨の貴族である。
偽造に偽造を重ねてコーネリア達の追求を逸らしている。シャーリー達の家族に関しても咲世子達が暗躍して情報が届かないように差配していた。
「ふ、大事なパトロンが消えたらさすがの貴女も困るか?」
「そりゃあね。プリン伯爵と組むよりは柔軟だし」
「俺にとっても大切な人達だ。いざとなれば全力で守るさ」
「あらあ? うふふ」
「なんだ?」
「なんでも。ふふ」
ラクシャータとしては、方向性の違いでぶつかりがちなロイドよりは、パイオニアとしてリスペクトのあるルーベン達の方が与しやすいというのはあるだろう。
とは言え、ルルーシュの言に対して意味深な笑みを浮かべるラクシャータに対しては眉をひそめるしか無かった。
そんなルルーシュに対し、C.C.もまたやれやれと言った様子で肩をすくめると、蜃気楼に並ぶ形で鎮座する赤き機体と白き機体を見上げるのだった。
主を失っている彼等は今何を思うのか。いや、その主が何を思うかを予想すると、C.C.としては後々ルルーシュを襲うであろう、面倒という名の笑い話を期待せずには居られなかったのだった。
◇◆◇◆◇
包囲を終え、コーネリアの号令を待つブリタニア軍。
その本陣に当たるG1ベースにもたらされた日本側の布陣。その先頭にあるのはナイトオブフォー、ドロテア・エルンストの姿もあると言う。
投影画面に映った映像には、彼女のパーソナルカラーであるライトブルーの装飾が施された新鋭機が映し出されていた。
「来たか……。フナバシでは一本取られたが、私に二度目は無い。各隊の状況は?」
「全軍、布陣を終え姫様の号令を待つばかりであります」
「うむ……。逃げ出したネズミどもは?」
「イワツキゲットーにてレジスタンスと合流後、姿を消しております」
こちらが布陣を開始したと同時に夜陰に紛れてサイタマゲットーより脱出した一軍が確認されている。
シュタットフェルトより提供された日本側の新鋭機がいくつか確認されており、その特徴ある機体は藤堂鏡志郎の搭乗機であると言う。
かつて、厳島においてブリタニア側が一敗地に塗れた相手であったが、その後のレジスタンス活動においては局地戦での勝利以外は敗北が続いているという。
「ふん、奇跡の藤堂も落ちたモノだ……。埋伏の毒を抱えているのはむこうやも知れぬがな」
そう言ったコーネリアの侮蔑も含んだ笑みを向けられた幕僚は居住まいを正しつつ、どう答えるべきかと思考を巡らせている。
「“毒”からの情報の真偽はどうなっている?」
「はっ……。現状、イレブンどもは大人しく布陣しております。ですが、指揮官のカレン・シュタットフェルトはどこか憔悴しているようにも感じられました」
「内応の瞬間を探っているとも、計略が露見した事実に動揺しているとも取れます」
そして、問い掛けに真意を測りかねていた幕僚にギルフォードが助け船を出し、その辺等をダールトンが補足する。
カレン・シュタットフェルトの日本海軍残存艦隊の討伐以降上げた戦果であったが、討伐したレジスタンスに目を向ければ、ゲットー住民と反目していたという事実が続々ともたらされている。
ブリタニアの益にはなっていたが、同時に黒の騎士団側の益にもなっている。元々、横暴が過ぎるレジスタンスは受け入れぬ体裁を取っており、偽りを持って同盟を申し出た組織やこちらの埋伏もすべて見破られて粛清されてるという徹底ぶりである。
帰る場所をなくしてやるべく積極的に動かしたにも関わらず、日本人からの反発はそれほど目立っていないのが現状であった。
「“毒”からの情報に寄れば、戦線が膠着したところでエルンスト卿の隊と交戦。そのままサイタマゲットーへと雪崩れ込むとのこと」
「見え透いた真似を……」
「それまでにいかほど味方を殺すのか。それによっては、反発も大きくなるものと思われます」
埋伏を看破してから幾度目かというやり取りである。
選択肢としては早期に決着を付けるため、ドロテアとの合流を煽ること。これは交戦と同時に背後から討ち果たすという選択肢だった。
もしくは、ダールトンの言の通り、交戦を長引かせ、味方の血を流させるという選択。取り逃がした後の再起の芽を断つという意味合いもあり、慎重さも加味した選択肢であった。
「……結論に変更は無い。ヤツが英雄になりたいのならばならせておけ。所詮、英雄など歴史の教科書で語られるだけだ」
「イエス・ユア・ハイネス」
英雄が英雄で居続けるには、その栄華の中で死を迎えた時だけ。
ブリタニアの歴史にあっては、エディンバラの屈辱へと導いた最大の敵手ピエール・ヴィルヌーヴがその象徴とも言える。
自身は戦死したが、勝者と敗者両陣営からいまだに英雄として語り継がれる存在でもある。
もっとも、コーネリアの意図する“英雄”とは、ヴィルヌーヴのように勝利の栄光を手にするわけでは無く、“死という栄誉”をくれてやるだけであったが。
「総督、上空に未確認飛行物体確認っ!! ……これは、ガウェインの識別コードと一致しますっ!!」
「なに? 画面に出せっ」
そんな時、オペレーターが慌てた声で報告し、ほどなく照合結果がもたらされる。
画面に現れたそれは、たしかにキュウシュウ戦役において出撃テストが成されたガウェインと同型の機体であり、傍らにはやはりこちらも河口湖で確認された新鋭機である。
「あの趣味の悪い装飾は……、ジェレミアかっ!? となると、あのガウェインにはゼロがっ!?」
「改良されたサザーランドにフロートユニット……。試作機の量産が実現していたとすれば」
「姫様、ハドロン砲の完成は確認されておりませんが、万一ヤツがそれを手にしていたとすれば……」
「ネズミどもの動向以前に我々は全滅か」
大型のフロートユニットはすでに実用化され、航空戦艦も続々と就航が予定されていたが、小型化に関してはキュウシュウ戦役にて双方が試作機を実戦投入したが、量産化の目処は立っていない。
「エリュティアを呼び寄せろ。同時に、タチカワ、ヨコスカ、アツギ、アサカの各基地にも伝達。攻撃機を順次発進させよ」
それ以前に、ガウェインと同型機が完成していたとすれば、それはまさに戦略兵器である。
対抗手段を選ぶとなれば航空戦艦であるエリュティアをぶつけるしか無いが、主力が出払った今、トウキョウ租界防衛の要でもあるのだ。
「しかし、総督。ガウェインの対空能力を加味すれば、航空隊をぶつけたとしても犠牲が増えるだけではありませぬか?」
「覚悟の上だ。ゼロさえ討てばヤツ等は烏合の衆。ドロテアやジェレミアも日本の小娘になんぞ仕える義理はあるまい」
「アウトレンジを徹底するよう通達しておけ。それでもガウェインからすれば的でしか無いが、航空隊の技量を信じるしか無いぞ」
それに対して懸念を示す幕僚達の言もコーネリアは折り込み済みであったが、制空権を取られてしまえば如何に大軍で包囲をしたところで意味は無い。エリュティア到着までの時間はなんとしても稼がねばならないのである。
「グラストンナイツに命令、現時刻をもって攻撃を許可する。イレブンどもとそれに組した反逆者どもを叩き潰せっ!!」
そして、決断の速さも彼女がブリタニアの魔女と恐れられた所以でもある。
本来であれば、ブリーフィングを終え、ダールトンを現場に送った後攻撃命令を出す予定であったが、騎士団側の戦力見積もりの甘さが裏目に出たと言える。
驕りがあったのか、それとも埋伏の毒に気を取られたのか、今となっては自身の失態を悔いている場合でも無かった。
「やってくれたなゼロ……。だが、貴様が如何に策士といえども、身に流れる血は代えられんぞ?」
そう呟いたコーネリアは、G1ベースの指揮を呼び寄せた幕僚達に。戦場を俯瞰した戦略指揮をエリュティアへと乗り込んだバトレーに任せると、自身はダールトンとギルフォード。
そして、親衛隊を引き連れて最前線へと出撃していった。
ついに開かれた戦端。
先手を取る形となったルルーシュであったが、それでも戦力差は圧倒的であり、ガウェイン――蜃気楼の投入を持ってようやく土俵に上がれたというのが実情でもある。
そして、この戦いと日本及びブリタニアの未来を掴む鍵を握る者達もまた、静かに運命の時を待っているのだった。
ギアス世界では、トラファルガーの海戦は逆の結果になっていると言うことで、ネルソン提督とピエール・ヴィルヌーヴ提督の立場も真逆になっているという設定です。