降り積もった雪は夕陽を浴びて大地を濡らしはじめていた。
撤退を決めたコーネリア軍の追撃を終え、黒の騎士団はサイタマゲットー外縁部に終結していた。
追撃線を終えた騎士団員達は、損傷した機体や車輌を整備のために慌ただしく格納庫へと送り、捕虜になったブリタニア兵の収容や負傷者の手当てへと奔走していく。
ルルーシュは蜃気楼の操縦席にて矢継ぎ早に指示を出し、それをミレイやナナリーが各所に手配して行く。
ラクシャータ達もまた、ルーベンの手配で急ピッチで整備された地下格納庫にて今か今かと自分達の戦いを待ち構えている。
彼女達技術者にとっての戦場は戦いの後にはじまるのだ。
そして、飲まず食わずの状況で戦い続けた兵士達は手当てを終え、食事と給食へと入っていく中で、組織の幹部達は地下にある作戦室へと集結していた。
「皆様、困難な闘いを乗り越え、よくぞ、勝利を掴んでくださいました。日本を代表して、民に成り代わり、御礼申し上げます」
壇上にて帰還してきた幹部達をねぎらい、頭を下げる神楽耶に対し、ルルーシュも藤堂もカレンも頭を下げる。
「ですが、この勝利ははじまりに過ぎませぬ。このままトウキョウ租界を攻略し、コーネリア総督に膝を付かせる。こうなってはじめて明確な勝利が生まれます。今一時、勝利の栄誉に浸り、そしてその栄誉は忘れ、次なる戦いに挑みましょう」
初めのどこか上気した様子の言葉から一点、静かに自身に言い聞かせるように口を開いた神楽耶に、幹部達も顔を見合わせ、居住まいを正す。
コーネリアとの決戦に勝利したことは紛れもない事実。
だが、戦場で彼女を討ち果たしたわけではなく、主力が壊滅したとは言え、トウキョウ租界を初めとした各地にはまだまだ十分な戦力が残されている。
各地で蜂起したレジスタンスと地方軍の戦いも現状では膠着状態。
唯一、中華連邦の襲来を危惧していた九州のみはヴィレッタの指揮の下に騎士団及びレジスタンスが優勢であるのみだった。
暴走の危惧があるレジスタンスを引き抜き、藤堂の麾下に組み入れた事で各地の戦力がやや削られた事が一因でもあったが、コーネリアに煽られた事で騎士団のコントロール下にあったレジスタンスも決起してしまった事を考えれば致し方ない結果だった。
「特に、カレンさんとシャーリーさんを初めとする名誉ブリタニア人部隊の皆様の働きは特筆的なモノであったと思います」
「え?」
「ふえっ!?」
「おいおい、そこで驚くか? お前達以外に誰がいると言うんだ?」
「我々としても、君達のおかげで勝利を掴めたと思う。感謝する」
悔いが残る空気が漂う中で、表情を緩めた神楽耶の言に、今回の殊勲者達は驚きと共に気の抜けた声を上げる。
ドロテアと藤堂が苦笑しつつも彼女等の功績を称えると、他の者達も口々に彼等を賞賛する。
永田達も同様の栄誉に授かる所だったが、実際にコーネリアを対峙していたカレンも入れ替わりで戦い続けていたシャーリーの働きと苦労は他とは比較できない。
「確認するが、紅月は元より、シャーリー……フェネットさんだったか? 君もカルデモンド君と同じブリタニアの学生なんだったな?」
そして、困惑し続ける2人、特に慌てるシャーリーに対し、藤堂の傍らから罰の悪そうな表情を浮かべた千葉が口を開く。
「は、はいそうです」
「このような場で聞くのは違うのかも知れないが、どうしてブリタニアの学生である貴女が日本のために戦っているんだ?」
「千葉」
「すいません。でも、どうしても聞いておきたくて。これは、朝比奈や他の者達の総意でもあります」
千葉の態度はそれまでも敵対心を持ったそれとは異なっているのはルルーシュにも分かる。
藤堂が窘めたのはこれまでのいきさつがあったからだろうが、藤堂を慕う彼女が珍しく彼に刃向かう形で言葉を続けている。
彼女の言うとおり、朝比奈を初めとする藤堂部隊の面々が神妙な面持ちで頷いている。
「うーん、なんと言えば良いんでしょう……」
「私達は、卜部達から見れば覚悟が足りない面はあるのは自覚しているが、祖国日本のために戦っている。だからこそ、祖国に弓を引く気持ちが分からない。ドロテア、いや、エルンスト卿達のように祖国に裏切られた人間ならばともかく……」
千葉が心情を語るように、ルルーシュとしても頷く面はある。
自分もまた、裏切られたという思いの中で戦い続けてきた。そして、また裏切られた形ではあったが、彼女等にそう言った思いを抱かせたこともまた事実。
あそこで弁解しておけばお互い、不要な犠牲を出すこともなく、自身が責任を取るだけで済んだかも知れないとは今さらながらに思う。
藤堂達が選択をアレだけ間違えるとは思いもしなかったと言うのはさすがに責任転嫁というモノだろうが。
「たしかに、皆さんから見れば私は理解できない人間になっちゃいますよね」
「そこまで言うつもりは無いが」
「いいえ。上手くは言えませんが、大切な誰かが孤独な戦いをして居ることを知って、それを助けたいと思ったから。ですかね? 要するに、私は大切な人のために国を、家族を、友達を裏切って、人を殺しているんです」
「俺も同じですよ。孤独って……、なんだろう? 経験したわけじゃないけどとにかくキツいですよね。でも、知ってる人がそんな中で戦っている。それを知らない、それに何も出来ないって言うのもまたツラいから」
そんな二人の言葉に、ルルーシュは仮面の下で、二人が知り得ぬ過去を思い返す。
ギアスに翻弄されながらも、ルルーシュの置かれた孤独を知り、それを救いたいと最後まで告げてきたシャーリー。
そして、リヴァルはルルーシュを初めとする生徒会メンバーがすべて去った生徒会室で一人孤独の中に居たのだ。
ジェレミアはギアスを解いた際に、ミレイとリヴァルにはすべての真相を話したと言うが、二人とも口には出さないがルルーシュの死を目の当たりにしてすべてを悟っていたのではないかと口にしていた。
ルルーシュの満足そうな表情を見て、それがすべてルルーシュの残した未来であると言う事に。
ルルーシュは大切なモノであった彼等に対して、何も告げず、何も知らせぬまま命を奪い、目の前から消えてしまっていた。
「だから、祖国を裏切ってでも、その者のために戦うと?」
「千葉さんもそうじゃないですか? 日本のために。って言うのは、神楽耶様の為に戦うことも、藤堂さんや朝比奈さん達と共に戦う事と同じなんじゃないかって」
「…………そう言う事か」
シャーリーとリヴァルの言に頷いた千葉は、ルルーシュを一瞥すると、一瞬、ふっと口元に笑みを浮かべて瞑目する。
「余計なことを聞いたな」
「ええと? 上手く説明できていましたか??」
「ああ。戦う理由もよく分かった。なので、藤堂さん」
「…………そこは譲れんか?」
目を見開いた千葉はシャーリーの言に一瞥すると、朝比奈達を頷き合い、藤堂に対して先を促す。
何事だ?とルルーシュは思ったが、それまで無言だった卜部や仙波が力なく首を振っている様子を見るに、あまり良い話ではないことは容易に予想が付いた。
そのため、ルルーシュは藤堂に対して期先を制するように口を開く。
「藤堂中佐、私に何か言いたいことがあるのか?」
「…………戦勝を祝うべき場に水を差すことにもなる」
「逆に、今だからこそと言う事もあるだろう?」
「…………フェネット君の決意を聞いて改めて思う事だ。君は、間違いなく日本人ではないのだな?」
「うむ。ゼロとは記号であり、個人を表すモノでは無い」
ゼロの正体―ルルーシュを知る藤堂とのこのやり取りは茶番でもある。さらに言えば、千葉達も先ほどのシャーリーとのやり取りでゼロの中身がブリタニア人である事にも気付いているだろう。
「組織のトップとしては最適な存在とも言える。だからこそ、私達は君には従えない」
明らかに、苦渋に満ちた表情である。
千葉や朝比奈の真剣な表情とは裏腹に、本心からは言うべきでは無いと言う思いが見てとれるそれであったが、やはり藤堂としても皇族であるルルーシュの、加えてどこか歩み寄りも見せない態度なども含めて信用しきれない面があったのだろう。
それが、この場に居るブリタニア人に対してどれだけ失礼な事であるかも理解したウエでの言であった事も。
しかし、ルルーシュとしては我が意を得たりでもあったのだ。
「何を言っている? 君達が従うのは神楽耶様だろう?」
「なに?」
「はあ?」
「なんだその反応は? 私はあくまでも神楽耶様を代表とする合衆国日本の同盟者。神楽耶様とは個人的に道を同じくする同志という立場だ。なぜ、私に従う必要がある?」
仮面越しとはいえ、意味が分からないと言う表情をワザと浮かべ、大袈裟に首を傾げて見せたルルーシュに対し、藤堂達は逆に目を見開いている。
「し、しかし、君は」
合衆国日本も建前上はゼロが作り、神楽耶をトップに据えた形であり、事実上ゼロが指導者として君臨する国家。
多くの人間はそう思っているのだろう。
実際、地下で抵抗を続けてきたキョウトと比べれば、何も無い状況からクロヴィスを討ち、黒の騎士団を立ち上げ、キュウシュウを中華連邦の侵略から守り、ついにはブリタニアの魔女、コーネリアをも打ち破って見せた。
「藤堂中佐、間違って居るぞ? 私は国家のトップ等に興味は無い。あるのは、単にブリタニアの世界支配に対する反逆だけだ」
「その割に、上からこっちに対して無茶な命令とか、犠牲を前提にして作戦を押し付けてきたりしていたけど?」
「朝比奈さん、戦いであればそんな事は当たり前でしょう……」
「無茶に対しては詫びる。私の信条として『王が命を掛けねば兵は従わない』と言うのがあってな。自身を危険に晒す分、周りにもそれを強いてしまう」
国家のトップに興味は無いと言いきりながらも、王という単語を使うルルーシュ。
その矛盾に関してはルルーシュ本人も含めて全員が察するが、今となってはルルーシュ自身もその先にあるモノがはっきりしている以上、隠し立てする必要も無い。
つまりは、日本を支配するつもりはない。ブリタニアを倒せればそれで良い。と言う事だけは明確にしておきたかったのだ。
「それでも、私はどこまで行っても得体の知れぬ仮面の男に過ぎない。君達が共に戦う上で不安に思うこともよく分かる」
「…………外してしまっても良いのでは無いか?」
「それは遠慮する。あくまでも、ゼロは記号であるべきだ。だからこそ、提案したい」
仮面の中身に関しては、それを知る人間は元より、知らぬ人間も予想は付く。
シャーリーやリヴァルが大切な者為に戦うと言った事は答え合わせのようなモノだ。
そして、ルルーシュ自身も過去も含めてそれには限界がある事も悟っていた。
「カレン。かつて、私が君に告げたことは覚えているな?」
「…………ええ」
「今がその時だ」
「嫌よ」
そして、計画通りに事を運ぼうと思っていたルルーシュであったが、ここで予期せぬ事態が起こる。
「…………即答は止めてくれ」
「冗談じゃないわよ。まったく、つまらないことを気にして、私に面倒ごとを押し付けるんじゃないわよっ!!」
「ほわっ!? ちょっ、ちょっと待て。仮面を取ろうとするなっ!!」
「うるさい。さっきからもったいぶって。第一、ブリタニアの血が流れていることなんて私が一番嫌がっているのを知っているでしょっ!!」
これまでの鬱憤がたまっていたのか、ルルーシュと藤堂の茶番めいたやり取りに苛立ちが募ったのか、暴走をはじめたカレンの攻勢に不意の事態に弱いルルーシュは仮面を抑えることで精一杯であったが、腕力に関してはこの場に置いては神楽耶にも負けるかも知れないルルーシュがカレンに抗えるはずもない。
「おいおい、止めろ紅月」
「カレン、落ち着けって」
「うっさいっ!! あんた達は大切な仲間だけど、私はブリタニアが大っ嫌いなんだからねっ!!」
「それは分かっているが……」
「ドロテアっ!! それで納得するなっ!! ああ、止めろカレン。首が取れるっ!?!?」
慌ててカレンを引きはがしたドロテアとリヴァルだったが、大切な仲間と言う言葉が嬉しかったのか、気勢を削がれたドロテアがカレンを離してしまうとリヴァルだけでは止めようもなくなる。
再び仮面に手を掛け、それを外そうと力を込めるカレンに、構造上強引に外すことは困難なためか、ルルーシュの首にとんでもない圧力が掛かりはじめる。
「うっさい。ゼロが記号だったら、中身なんか無くたって別に良いじゃ無いっ!! 仮面が日本とブリタニアの団結の記号。それで良いでしょっ!!」
強引に外すことが出来ないことを悟ったのか、仮面から手を離したカレンはルルーシュに対してそう口を開く。
決戦に際しては、カレンに全体の指揮を任せて先陣を切って全体を鼓舞させた。
今回の勝利はゼロの奇跡ではなく、カレンの存在と日本側全員の力で掴んだもの。そう言った演出を作り出した。
結果として、ゼロではなくカレンという日本とブリタニア双方の血を受け継いだ人間がトップに立ち、双方の団結を明確化する。
そう言った意図であったのだが、等の本人がルルーシュの思っていた以上に頑固であった。
「はあはあ……、まったく殺す気か」
「ゼロ様? それも有りではありませんか?」
「はい?」
「うむ。実際に殺されては敵わんが、ゼロとしての君は死んでみて良いではないかな?」
「何を言っている?」
「ああもう、分からない男ね。堂々と、弟としてコーネリアと戦ってみろって言ってんのよ。藤堂さんも神楽耶様もっ!!」
「あ、ちょっと、カレンっ!?」
「いい加減落ち着けってのっ!!」
息も絶え絶えになりつつ、カレンの暴走に抗議するルルーシュだったが、それに対し神楽耶と藤堂が顔を合わせて頷きつつ口を開くと、ルルーシュの困惑はさらに膨らみ続ける。
カレンの暴走に続いて予想外の事態に思考が硬直するルルーシュに対し、カレンはさらにトドメの一言を口にしてしまっていた。
さすがにシャーリーとリヴァルが咎め立てるが、正体を知っている騎士団側幹部が頭を抱える中で、予想のさらに上を行く真実がさらけ出された事に千葉達、藤堂側の者達が目を見開く。
「コーネリアの弟?」
「つ、つまり、ゼロはブリタニア人なのはともかく、皇族だというのか??」
さすがにブリタニア人である事までは予想が付いていたが、皇族とまでは思っても居なかった彼等。
そして、完全に凍り付いてしまったルルーシュに対し、諦めとも、好期とも、困惑ともとれる様々な表情で黙り込む騎士団員達。
そんな中で、ゆっくりとルルーシュの背後に近づく者が一人。
ゆっくりと、仮面を取り外す部分に手を掛けると、凍り付いたルルーシュの頭から仮面が外れ、鮮やかな黒髪と日本人とは異なる整った顔立ちがさらけ出される。
「お兄様、もう覚悟を決めましょう」
「ナ、ナナリー!?」
「ナナリーだって?? お兄様??」
最終的にルルーシュにトドメを刺したのは、仮面の外し方を知る数少ない人物の中で、ルルーシュが微塵も警戒をしない唯一の人物。
そして、兄にトドメを刺したナナリーは、自身もそれまで仮面を覆っていたバイザーを取り外す。
「えっ!? この2人って、見た事あるぞ??」
「たしか、ブリタニアの侵略前に日本に来た……」
「開戦が原因で殺されたって聞いていたけど」
そして、正体を知らなかった日本人達の反応。
それは、開戦原因としてブリタニアが声高に叫び、戦乱の中で姿を消した幼い兄妹の記憶。ブリタニア人にとっては、良くある皇族に起こった悲劇でしかなかったが、日本人に、特に軍人やそれを目指した者達とって、ブリタニアの侵略に伴う原因となった犠牲者達の姿は色濃く脳裏に刻まれていたのだった。
融和か決別か、その一つの決断が下される時。
明かされた真実が彼等をどう導くのか、今の彼等には分からないことであった。
更新が遅れに遅れしまい大変申し訳ありませんでした。
言い訳にはなりませんが、遅れた期間分の理由が発生しておりました。