エリア11と本国の通信遮断はすでに一週間になろうとしていた。
折しも、関東地方を大寒波が襲ったことで租界の住民達は家にこもり、デモ等の発生はほぼ見られないが、混乱の中でコーネリア総督の黒の騎士団討伐が決行された事で皆が皆不安を顔に覗かせていた。
普段であれば世間のことなど気に掛けない、研究区画においても動揺は見られ、そこに詰める研究責任者という名の技術官僚はその辺りの管理も求められる。
とは言え、状況的には上役に状況を報告し、情報を引き出す以外には無かったが。
「租界へのサクラダイト供給に関しましては今のところは問題ありません。また、以前提案されたエネルギー変換もあと一歩のところにまで来ております」
『了解した。スマンな、本分とは異なる事まで任せてしまって』
ここはサクラダイト研究区画で有り、その責任者はコーネリア総督によって本国より召還されたバトレー・アスプリウス。
クロヴィス前総督の補佐役としてエリア11に赴任していた頃は典型的なブリタニア貴族として傲慢な面が目立つ人物であったが、一度失脚を経験したからか、ずいぶんと丸くなり、有能な将軍かつ官吏として今では研究者達からも評判は良い。
と、区画の責任者であるジョセフ・フェネット自身も上役を見直しつつあった。
とは言え、画面越しに色黒の禿頭に浮かぶ汗を拭う姿はこれまで以上に疲弊している事がよく分かる。
クロヴィスの死に責任を感じていた事もあるが、政戦両道に通じるとは言え、根本は武人であるコーネリア陣営の人間達に対し、元々エリア11にあった官僚達との意見の摺り合わせも担う立場である。
そのため、決戦に意気上がる武人達とは異なり、今回の戦が危険な行為であることを理解しているのであろう。
今も決戦に挑もうとするコーネリアを補佐するべく、航空戦艦エリュティアに座乗して猛吹雪中航空支援の指揮を取っている。
「閣下。お疲れのところ、申し訳ありませんが、本国との通信は……」
『今だ不調のままだ。娘さんと連絡が取れないことは申し訳が無いが……。そういうことにしておいてくれ』
多くの民間人や軍関係者と同様にジョセフも本国に(表向きには)留学している娘の事を案じる日々である。
だが、バトレーの言から、ただ事で無い事を察することは出来るし、表沙汰になれば今のような事態では済まないことも。
だからこそ、娘の事に対する心配は募るばかりであったが、あくまでも技術官僚である彼にはそれ以上の詮索は不可能であった。
『このような状況だからこそ、君達は研究の実現に注力して欲しい。余計なことを考えるよりはマシだと思うが。どうだね?』
「その通りでしょうな……。ご武運を」
実際のところ、研究者達は普段は家族のことなど気にせず研究を優先する事が多い。非常事態を日常と同じように扱うのもどうかとは思うが、この状況下ではそれに反論しても意味があるとは思えなかった。
「ふう、みんな閣下の言うとおり、今は我々にはどうすることも出来ない以上、研究に打ち込んで欲しい……とは言え、少し休んだ方が良いな。各自、一端休憩してくれ」
緊張が張り詰めているのは何も戦場ばかりでは無い。
異常事態においてはすべての人間が緊張に晒されるモノでも有る。逆に、打ち込めるモノが有るというのは時としては幸せもかも知れなかった。
そして、ジョセフは弱まりつつある雪の様子を見ておこうと研究区画から海を臨める区画を求めて足を進める。
サイタマほどではないが、トウキョウ租界もかなりの積雪になっており、除雪車輌やイレブン達が駆り出されている。
「海も荒れているな……」
軍人達が世話しなく動きまくる中を窓辺へと歩いたジョセフは曇天に覆われた海を見つめつつ、周囲の喧噪にも耳を傾ける。
主力が出撃している為か、テロリスト達の襲撃に備える必要も有り、支援物資を送る手配も必要になって来る。
軍が停止することは基本的には無いと言うのはこういった側面もあるからだったが、今は通信遮断による混乱にも目を向けねばならず緊張状態が続いており、軍人達の表情にも疲れが見える。
「……シャーリー」
そんな周囲の喧噪を意識しつつ、ジョセフは海原を見つめる。
この灰色となった海の向こうにあるブリタニア本国。
その地にある娘の身を案じる点に関しては、他の子を持つ親と変わりは無い。
ただ、ジョセフ自身は自らの職務が娘に胸を張れるモノで有るかという点に関しては疑問符が付いていた。
「真相を知ったら、あの子は許してくれんかも知れんな……ん?」
そして、自らが進めている研究内容を思い返しつつ、海原を見つめていたジョセフは、今も風雪吹き荒れる海上に僅かな違和感を感じ、さらに目を細める。
雲間に僅かに認められた影。
本当に目をこらさなければ認められないその小さな影。しかしそれは、やがてはっきりと認識できるほどに大きくなり、叫ぼうと思った瞬間には政庁内部がけたたましいサイレンに包まれていった。
◇◆◇◆◇
ジョセフとの通信を終えたバトレーは、早朝より続く騎士団KMFをにらみ付ける。
互いに決戦兵器を装備した関係上、正面を取ることは出来ぬ状況にあり、さらに風雪の中で航空戦力は彼等の座乗するエリュティアのみである。
ここでゼロの乗る蜃気楼と随伴の二機を逃してしまえば、地上戦で優勢にあるコーネリア軍は壊滅するしか無い。
そして、それはゼロ達も同様であり、エリュティアを野放しにすることは地上部隊に対するトドメの一撃になる。
コーネリア達と比べれば軍才の劣るバトレーとしては、ゼロに対する壁となっている今の状況は逆にありがたかった。
「先日はゼロにしてやられたが、同じ失敗は出来ぬぞ。絶対にヤツ等を逃がすなっ」
とは言え、バトレー自身、エリュティアを持ってしてもゼロ達を撃破出来るとは思っていない。
ゼロの乗機―蜃気楼の装備するハドロン砲と同等の艦首砲を装備するエリュティアであれば、その気になれば三機をまとめて討ち果たす事も出来る。
だが、大人しく三機がまとまるはずは無く、一機を落とせたとしても、残りの二機が黙っていることは無い。
となれば、今の均衡した状況がバトレーにとっては最良で有り、それを崩すとしてはゼロの方からと言う事なるだろう。
「バトレー将軍。ゼロめが再び動き出しましたっ!!」
「弾幕を張りつつ、ハドロン砲のチャージを開始せよ。標準は常にゼロをとらえておけっ」
そして、動いてくるならば、こちらの標的はゼロのみ。最悪、相討ちでもゼロを討てれば、いくら皇神楽耶が健在であっても“合衆国日本”なるモノは元の木阿弥でしか無い。
そんな事を考えていたバトレーであったが、その眼前で予想だにしない事態が起こる。
三機のうちの一機。
今日から参戦してきた白い機体が、エリュティアに急接近したかと思うと、常識を外れた動きで弾幕の集中砲撃を回避し、そのままの勢いで地上へと滑空していったのである。
動き自体はそれまでの蜃気楼と随伴機―サザーランドローヤルの動きに隙がほとんど無い事と比べ、幾度となくこちらの射線に身をさらし続けるのであったが、その都度奇跡的とも言える回避を続けてきていた。
技量自体は他の二機から比べればはるかに劣るが、生存に対する本能と言うべきか、危機を回避する能力に長けた存在であるのだろう。
だが、地上へ向かって滑空する今となっては、その背中は隙だらけであった。
「機を逃すなっ!! 一気に叩きのめせ」
「将軍っ!! ゼロがっ!!」
「むっ!?」
そして、滑空機へと意識を向けていたバトレーの目に映ったのは、ハドロン砲をチャージしたままエリュティアへと向ける蜃気楼の姿。
その後背にはサザーランドローヤルが居り、エリュティアからの反撃に際しては身を挺して蜃気楼を守るつもりで有ろう事は容易に想像が付く。
「ジェレミア卿がそこまで……。ゼロめ、ここに来て勝負に出たか?」
サザーランドローヤルを犠牲にし、蜃気楼が損傷したとしてもエリュティアを破壊すれば制空権はたった一機だったとしても騎士団に傾く。
異常な生存本能をもった機体で有り、コーネリア等が排除に動いたとしても多くが一方的な攻撃に晒されかねない。
とは言え、現状のバトレーにとっては目の前の状況を打開する以外には無い。
そして、ゼロがそう判断したように、バトレーもまたハドロン砲に賭けるしか無い状況でもある。
「ゼロがそう来るならば、我らとしても応じるまでっ!! ハドロン砲を発射準備っ!!」
「そうはいかねえぜっ!!」
「むっ!? がっ!?!?」
しかし、覚悟を決めたバトレーの叫びは、彼の背後からの声と、頭部への激しい打撃によって封じられることになる。
激しい衝撃によって目の前に光が飛び散り、暗転する最中で、バトレーが見たのは虚空を急降下していくいくつもの影達の姿であった。
◇◆◇◆◇
破れかぶれの攻撃にしては圧力が段違いと言えた。
カレン・シュタットフェルトとの交戦を続けながら、コーネリアは包囲の輪を縮めていくよう命じてあったが、手際よく一隊を仕留め、二隊目も半壊させた状況下。
すでに車輌部隊は潰走寸前となり、KMF部隊もカレン・シュタットフェルトが突出して敵中に孤立し、ドロテアが戦意ある者達をまとめてそれを救うべく親衛隊及びクラウディオ、エドガー隊と激しく交戦している。
しかし、そう言った精鋭を引き抜かれた残存部隊が崩れないのである。
そのため、クラウディオとエドガーは巨大な敵の猛撃に晒されているのであるが、これに関しては計算外である。
もっとも、眼前に待ち構える巨大な敵に対して勇敢にも突撃してきたカレンの判断をコーネリアは利用して騎士団の戦力を追い込んでいる。
今は必死に耐えていても、数の暴力の前に長くは続かない。
カレンとドロテアという獅子と近衛騎士という中核が居たとしても、多くは羊の群れ。
獅子に率いられた獅子の群である自分達をそれが撃破する事などは絶対に有り得ないと言う自負がコーネリアにはある。
(小娘の動きはゼロも手中。おそらくは私が待ち構えていることを理解して上で追撃をさせた)
当初はサイタマゲットーにこちらを引きつけ、藤堂等の接近を待ってサイタマゲットーに侵入させ、包囲をしく手はずであったはず。
名誉ブリタニア人部隊の行動の結果、名誉達の反発はエリア中で広がりつつ有り、異常気象が無ければ全面的な放棄に繋がる危険すらもあった。
そうなれば、こちらも短期決戦を選択せざるを得なくなる。
ゲットー内部にはリニアカノンを搭載した機体が複数埋伏されていたと言う報告も受けているし、何よりゼロの機体が装備するハドロン砲を狭い租界内部で使用されることは単純に脅威であった。
それに対する選択肢として、エリュティアにも装備された同様のハドロン砲をもってゲットー諸共破壊すると言う選択肢もあったが、それに関してはコーネリアの美学に反する。
ゼロというテロリストを自らの手で屈服させることが出来なかったと言う証明にしか成らないのだ。
(名誉等を用いた一つ目の仕掛け、藤堂鏡志郎等との不仲を利用した二つ目の仕掛けに関しても私は封じ、小娘等を原野に誘き寄せた……。このまま押し切れば勝利は揺るがぬ。だが……)
軍人としての本能なのか、危機回避能力の一種であるのか、自らの戦に綻びは無いと言う確信を持っているコーネリアであったが、僅かな戦場への違和感を感じずには居られない。
とはいえ、眼前の強敵を前にした命の危機がそうさせているのかも知れず、これまでコーネリアは幾度となくそれを戦意へと変えて来た。
「……ふん、私を恐れさせるか」
『なによ、いきなり?』
「まあ良い。全力で貴様等を倒す。初めから、そうしていれば良かっただけのことだ」
『それはこっちの台詞よっ!!』
そして、包囲を突破しつつあるドロテアとそれに続く二機の機体を一瞥したコーネリアは、改めてカレンの搭乗する紅蓮へと視線を向け、手にしたランスを構える。
戦場に対する違和感は、おそらくはゼロの謀略の一種。だが、それがあったとしても、この場でカレン・シュタットフェルト・紅月が戦死すれば意味は潰える。
その単純明快な答えにあっさりと辿り着き、それに戦意を向けられることは彼女が軍人としても武人としても優れるが故のこと。
そして、上空を滑空しはじめた白い機体に関しても、攻撃の意図を見せなければ切り捨てておける事もまた、眼前の勝利を目指す戦士としての資質であるのかも知れなかった。
天使の如きその姿が、彼女にとっての死神である事は知るよしも無く。
◇◆◇◆◇
地上での戦闘はまったくの不利という状況だった。
コーネリアと激突するカレンが互角に戦いながらも包囲下に引き込まれ、ドロテアに蹴散らされたバート隊が包囲を察して後方に回ろうとした部隊を壊滅させ、指揮官の木下も戦死し、永田の指揮する名誉ブリタニア人部隊も疲労から脱落する機が出て数を討ち減らされている。
吉田の指揮する中央が卜部の補佐を受けて持ちこたえていたとは言え、車輌部隊との間隙が生まれてしまったことでKMF部隊は包囲下に。戦闘車両も川を背後に半包囲されている状況である。
『殿下。頃合いでしょう』
そんな状況を後方にて見守っていたモニカからの通信を受け、ルルーシュ達はそれまでエリュティアを引きつけていた状況に変化を持たせはじめる。
『ルルっ!! 行ってくるねっ!!』
紅蓮壱式へと戻ったシャーリーが危険な場面を回避しつつ、自身の役割を果たそうという状況を見つめるしかない。
ルルーシュの心情としてはシャーリーに危険な役割を託す事は忸怩たる思いがある。
実際、ドロテアとの戦いの後にはG1ベースにてナナリーとともにCPを担当させ、戦域統括能力も高かった。
とは言え、紅蓮壱式に乗せてしまったことで戦力的な計算が立ったことで、それを活用しない点を訝しがられるのもまた彼女にとって好ましくは無い。
そして、カレンと共に重い役割を果たした以上、彼女をルルーシュ自身の都合で縛ることは出来なかった。
「心配しなくても大丈夫だ。恋する女はしぶといモノだぞ?」
「シャーリーをお前と一緒にするな」
「根本は一緒さ。私のように男など自身に尽くさせる存在にでもなれば別だが」
「たしかにそうだな。出来るくせに惰眠を貪り、俺の金でピザを食べ尽くすお前はな」
そんなルルーシュに対し、不敵な笑みを浮かべているであろう、C.C.が口を開く。
どうしてもこの2人のやり取りは夫婦漫才みたいになってしまうのだが、その真意がなんとなく理解できるルルーシュとしては、二度目の人生であっても彼女には敵わないとも思わされる。
とはいえ、ワザとだらけられると腹立たしいことに変わりは無いが。
『お二人とも? 戦の最中にございますよ?』
『お兄様?』
と、そんな二人のやり取りに、柔らかな表情のモニカとナナリーの通信が届く。
全員が命がけで戦う中で、その緊張を和らげる類いの冗談は必要ではある。とはいえ、機体内部という密室で年頃(の外見)の男女がする会話としては妥当な雰囲気がするため、逆に戦場の空気には合わない。
だからなのか、二人の笑顔にルルーシュは背中に何やら冷たいモノが走るが、さすがにこちらに非があることなので頭を下げるしか無い。
「軽率だったな。スマン」
『いえ。殿下、改めて申し上げます。頃合いかと』
「よし。ジェレミア、C.C.、エリュティアに可能な限り肉薄し、あちらの意識をこちらへと向けるぞ」
『承知っ!!』
「ああ」
そして、蜃気楼とサザーランドローヤルが弾幕を潜るように接近していくと、それまで紅蓮壱式に向けられていた砲火が減り、双方への攻撃が開始される。
それを見て、シャーリーは機体を地上へと滑空させていく。なおも追撃を続けるエリュティアだったが、ルルーシュはハドロン砲へとチャージを開始し、C.C.とジェレミアはそれぞれ機体をエリュティアの正面へと向ける。
当然のように、エリュティアもまた艦首のハドロン砲へのチャージを開始した様子が見てとれる。
互いに一撃必殺となる兵器。後年のような絶対守護領域が完成していない以上、こちら側が有利になる事はない。
万一に備えてジェレミアがブレイブルミナスをもって機体を守るつもりであったが、策が成ればそれも必要は無くなる。
『お兄様、コーネリアお姉様がカレンさんだけで無く、ドロテアさんとも戦闘を開始しました。グラストンナイツの二人もリヴァルさんと卜部さんが交戦中です』
「了解した。ギルフォードとダールトンは?」
『藤堂隊の猛攻で一進一退の状況です。やるなら今ですっ!!』
「よしっ!! 状況はすべてクリアされたっ!!」
そして、エリュティアと正面から睨み合うルルーシュの元に届けられたナナリーからの通信。
一つ目の仕掛けを見破り、二つ目の仕掛けを逆に利用してカレン達を追い詰めて見せたコーネリア。
ルルーシュとしても、過去の自分だったとしてもここまでこれるとは思っている。だが、コーネリアに対しては為す術無く敗れるだけであっただろう。
カレンが藤堂等の救援のために突撃することを否定して彼女と不和を生んだ可能性もある。
だからこそ、コーネリアに対しては過去の自分となって、作戦を読ませた。
彼女と本格的な交戦を可能な限り避けていたのも、一戦にて決着を付けるため。本来であれば、中華との連携を作り出してから確実に勝ちを取りに行きたかったが、ユーロブリタニアの暴走が思わぬ自体を呼び起こしてしまった。
短期決戦を選択せざるを得なくなったのは何もコーネリアだけではない。ルルーシュにとっては、今の仲間達と同様に、ユーフェミアやスザク達も大切な存在であったのだ。
(姉上はたしかに名将。だが、如何なる名将でも、政戦のすべてで他者を超越することは不可能……。そして、二重の仕掛けまでは見破ることが出来ても、三重の仕掛けを見破ることは“名将”であるだけでは見破れない)
眼前のエリュティアが沈黙していく様を見つめながらルルーシュはそう思考する。
そして、ほどなく上空より無数の影達が自分達の周囲を飛来し、急降下していく。
「ジェレミア、C.C.。俺達も行くぞっ!! 決着の時だっ!!」
投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
状況説明が続いている感じですが、戦場の動きなどは伝わっておりますでしょうか?
中々、自分で満足できる描写は難しいですが、雰囲気だけでも伝わっていてくれたら幸いです。