実に2年ぶりの投稿となります。新たなる東方二次創作、楽しんで頂けたら幸いです。
蚊の鳴くような音すら立たない静寂と闇に包まれた空間。全ての生物が消え去ったかにも思えるこの場所には、ただ書物だけがビル街の如く立ち並ぶ。棚に収まり切れなかった物達は床に積み重ねられている。不規則に積まれたそれらが溪谷を作り上げ、一つの風景が形成されていた。
ぺらり、と紙をめくる音が木霊した。音の先にはこれまた書物の山、その隣に小さな灯。だが、その明かりは蛍の光ほど弱く儚げである。少し強い息を吹きかけるだけで簡単に消えてしまいそうだ。
危うくも消えかけそうになりつつある明かりの中に、人の姿があった。
フリル状の鍔が付いた帽子を被り、ゆったりとした寝間着のような服を着た紫髪の少女。一見すると、この世の者ではない感覚に陥ってしまう。現実がどこか遠くへ行ってしまう、という具合に。だがそれも、少女の突然のくしゃみによって戻される。
埃でも入ったのかと尋ねてみる。少女は首を横に振り、またくしゃみをする。症状は酷くなり、遂には咳き込んでしまった。……何とも言えない様子である。
「あのねぇ、私が苦しそうに咳込んでいる様子を……っくしゅん! ごほっ……眺めてないで水くらい持って来たらどうなの?」
苦し紛れに彼女が紡ぎ出した言葉は水の要求。察しはついていた。
「それもそうですよね、パチュリー様。では、お水をご用意致しますので少々お待ちください」
予め用意しておいたコップに水を注ぐ。
さて、紹介が遅れました。水が満杯になるまでの間の短い紹介となります。まず私ですが、特に名前などは存在しません。強いて言えば、『こあちゃん』の愛称があるくらいです。そして、目の前で咳込んで苦しんでいる彼女はパチュリー・ノーレッジ様。細かい話をすると華奢な身体が保ちそうにありませんので、端的に言ってしまいます。私のご主人様です。
八分目まで注ぎ終えた水を彼女の側に置く。すかさず、彼女はそれを手に取り一口含む。その際、飲みながら咽るという器用な芸を見せた。
「三日三晩、こんな所に閉じ篭って本を読み漁り過ぎて身体が少し堪えたのでしょうね。どうでしょうかパチュリー様。一度、外の空気を吸われに行ってみるのは?」
「うーん……正直、ここから一歩も動きたくないわね」
「それだと他の方々に心配を掛けられますから、どうか外の空気を吸いに行きましょう」
「大丈夫よこれくらい。それに、レミィがこれしきの事で心配する訳がないでしょう? 伊達に長い付き合いしてはいないわ。そんな訳で、私には本さえあれば良いの。ああ、それとお水。ありがとね。お陰様で、咳込み過ぎからの死亡事故を免れる事ができたわ」
「どこのお年寄りですか貴女は……」
「失礼ね。まだ百年くらいしか生きていないんだから、年寄り扱いしないでよ」
それくらい生きてたら、十分年寄りですよ。
見た目が十代の少女にしか見えないパチュリー様。だが、これでも百年生き続けているのだから驚きです。人より長生きなされている分、中身はかなりの年長者そのもの。胡散臭い発言が言葉の端に見え隠れする事はしばしば。少しくらいは身体が成長しても良かったんじゃないかと思いましたが、本人曰く『魔女となった時点で身体の成長は止まる』との事。詳しい事は分からないですが、人間を卒業すると何かしらの影響が身体に出てくるみたいです。引き籠り体質もその影響でしょう。とは言え、放ってはおけません。
時々、魔法の研究だと言って部屋に閉じ篭るのです。それも私が放っておけば何年経っても篭りっぱなし。頭に苔が生えていましたよ。
気づかなかった私も私です。まぁ、当時の私にも事情というのがありまして。新米使い魔として赴任してまだ日も浅く、要領も悪かったんです。ちなみに赴任して初の仕事は、パチュリー様の身の周りに散乱する本の整理でした。本の影からゲジゲジが湧いて出て来たのは、今となっては良い思い出。生活能力が桁違いに低い主様を心底幻滅したのは、言うまでもありません。
年配者扱いされて拗ねてしまうパチュリー様。こうなってくると、駄々をこねる子供をあやすくらい面倒になってしまいます。
「とにかく、お身体を悪くしない程度にお願いします。また一週間以上も篭られると、心配でこっちはおかしくなりそうですから」
「心配性な事は良い事で。でも、あまりお節介を焼くようだと次の実験の被験者になってもらうわ。という、私からの忠告も入れておくわね」
なぜか私が忠告される始末。使い魔は主の身を心配する事が当然だというのに、このお方ときたら全く……変な主です。
「ご忠告ありがとうございます。それとパチュリー様、本をいくつか持って参りました」
「あら本当!? そろそろストックが切れそうだったから困っていた所だったのよ。ナイス、こあちゃん!!」
本の話題になると、急に明るくなった。無邪気に咲き誇る笑顔の花は、仄暗い空間に明かるさを増し、少し肌寒かった空間が暖かくなる感覚を覚えた。
守りたい、この笑顔。まさしく目の前のコレの事を指しているのでしょう。とはいえ、中身は腐っても一世紀以上生きたロ○ババ……少女である。一瞬だけ、殺気を帯びた冷たい視線を感じたのは気のせいだと思いたい。
内心失礼な事を語っているのを悟られる前に、厳選した本をパチュリー様に渡す。
私から本を受け取ったパチュリー様は、表紙を見るなり固まる。視線だけが、本の表紙と私の顔を交互に行き交う。そんな状態が数秒続いた後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……ところで、この本どう思う?」
「すごく……えっちぃです」
思春期の若人達なら共感できるであろう。というよりも、これは世の男のロマン。そう、これが君の望んだロマン―――エロ本。
腐を極めし者へ送る著書、世界の始まりはアダム×アダム、またはイヴ×イヴが原点とされた―――ボーイズ&ガールズラヴ本。
そして新たな可能性を見出し歴史を築き始めた、男の娘本。
「長い間お粗末になられていると思いになられたので、私自ら厳選致しました。かなりエロいです」
「何を根拠に言っているのよ」
「表紙イラスト、ストーリー性、プレイスタイル。全てにおいてです。私も一読しましたが、かなり病みつきになります。気づいたら濡れ……こほん、そのあまりの内容に溺れていました」
いっけね、うっかり濡れたとか口にする所でした。まぁ、ほぼほぼ字面的にアウトな気がしますが。
怪訝な表情でいるパチュリー様の顔が、みるみる内に赤くなっていく。眉間の皺も寄り過ぎて般若みたいになっていた。
今更言い逃れできないし、かと言ってこれ以上私の悪戯に付き合わせるのも可哀そうなので、ここは黙ってパチュリー様のお叱りを受ける事にしましょう。ええ、既に私の肝は据わっています。いつでもバッチコーイなのです。これは当然の報いであるのは承知の上。でも、からかわずにはいられない。それが小悪魔な私の性分ですから。
遂に制裁を受ける、その瞬間。パチュリー様の般若のような表情は突如一変。穏やかな顔になった。
「私個人としては、人の趣味にどうこう言うつもりはないわ。でもね、これだけはハッキリさせておきたいの。私は本が好き。ええ、それこそ本さえあれば後はどうにかなるってレベルよ。でも、それは私の好みのジャンルでないといけないの。例えば、魔術・魔法またはそれらに関する研究資料。そう、だって私は魔女だもの。日々魔法の事について日夜問わず研究してる。たまにどれくらい時間が経ったのか、分からなくなるくらいに研究に没頭する事だって何度もあったわ。その都度、レミィや咲夜、みんなを心配させてしまって本当に申し訳ないなって思ってる。だからこそ、ここ最近は一定の周期で休息を入れてるわ。それは時に娯楽用の本、館周辺を散策、フランの読み聞かせ、レミィとお茶。魔理沙と……アレはただの厄介虫ね。そうやって、適度に息抜きを入れる事でまた新しいアイディア、インスピレーションが湧いてくるの。応援されると同様ね。そんで、また長期に渡る研究にもがっつけるし、最後まで成し遂げる事だってできたわ。
話が脱線してきたから本題に戻すけど、人は何か好きなものがあればそれに向かってとことん追求する事ができるわ。だからね、貴女もそうであって欲しい。それが主である私からのたった1つの願い。……どうか、道を違えず真っすぐ素直に正直で立派な人になって」
「パチュリー様……」
予想もしてなかった展開になってしまいました。穏やかな表情で優しく語りかけてくるパチュリー様は、まるで我が子に諭すかのようでした。未だかつて見た事のない母性。心の底から浄化されていくような、そんな感覚が身体の至る所に稲妻の如く走る。生まれてからずっと黒かった私の翼が白く、光り輝いているようにも見える。
こんな表現じゃ取るに足らない、今目の前で起きている現象。この言葉しか思い浮かばない。
――――――尊い。
普段は根暗で奇妙な笑い声を上げるオカルト研究者みたいな人なのに、こんな時に限って母性を見せるとかズルいですよ。チートです、チート。こんなのかないっこないです。例えバストサイズで勝ったとしても、母性で人を燻らせる事ができなければ、ただの飾り物です。
「まぁ、でも……私みたいに魔法に執着し過ぎて、魔術本自体に保護魔法を掛けて耐久性を向上させる。本自体に機能性を追求するとか、変な方向に走らないようにね? 一応、反面教師として見習うべき所もしっかり見習う事ね。貴女には期待してるわ」
時には自分の失態を例に上げて叱る様は母そのもの。いつしか、自分が主に対して行おうとしていた無礼な行為に羞恥を覚える。さっきまで悪人面して悪戯を行おうとしてた自分を、全力で殴り飛ばしたい気分に駆られた。
「パチュリー様……」
語彙力皆無(笑)。口がさっきから主の名しか言えなくなってますが、思考回路は正常です。今この瞬間、圧倒的なまでの聖なる母性の波に呑まれそうな理性を、ギリギリの所で踏ん張ってるくらいに正常ではあるんですよ。え、それは正常とは言えない? はは、何を言ってるのか分かりません。
閑話休題。こんなにも母性のあるお方が、何故に独身でいらっしゃっているのか。時々、疑問に思えて仕方がない時があります。だってほら、こうやって人をおちょくって楽しもうとしてた私に、真摯になって諭してくるんですよ。それでいて本人には面と向かって言えないですけど、結構な麗人ですよ。しかも美乳。本人は根暗だとか言って自覚がなさそうだけど、そこそこ実った果実がネグリジェの森の奥に隠されているんですから。世の男どもがこぞって『これが俺達の求めたロマン!』って叫びながら迫ってくるのは想像するまでもないのです。まぁ、そういった輩のほとんどは下心全開でいらっしゃるものでして。害虫を駆除するのも、パチュリー様親衛隊隊長兼使い魔の私のお勤めです。そう簡単に嫁には出させんよ。
「ところで、パチュリー様にはその……殿方とかいらっしゃらないのですか?」
「今このタイミングでそんな事を聞く? どうしたのかしら、急にそんな事を聞いてくるなんて。今日はちょっと具合でも悪いのかしらね」
「いや……なんていうか。ほら、パチュリー様って案外殿方に人気のありそうな外見してるじゃないですか。一人や二人ほど、人生でお付き合いした殿方がいないって方が不思議ですし」
「あー……そう、よね。まぁ、なくもないかもしれないわ」
どことなく歯切れの悪い返答。これはひょっとして、ひょっとするかもしれない。下手すれば、踏み込んではいけない部分に踏み込んだかもしれないです。
異性とのお付き合いをしたか尋ねた際、こういう目の前にいる人がするような反応は大体決まっているもの。当の本人の口から聞き出すよりも、明らかに雰囲気で分かってしまうから何とも言えない空気になってしまうものです。その為、的を若干ずらしてパチュリー様のメンタルを深く抉らない様に配慮しているんです。……察してください、今度は私の口から言わせる気ですか?
閑古鳥も鳴けずにいられないくらい、気まずい空気が漂い始める。何とかしてこの状況を打開しないと、気まずい空気の中で読書の時間を過ごす羽目になる。パチュリー様からしてみれば、心臓が潰れてもおかしくない。小悪魔的思考回路をフルに回転させて、機転を利かせつつ上手い事切り抜けるには――――
「チャンスはいくらでも訪れますパチュリー様。首を長くして待っていれば自ずからと、素敵な殿方との出逢いがきっと訪れます。なんなら、レミリアお嬢様にご相談してみるのもありかと」
「私より場数を踏んでいるとはいえ、どうもレミィにはこの類の悩み事を解決してくれそうにないわ。むしろ、『そんなもの不要ね。話にならないわ』って切って捨てるでしょうね。あの子、ただでさえ妹の事で悩んでそうだし。それに加えて、ここ最近は博麗の巫女にゾッコンだから。むしろ、逆にどうすれば良いのか聞かれる立場になるわ。……ったく、何なのよ、『どうしたら私に振り向いてくれるのかしら?』って。そんなの知るかって話。メルヘンチックな悩みに苦しまれている貴女が正直、羨ましく思えるわよっての。私だって白馬に跨った王子様とかに憧れてるけど、そんな事なんて現実では到底起こりえないという事実を思い知らされ、妄想の範囲内でそういう展開を楽しんでいたりもしたわ。せめてのモノと言わんばかりにね。あぁ、本当に憎らしい事……」
「すみません、フォローしたつもりが全くなっていませんでした。もうこれ以上の愚痴はお止めになってください。身体に障ります。外見麗しい主様と発言内容の不一致で、主に私の身が持たないです」
「大丈夫よ、俗にこれをギャップ萌えと呼ぶらしいわ」
「そちらの場合はギャップ萎えになります! 無理して気丈に振る舞うのは止めてください。見てるだけで、いたたまれない気分になります」
上手い事フォローを入れ、別の話題に持って行く。という、実に小悪魔的かつスマートな打開策だったのですが、ところがどっこい。私の方が変に気遣いしすぎた為なのか、言葉選びを間違えてしまいました。お陰様で、手の施しようがありません。どうなる私の命運。
さて、こんな状況下でも一つ面白いものを見つけてしまいました。パチュリー様が案外、ロマンチストな一面を持ち合わせていた事です。齢百を超える人にしては割と初心と言いますか。やっぱり、パチュリー様も何だかんだ言って女の子なんですね。でなければ、あんなにも嫉妬して頬を膨らませたりしないですもの。ただ、光が無い眼差しだけが少し耐え難いです。
「てりゃっ!」
だからなんでしょうね。耐え切れなくなった私は、スリッパで主の頭を引っ叩いていました。すぱーん、と爽快な音が響く。
「あいたっ!? ちょっと、なんて事してくれるのよ痛いじゃないの! あと、なんでスリッパ!?」
「いえいえ、ちょうどパチュリー様の頭の上に埃が被っていたんです。それを払い落とそうと思ったまでです。あ、まだついてる」
「ちょ、やめなさいってば。埃どころか帽子が汚れるから」
「うむむむ……しつこいタイプの方の埃みたいです。あとニ、三回は念の為に」
すぱーん、すぱーん。もういっちょ、これは胸部にすぱーん。ちなみに最後の一発は、いつも振り回している分の仕返しだ。敢えて胸部にしたのに特に理由はない。ぷるんと揺れる果実が見たかったとか、微塵も思ってなんかいません。そんな事を考える輩は三流以下なのです(自論)。
余分に叩き過ぎだったのだろうか、パチュリー様の目の端に薄っすらと零れ落ちそうな涙。今更、罪悪感が込み上がってくる。力加減、回数……いや、それ以前に何故自分は突拍子もなくスリッパで引っ叩いたのだろう。己が行った行為というものは果たして、本当に小悪魔的かつスマートな打開策であったのだろうか。
「――――悪は滅び去った」
「一体何と戦ってたのよ!?」
そんな事よりも、主様にしつこく纏い付いてた埃を振り払った達成感(嘘)に酔いしれる。
「……まぁ、なんて言いますか。パチュリー様にしては随分とネガティブな発言が多かったので、少しばかりお祓い致しました」
「お祓いにしては随分と物理的だったけど?」
「時として念だけでは払いきれないものも存在するじゃないですか。とりあえず、そういう類には物理的なお祓いが効果的でしたので。今回は少々私情を含めたヤツにしてみました」
「その私情とやらに、かなりの悪意を感じたわ。これって気のせいかしらね?」
「気のせいですよ。きっと」
「そう……でも、おかしな話ね。悪魔がお祓いしたら逆に悪魔の方が浄化されるんじゃない? それに、お祓いって神職の人達が行うものよ。こんな館で、しかも神職でもない、加えて悪魔よ? むしろ自分から首を締めにいってるようなものよ」
「…………あ」
言われてみれば確かに。私は小悪魔な存在である。かえって自分の身に危険を冒しているようなもの。これが俗に言う、自分で自分の首を締めるってヤツですか。ほほう。どうりで、視界の端からキラキラしたものがちらほらと見える訳です。これって目の前のパチュリー様があまりにも愛おしく見えるからこその、キラキラってヤツではなかったのですね。……あ、意識が朦朧とし始めてきました。これはヤバイ。
「ほら言わんこっちゃない」
「そんな事言ってないで、助けてくださいパチュリー様! 私、浄化されます。嫌だ、まだ死にたくないんですけど!?」
「自業自得よ。いっぺんあの世に行って反省してきたら良いかもね。それにここも当分の間は静かになるし。一石二鳥よ」
「いやいや、身の周りの事もできない生活能力皆無な人が何を言ってるんですか。そこら辺のサポートをしてくれる存在として、そもそも私を呼んだんじゃないんですか!」
「大丈夫、予備があるから。安心してお行きなさい」
「酷い!? 道具扱いされたのにショックです。それよりなんで、このタイミングで諭すような言い方になってるんですか!? 独り立ちする我が子を暖かく見送る場面じゃないんですよ? そこそこ長い付き合いになる使用人が、生死の境目に立たされているんです!」
「それもうっかり、ね」
「否定しませんけど!!!」
自業自得というのは分かりきってます。主様から言われると尚更の事、心に突き刺さります。そりゃもう、会心の一撃ですよ。穴があったら入りたいこの気持ち。いとをかし、なのです。趣は一切感じられないですが、言いたくなりました。某納言さん、本当に申し訳ないです。
「そこは否定しないのね。案外、正直で驚いたわ」
「いや、そんな所で驚かなくて良いですから。てか、案外ってなんですか案外って。私、いつも正直でいますよね? 心外です!」
「まぁ、そうカッカしないで……」
「アンタが一々そうさせるような事言ってるからでしょう!?」
「それは……うん、アレよ。面白い反応するから、からかいたくもなるものよ」
「もう少し時間と場所を弁えた上で、そういう事はしてください。いくらでも承りますから。それより、早く救済処置をお願いします」
「はぁ……仕方ないわね」
パチュリー様は半ば呆れつつ、机の引き出しから小瓶を取り出す。中には、ぬめりのある黒色の液体が入っていた。
見るからにして怪しい。この上なく怪しいヤツです。無色スライムにイカ墨をこれでもかと注入して、片栗粉を少々混ぜてミキサーで調合したら出来上がりました、みたいな液体。まさか、これがダークマターの正体とか言いませんよね。よく見たら少し泡立っていますし、刺激が足らないから炭酸でも入れたんですかね。だとしたら、コーラという飲み物に非常に近い存在なのかもしれません。でもアレはラベルに成分が書いてあったから、安心安全に飲める物でありましてね。目の前のブツとは違う。
こいつは、成分表記も無い得体の知れない液体。加えて、魔女が製作した物なので怪しさ百点満点。絶対の保証がされていない、危険物なのです。長年の付き合いとはいえ、飲めと言われても容易に飲めません。
「はい、これ飲んで」
「嫌です。何ですか、この不気味な液体は?」
「ヒ・ミ・ツ」
「ぶりっ子振らないで下さい、気持ち悪い。そんな事より、私の質問に答えて下さいパチュリー様。この液体は一体何なんですか?」
「辛辣ね。別に変な物なんて入れてないわよ? いざという時に備えて調合しておいた、ただの回復薬(未試験)よ。見た目は少し気持ち悪いけど……」
「とてつもなく胡散臭いですけど、一刻も時を争う状況なので今はパチュリー様を信じます」
「信頼されてなかったのは心外よ……」
そもそも、貴女は魔女という時点で頼り辛いんですよ。小悪魔な私が言えたもんじゃないですけど。
小声で愚痴を零すパチュリー様を余所に、私は受け取った小瓶の中の得体の知れない液体を一気に飲み干す。ぬめり気は見た目以上にあり、中々喉を通らなくて苦戦を強いられる。あと、この飲み心地はあまり好みではない。なんか、薄い本のシチュエーションを連想してしまうので私的にはNGなんです。
色々と問題だらけのブツですが、意外な事に味だけは美味でした。見た目から想像できない柑橘類の味が、口の中で踊るのです。
「おお、意外と美味しいです。凄いですよ、パチュリー様」
「……もん、むっきゅー」
小声で何か呟いているパチュリー様。どうやら、また拗ねたご様子です。私とした事が、また面倒な仕事を増やしてしまいました……はぁ。思わず溜め息が出ちゃいますよ。
とはいえ、自分で撒いた種です。ちゃちゃっと片付けちゃいましょう。倦怠感を覚え始めていた頭をフル回転させる。
「パチュリー様、そろそろお腹が空いてきた頃合いですよね? 何か持ってきて参ります」
「そんなにお腹空いてないわよ。また咳き込んだ時の対処の為に必要な水、これがあれば後は大丈夫」
「またそんな事言って……パチュリー様、前も似たような事言って倒れていた事あったでしょ? もう忘れたんですか。あの時、かなり洒落にならない状況でしたからね!」
「っ……! あれは、精神的な疲労が蓄積されただけであって。何も栄養失調で倒れてた訳じゃないんだから。うん、極めてセーフ」
「アウトです。あの時、私が駆けつけてみればゲッソリしてたじゃないですか。モヤシから水気がなくなった状態でしたよ!?」
このお方ときたら……。
実は最近の出来事なのですが、パチュリー様は寝食問わず三日間ぶっ通しで本を読み漁った上に倒れる。という事件を起こしていたのです。読書熱心な事は良い事ですが、度が過ぎると心身に障るものです。特に精神面からの疲労というのは尚の事。それに加え、パチュリー様はあまり体力が無いので余計に危険です。
「貴女、たまに無自覚で失礼な事言うのね」
「概ね合っているんですから、今更失礼も何もありません。私は純粋に従える者として、主様の身の心配をしてるんです」
「はいはい、分かったから。分かったから、何か食べ物持ってきて。ちょっとした口論のお陰で、丁度お腹が空いてきたから」
「最初から素直にそう言って下さいよ」
素直じゃないなこの主。でも、そんな主を好いて堪らない私も私。大概どうかしてます。
主と使い魔という立場ではありますが、先程パチュリー様にも申していた通り、かれこれ長い付き合いになります。
多少の本音を交えて、お互いにからかい合う。これもまた、ひとつの主従関係としては悪くない。というよりも、理想的ですよね。もやし体質な主様じゃなければ尚の事良かった、というのは内緒です。
◇ ◇ ◇
紅魔館。私とパチュリー様が住まう館の名称です。
その由来は、館の外観が血のように赤く人非ざる者が館内で生活しているから。他にも諸説ありますが、特に有力なのは外観です。館の主の二つ名も関わっているとか、なんとか。まぁ、そこは私の管轄外の話になってきます。あくまで私の主は、パチュリー様なのですから。悪魔だけに。
周囲は自然豊かな緑色、ここだけが不気味な存在を放っており景色に酷く浮いてしまっています。なんとか色を変えてくれないものでしょうか。館の主が怒るのは間違いないと思いますが。
そんな館の地下には大図書館と呼ばれる場所があります。ここが主に私とパチュリー様の管轄区域となってます。風通しが悪い上、日当たりもないのでカビ臭い事は言うまでもありません。カビ防止魔法をされてない書物なら五分経てばカビに完全侵食されてしまいます。ハッキリ言ってヤバイ場所です。そんじゃそこらの事故物件より、条件は最悪です。ラップ音、何かが化けて出る? そんなのここに比べれば可愛いもんですよ。
大図書館というだけあって、広さはかなりのもの。見渡すほどの膨大な書物。これは絶景の部類に入りますよ。山のてっぺんから、地上を見下ろした時の広大な景色と似てます。まぁ、あそこまで圧巻ではないのですが。
知識量は最大級といっても過言ではない、ウチの図書館。そこで私は、雑用兼司書補佐を主な仕事としているのです。
図書館と言っているだけあり、それなりに来館する者も少なからず存在します。ただし、ここは私のような愉快な悪魔達の住まう巣窟なだけあって、人間が出入りする事はほぼないのです。つまり、来館するのは大体がそれらの類の方々。
本日も一人、来館なさったお客さんを案内していました。なんでも、お目当ての書物を見つけたのは良いが帰り道が分からなくなってしまったとの事。これも、ウチの図書館あるあるです。
地上も地上で、これまた広く。廊下が延々と続いてます。それも窓がない為、日当たりは完全に遮断されている。仄かに明るく照らす蝋燭の灯りだけが頼りきり。これがなかったら、完全に真っ暗闇ですよ。夜目の効かない私には到底出歩けない。
「物凄く広いんですね、ここ。迷子になりそう……」
「そうなんですよ。初めて来た方はほぼ確実に迷子になっちゃうんですよね〜」
「実際に迷子になった私が言うのもアレなんだけどね……」
朱鷺色の羽を持った少女の妖怪はそう言い、落ち込んでしまう。
「そう言わないでくださいよ。元気出して。誰だってこの道を通ってきてますから。何も落ち込む事なんて無いですよ。かくいう私だって、最初は迷子でした。よくパチュリー様に世話を焼いてもらってましたから」
「そうなんですか?」
「はい、それはもちろん。貴女のように、かつての私はそりゃもう方向音痴でしてね。しょっちゅう迷子になっていましたよ。でもね、そんなある日、図書館の一角で隠し扉を見つけたんですよ」
「え、図書館に隠し扉なんてあったんですか!?」
「あったんです。実はこの図書館には、夜な夜な少女の囁き声が聞こえてくるという噂があったんです。『1人だと寂しいよ、誰か私と一緒に遊ぼう』……って。そんで、主様に聞いてみたら、この図書館の何処かにある隠し扉の向こうから聞こえてくる、との事」
「そして、偶然にも司書補さんが見つけてしまったと……」
「そうなんです。最初は扉の壁絵かなって思ったんですけど、ちゃんとドアノブがついてましてね。本物だったんですよ」
「……もしかして、開けちゃったんですか?」
震えた声で尋ねてくる彼女。よく見れば、肩が小刻みに震えてるじゃありませんか。妖怪とはいえ、まだ幼い少女。この手の類の話は怖くて当たり前。
これはからかい甲斐があるな、と思ってしまった私。小悪魔的な悪戯心に火が着いたのは、言うまでもありませんでした。これは面白いものが見れる、そう確信したからです。
「開けようとはしましたね。でも、あくまで噂程度にしか信じていなかった当時の私は、扉の先はきっと倉庫なんだろうなって思ってました。ですが、その時ですよ。扉の向こうから少女の囁き声が聞こえてきたんです」
「うわぁ……本当だったんだ」
「噂話程度にしか信じてませんでしたからね。でも、聞いちゃったんですよ。これはもう、いよいよもって真相を確かめるしかない。そう思い、意を決して扉を開けたんです」
固唾を飲む音がはっきりと聞こえた。
「そしたらね、奥に続く道があったんですよ。この先に何かがある、間違いない。そう思った私は、足を踏み入れたんですよ。……そしたら、生暖かい風が頬を撫でていったんですよね」
「あ、これ絶対にヤバイ奴ですよ」
「まぁまぁ、まだ話は続いてますから。そんでね、奥に続く道がこれまた迷路みたいに入り組んでて、中々奥に辿り着かなかったんですよ」
「そんなに広かったんですか!?」
「大図書館の隠し扉ですからね。きっと、財宝か何かを隠す為に用意してたんですよ。まぁ、それを見つけて少しお金の足しにしようかなとか考えていたのも事実ですし」
「あ、意外とお金には汚いんですね」
「しっ! それ言っちゃダメ」
しまった、うっかり余計な事を言ってしまいました。お陰様で、恐怖色に染まっていた少女の顔が素面に戻ってしまったではないですか。やだもう、私ったらお茶目さんなんだから。……自意識過剰ですみません。
さて、恐怖の続きです。集中しなければ。
「まぁ、そんな邪な考えを抱きつつ冒険家精神で奥へ奥へと進んで行ったんです。すると、突き当りに達したんです」
「結局、何もなかったんですか?」
「いえ、また扉があったんですよ。もしかしたら、声の主はこの向こう側にいるのかもしれない。と思って、扉に耳を澄ませてみたんですよ。そしたら、さっきの少女の声が今度はハッキリと聞こえたんです……私の背後から」
「え……嘘でしょ。扉の向こう側じゃなくて?」
「はい、向こう側ではなくて私の真後ろです。それも耳元で囁くように」
「あわわわ……」
いよいよ話はクライマックス。私は彼女の背後を指差しながら言いました。
「そこには誰もいないはずだったのに、不気味な笑みを浮かべた少女が、『ねぇ、私と一緒に遊ぼうよ』と言って、私の背後に佇んでいたのです!!!」
「やっほー☆」
「うぎゃあああああっ!!!」
たまたま彼女の後ろを飛んでいた、金髪の少女が声を掛けてくる。話のクライマックスと丁度良いタイミングで来たので、朱鷺色の羽の少女は断末魔の様な悲鳴を上げて気を失った。
「おりょ? この子、凄い声上げて気を失っちゃったけど大丈夫? 何かに取り憑かれたのかな」
「いやいや、それは無いですよ。たまたま怖い話をしていたら貴女様が通りなられたんです」
「へぇ、ちなみにどんな話?」
「私とフラン様が初めてお会いした時のお話ですよ。アレは今でも思い出すと怖いです」
「あー……なるほどね、アレは傑作だったわ。この子みたいに悲鳴上げながら、脱兎の如く逃げ回ってたんだもの。思い出しただけでお腹痛いわ」
「やめてくださいフラン様。私としては、あまり良い思い出ではありません。心臓が飛び出しそうになりましたからね。ああ、思い出したくない。話もしたくない……」
「でも、この子には話してたじゃん?」
「それは、まぁ、この娘はからかい甲斐があるな。……と思ったので、怖い話にアレンジして聞かせてたんですよ」
「アンタもワルねぇ〜」
「いえいえ、フラン様に比べたらまだ可愛いもんですよ。ま、これでも一応小悪魔な者ですから。一度、悪戯心に火が点いたら止まらない性なんで」
フランドール・スカーレット。目の前にいるこの少女こそ、先程の怪談の張本人である。
一対の枝に結晶の付いた独特な羽をパタパタと羽ばたかせて、私の腕の中にいる少女をじっと見つめる。彼女は未だ気を失っていた。そろそろ、起こさないと。
「もしもーし、おーい。三途の川から戻ってきなさいな」
「驚いて気を失ったくらいで、生死の境目に立たされる事なんて無いと思うけど?」
「侮ってはいけませんよ、フラン様。人には個人差っていうのがありましてね。フラン様はわりかし神経図太い方なので、大した事でも起こらない限り驚きもしないでしょう。ですが、この娘は別です。泡吹いて倒れてましたので、念の為脈を測ってみたら脈を打ってないんです」
「ふーん、それってどういう事なの?」
「今、彼女は生死の境目にいるって事です」
胡散臭いな、とでも言いたげな表情を浮かべるフラン様。いや、そんな表情されましてもね。私とて、冗談でこんな事は言いませんよ。
面白い反応を見せてくれたこの娘には、本当に感謝です。それと同時に、ちょっとやり過ぎたなという罪悪感も込み上がってきました。ここはお詫びとして、向こう側の世界に逝きかけている彼女をこちら側に連れ戻さないといけません。
少女の鳩尾を撫でるように探り当て、一呼吸。
「喝っ!!!」
「ぶべぇ!?」
力強く鳩尾に掌底を食い込ませた。いざという時の蘇生法です。とある中華の方から習いました。くれぐれも、人間相手に使用しないでください。内蔵が破裂します。
咳き込みながら少女は意識を取り戻す。一連の所作を見ていたフラン様は、思わず感嘆の声を上げた。
「あれ、私……何でここに」
「まだ少し混乱している様ですね。さて、お目覚めになられたので外に向かいますか。フラン様はこの後どうします?」
「特に何もする事は無いわ。私も見送りに付き添っても良い?」
「勿論、二人よりは三人。人数が多い方が帰路もまた楽しいものですからね。さてさて、お見送りと参りますか。私に離れずに付いてきてくださいね。ここ広いんで、すぐ迷子になりますよ」
未だに状況を把握できてない少女の手を、無理矢理引いて館の入り口へと向かう。
「そう言えばさ、図書館でパチュリーが凄く不貞腐れていたんだけど。何かあったか知らない?」
「珍しいですね。パチュリー様が不貞腐れているだなんて。魔法研究でどこか行き詰まったんでしょうかね」
「もしかしたら、司書補さんの帰りが遅いからですかね?」
「それは無いですよ。でも、私も何か大切な事忘れている気がするんですよねぇ……あ」
思い出しました。
元々、私はパチュリー様へ何か食べ物を持ってくる事を伝えて図書館を後にしたのです。そこに帰り道が分からなくなって右往左往していた少女がいたもので、案内がてら談話に更けていたのです。あれからどのくらい経ったのか、正直分かりません。ですが、パチュリー様の事だから本でも読んで、気長に待っている事でしょう。ただ、少しだけ機嫌が悪くなっているのは確かですが。
「多分、私が食べ物を持ってくると言ったきり、未だ戻って来ないのが原因かもしれませんね」
「そうなんですか? 用事があった事も知らずにごめんなさい」
「いえいえ、貴女が謝る必要なんてありませんよ。あくまで貴女はこの図書館を利用しにくる、大切なお客さんですから。自分を責める必要なんてこれっぽちもないですからね。……でも、どうしましょうか。早いとこ戻ったとしても、そこから作って届けるとなると余計に時間が掛かります」
「あの、もし良ければなんですけど。私もお手伝いしても良いですか? 少しご迷惑掛けてるかもですし……」
「いっその事、ここにいる私達でパチュリーに美味しいご馳走作るってのはどうかな?」
フラン様から名案が飛び出ました。私一人でせっせと急いで作ったりするよりも、こうして今この場にいる人達で協力して作る。これなら、時間も短縮できて一人の時より負担が減る。そして、より一層美味しく愛情の込もった品をお届けできる。こんな素晴らしい案を、使わない訳がありません。パチュリー様はフラン様の事を気が振れているだの、なんだかあまり宜しくない事を言っていました。ですが、そんな所微塵もありませんじゃないですか。誰ですか、そんなデマ流し込んだ人は。その人、かなり性格ひねくれてますよ。目の前にいるフラン様は純粋で無邪気な、他人を思いやる心を持った天使にしか見えません。
てな訳で、即座に実行です。善は急げです。
「フラン様って、中々良い案を思い付きますよね。私、こういうの嫌いじゃないです。むしろ好きですよ。さて、ここでくっちゃべっている場合じゃなくなったので、急いで調理場へと向かいましょう!」
「「おーっ!!!」」
「あら……何だか賑やかな声が聞こえると思えば、貴女達だったのね」
そこに現れた第四の人物が、私の背後から声を掛けてくる。思わず「おうっ!?」と変な声を上げてしまう。
「変な声上げないの」
「そう言われましてもね。突然背後から声を掛けられると、当然驚きますよ。変な声の一つや二つ、上がりますって……。所で、こんな所で何してるんですか咲夜さん。館主様から離れて大丈夫なんです?」
「それがね、お嬢様からお暇を頂いたのよ。急な話だったし、最初は断ったんだけど。無理矢理お暇を押し付けられてね。手に余るものだから、どうしようか考え事しながら散策してたの。そしたら、何だか賑やかな声が聞こえたから来てみたって訳」
十六夜咲夜。彼女はこの紅魔館の主に仕えるメイドです。同じ仕える者として気が合うので、時々仕事の愚痴を言い合う間柄でもあります。
この咲夜さん、実は凄いんですよ。何が凄いのかって? それは、この魔族が住まう館で唯一の人間なのです。でも、これだけでは咲夜さんの凄さというのは伝わりません。多分、今の聞いただけだと酔狂な人間が紅魔館に住み込みで働いてる。という印象しか得られないと思います。
そこで、もう少し咲夜さんについてお話します。この咲夜さん、紅魔館の一切を一人で受け持っているのです。冗談を言っているんじゃありません。マジです。ガチです。リアルガチなのです。一切と言いましたが、家事全般・財形管理・雇用管理・その他諸々。それらを全て、この一人の人間が受け持っているんです。どうです? これなら少なからず凄味が感じるはずです。
一人でこんな事を全てこなすなんて、時間を止めないとでも無理。そう思うはずです。でも、この咲夜さんは恐ろしい事にできちまうんです! 人の皮を被った化物ですよ。
スーパーマンも裸足で逃げていくに違いない。そんなモンスターウーマンこと十六夜咲夜さんが、何故にお暇貰って手持ち無沙汰でいるのか不明です。ですが、彼女が戦力として加われば時間を一気に短縮できます。それこそ、お釣りが返ってくるくらいのレベルです。
「それでしたら咲夜さん、少し力添えしてくれませんか?」
「みんなでパチュリーに美味しいご馳走を届けようって、お話してたの。昨夜も一緒にやらない?」
「そうね。特にこれといった用もないし、別に良いわよ。所で、そこにいるトキは侵入者?」
「トキ……って、え、私?」
「何ですか、その世紀末にいそうな名前の呼び方は。図書館を利用しに来た、私の大切なお客さんです。変な呼び方しないでください。帰り道が分からなくなって困っていた所を、私が案内していたんですよ」
「そう、なら安心。ここん所、物騒になってきているからね。特に泥棒が良く入り込んでくるし、みんなも泥棒には気をつけて」
「何の注意喚起かは知りませんが、一応気をつけときます」
「それじゃ、パチュリー様への素敵な差し入れを作りに行きましょう。みんな、私からはぐれないように一列で付いてきて」
「「はーい」」
「なんで貴女が引率し出してるんですか……」
ぽっと出が、少女達を引率していくだなんて。ちょっとジェラシー感じちゃったじゃないですか、こん畜生。
ボーン、と私の嫉妬を代弁するかのように時計台の鐘の音が鳴り響く。それと同時に、先頭を歩く咲夜さんの足が止まる。後ろを歩く私は突然止まった咲夜さんに、ぶつかりそうになった。
「危なっ!? 急に止まってどうかしました?」
「…………」
「あれ、咲夜さん。おーい、聞いてます? もしもーし、咲夜さーん。返事をして下さいってば」
「何かあったんですか?」
「ん、なんかね咲夜が急に立ち止まってさ。案山子みたいになっちゃって、うんともすんとも言わなくなってるみたい」
「死後硬直?」
「生きている人に限って、それはあり得ませんから。それより、咲夜さん聞こえてるんでしょ。黙ってないで、何か喋って下さいよ。マネキンみたいで怖いですから。てか、後ろ姿美人じゃないですか。綺麗なうなじ見せてんじゃないですよ、こん畜生め」
憎まれ口を少し叩きつつ、咲夜さんの肩を強く掴む。これなら、振りほどいたり何かしらのアクション起こしてくれると思ったのです。しかし、それでも相も変わらず無言を貫き通すのでした。
流石に腹が立ってきたので、ちょっとどついたろ。そう思い始めた時、咲夜さんが振り返った。
「なんだ、聞こえてるじゃないですか。もう、変な悪戯はやめてくださいよね?」
「…………」
虚ろな眼差しで薄っすら笑みを浮かべている咲夜さん。ついさっきまでの咲夜さんは何処へやら。
「ねぇ、さっきから咲夜何も言わないんだけど?」
「どうしちゃったんでしょうね。鐘が鳴ってから突然ですよ、ちょっと怖いんですけど……」
「咲夜さん、流石にこれは笑えない悪戯ですよ。いい加減にしてください!」
その時でした。ゴトリ、と何かが床に落ちる音がしたのです。音源は目の前。つまり、咲夜さんのいる位置からでした。
「…………っ!? フラン様、君、目を伏せて!!」
この後の光景は、幼い少女達に見せるには衝撃的過ぎました。咄嗟に目を伏せさせたのは言うまでもありません。
床に転がった咲夜さんの首が、音も無く溶けて消えていったのです。