吹雪はさらに濃くなりつつあった。
「ジェレミア、レーダーの状況はどうだ?」
『はっ、雲の上にまで来ましたが、状況は変わりませぬ』
「分かった。一度降りて来てくれ」
動き始めたコーネリア軍。クラウディオ率いる先陣は紅蓮を先頭にした全軍出撃を待っていたとばかりに後退を開始し、戦闘車両等を犠牲に巧にこちらの追撃をかわしつつある。
ECM妨害と猛吹雪の影響で敵歩兵の待ち伏せを複数回受けつつも先頭のカレン達は見失うこと無く追撃を続けている。
とはいえ、周囲は吹雪に加えて舞い上がった粉雪によって視界が塞がれている。近距離レーダーが機能していなければ車輌群は元より、KMFですら衝突してしまう可能性も有るほどに。
一種のホワイトアウトという状況であったのだが、ここまでの異常気象はルルーシュですら記憶に無い。
「日本史で有名なオケハザマの戦いでも、開戦前に視界を塞ぐほどの豪雨があったらしいが、今回も同じかな?」
「さてな。私でもその時代は知らん」
ルルーシュの軽口に機体を走らせつつ応じるC.C.の表情にも特段の変化は見られない。ルルーシュ自身も先ほどの作戦室での苦悩めいた様子とは打って変わって平然とした様子である。
コーネリアに一本取られた形ではあったが、戦場の機微に関してはルルーシュが知る中では1番とも言える人物である。苦戦は当然のことと初めから分かっていたのだ。
異常気象など、コーネリアにとっては持ち駒を隠す好機ととらえるだろうと言う事も。
「誘われている事は分かっていたのか?」
「ああ」
「見え見えの演技だったが、それでもカレン達は困惑した様子だったがな」
「この戦いの主役はあくまでもカレンだ。俺の失態を彼女がカバーする。そう言った形式が整わねば意味が無い」
そのための犠牲は自分が背負う。
人種や思想を問わぬ事を掲げた合衆国日本とはいえ、皇神楽耶と並び立つには“敵国の皇子”や“得体の知れぬ仮面の男”では無理があるのだ。
そして、カレン達を煽ったのは、と言うよりも卜部の言に乗ったのだが、藤堂の危機という一点に動揺する日本人が多かった事も事実である。
ゼロとしての自分が指揮を取って結果として藤堂達が囮になったのならばゼロの失態として処理すれば良い。
だが、現状は騎士団のトップはゼロでも、日本人とブリタニア人の象徴的立場に押し上げられているカレンが“藤堂を見捨てたゼロの部下”と言う構図は避けたかった。
そのために、現場の指揮官にカレンを任命し、ルルーシュはジェレミアと共に後方にて補佐に当たっている。
仮に藤堂等がコーネリアに殲滅させられていたとしても、それは現場指揮官のカレンの責任では無く、決断の遅れたゼロの責でしか無い。
「お前達の過去が真実ならば、あの小生意気なヤツ等の矛先はお前に向くだろうな。それでも、易々とコーネリアにやられてしまうほど柔では無いと思うがな」
「それはそうだ。とはいえ、アイツらの不信がカレンにまで向いてしまっては意味が無いからな。ついでに、片瀬の件でカレンが激怒すればちょうど良いだろう」
「それは余計な事じゃ無いか? 片瀬帯刀の粛清は立場を考えれば正当な処分だぞ?」
「卜部の話ではキョウトにも不信感をもっている。そして、キョウトとゼロは神楽耶を頂く君側の奸というわけだ」
「ゼロは仮面を被ったまま日本を去り、キョウトはこれまで通り地下に潜る。というわけか」
C.C.自身は過去の記憶は無い。
しかし、コードを持つ事で人の理を外れた身である彼女は、ルルーシュとジェレミアの言動を聞くと無意識に信用してしまう。Cの世界において繋がりがあるのか?とも思うが、その辺りの真相を探る余裕は無い。
いずれにしろ、過去も相まってどこか信用できず、かつあまり好意を持てない者達に対する嫌がらせともなればC.C.も特に反対するつもりは無い。
「しかし、カレン達は決死の覚悟でコーネリアの罠に嵌まりに行っている状況だが、策はあるのか?」
ここまで余裕を保っているルルーシュを見れば、現状では不測の事態は起きていないと言うのはC.C.でもわかる。
ルルーシュが想定外の事態に弱いというのは本人の口からも語られている。とはいえ、同乗者であるC.C.にも伝えていない策を当然だが地上部隊に居るカレンやリヴァルが知るよしも無い。
実際、先頭を走るカレンは吹雪と雪の作り出した白い闇の中を必死で駆けている状態であった。
◇◆◇◆◇
撤退は初めから想定されていたことは見ても分かる。
クラウディオはこちらの砲撃が届かぬ距離を保ち、時折反転してこちらを砲撃、さらには瓦礫の影からの砲撃もいくつか繰り返されていた。
果たしてそれが藤堂部隊撃破のための時間稼ぎか、それともこちらを死地に誘い込んでいるのかまではカレンにも分からない。
現状では、ルルーシュの言うとおり、藤堂部隊を救うべく前進する以外にはない。
『本国で変事が起こった以上、コーネリアも賭に出ている可能性は有る。藤堂部隊が壊滅すればこれまで積み上げたモノは瓦解するし、俺達を誘い出しさえすれば殲滅する事も出来る』
ルルーシュがフォークと呼んだ“王手飛車取り”の状況であるのは分かる。実際、卜部が危険を犯してこちらに現状を伝えてきたことと、コーネリア本隊の位置が掴めないことで藤堂部隊が危機に晒されている可能性は大きいことも。
『現場ではカレンが正しいと思う判断を取って良い。俺とコーネリアでは残念ながらコーネリアの方が将器は上だ。これは、ドロテアやモニカでも同じ事だ』
総指揮官を明言された後、ルルーシュに突然のことを問いただしたカレンに告げたルルーシュは、状況的にこちらも賭に出るしか無いと前置きした上でカレンの才能に賭けると告げてきていた。
KMFの登場によって戦場の様相は変わり、かつてのように総司令官が後方にて全軍を統括するだけでは足りず、戦場に足を運ぶ、ある意味古代の豪傑達が凌ぎを削った時代に戻りつつあると言う。
ドロテアやジェレミアのような戦場の雄であり、現場指揮官としての才を持ち合わせている者は居るが、コーネリアはその上を行くと言うのがブリタニア人達の評価だと言う。
『実際のところは俺にも分からん。だが、ブリタニア人にはそれが事実として脳裏に刻まれてしまっている。その時点で俺達はコーネリアには勝てないのさ』
戦場では一瞬の判断が勝敗を左右する。
そして、コーネリアを良く知る彼等は、ブリタニアの魔女として世界中で戦ってきた彼女の威名脳裏に刻まれているため、その一瞬で後れを取ってしまうのだと。
だからこそ、ルルーシュはカレンを指導者的な立場に押し上げようとしているとも。
カレンとしては迷惑な話でもある。
とは言え、もはや後戻りできない立場に祭り上げられてしまったともなればやるべき事はやるしか無い。
「っ!? 何、これ…………??」
追撃を続けながらルルーシュ達とのやり取りを思い返していたカレンだったが、周囲に積み重なった瓦礫群が消え、眼前に白き世界が広がったことに目を見開く。
『ホワイトアウトだ。荒川と新河岸川に挟まれた低地には田畑が広がっているからな。遮蔽物が無いところにこの風雪だ』
卜部の声に改めて眼前の光景に目を見開くカレン。
位置情報から旧富士見市から川越市に伸びる富士見川越バイパスの入口に居ることは分かっているが、かつての町並みが破壊された事で起きた現象だと言う。
「…………斥候部隊を出すわ。ゼロ、良いわね?」
『分かった。俺達ももう一度上空から見てみよう』
『付近に埋伏させていた部隊が居るはずだから俺も情報を取ってみるぜ』
視界が遮られた以上は互いの目と目の戦いとなる。
とは言え、数で勝る相手との遭遇戦だけは避けたいというのがカレンの心情でもある。これがコーネリアとの一騎討ちであったのならば、カレンは迷わずホワイトアウトの中へと飛び込んでいくところだったが。
万全の状況で待ち構えていられては待っているのは全滅しか無い。とは言え、自分達が視界を塞がれているように、コーネリア達も状況が同じ事は間違いが無い。
『紅月、埋伏部隊と連絡が取れたぞ』
「どうなっている?」
そんな事で思考が渦を巻きはじめたカレンだったが、ほどなく埋伏部隊を連絡を取っていた卜部の声に、一瞬の安堵を覚えつつ答えを求める。
『コーネリアは、全軍でカワゴエゲットーに総攻撃中だそうだ…………』
しかし、返ってきた答えは、考えられる中で最悪の答えであった。
『待て、虚報では無いのか? いくら何でも速すぎる』
『かも知れない。到着した時点で虫の息だったからな……』
『なに? そやつはどこから来たんだ?』
『本人はカワゴエゲットーから来たと言っていたんだ』
指揮官級達は沈黙をもって卜部の報告を聞いていたのだが、眉をひそめたドロテアが口を挟む。
卜部の言い回しに含みがこもっていた事にカレンも違和感を感じていたのは、卜部もまたドロテアと同じ疑問を抱いていたからと思える。
しかし、重傷を負い、おそらくすでに事切れているとも考えられる。だからこそ、拷問の果てに偽りの情報を植え付けられた可能性も有る。
しかし、真実だとすれば藤堂部隊は単独でコーネリア軍と激突しており、黒の騎士団はクラウディオ率いる一部隊の為に藤堂部隊を見捨てたことになる。
『…………ゼロ、紅月』
『言っておいてなんだがな……』
二人の表情。そして、沈黙したままのゼロとモニカを初め、永田や吉田と言った指揮官達。
それぞれの表情を見つめる。
「ゼロ、もう後には引けないわね。藤堂さん達どうなっているのであれ、クラウディオ隊だけでも蹴散らさなければ何にもならないわ」
『…………良いだろう。カレっ!?!? な、なんだっ!?』
『ルっ!? ゼロっ!?』
『我が君っ!?』
そして、カレンはゼロに対して反対はさせないとばかりに鋭い視線を向けると、それを受けたゼロもまた当然ばかりに頷こうとしたその時、蜃気楼の投影画面が波が走るように影像が乱れ、蜃気楼に同行しているジェレミアとシャーリーの声だけがカレン達の下へと届く。
「何事っ!?」
『エリュティアからの攻撃だっ!! カレン、コイツは俺達がやるっ!! だが気を付け』
「ちょ、ちょっとっ!?!?」
『落ち着いてください。エリュティアが蜃気楼を攻撃したと言う事は、コーネリア殿下の軍が居る証左とも言えます』
エリュティアはブリタニアの航宙戦艦であり、この視界が取れない状況下にあっては切り札になるであろう存在である。
『まさか、私達の動きはすべて把握されていたと言う事?』
『可能性は否定できません。ですが、現状ではエリュティアからの攻撃はゼロ達が引き受けてくれています。つまり、戦場での結果がすべてを決すると言う事です』
『私達にとっては予測されていた状況になってきたと言う事だ』
続けざまに起こる不測の事態。
そんな状況にあって、動揺と困惑が指揮官達にも広がりつつある中、モニカが冷静に、そしてドロテアが勇ましく口を開く。
『たしかにな。っと言う事は、攪乱工作のためにアイツらをあんな目にか……。やることがえげつないぜ』
「そうね。だったら、きっちり落とし前付けてもらおうじゃ無いっ!!」
そして、モニカとドロテアの声に平静を取り戻したカレンは、卜部の言に頷くと、力強い声で軍を前進させる。
方針が定まったとは言え、眼前に広がる白き闇は開ける様子も無く、彼女等の視界を妨げ続けていく。
勇ましい進軍であろうとも、いつ伏兵が襲ってくるか分からぬ状況は自然と戦士達を疲弊させる。
時間は掛けられない――これは、カレンのみならず各部隊指揮官達の共通認識でもあった。
『薄れはじめましたね……』
そして、バイパスを前進していくカレン達。
モニカの声に目をこらしてみると、たしかに先ほどまでの白い世界がゆっくりと薄れつつあるように見える。
そして……、増水した新河岸川を越えたカレン達の目に映ったモノ。
それは、白き闇の中から浮き出たかのように、万全の体制で布陣するコーネリア軍全軍の姿であった。
『チェックメイトだ。ゼロっ!!』
そして、怒りに震える魔女の咆哮が、白き闇間を吹き飛ばすかの如く戦場へと轟いていた。
今回は少し短くなってしまって申し訳ありません。
コーネリア軍の全容を事細かに書くより、こうした短文の方がヤバさが伝わるかと思い、切りの良いところで投稿させて頂きました。
短くした分、続きを早めに投稿できるよう頑張ります。それでは。