白き世界がルルーシュ達の眼前に広がっていた。
日本列島を襲った大寒波は豪雪とは無縁の関東平野を白く彩り、その地の有るすべての者達の視界を白く彩っている。
必然的に戦場の様相も変わりはじめる。
兵器の類いは冬季装備なども整い、その点検は両陣営共に抜かりは無い。しかし、生身で戦場に身を投じる歩兵。特に、レジスタンス達の多くはKMFや火器車輌の扱いは専門外で有り、冬季装備もブリタニア正規軍に比べれば充足率は劣っている。
必然的に黒の騎士団の前線戦力は減少を余儀なくされ、歩兵の補佐を前提に運用される火砲などへの影響が懸念されている。
対するブリタニア軍。
こちらは正規軍そのものは装備の充足に問題は無い。
しかし、KMF全盛の時代にあって、やはり歩兵の大部分は名誉ブリタニア人が占めており、当然の結果として彼等に対する装備の充足は欠けている。
結果として、カレン等の呼びかけによって目立ちはじめた各地におけるサボタージュや脱走などはさらに増え続けていた。
双方共に、長期戦は崩壊を生む事を自覚せざるを得ない状況にあった。
◇◆◇◆◇
「姫様、やはり名誉どもの反発は……」
「捨て置け。ゼロとカレン・シュタットフェルト無くば膝を折るしか無い弱者どもだ。その代わり、反発せども前線に止まる者達には冬季装備を支給しておけ。それに反発する者は我が麾下には必要無いともな」
サボタージュや反逆の報告は夜中でも絶え間なくコーネリアの元に届けられ続けている。
これが綿密に計算された一斉蜂起であったのならば対処に追われて黒の騎士団に隙を見せる結果になっていた。
だが、大半はカレン・シュタットフェルトに絡む謀略において扇動された者達。その根源を排除してしまえば問題は無いというのがコーネリアの選択であった。
統治者としては失政であれど、本国の状況と目の前の戦場に目を向ければ、脅威の度合いが彼女にとってはすべてであるのだ。
「だが、偶発を如何に利用するか。それが指揮官としての力量」
昨日より、否、先日の宣戦よりどこか近寄りがたい覇気を見せ続けるコーネリアにダールトン以下の幕僚や指揮官達は息を呑みつつも、眼前の美貌の主君が言わんとしている事を察するのは容易でもあった。
「殿下が激怒していると言う流布はすでに近隣一帯に流れております」
「ゼロやモニカにとっては一笑に付す流布であっても、幕下のイレブンどもにとっては」
コーネリアの発言を待たず、ダールトンもバトレーもそれぞれほくそ笑みつつ、額の汗を拭いつつ口を開く。
彼等にとって、ゼロという得体の知れぬ仮面の男やモニカ、ドロテアというナイトオブラウンズは強大な敵手。実際、彼等を討ち果たす事に対する喜びをもってコーネリアは全軍を鼓舞している。
しかし、その幕下に集まっているのは多くが日本人―彼等がイレブンと唾棄する支配階級達である。
長年にわたり激しい抵抗を続け、過去においてはブリタニアを脅かす経済大国であった。その事実は彼等も認めるところである。
だが、その反骨さや勤勉さが足を引っ張ることも往々にして見受けられる。特に、組織的な異分子に対する潜在的な反発心を持つのは民族性とも言えるべき要素である。
「グランストンナイツ」
そして、二人の言に応じるようにコーネリアが呼び出したのは、一人欠けたコーネリア軍の中枢を担う若き騎士達である。
「アルフレッドの事は残念であった。だが、貴官等を鬼にしてくれた事実は決して消えはせぬ」
そう言うと、四名を側に呼び寄せ、神妙に頷いた彼等の表情にコーネリアもまた満足げに頷く。
「ダールトン、我が騎士ギルフォードに伝令。“はじめよ”とな」
そう告げつつ立ち上がったコーネリアに対し、全員が答礼すると、淀みなく作戦行動へと移っていく。
かつてのように、“惰弱なイレブンども”と言うような油断は無く、彼等の元にあるのは、眼前の雄敵を討ち果たすと言う決意のみであった。
「全軍、出撃」
そして、コーネリアもまた愛機に乗り込むと、短くそう告げ、漣がやがて津波の如き奔流となってサイタマゲットーへと全軍が動き始めた。
◇◆◇◆◇
コーネリア軍出撃。
川口JCT付近に展開していたコーネリア軍主力が行動を開始し、同時に昨夜から続いていたECM妨害も密度を増している。
斥候としてゲットー外部へと進出していた部隊との連絡はすでに取ることは出来なくなっていた。
それに前後して、サイタマゲットーには夜半のうちに首脳達にとっては予想外の客が訪れていた。
「藤堂中佐達の動きは読まれていたと言う事か」
「断言はしたくないが……。ギルフォードは巧にこちらの埋伏を潰してきた。まるで……」
吹雪に紛れるようにコーネリア直卒の近衛部隊を率いるギルフォードは、各地に埋伏させていたレジスタンス達を追い散らし、行き場を失った彼等の大半は藤堂等の待機するカワゴエゲットーへと追い込まれているという。
ECMによって秘匿通信も困難になっている状況下にあって、卜部が単独でカワゴエゲットーを脱出し、危急を告げてきたのである。
「いや、それでいい」
「なに?」
「ル、ゼロ様、どういうことですか?」
当初の挟撃が読まれたという事態にルルーシュとモニカを除く首脳達の表情が曇るが、仮面越しのルルーシュの声色に動揺は無い。
「藤堂の所在を把握されたと言う事は、コーネリアは藤堂を無視できなくなっていると言う事だ。実際、わざわざジョーカーとも言えるギルフォードを派遣したのだ」
「我々がサイタマゲットーに籠もる以上、コーネリア軍も全軍を派遣することは敵いません。兵法の愚を理解しつつも軍を分け、藤堂等を抑えに行くと思われます」
「カレンが名を上げた以上、藤堂達の戦意も上がっているはずだ。加えて、コーネリアが名誉達の反抗に激怒していると言う風聞がある以上、必ず短期決戦を挑んでくる」
名誉達にとって、未来が見えぬ現状への絶望がブリタニアへの服従を選ばせた。だが、未来を掴み取る上での希望。
裏切り者となった自分達を守ってくれるであろう象徴が現れたことで、服従から反抗への道を選ぶ者が出始めている。
今は種火に過ぎなくとも、やがては燎原の火の如く手の施しようが無くなる存在になりかねない以上、火元を消しに来ることは当然とも言えた。
「……っ!? ゼロっ!! 前線部隊より、コーネリア軍前衛を確認とのことです」
そんな時、管制席のナナリーが声を上げる。
「まるで計ったようなタイミングだな。これもゼロの策か?」
「さてな。それで、数や指揮官は判明しているか?」
「お待ちください…………え? これって……??」
ルルーシュから意図を聞かされていたナナリーがやや芝居がかった喜色を含んだ声を上げると、リヴァルを初めとするその場に集まった首脳達に喜色が伝播していく。
やはりコーネリアは部隊を分けて双方を討つ事を決めたので有ろう事は全員が予想できたのだ。
しかし、ナナリーとともに管制席に付いているミレイが困惑の声を上げる。
普段の道化を装っているときならばともかく、こう言った場では極めて冷静な彼女の動揺にルルーシュは訝しげな声を上げざるを得ない。
「? どうした?」
「……確認できる部隊はKMF一個大隊及び歩兵連隊多数のみです」
「なんだと?」
そんな声に、先ほどまでの安堵感は消え失せ、室内に困惑が広がっていく。
歩兵は連隊多数と多勢であるが、作戦の中核となるKMFの数を考えれば多勢に過ぎる。加えて、支援車輌なども存在しないと言うのはあまりに歪な編成であった。
「どういうこと? ゼロ、あのぐらいは大したことは無いわ。指揮官がクラウディオであっても、アイツぐらいなら私が蹴散らせるわ」
「落ち着け。紅月、貴公はすでにただの騎士では無いのだぞ?」
「指揮官の力量を鑑みれば、伏兵を警戒するべきでしょうね」
「だからこそよっ!! 第42大隊よりもちっぽけな部隊を相手に籠城なんてしたら、味方になろうとしている名誉やナンバーズ達を失望させるわ」
「目に見えた挑発だ。放っておけば良い」
「ナイトオブラウンズは腰抜けって言われるわよっ!!」
「匹夫の勇とあざけられるよりはマシだ」
「二人とも、落ち着きなさい。ゼロ、如何いたします? 静観いたしますか?」
カレンにしてもドロテアにしてもルルーシュと同様に相手の歪な編成の一を読もうとしていることは把握できたが、やはりと言うべきか象徴に祭り上げられた事で責務を果たそうとするカレンと歴戦のドロテアでは判断が真逆となっている。
現状では双方の言い分に利があるため、ドロテアは冷静にカレンを諭しているが、二人の意見対立はそのままこの場の者達の意見を代弁していると言える。
とはいえ、肝心のゼロの判断を待たぬ事には結論は出ない。カレンも勇ましいことを言っては居るが、過去のように暴走することはせずに彼に決断を促すべく声を上げていると言う事が正解であった。
「ゼロ、お前さんらしくないんじゃないか? 現状を考えれば、藤堂さん達の危機とみる以外に無いと思うぞ?」
「フォークに掛けてきたと言う事か……。コーネリアっ」
そして、卜部の訝しげな表情と言に、仮面越しに読み取れぬ表情のまま、ルルーシュは鋭く声を上げる。
フォーク、所謂両取りという事であろうか。
現状、サイタマゲットーに籠もる黒の騎士団とコーネリア軍の戦力は単純に見れば1:3と言う状況である。
ここに、藤堂率いる旧日本軍が背後を突けば単純な戦力増強以上に挟撃という利を生み出すことが出来、さらにカレン・神楽耶という二人の象徴と藤堂という日本人の精神的支柱が組み合わされる事によって日本人の意気は大いに上がる。
地の利や戦略をもって耐え凌いでいた日本人が、ようやく五分の戦いに持ち込む事が出来る。
首脳達が事前に出した結論はこうであった。そのため、いらぬ火種を生みやすい藤堂シンパ達を藤堂に預け、切り札として温存してきたのである。
しかし、藤堂の挟撃が成立していない今の状況下で挑発に乗る形で討ってでた場合、クラウディオ隊の背後にコーネリアの本隊が潜んでいたとなれば攻撃隊の全滅は必至。
加えて、クラウディオに確実に勝てる指揮官となればカレンに吉田か永田を付けるか、ドロテア達に託す以外に選択肢は無い。
そして、どちらかを失った時点で黒の騎士団の勝利は極めて困難になる。
となれば、全軍で討って出ることが求められるが、ルルーシュは戦場においてはコーネリアに敵わぬ事は骨身に染みており、実際、油断無きコーネリア軍を戦力的に劣勢な黒の騎士団が勝てる保障は無い。
だからといって、藤堂がギルフォードを打ち破って挟撃に向かってきたとしても、コーネリアの狙いが正にそれであったとすれば、『黒の騎士団は“奇跡の藤堂”を見捨てた』と言う事実が生まれてしまい、騎士団のみならず、それにすべてを託した皇神楽耶の名声も、名誉達の象徴となりつつあるカレンの名声も一気に吹き飛んでしまう。
結果として、藤堂を奇跡という称号とともに英雄に祭り上げたままにしてきた長年の日本の宿痾が今もなおルルーシュを縛っているという事実がそこにはあった。
実際のところ、過去にあっても“裏切り”の決定打になったのは、扇の暴走では無く藤堂の不信と決断が根底にあったのだから。
現に、状況を冷静に判断できる卜部ですらも藤堂の危機を真っ先に口にしていることがその証明とも言えるし、吉田や永田達も卜部の言に表情を強ばらせてルルーシュに視線を向けてきていた。
「二兎は追えない……と言う事だな」
そんな状況下において、ルルーシュは静かにそう口にすると、仮面越しにカレンへと視線を向ける。
そして。
「黒の騎士団はこれより、カレン・シュタットフェルト・紅月を総指揮官にコーネリア・リ・ブリタニアとの決戦に挑む」
マントを大仰に振りかざしつつ、腕を振るいながらそう告げたルルーシュの言に、指揮官に指名されたカレン以下の首脳達は一斉に頷いたのであった。
◇◆◇◆◇
サイタマゲットーにて一つの決断が下されたまさにその頃、カワゴエゲットーにおける戦闘は“はじまってもいなかった”。
豪雪による視界不良に加え、電波ジャックによるレーダー及び通信の妨害によって動きを立たれた藤堂達は困惑と共に吹雪を見つめていた。
『藤堂さん、カレン嬢を英雄に祭り上げるのはともかくとして……、俺達は決戦から外されたわけですよね?』
「突然どうした?」
そんな状況に焦れるように声を上げた朝比奈に対し、藤堂は眉をひそめる。
南方での激戦に日本全土が目を奪われる中、藤堂達は東西及び北に殺到したブリタニア軍を攻撃し、合流してくるレジスタンス達を従えて肥大している状況。
加えて、来たるべき時に備えた埋伏も方々に行ってきていた。それが、ギルフォードによって排除されていっている状況にあって、縁の下の力持ちに徹する事への苛立ちが募っている。
朝比奈は仲間達の声をそう代弁していた。
さらに彼個人としては、ギルフォードの排除を卜部や仙波に任せたことに対する嫉妬も入り混じっていたのだが、その辺りは藤堂に悟られまいとしてもいたのだが。
『勝利への切り札と言えば聞こえは良いが、紅月を押しているのも、藤堂さんに対する牽制なんじゃ無いですか?』
『ゼロ自身も、藤堂さんが居ては騎士団や日本を支配できないと言う気持ちもあるかも知れないな』
「それは無いと以前から言っているだろう? それに、私は指導者という器では無い」
藤堂自身もこの若い二人の四聖剣の心酔を按じてはおり、事に触れては窘めて来ては居た。だが、ゼロの正体やその目的を知る藤堂自身と得体の知れぬ仮面の男という認識の両者ではどうしても印象に差が出てしまう。
であれば、軍人としての分を弁えぬ以上は降格なども考えるべきだったのだが、藤堂自身がそうであるように、二人は若さ故の暴走があれど、他者の指揮下にあっては強力な戦力になる存在である以上、側に置くという選択をせざるを得なかった。
とは言え、今回の策に関しては腑に落ちぬ点も多い。
コーネリアがギルフォードを派遣してまで埋伏を潰したことはともかくとして、所在を掴んで居るであろう自分達への攻撃をしてこないことへの予測は立つ。
つまりは、誘っている。と言う事である。
藤堂自身がそれを悟ることが出来たのに対し、ルルーシュとモニカは当然として、ジェレミアやドロテア、さらには桐原や刑部が気付かぬはずは無い。
カレンを指導者として祭り上げるための演出としては博打が過ぎるとも思うし、みすみす電波ジャックを許したと言う点も藤堂には腑に落ちなかったのだ。
『貴方自身は気付いていると思いますが、天に日は二ついりませぬ』
そんなことを考えつつも、朝比奈や千葉の危惧を肯定するかのような主君たる少女の声が脳裏によぎる。
事実上の君主であった皇神楽耶は、サイタマゲットーにおいて名実共に日本の主となった。彼女の言を借りれば自身の声望とそれに心酔する者達に対する懸念であろうか?
藤堂自身、軍人と言うよりは武人として国家に仕え、軍人として戦って居るうちに奇跡の名と共に指導者的立場へと祭り上げられてしまっていた。
好きでそうなったわけでは無い。
心の奥底でそう思ったところで、口に出すことは無く、期待と疑惑の双方を受け止めるしか無かったものの、かつてブリタニアを潰すと宣言した少年もまた仮面越しに自分を信用していないことには気付いていた。
同時に、卜部が調べ上げてきた一つの疑念も藤堂の脳裏に刻まれていた。
『片瀬少将なんですが、調べて見るとちょっと引っ掛かる点があるんですよ……』
そう前置きして語って言葉。
片瀬に殉じたとされる幕僚達の中で一人、生死不明になっている幕僚が存在しており、彼は刑部の腹心として陸軍の暗部に在籍していたと言うのである。
つまりは、片瀬の自決にはどこか謀略の匂いが隠されて居るのではないか?と言う疑念であった。
もっとも、片瀬自身の死は敗戦や草壁等の暴走に対する贖罪であり、結果として彼の名誉は守られたと言える。
卜部自身も悪意があったわけでは無く、朝比奈とラウンズの近衛騎士が揉めたことで、将来の火種になりかねない事実を藤堂に告げておきたいと前置きしての事でもある。
だが、神楽耶の発言を加味すれば、疑念は大きくなりつつある。コーネリアの策謀に対する反応が鈍い事も含めて。
『藤堂さん、もし、騎士団が俺達を囮に使おうとしていたとしたら……』
『ここには、日本のために戦おうという人間達が集まっていると言う事も忘れないでください』
そんな藤堂の思考を見透かしたかのように口を開く朝比奈と千葉に対し、藤堂はゆっくりと頷くしか無かった。
『いらんことを言うモノでは無い。中佐、ギルフォードのヤツめを漸く補足できましたぞ』
そんな時、卜部と共に斥候に出ていた仙波が帰還し、いつもの如く若武者二人を窘める。
吹雪の中、互いに所在を探り合っていたギルフォードを発見した様子である。
吹雪を利用して巧に潜伏し、埋伏を潰していた様子であったが、これ以上好き勝手を許すわけにもいかず、加えて、コーネリアの動きをある程度読み切れていた藤堂もまた、一つの決断を下そうとしていた。