騒動を聞きつけてやって来た門番に事情を説明した後、私達は広間へと場所を移していました。門番曰く、館の主が臨時の集会を開くとの事。要件は察していますがね。
私とフランお嬢様、戦々恐々としている朱鷺子ちゃん(名称が無いので、以降このように呼ぶ事にしました。本人から了承も得ている)。二人分横になれる大きなテーブルの向かい側、そこには館の主、門番、パチュリー様が控えていました。重々しい空気に萎縮しそうになる。
「では、本件に関わった者達が揃ったので始めるとしますか。さ……じゃなくて、美鈴、例の物をもって来てくれるかしら」
「了解でーす」
「ちょっと美鈴、真剣な場の雰囲気を壊すようなニュアンスはやめなさい。シバくよ?」
「あ……申し訳ないです、レミリアお嬢様」
紅美鈴、紅魔館の門番兼庭師。由緒あるこの館を長年に渡り、外部の者から守り切ってきたベテラン妖怪。咲夜さんが赴任する前までメイド長も勤めていました。ここ最近になって咲夜さんという優秀な人材が着任した事により、メイド長の仕事を彼女に後任する事になります。今までブラック企業並みの重労働(以前も話しましたが、メイド長の仕事は多岐に渡ります。ストレスフルになるのはいうまでもない)を強いられてきた反動により、お陰様で事あるごとにシエスタという名のサボりに興じている、ちょっと残念な方です。でも、仕事している時の彼女は凄いですよ? あと、話してみるとかなり人間臭いのが特徴的です。
いつも笑みが耐えない彼女。実は笑い話が大変お好きなようです。フランお嬢様の良き話相手でもあり、一緒になっては花畑を駆け回ったり、談笑している姿を見かけます。最近の悩みは、笑いの沸点が低くなったとの事。
……やっぱり前世は人間だったのではと、疑ってしまいます。いや、むしろ彼女は人間なのかもしれません。外見上、特に妖怪らしい特徴が見当たらないのです。普通は角やら羽やら何か生えてるものです。ただ、仕事をしている時の姿が人間の領域を突破しているからこそ、妖怪(重労働を強いられても、息1つ乱れす平然としていられる体力おばけ)と呼ばれているだけかもしれません。そこについては彼女のみぞ知る所なのです。
そして、この館の主。レミリア・スカーレット。
私達が住まうこの紅魔館の現当主であり、五百年もの年月を生きた吸血鬼。パチュリー様よりも長く生きているのだから、ただただ恐縮です。また、フランお嬢様の姉でもあります。ですが、見た目が幼い少女という事もあって、時と場合によっては威厳を感じられない時があるのだそうな。この事に関して本人もわりかし気にしている部分なので、これ以上突っ込んだ話はできません。追々お話するとしましょう。今は命を奪われかねないもので。
「はいはい、そこまでにしておいてくれる? アンタ達の漫才を見る為に呼び出した訳じゃないでしょう?」
「そういえばそうでした。こほん、ええっと……ではこれより、臨時集会を始めます。では、早速ですが……」
「ちょっと美鈴、進行役として始めるのは良いのだけれど、それより私が言った例の物は持って来たの!?」
「あ……すみません、お嬢様。今すぐにお持ちして参ります!」
「……もう帰って良いかしら」
早々に私の主様は帰る素振りを見せ始める。まだ始まってもいないのに帰るとは、さすが引き籠りの鑑。私達にはできない事を平然とやってのける、そこに痺れる憧れるぅ!……なんて、私が呑気な事言っている場合ではありませんでした。あ、冷たい視線を感じる。どうどう、ドウドウ。
「まだ始まってもいないのに、帰られるのは困るわパチェ。私が寂しくなるわよ?」
「そんなの知った事ないわね。だって、このままの調子でいけば貴女達、すぐ漫才を始めるんだもの。私がいる必要ないわよね?」
「分かったから、さっきのは謝るわ。さて、話を戻すわよ。どうやら、アンタの使い魔が咲夜の悲惨な末路を目の当たりにしたそうじゃない? どんな状況だったのか、説明してくれるかしら」
「私に聞いても説明できる訳がないでしょ? 相手を間違ってるわよレミィ。今のはウチの使い魔に尋ねるべき所」
「っと、失礼。少々寝ぼけているのもあるのかしらね。美鈴、目覚まし代わりの紅茶淹れて頂戴な」
「はいはーい……っと、どうぞ」
「ん、ありがとう」
淹れたての紅茶を一口含むと、レミリアお嬢様は私の方に視線を向ける。朱鷺子ちゃんは未だに戦々恐々中。見かねたフラン様が宥めている。うん、ちょっと微笑ましい光景です。見方を変えれば、猛獣に今にも喰われそうな雛鳥の図ですが。
「えっと……、私が咲夜さんとお会いしたのが丁度、フラン様と朱鷺子ちゃんを厨房へと連れていく時でした」
「朱鷺だけに?」
「ダジャレ言ってるのではありませんよ!?」
「ちょっと、お花摘みに行ってくるわ」
「パチュリー様はここぞと言わんばかりに帰ろうとしないでください! ああ、もう!! シリアスが台無し!!!」
興ざめしたパチュリー様は、早速帰ろうと席を外す。元凶はきょとんとした顔で、『私が何かしたのかしら?』と、美鈴に尋ねている。その問いに、振るえる表情筋を必死に抑えつつ『いえ、何もしていませんよお嬢様』と答える美鈴。意外にも、美鈴は笑いのツボが浅かった。
「シリアルはそこそこ好物ではあるけど、今の一連の会話に駄目になる要素なんて無いじゃない?」
「ぶふっ!?」
あ、このお嬢様天然ですね。
更なる追い打ちに美鈴は耐え切れず、とうとう噴き出してしまった。膝から崩れ落ち、床で四つん這いになって身体を振るわせる。『美鈴ー!!!』と、叫びながら抱き寄るレミリアお嬢様。
「あぁ、一体どうして美鈴がこんな酷い目に……」
「お、お嬢様。とりあえず、一旦離れてもらえますか?」
「嫌よ、私が離れたら貴女が笑い死しちゃう!」
「そもそも、そうなってしまった原因がお嬢様にあるんですけどね……」
「嘘だっ! 私はこんなにも美鈴を深く愛し、側近としてコキ使わせてあげてるのに。まだまだ愛が足りないとでも言うの!? ひどい事言わないでよ美鈴。犯人は他の誰かに違いないわ!」
「いや、多分他に犯人とかいないと思います。てか、痛いです。そして軽くディスらないでください。あ、痛っ。いててて……」
幼い体形からはとても想像できない怪力が美鈴を締め上げる。当の本人は痛がる様子の美鈴に気付いていない。およよ、およよと演技をしてるかのような声で泣き喚く。
あそこまで暴走するレミリアお嬢様も珍しい。やはりと言うべきでしょうか、内面では激しく動揺していたのでしょう。冒頭の威厳ある姿など今は何処にもありません。ただの泣きじゃくる少女(独特な泣き方をする御齢500の吸血鬼)ですよ。コレがいわゆる、カリスマブレイク。と、何処かの誰かが称していましたね。誰かは知りませんけど。
鈍い音がした。それと同時に、美鈴は目を白くしたまま物言わぬ屍と化した。多分、限界を超えたんでしょう。何がとまでは言うまでもありません。
「呆れた。この為に呼ばれただなんて……さて、要件は済んだし帰るわよ」
「いやいや、何の要件が済んだと言うんですか。現在進行で収集のつかない状況になってますけど?」
「ああ、アレは放っておいても大丈夫よ。時間が経てば落ち着くから」
「いや、アレはどう見ても落ち着けそうな気配はしませんけど。むしろ、より悪化しそうな勢いですよ。……あ、美鈴さんがダストシュートされました」
「燃えるごみは月・水・金……」
「言ってる場合ですか!」
慌てて美鈴を回収しに向かう私。その場からミリも動かぬ主に憤りを感じつつも、一向に意識の戻らない彼女を背負う。私にはない、彼女の豊胸を背中に感じて更に憤りは増しました。……一本背負い投げしちゃっても良いですよね? いや、ダメですよね。無防備な彼女に申し訳ない。
テーブルに彼女を放り投げる(決して私怨があった訳ではありません)。パチュリー様の所へ向かうと、そこにはフランお嬢様、朱鷺子ちゃん、レミリアお嬢様の三人が寄り添い合ってパチュリー様の胸中ですやすやと寝息を立てていた。私を見るなり、少しばかり困った表情を見せる。
「いつの間に寝かしつけたんですか」
「眠気がくる魔法をちょちょいっとね。それよりも、このままだと私が動けないからどうにかしてくれないかしら?」
「すみません、もう少しこの尊い光景を目に焼き付ける時間をください」
「変なところで欲に素直なのね……三秒だけなら許すわ」
「圧倒的感謝っ!!! ところでパチュリー様。レミリアお嬢様が仰っていた『例の物』とやらは、一体何だったんでしょうかね?」
「紅茶の事よ。煩わしい言い方していたけど、特に意味はないわ」
「変に含みのある言い方しますね。本当に何かあるんじゃないかって、身構えてしまうからやめてほしいものです。余計な所まで気を遣いたくないです」
溜息をこぼしてしまう私。さっきまで戦々恐々としていた私自身がバカに思えてきました。
懐にしまっていた葉巻を取り出し、先端に火を点ける。
「すみませんパチュリー様。ちょっと一服してきます」
「お好きにどうぞ。……あ、小さい子達がいるから窓際でお願いね。私もあまり煙たいのは好きじゃないから」
「分かってますって。ちょっと横通りますよ?」
一旦冷静になりたいのもあったので、私は館内の数少ない窓(ちょうどパチュリー様の背の向かい側にある)へと向かう。その際、パチュリー様の胸中で眠るレミリアお嬢様たち諸々を起こさないように、慎重に進む。今だけは、パチュリー様との二人の時間を大切にしたいのもありますから。
口内に溜まった煙を吐き出す。開いた窓の隙間を縫うように外へと出ていく。その先には雲一つない夜空。山があって、緑があり、水面から霧が立ち込める不思議な湖がそこにある。心なしか、遠くの方から「アタイはアタイの限界を越える、アタイ最強-っ!!!」と木霊した。……そんな気がしました。彼方で氷の翼を持った何かがきりもみ回転しながら落ちていくのも、きっと葉巻の煙が見せた幻影なのでしょう。
「ふぐりっ!?」
奇妙な声が景色に見惚れていた私を我に返らせる。振り返ってみれば、赤面したパチュリー様が静かに鼻をかんでおられました。
「……悪いけど、窓閉めて。煙、逆流してるわ」
「良いですけど、その前に一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」
「できれば手短にお願いね」
「痴女ですか?」
「はったおすわよ?」
横っ面を張るという言葉を身をもって体験した、デリカシーに欠ける残念な使い魔がいたそうです。それは一体誰でしょう?
そう、張れた頬をすさる私でした。
「痛い……言う前に手が出てるじゃないですか」
「余計な事を言う人が悪いのよ。私はいつだって悪くないわ」
「先ほどの発言は百歩譲って私が悪いとしても、いつでも悪くないと仰るのはまた違ってきません? パチュリー様自身が悪かった場合というのもあるでしょうに」
「何よ? 遠回しに理不尽だとでも言いたいのかしら」
「率直に言えば、そうなりますね」
「……もう一度はったおすわよ。今度は全力で」
「ごりっごりの理不尽の暴力!? あ、ちょっとパチュリー様。右手光ってます。濃い魔力を感じます。それはさすがにシャレにならないですよ」
「アンタの場合は因果応報ね。特別サービスで筋力強化マシマシよ」
「本当に脈絡もない事を言いますね。何なんですか、今日はどうしたんですか? ちょっと頭冷やしましょうよ」
「そうね、まずはこの子達をベッドまで運びましょう。……いえ、アンタが運んで行けばさっきまでの事はチャラにするわ」
「わぁー、何とも慈悲深いですー(棒読み)」
「戻ってきたら覚えてなさいよ? 私の慈悲を無下にしたことを後悔させるわ」
満面の笑みでそう仰るパチュリー様の目は笑っていませんでした。ここにきて、ちょっと行き過ぎた冗談を抜かした事を後悔する私でもあります。まぁ、なんにせよ小悪魔的な性分が働いてしまって、ついイジりたくなってしまうのですから。これは無意識ですし、しょうがないですよね。……誰か、私に救いをください。お願いします。
助け舟をよこす存在は誰一人としていない状況の中、私はレミリアお嬢様達を抱えて寝室に連れて行くのでした。
◇ ◇ ◇
「さて、お開きにしましょう」
「パチュリー様、一つ物申したい事がございます」
「何かしら? 私は今、とても気分が良いから何でも聞いてあげるわよ」
「ちょっと前が見づらいんですが……どうなってんでしょうかね?」
「んー、知らないわねぇ。というより、ちょっと何言ってるか分からないわ」
両の頬が張れ、頭にコブの山が連なった、この世の全ての醜い生き物がドン引いてしまいそうな顔をしている使い魔がいました。
……悲しい事に、私です。
自分の主がさきほど、あんな物騒な事を言っていましたので、『こりゃ逃げるしかないな』とか思ってこっそり館を抜け出そうとしていたのです。しかし、うまい事逃げられるとでも思うはずもなく、館の外へ一歩踏み出した瞬間にあっさりと捕獲されました。広間にいたはずのパチュリー様が扉の影で待ち伏せていたのです。……いつの間に?
それから先は少し記憶が飛んで、今に至ります。何が起こったのは分かりませんが、気が付いたら両頬が張れてて、頭にコブの山ですよ。怖いですよね。私の怪談話のネタが一つ増えましたよ。
「意外でしたよ。まさか瞬間移動して待ち伏せていたとは、誰が予想できますでしょうか」
「私から逃れられるだなんて思わないでよね。二万年は早いわ」
「まるで宇宙拳法家の弟子みたいな台詞ですね。あと、パチュリー様って喘息でしたよね? あんなに激しい運動なさって大丈夫なのですか?」
「んー、誰にも言ってなかったけど最近ね、どうも喘息が治ったみたいなのよね。ショック療法で治っちゃったわ」
「……え、それってもう無敵じゃないですか。弱点らしい所がなくなった究極生命体ですよ。そのうち考える事をやめそうで怖いです」
「考える事をやめてしまったら、さすがに魔法の研究ができなくなるわ。とりあえず、そこまでの存在ではないと否定しておくわ」
「ですよねー……。ところで、宇宙と言えばなんですけど。私が留守番している間に月に旅行に行ってましたよね。どうでした?」
実は以前に、レミリアお嬢様が唐突に『月に行きましょう』とか言い出した事がありました。『滅茶苦茶も大概にしろよ!』と、パチュリー様もこの時ばかりは珍しく激昂していたそうな。まぁ、結局ロケットを製作して行ってきたみたいですけど。
「あー……うん、まぁ、そうねぇ。地球は青かった……かしら」
「奥歯に物が挟まる言い方しますね。なんか良からぬ事でもあったんですか?」
「ない事にはないわ。でもね、月での出来事はなるべく語るなとレミィから釘を刺されているのよ」
「よっぽど何か良からぬ事があったんですね。あまり触れない方が良さそうですね」
「ええ。でも、これだけは話せるわ」
「何でしょうか」
「向こうに行って喘息が治ったのと、肉弾戦ができるようになった事かしら」
「ぶふっ!?」
噴き出してしまいました。パチュリー様に肉弾戦は、さすがにミスマッチ過ぎます。
眉をひそめるパチュリー様。
「何よ、何がおかしいのよ?」
「いやだって……、パチュリー様に肉弾戦ってあまりにも想像できなかったものでして」
「人は見かけによらずって、よく言うでしょ」
「いくら何でもそれは有り得ないです。キャラとかイメージが大分崩れます。そもそも、誰からそんな事を教えてもらったんですか? ちょっと気になります」
「とある宇宙拳法家よ」
「すみません、ちょっと何言ってるか分からないです」
「さっきの私の台詞パクるな」
「え、そんな事ないですよ?」
事実、何を仰ってるのかこの紫もやしきぶ……と思っていました。でも、そこは私。澄ました顔でそんな事毛頭も考えていないふりを、演じ切ってみせるのです。
都合の良い展開も大概にしろよ、と言いたい気持ちを理性で抑え込むのでした。
「……さて、お遊戯もここまでにしましょう」
小さくつぶやくパチュリー様。その瞳には先ほどとは打って変わって真剣なものになっている。ここまでの会話の流れを断ち切って話す事といえば一つ。
「この一連の騒動、その犯人が一体誰なのか皆目見当はついているわ」
「え、こんな適当な会話してる間に見当ついたんですか!?」
「私を一体誰だと思ってる? ただの引き籠りと思ってたら大間違いよ」
「一応、そう思ってました。それ以外に何か当てはまるものなんてありませんから」
「……この件片づけたら真っ先に貴女への対処を検討しておかないといけないわね」
「見当ついただけに、処遇を検討すると……やかましいわ。自分で言うてて恥ずかしいです」
「その心意気は買ってあげる。健闘しなさいなってね」
「「…………」」
お互い低レベルの親父ギャグに悪寒を覚えた私達は、しばし顔を見つめ合ったまま気まずい空気を過ごす羽目になりました。
「紅茶が余計に冷めたわ。まぁ、いいわ。話を戻すわよ」
「例の件の犯人ですよね。一体誰なんです?」
「そりゃもう、貴女以外にいないでしょ?」
「……はい?」
「ごめんなさい。聞こえていなかったようね、もう一度言うわよ? よーく聞きなさいな」
「あ、はい」
「今回の騒動の犯人は貴女です」
「すみません、聞き間違えではないですよね?」
「聞き間違えではないわね」
随分とあっさりと、何も溜めもなく言い放った一言に彼女は目を丸くしていた。
「隠しているつもりだっただろうけど、ソレは漏れ出ているものよ咲夜」
「…………」
「教えてくれないかしら? 貴女はこんな事をするような輩じゃないはずよ」
「その前に、私からも教えてくれないかしら?」
声色は変わり、先ほどよりも冷徹でいて何処か儚げのあるもので彼女、十六夜咲夜は私に問いかけてきた。
次話は最終回です。