コードギアス ~生まれ変わっても君と~   作:葵柊真

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第28話 それぞれの本音

 神楽耶とナナリーによる笑顔の恫喝から解放された日本人達は、互いに顔を見合わせつつも自分達に突き付けられた未来への選択に直面していた。

 

 この時点でカレンと藤堂以下、日本人の幹部クラスと各部隊指揮官達がこの場に揃い、桐原、刑部と言った政治の要人も参加している。

 さらに加えると、神楽耶とナナリーに入れ替わる形で入室してきた、異分子とも言える人物も部屋の隅に控えていた。

 

 

「まったく、じゃじゃ馬になりおって……。して、お主等は如何するつもりだ?」

 

 

 神楽耶とナナリーが篠崎咲世子等、篠崎流の者達共に部屋を去ると、やんちゃな孫を見るような不敵な笑みを浮かべた桐原は、そこから一切の笑みを切り落として口を開く。

 表情を殺しているためそこから読み取ることは難しいが、いらぬ不満を抱いたと彼が思っていることは明白であるだろう。

 とは言え、ルルーシュや藤堂のように彼の真意を知るよしもない軍人達からすればブリタニアの次はゼロに阿り、結局はブリタニアの犬になった売国奴という意識しかない。

 

 

「如何にする? もなにも、俺達は貴方のようにブリタニアに国を売って生き長らえようなんて思わないですよ」

 

「おいおい、朝比奈」

 

「なんとでも言うが良い。いずれにしろ、儂はあの者と最後まで互いを利用しあう立場じゃ。貴様等は好きにせよ」

 

 

 桐原の視線を受けてか、顔を歪ませながら反論する朝比奈。卜部の窘めが入るも、黒の騎士団に合流することを良しとしなかった軍人達の多くは彼と意見を同じくしている。

 ブリタニアに頭を垂れ、そこから与えられる恩恵に浸りながらこちらには物だけを与えて戦わせる。

 やっていることはブリタニアとエリアの関係では無いのか? そんな思いが軍人達の仲には芽生えても居たのだった。

 とは言え、桐原としてもキョウトとしての役割を果たしたに過ぎない。

 神楽耶が日本の象徴として命脈を保ち、陸海はそれぞれの出身者である刑部と公方院が統括し、宗像は外交を担い、他国との人脈形成を続けてきた。

 桐原は自信の役目である内政を担い、レジスタンスや解放戦線の抵抗を支えてきたに過ぎない。

 そして、ルルーシュの能力や目的もまた日本の未来のために利用する。それはアッシュフォードからルルーシュとナナリーの生存を告げられたときから変わることは無い。

 

 

「お前達もそういうつもりなのか?」

 

 

 桐原からの切り捨てとも取れる物言いに、今度は騎士団に属する日本人達へと視線が向けられる。

 カレンや永田などの戦闘部隊のみならず、今回の戦いでは各地のゲットーをまとめ上げていた井上をはじめ、南や杉山も参加していた。

 扇だけはさすがに九州をまとめる役割があったため不参加であったが、この状況では彼のような調整役は危険な存在になる。

 どうしても妥協を求めてしまって結論が先延ばしになったりなあなあになったりしてしまうのだ。

 

 

「私は……」

 

「カレンに関しては私の意見も聞いていただけるかな?」

 

「シュタットフェルト卿……。まあ、貴公が居るのはそう言う事であろうな」

 

 

 千葉からの問い掛けにカレンは口ごもるが、それを制するように口を開いたのは彼女の父親で有り、この中での唯一の異分子であるマティス・シュタットフェルトであった。

 

 

「私はブリタニア人であるが、妻は日本人だ。そして、息子は扇グループの前身であった紅月グループのリーダーで有り、娘は騎士団においてはブリタニアと日本の融和の象徴」

 

「だから、話に加わろうって?」

 

「少なくとも、君達が乗って戦っていた機体部品は私の財布から出た品だ。カレンの存在以外でも話に加わる資格はあると思うがね?」

 

「……まあよい。話とはなんじゃ?」

 

 

 シュタットフェルトの言動には日本人の大部分は眉をひそめるが、紅月ナオトの存在はたしかに有名でもあったし、桐原にしても刑部にしてもシュタットフェルトが彼の人物をバックアップしていた事は知り得ていた。

 同時に、信用することも危険な男である事も。

 

 

「君達がどんな結論を出す事に興味は無い。だが、私はルルーシュ殿下を投資先に選んだのだ。カレンを君達にくれてやるつもりは無い」

 

「はあっ!? 人を物みたいに言わないでよっ!!」

 

「くれぐれも選択を間違えないことだ」

 

「ちょ、待ちなさいよっ!!」

 

 

 そう言い終えるとシュタットフェルトは踵を返して部屋から出て行く。後をカレンが追い掛けるが、その言動には皆が顔を合わせる。

 彼の言い分としては、日本人がルルーシュと共に戦う道を選ばなかったとしてもとやかく言う気は無い。

 しかし、それを選んだ先には、先頭に立つ『紅月カレンの姿は無い』と言う事でもあった。

 

 

「まったく……。人をなんだと思っているのよっ!!」

 

「カレン、さすがにやり過ぎだと思うぞ……」

 

 

 そして、そんな事実を皆が共有すると、拳を赤く染めて鼻息荒くカレンが戻ってくる。

 慌てて後を追って止めに入ったであろう永田の言から、シュタットフェルトは娘から相応の制裁を受けた様子でもあったが。

 

 

「話を戻すけど、私としてはルルーシュとともに戦う事が最善だと思うわ。余計な責任を背負わせようとしてくることは腹が立つけど……。なんというか、アイツがブリタニアのトップになるなら戦争は無くなるんじゃないかと思って」

 

 

 この事に関してはカレンとしては偽りざらなる本音でもあった。

 自分を英雄という看板にしようとしていることは迷惑でしか無かったが、シャーリー達を巻き込んででも戦いを選んだ事や彼自身の生い立ちを考えれば戦争や人を不必要に傷つける未来を望むとは思えなかった。

 腹の立つことではあったが、自身が嫌うブリタニアの血に関しても、それをプラスとして生かす方法を考えていることも理解できる。

 

 

「俺達は立ち上げの時からアイツと一緒に戦ってきたわけだし、今さら手を取らない理由は無いな。……それに、名誉になっちまった日本人が生きるのは“日本”じゃなく、合衆国日本だと思うし」

 

「ま、私達の中にも素直に従いたくないのも居るみたいだし、嫌なら嫌でも良いんじゃ無いの?」

 

 

 そして、カレンの本音を聞いた永田や井上も自身の考えを素直に口にする。

 カレンは戦場では勇敢に戦うが、こと決断などに関してはどうしても扇や永田に頼りがちで有り、ルルーシュが居るときは彼の決断に従い続けてきた。

 英雄に祭り上げられることは拒否し続けたが、行動に理由をどうしても求めがちで有り、その理由も他人から与えられることを待っていることが多かった。

 

 それは井上達も同様であり、強力なリーダーシップを持っていたナオトが行方不明になって以降は扇や永田に頼りがちでもあった。

 

 

「それでも俺は駒扱いされることはごめんだ。今でも扇を良いように使って九州を押し付けているわけだし」

 

「ヴィレッタという軍人と仲良くなったことを体よく利用しているようにも思えるし……」

 

「総指揮官が情を込めたらそれはそれで問題だと思うがな」

 

 

 井上の視線を受けて罰が悪そうに南と杉山が口を開くが、卜部の冷めた物言いに不機嫌そうな視線を彼に向ける。

 少なくとも、ルルーシュは自分自身も駒として単独で戦線を担ったりしているのだから、指揮下にある人間達が駒扱いを咎める筋合いは無い。

 

 

「戦場だったら駒扱いは仕方ないと思うけど、あんたらは戦場には出て居ないよね?」

 

「出て居なかったら何も言っちゃいけないのか?」

 

「別にそこまでは言って無いけどさ。俺達だってあんたら用意した物資で戦っていたわけだし」

 

 

 駒扱いに憤っている南や杉山に対する朝比奈の冷めた物言いは前線に立つ者と後方にて戦線を支える者の認識の違いとも言えるだろうが、南の場合は過去においても前線に立ちながらそれを良しとしなかったのだから、ある意味では彼の信念とも言えるモノであろうか。

 とはいえ、朝比奈達のように前線で駒として戦い続けてきた人間達から見ると、後方を支える者達が駒扱いに憤るというのは滑稽にも思えるのか、その視線は冷たいモノがある。

 もっとも、彼等は上官である藤堂もその駒の一つである事を完全に失念しているのであったが。

 

 

「そんな戦いの基本的な事はどうでも良いだろ。駒扱いが嫌なら戦いを選ぶなってだけだ。それより、藤堂さんは結局どういうつもりなんですか?」

 

 

 そして、そのやり取りの不毛さに呆れていた卜部は、さっさと話題を戻すべく、その一言で大半の人間の意志を決定できてしまう人物へと視線を向ける。

 藤堂自身はナナリーと神楽耶が去って行こうは瞑目したまま皆の話に耳を傾けているのみであったのだ。

 

 

「先に謝罪しておく。私は両公と同じくゼロの正体を知りながら君達に告げること無く戦わせていた。すまなかった」

 

 

 藤堂自身、参謀として自身を支えてきた卜部と仙波以外の軍人達に対してはゼロに対する不満を知りつつも、いや知っていたからこそ、その正体を告げてはいなかった。

 藤堂自身、ルルーシュのブリタニアに対する恨みやその目的を知っているため、彼が目的の為に日本を利用していることも、自身をどこかで信用していないことも察しては居る。

 ただし、その存在や能力は日本のためになる事も同時に理解していた。

 

 

「私自身は、あくまでも日本のために戦う。そして、お前達も自分自身で未来を決めて欲しい。私が命じたから戦う。軍人とはそう言うモノであるが、今この場にあってはそれは求められん」

 

「ですが、俺は藤堂さんとともに戦いたいですよ?」

 

「それはそれで構わん。だがな、朝比奈。軍人である以上、いつまでも私の下に居られるとは限らんぞ? それにもお前は反発するか?」

 

「それは……」

 

「千葉はどうだ? 多田は? 木村は? 指揮官だけでは無い、KMFに載る事が許された君達全員が一人の人間としてどう言う道を選ぶ?」

 

 

 あくまでも、自身に対する心酔が目立つ者達に対して藤堂をそう問い掛ける。

 

 卜部や仙波、それに堀内少佐や大場大尉のような生粋の軍人からしてみれば白けもするやり取りだったが、藤堂自身、自分を中心とした派閥形成になってしまっている事への危機感は持っていたのである。

 とは言え、個人の意志を求める点はどうしても彼が軍人と言うよりも武人である事優先しているようにも思えるのだが……。

 

 

「中佐、個人の意見はすぐにはまとまらんでしょう。儂としては一つ、刑部公におたずねしたき事があるのですが」

 

「うん? なんだ?」

 

「片瀬閣下の死に対する真相です」

 

「…………なに?」

 

 

 そんな藤堂一派の茶番めいたやり取りに対し、仙波は卜部と視線を交わし、藤堂を一瞥すると刑部に対し、思いも寄らぬ事実を口にする。

 思わぬ名に旧解放戦線に属していた軍人達の身ならず、黒の騎士団に所属する日本人達も顔を見合わせ、刑部へと視線を向けた。

 

 

「ヤツは自身の命を持って失態の赦免を申し出たのだが?」

 

「それは知っていますがね……。閣下、俺達は元々貴方の下に居たことを忘れていませんか?」

 

「同時に、そこに居る大場大尉もかつての同僚です」

 

「……何が言いたい?」

 

「二人とも、どうしたと言うんだ?」

 

 

 そして、刑部の口から出た、“公然の事実”に対し、卜部と仙波の目元が鋭く光る。

 大場大尉の名が出たことで、刑部と桐原は互いに視線のみを交わし、表情を変えずに両者を見据える。

 藤堂をはじめ、室内に居る者達は困惑の表情でそのやり取りを見つめるしか無かった。

 

 

「片瀬閣下は側近である参謀達とともに自決して果てた。大場大尉はその中で唯一の生き残り。俺はあの時一人だけ救出作戦に参加していましたから、少将の死も確認していますし、大尉から状況を伝えられています」

 

「回りくどい言い回しをするな、卜部。何が言いたいと問うたはずだ」

 

「それでは、片瀬閣下は自決では無く粛清された。これが、状況を見た俺と仙波大尉で出した結論です」

 

 

 藤堂等の様子や視線を感じつつ、卜部は睨むように刑部と桐原へ視線を向けると、刑部からの言も受けてはっきりと口を開く。

 それは、真実を知る者からすれば白々しくも有り、知らぬ者からすれば戦勝がすべて吹き飛ぶほどの衝撃でもあった。

 

 

「…………卜部、そんな事、私は一度も」

 

「中佐は閣下を心酔していましたから……、自決された後でも大分悩んでいましたしね」

 

「それだったら何でまたこの状況で……」

 

 

 尊敬していた上官の死に対する真実に、顔を青ざめさせた藤堂は、声を震わせながら卜部に対してそう問い掛けると、卜部はある程度予測していた事の申し訳なさも含めてそう応じる。

 藤堂の同様と、どこか引っ掛かりがあった片瀬の死に対し、ようやく納得がいった朝比奈は卜部と仙波が落とした爆弾に呆れ気味である。

 

 

「隠し事はするべきでは無いとゼロも言っていたであろう? 儂としても、結論を出さねばならぬ状況とあっては真相を知りたい」

 

「それでは、両公もその真相に関わっていると言う事か?」

 

 

 関わっているどころか、キョウト主導で行われた粛清で有り、刑部は現場にも立ち会っている。

 彼等からしてみれば、当然の結末で有り、真相を知れば当然の帰結と納得させる自信はある。しかし、納得させたところで益は無く、片瀬の死をさらに貶める結果にしかならなかった。

 

 

「当然じゃな。儂がそこに居る大場大尉に命じてやらせた事よ」

 

「っ!? 桐原公、なぜそのような暴挙を……」

 

「知れたこと。草壁一派の暴走を止める事も出来ず、クロヴィスにすらも勝てなかった男よ。信賞必罰は組織の要じゃぞ?」

 

「…………ゼロという代わりが出来たから、閣下は必要無くなったと言う事ですか?」

 

「珍しく賢いでは無いか。藤堂よ、貴様が指導者としての才を持ち合わせて居れば片瀬に重きを背負わせることも無かったのだぞ?」

 

 

 そんな背景を知る桐原は慣れた様子で悪役を演じ始める。

 元々はキョウトの決定。

 しかし、その後を考えれば刑部等に矛先を向けさせるわけにも行かない以上、この場にあっては彼が悪者になる以外に無い。

 手にしていた軍刀をきつく握りしめる藤堂や彼に心酔する軍人達の表情が一気に強ばるのも覚悟の上。

 

 同時に、桐原は黒の騎士団に属する日本人達へも視線を向ける。

 

 カレンをはじめ、皆が皆困惑している様子だったが、何も出来なかった解放戦線とは異なり、彼女等はゼロの指揮の下、ブリタニア側に対して幾度も戦果を上げてきたのである。

 今さら、片瀬がどうといわれても困惑しか無いと言うのが本音であろう。

 とはいえ、それに納得出来ない人間も居ることに変わりは無い。

 

 

「同じ日本人なのに、そんな人をモノみたいに殺すことは」

 

「何を言っておる。戦前でも貴様等の生活を守るためにどれだけ多くの人間が消えてきたと思っとる? 東京であっても警察発表の数倍の人間は消えておるのだぞ?」

 

「それじゃあ、あんた方にとっては俺達は駒に過ぎないとでもいうのかっ!?」

 

「南……、落ち着けよ」

 

「この人達にとってはそんなの当たり前に決まってんでしょ」

 

「なんだよ、お前等もゼロや桐原と同じ考えなのか?」

 

 

 騎士団側は片瀬個人に関してはそこまでの思い入れは無い。

 それ以外だと、戦場を経験してきた人間と後方にあった人間の認識の違いか。

 桐原に対する嫌悪を隠そうとせずモノを言う南を宥める永田と井上。単純に立場の違いを窘める永田と権力者なんてそんなモノだと冷めている井上の違いはあれど、窘められた側からすれば桐原に対する同調と思えるモノでもあった。

 

 

「駒扱いが嫌だったら名誉の立場を生かして敵側に忍び込んだりしないよ……」

 

「あれは無理矢理やらされたわけじゃ無かったのか」

 

「私は若干強引だったけど……。嫌な部分はシャーリーが変わってくれたから……」

 

 

 認識の違いと言ってしまえばそれまでだが、仕方が無いと割り切ってしまっていた永田や苦悩することはあってもシャーリーが共に受け止めてくれていたカレンにとっては、味方を撃つ可能性への懸念はあっても、ゼロからの危険な命令を受け止める事は別に気にはならない。

 ゼロが、ルルーシュが自身も駒として作戦を立て、戦ってきたことは知っているし、味方を犠牲にした戦い方も幾度かあったが、それらを自分達は否定せずにここまで来たという自覚もある。

 だからこそ、彼等の非難の混じった視線や口調には逆に困惑していたし、勝利によって解消されていた苦悩が蘇る思いでもあった。

 

 

「永田、作戦とは言え万一の時は味方を撃つつもりだったのか?」

 

「ああ。ゼロからも、ブリタニアの軍人に、特に名誉として認められようと奮戦する人物になりきれと言われたさ。そうじゃなければ、カレン共々殺されていたしな」

 

 

 南からの詰問に顔を背ける永田とカレンに対し、杉山もまた納得出来ないと言った表情で二人に対し口を開く。

 作戦の概要が特に知らされていなかった彼等にとって、二人はゼロに無理矢理やらされていたと思っていたのだ。

 実際、勝利のために味方を殺せ。と言われて受け入れられるかと言えば無理だと答える人間が大半であろうが、それでも今の彼等の置かれた状況は平和な時代の価値観で語ることは出来ない。

 ただ、前線で戦う者と後方で幾ばくかの平和に浸ってしまった者との違いであるのだが。

 

 

「モノは言い様ってヤツだよね。こっちが不利だったらそのままブリタニアに居れば良いんだしさ」

 

「今更ね。子どもの頃はブリキの子ども呼ばわりされて、ゼロには出会った頃からブリタニア人として生きれば戦う必要など無いって言われ続けてきたわ」

 

「俺としても批判は受け入れるさ。俺はこれが最善だと思ったから受け入れただけだ」

 

「ゼロみたいな言い方だな」

 

 

 作戦の詳細を知りつつも、ブリタニアに組みして味方に銃を向けた事実は消えない。

 その事に対する責めはカレンも永田も背負うつもりであったが、こうして言葉にされればどこかささくれ立った物言いにもなる。

 戦のどさくさで誤魔化された軋轢がこうして表面化していた。

 

 旧日本軍内部の揉め事が表面化し、それを困惑とともに受け止めていた騎士団側にも方針と言うべきか、心情面での違いが表面化しはじめる。

 当初、どことなく流れるままに結論へと向かおうとしていた状況が、内にこもっていた不満を噴出させる方向へと動き始めていた。

 

 そして、その切っ掛けを作った者と黙したまま状況を見つめる者。

 

 その場での敵対感情とも言うべきか、決別の方向が定まったところでその八対の目がそれぞれ交錯する。

 

 

「いい加減にせいっ!! 駒扱いだの、味方殺しだの、つまらぬ事を気にするならばこの場を去るがいいっ!! そのようなこと、戦う事を選ぶ前に覚悟しておくべき事だっ!!」

 

 

 そして、それまで沈黙していた刑部の怒声に、互いに睨み合っていた幹部達が目を見開き、思わず口を閉ざす。

 

 

「桐原、片瀬の件は私の方で預からせてもらうとしよう。それよりも、このような状況ではもう共には戦えまい…………」

 

「うむ……、だが、儂は方針を変える気は無いぞ?」

 

「致し方あるまい。藤堂、貴官等の身柄は私が預かろう。旧日本陸軍はこれまで通り、日本解放戦線として日本の解放のための戦いを継続する。だが、合衆国日本が、神楽耶様が我々を受け入れるかはあの方の御心次第だ」

 

 

 そして、あくまでも真相を知らず、片瀬の件を許したわけでは無いと言う仮面を被ったまま桐原をにらみ付けた刑部は、有無を言わさぬと言った様子で藤堂等、片瀬粛清に反発した軍人達の騎士団合流を否定させる。

 結果として、彼等の行き場が無くなろうとも、それは軍人としての立場を弁えなかった彼等の責任。

 

 粛清の主犯である刑部としては、自身が下した決定の始末は付けるつもりであった。

 

 そして、その仮面に覆い隠された真相に気付く事無く、藤堂と彼に従うことを決めていた軍人達はその言に従う。

 刑部の言動を考えれば、神楽耶もまた真相を知っていたことになり、桐原に対して反発した彼等が神楽耶に仕えるという権利はすでに無かったのである。

 

 

「騎士団の方は如何様にする?」

 

「私はさっきも言った通り、ゼロ、いやルルーシュとともに戦うのが最善だと思うわ。何より、ここまで来てブリタニアの血に関してあーだこーだ言われるんだったら、紅月カレンじゃなくて、カレン・シュタットフェルト・紅月になってやるわよ。日本も仲間のブリタニア人も私が守ってやるわっ!!」

 

「だそうだ。藤堂、儂が憎いのならば憎めば良い。この皺首で良ければいつでもくれてやろう。だがの、その前には越えねばならん壁がいくつもあるぞ?」

 

「なんで私が爺さんまで守ることになってんのよ??」

 

 

 そして、騎士団側としてもカレンはルルーシュとシュタットフェルトの思惑通りになっていることに腹立たしさを感じつつも、他の日本人達の思わぬ本音に触れたことで腹をくくることが出来ていた。

 過去の彼女であれば、日本人である事に拘り、彼等の本音に対して弁解する形でその拘りに縋っていたであろうが、今は人を率いる立場というモノを自覚しつつあった。

 そして、桐原が藤堂に対し、挑発めいた発言をした事で彼はこの場における悪役としての役割を完遂する。

 

 彼は、カレンが日本の英雄になる事で、藤堂に対しお前の役目は終わったと言外に告げたのである。

 

 そして、その事実を察した藤堂は片瀬粛清に対する怒りを抑えながらも、どこか肩の荷が下りたかのようにも感じていた。

 

 空は白みはじめ、長き戦いの終焉を告げる朝日はまもなく姿を見せ始める。

 そして、新たな戦いへと足を向ける者。戦いの舞台から降りる者。それぞれの未来もまた、ゆっくりと歩み出そうとしていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 夜明けを待ってコーネリア軍はアカバネゲットーを発ち、トウキョウ租界へと撤退していった。

 騎士団の追撃は止み、闇と極寒の中を這うように合流してきた敗残兵をコーネリアは最後まで見捨てること無く、すべて収容していた。

 騎士団側が決定的な勝利を掴みきれなかったのは、名誉ブリタニア人達の離反があっても、純ブリタニア人で構成されたコーネリア軍の結束ははるかに強固であったからであろう。

 バートを初めとして、追撃で戦死したブリタニア兵に敵に背を向けて戦死した兵はいなかったのだ。

 

 

「勝利の手にしても尚、一つになれぬ私たちとは大違いですわね」

 

 

 広間にて、一人、日本人達の結論を待っていた神楽耶はルルーシュ達とともにジェレミアからの報告を受け、瞑目したままそう口を開く。

 どこか自嘲めいた響があるのは、いまだに結論を持ってこない臣下達への苛立ちと落胆が籠もってもいる。

 日本の象徴としてその命脈を保つ責務を負っているとは言え、その真意を汲める日本人が存在しているかは現状を見れば疑問符が付く。

 

 

「おいおい、姫さんよ、リーダーがそんな表情をしていたら出るもんも出ないぜ? それに、昨日は寝てないんだろ? それじゃあ、気持ちは沈むだけですぜ?」

 

「こら、口の利き方に気を付けろ」

 

 

 そんな神楽耶から自嘲めいた笑みを向けられたルルーシュ達もどう口を開けば良いのか思案していたのだが、それをあっさりと破ってみせる人物も居る。

 顔中に青痰を作りつつも、当人は顔を合わせた時と変わらぬ玉城であった。

 

 

「それで、なんでお前がここに居る?」

 

「あん? 朝になったら集まれって話じゃ無かったか?」

 

「いや、日本人は日本人で結論を出せと言ったはずだが?」

 

「はあ? ゼロがブリキの皇子様なんて最初から知ってっし、俺は戦いなんて止める気は無いぜ?」

 

 

 ルルーシュの問いは当人を除いた全員の思いでもあったのだが、問われた本人はまったく気にする素振りも見せない。

 

 

「個人の話ではなく全体の話なのだがな」

 

「んなこと言ってもよ、俺の意見なんかあのお堅い連中が聞きゃしねえだろ? だったら時間の無駄じゃねえか」

 

 

 付き合いきれねえぜとでも言うかのように手をひらひらさせている玉城に、彼と同意見なのか双葉綾芽も彼と共にこの場に足を運んでいた。

 

 

「そもそも、お姫様はルルーシュと一緒に行くつもりなんだろ? だったら話し合うだけ無駄じゃねえのか?」

 

「神楽耶が居るから戦う、神楽耶が決めたから戦うでは意味が無い。それでは、責任を神楽耶に押し付けるだけだ。俺は誰かに命じられたから共に戦うと言う人間とは手を取れん」

 

「いや、今まで一緒に戦っていたじゃねえか」

 

「今まではな。今まではあくまでも『日本のため』の戦いだった。それなら有無を言わせる必要は無い。だが、これからの戦いはブリタニア人によるブリタニアの為の戦いになるし、俺がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして戦う必要が出てくる。それに無理矢理付き合わせても破綻するだけだ」

 

 

 過去において超合衆国を作ったのは良いが、ルルーシュ自身もシャーリーの復讐やナナリーの保護という個人的な事情を優先してしまった。

 結果として、二人の死という現実が目の前に突き付けられたとき、すべてを投げ出してしまった。

 そして、ゼロという存在が消失した合衆国は、結局のところはシュナイゼルの手駒に成り下がってしまっていた。

 

 ただ、それでも良い。

 

 悪逆皇帝ルルーシュという共通の敵が居た以上、敵対者達が手を取り合うと言うのは間違っていない。

 だが、共通の敵が消えた後はどうなるのか? 上手く行った世界もあるかも知れない。だが、ジェレミアが経験した未来は、けっしてルルーシュの望んだ未来では無かったのだ。

 

 

「よく分からねえが、俺はお前と一緒に最後まで戦うって決めたんだし、今さらあーだこーだ言わねえよ。それより、エリュティア攻略の功労者として何か肩書きをだな」

 

「格好付けた後で手もみでおねだりとは、とことん締まらない男だな」

 

 

 一瞬、真剣な表情を浮かべた玉城だったが、あっさりと締まりの無い笑みを浮かべて役職をねだりはじめる。

 ドロテアの言は都合の悪いことは聞こえない当人には届かなかったようだが、やはり室内の者達共通の感想であった。

 

 

「安心しろ。『内務掃拭賛助官』と言う肩書きを用意してある」

 

「お? よく分からねえが、なんかスゴそうだな。何をすれば良いんだ?」

 

「それは正式に合衆国日本と黒の騎士団の関係が固まってからの話だ。楽しみにしておけ」

 

「よっしゃ、玉城真一郎様の活躍に期待しろよっ!!」

 

 

 一瞬呆れつつも不敵に微笑んで玉城に役職を告げるルルーシュ。

 

 ルルーシュ自身、彼に対しては似合いの役職であると思っている。なんだかんだで清掃の腕前は良く、クラブハウスの清掃が楽になっていたのだ(生徒会室の掃除は基本的にルルーシュとリヴァルの役目)

 

 

「なんか難しい言葉で飾っていますけど、あまり良い役職じゃ無くないですか?」

 

「そりゃそうだ。要するに、『掃除係』だからな」

 

 

 玉城に聞こえないように小声で話し合うシャーリーとC.C.だったが、それを茶化そうとしない辺り、シャーリーもC.C.も玉城のことは認めているのであろうか。

 過去においては諍いもあった関係だが、最終的には玉城とC.C.の仲はずぼら同志で馬が合っていたようにも思えた。

 

 

「玉城さんの役職に関しましては私が後日正式に任命するといたしましょう。ようやくですね……」

 

 

 そして、喜ぶ玉城に便乗する形で神楽耶が後押しを明言し、めでたく玉城の任官が適ったところで神楽耶が表情を引き締める。

 待ちに待った結論がようやく下される時が来たのであった。




長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

作者は第一次産業に関わる仕事のため夏場は基本的に激務で創作に中々時間を割けておりません。

言い訳でしかありませんが、今後も投稿間隔が空いてしまう事が続くと思われますが、投降できた際にはお付き合いいただけると非情にありがたいです。

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