俺の宝具はコッコかもしれない   作:卒業したい人生だった

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終わりと始まり

「お、お帰りなさいっ!

……なんて私が言うのも変、なのかしら?

でも私、本当に、本当に、貴方の帰りを待っていたの」

 

門の前を右往左往(うろうろ)していた少女は、ぱっと此方を見ると、まん丸に目を見開いた。じわりと瞳に膜が張ったかと思うと、ぽろぽろと雫が溢れ出す。

駆け寄って来た少女は、勢いのままに飛び込んで来た。

 

「長い、長い、戦いだったのね。

辛かったでしょう? 痛かったでしょう? 悲しかったでしょう?」

 

薄暗い闇に満たされた静謐の世界に、少女の嘆きと、労わりの言葉が響いては消えていく。

すすり泣きながらも、少女はゆっくりと顔を上げた。

さらさらとその髪が流れ、潤んだ瞳が、青年の顔を映し出す。

 

「ああ、会いたかったのだわ……。

良かった、また貴方の顔を見ることが出来た」

 

そっとそっと、壊れ物にでも触れるように少女は青年の頬へと手を伸ばす。そして、その指先が青年の肌に触れると、少女は恥じらいながらも淡く微笑んだ。

 

「貴方の冒険を、聞かせてくれるかしら。

私は外の世界に出れないから、貴方から私に教えて欲しいの。

そしたらきっと、貴方の目は私の目となり、貴方の耳は私の耳となる、そして、貴方の唇も……っ!? な、なにを言っているのかしら、私。は、はしたないのだわっ」

 

はっと目を瞬かせた少女は、慌てふためいた。

青年は不思議そうに少女を見下ろすと、何かを思いついたように腰に付いたポーチを探った。ぎっちりと中身の詰まったそれから、ビンを取り出すと少女の前で開けようとする。

きゅぽっという音を立てて開いたその中からは、なんと桃色を帯びた丸い何かが飛び出したのだ。

 

「わ、わあ……!」

 

飛び出したピンクの球体は、良く見ると小さな4つの羽が生えており、くるくると2人の周りを回り始める。たった1粒の光でしかなかったが、少女の目には一等うつくしく見えた。

 

「きれい……。なんて、綺麗なのでしょう。

貴方はいつも、……。いいえ、貴方は私に色々なものを見せてくれるのだわ。

そ、その……あ、ありがとう―――リンク」

 

リンク、と呼ばれた青年は碧眼を柔らかく細めると、静かに微笑んだ。

その微笑みを見上げた少女は、またくしゃりと顔を歪ませる。

 

「……貴方は、優し過ぎるのね。

甘くて、柔らかくて、綺麗で、そしてとても残酷だわ。

ええ、ええ、良く、知ってる……」

 

ぽろりと落ちた雫を、固い指が拭う。

目尻に触れただけなのに、火が灯ったような熱が少女を襲った。

 

「っ、……な、中へ、入るのだわ。

貴方の好物だったもの、つくってあげる。

私、たくさん練習したのよ? だって、もう一度……」

 

そう言いながら、青年の胸元に顔を埋めてしまった彼女の言葉を最後まで聞くことは出来なかった―――。

 

「なーにくっさい青春活劇繰り広げてんのよ。

アンタ邪魔よ、そこ退いて頂戴」

 

「き、きゃあああっ!! な、な、なにっ、なんでアナタが……っ!?」

 

「うっさいわねえ。アンタこそ門前でイチャ付いてんじゃないわよ。

邪魔だって言ってんでしょ」

 

「な、なにすんのよ……!」

 

突如急に青年の後ろから光が差した。その気配に青年が反応をする前に、どんっ!という軽い衝撃が背中を襲う。

 

「ふん。態々アタシが迎えに来てあげたんだから、ほらさっさと行くわよ。

何処にって? そうねえ、あそこなんてどう? アンタ随分気に入ってたじゃない。

まあアタシの領域(かんかつ)にも近いし、好きに出来るわ」

 

「な、何言ってんのよ!?

私の領域に勝手に入って来ておいて」

 

「はあ、アンタほんと馬鹿ねえ。

良く見てごらんなさい。今アタシとコイツがいるのは、門の前。

要するに冥界入りする前ってこと」

 

「ぐう……。い、イシュタル……っアナタ」

 

「うふふふっ、本当に爪が甘いのねえ……。

ざまあないわねえ?エレシュキガル(おねえさま)

 

イシュタルは、悔しそうに唇を噛み締めたエレシュキガルを、心底愉快だと言わんばかりに笑う。そして、青年の背中に張り付いたまま、イシュタルは囁いた。

 

「散々女神たちに振り回されたみたいだけど、アンタはもうお役御免でしょう?

だったらこのアタシが使ってあげるわ。光栄に思いなさい」

 

「なんてひどいことを……!

アナタ自分が何を言っているのかわかっているの!?

役目を終えた魂は、安らかな眠りに就く。

今までの傷を癒しながら、静かに、穏やかに……」

 

「はっ、そうはさせるもんですか。

それに酷いのはコイツじゃない。

散々このアタシを誑かしておいて……っ!

……なによ、その顔? もしかして記憶にないって言うんじゃないでしょうねえ!?」

 

「リンクがそんなコトする筈ないわ。

それに、アナタみたいなのお門違いも良いところです」

 

「……ちょっと、アンタ今のどういうことよ」

 

「そのままの意味ですけど?」

 

後ろと前で勃発する2人の言い争いに、リンクはただひたすら困惑の表情を浮かべていた―――。

 

 

 

 

 

―――また1つ、廻る旅が終わりを告げた。

光あるところに影があるように、世界に闇が満ちようとするとき“勇者”は生まれ来る。

勇者は神々の力を借り、世界を我がものとせんとする魔王を打倒す。

光と闇、勇気・知恵と力のぶつかり合いは、そうして古の時より何度も続けられてきた。

“リンク”という宿命の名を授かりし子は、勇気の女神に愛され、やがて永き旅へ導かれていくのだ。勇者リンクの道は2つに1つである。世界に平和を取り戻すか、それとも力に敗れ闇と消えるか。

 

この度のリンクは見事魔王を倒し、役目を終えて穏やかな眠りに就く……筈であった。繰り返される因果は、女神をも取り込んだのだ。

 

決して折れぬ心を持って生まれゆく子を

―――天界の女神は何度も見送った。

 

傷だらけになりながらも光を失わぬ子を

―――冥界の女神は何度も出迎えた。

 

女神らは、それぞれ勇者の帰還を首を長くして待ち侘びていた。

旅を終えた勇者が青年と戻り、やっと肩の荷を降ろすその時を。

 

「ごほん、アンタと喧嘩しに来たんじゃなかったわ。

旅を終えた勇者サマにこのアタシからご褒美をあげようと思って、来たんだから。

……アンタ、何か欲しいモンないの?」

 

「ず、ずるいのだわ……!

わ、私だって……」

 

「あらやだ、アタシの真似しようって? うざったいわねえ。

……うん? どうしたのよ勇者サマ。何か思い当たることがあるのかしら?

珍しいじゃない。このアタシを何度も袖にして来たアンタがそんな顔するなんて」

 

「何か、あったの……? リンク」

 

ねえ、とイシュタルは後ろからリンクの顔を覗き込む。

それに続いてエレシュキガルも、リンクを見た。

 

「はあ!?……行きたいところがある?

天界、って顔じゃなさそうねえ。もちろん、冥界でもない」

 

「で、でも貴方は……」

 

「はあああああ!? な、な、何考えてんのよっ!?」

 

「か、影の国って、……あの?

な、なんで、そんなことを言うの?

あんなところに行っても、何もないのだわ」

 

「……探し人がいる?

―――影の国の女王ですって!?」

 

ずっとずっと前に共に旅をした相棒がいること。

その相棒は影の国の女王で、もう2度と会えなくなってしまったということ。

もし叶うならばもう一度、会って話がしたいと、リンクは女神に願った。

 

「嫌よ。そんな願い聞けません」

 

イシュタルはそう突き返すと、ふいと顔を背けてしまった。

 

「……。それが、アナタの望みならば。

私は―――力を貸しましょう」

 

「っ、あ、アンタ、自分が何を言っているか……!?」

 

「だって、やっと―――やっとリンクの望みが聞けたんだもの。

貴方に課せられた使命とは違う、貴方自身の願い。

私は、―――貴方の女神として、それに応えましょう」

 

「っち。……綺麗事言っちゃって。

まあ良いわ。コイツなんかに負けていられないですものね。

アンタが本当にそう願うのならば―――。

アタシが、叶えてあげる」

 

胸の前でぎゅっと両手を握ったエレシュキガルは、目を伏せながら静かに頷いた。

女神らしからぬ苛立ちの仕草を見せたイシュタルは、溜息を吐くとリンクを睨む。

 

「その代わり条件があるわ―――」

 

再び深い溜息を吐いたイシュタルは、その条件を口にする。

リンクがそれに頷くと、女神は満足げに笑った。

 

「仕方ないわねえ。

コイツと、力を合わせるなんて死んでも御免だけど、アタシだけの力じゃあの場所に送れないし。

アンタわかってる? これはとんでもなくとんでもない貸しなんだからねっ!!」

 

「私だって。でも、貴方の望みだから。

その代わり……。その、私が口にするのもおこがましいのだけれど、約束守ってくれると嬉しいのだわっ」

 

イシュタルとエレシュキガルはリンクから少し離れると、己を象徴する武器を取り出した。

そうして長い詠唱を唱えると、2人の周りに魔法円が描かれる。

白と黒、金と銀、対なる2人を表すような色をした魔法円は、ぱああっと輝きを放った。

 

「さあ、どーんと飛び込みなさい」

 

「……また貴方の旅が、いいえ……。

今度は貴方自身の旅が始まるのね」

 

光り輝く魔法円の中心に“渦”が出来ていた。

空間を切り取ったように渦巻くそれの底は、見えない。

でもきっと、それは自分が望んだ場所へと繋がっているのだろう。

そう確信したリンクは魔法円に近付くと、両端に立つ女神2人へと視線を向ける。

 

そうして、勢い良く渦の中へと飛び込んでいったのであった―――。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……さい……、な、」

 

「……て、ね……、起きて、」

 

遠くで聞こえる声に、瞼を開けようとするも一向に開かない。

もう少し寝かせて欲しいと身じろいだ時、頬や額に何か柔らかいものが当たるのを感じた。

綿のようなふわふわとした感触に肌を擽られ、逆に眠気が増してしまう。

ぽふっぽふっと弾むように押し付け離れていくそれが、耳を擽った―――。

 

「起きなさ―――い!!」

 

あまりのボリュームに、きいいんと鼓膜が震える。

耳を劈いた声に、流石のリンクも目を開けざるを得なかった。

 

「やーっと起きたのね。ったく、とんだ寝坊助だわ」

 

「リンク大丈夫? 体、変なところないかしら」

 

身体を起こしたリンクの前を、2つの球体が飛行する。

“金色”と“銅褐色”の色をしたそれは、ふわふわと光の粒を散らしながら、小さな4つの羽で羽搏いていた。

 

「ここは何処だって? いやねえ貴方、自分の故郷を忘れちゃったの?

……。確かに、まあ、見る影はなさそうだけど」

 

「此処が、貴方の生まれた場所……?」

 

「え? なに、もしかして違う……?

うそ。そんな筈は……。アンタもしかしてボケた?」

 

「……。ねえ、イシュタル。

アナタもしかして……いつものヤツじゃない?」

 

「いつものヤツって何よ?」

 

「……アナタの、悪い癖のことなのだわ」

 

見渡す限り緑が続くその場所は、木々に覆われた深い森の中であった。

倒れていた体を起こしたリンクは、記憶にない筈の場所に言い知れぬ懐かしさと、胸騒ぎのようなものを感じていた。

 

 

 




本人以外から見るとこんな感じです。

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