俺の宝具はコッコかもしれない 作:卒業したい人生だった
不死の輪廻に導かれて、どれくらいの年月が経過したことだろう。
この世に生まれ出て“リンク”と名付けられた俺は、不思議なことに“自我を獲得”していた。
赤子に似つかわしくない成熟しきった精神と知能が備わっていたのだ。
まるではじめからこの世界を知っていたような“既視感”を覚えた時から、それははじまり、今思えば非常に達観した子供時代であったと思う。
周囲の人間には両親がいないから、早熟してしまったのだと哀れまれたが、俺にとっては僥倖でしかなかった。
“なんでも出来てしまう”という万能感は正直気持ち良かったし、叩き込まれた剣術も砂漠に撒く水のようにこの体は吸収していった。
―――そんな万能の才も、すべては神々のお膳立てであったと知った頃には、俺は長い旅路へと一歩踏み出していた。“神に選ばれし勇者”とは聞こえが良いけれど、所詮駒でしかない。
左手に宿った勇気の輝きとは裏腹に、俺の心は屈折していた。だって、過酷にも程があるのだ。やれ剣の覚醒だ、姫の救出だ、と何かと理由を付けてはダンジョンへ向かわされ、次々と課せる試練に、俺の心は確実に折れていただろう。———俺1人の旅であったのなら。
『クククッ、姫を助けたい?
なんなら、このミドナが手伝ってやってもいいんだぞ?
ただし……オマエが、僕としてワタシの言うことを 何でも聞くっていうならな!』
はじまりはとても理不尽であった。
光を奪われた影の領域で“狼”に姿を変えられ、そこで出会ったミドナと名乗る“妖精”に出会った。実際は妖精なんて可愛らしいものではないのだが、当時の俺はまだ疑うことを知らない純粋な青年であったので、神の救いかと思ったものだ。
『ここから出たいんならワタシの言う事を素直に聞けよ?
ほーら、さっさと行きなー』
だが、そんな純粋無垢な心は呆気なく蹴り飛ばされる。
ミドナは乱暴に俺に跨ると、一々小馬鹿にした口調で指示を出し始めたのだ
かなり上からの目線でものを言ってくるミドナに、俺も一々腹を立てていたものである。
『影の世界っていうのはさ、あの世とか言われたりするけど……、そうじゃないんだ。
本当はこの世界の黄昏時のような、穏やかで、綺麗な所なんだよ。
いつか、オマエにも見せてやりたいな』
だけれども、いつしか彼女の“そのままの言葉”を聞けるようになって。
ミドナの戦う理由を知って、はじめて相棒となれた。
そこから彼女との旅は楽しいものとなっていったのだ。
だから……。あの別れだけは、どうしても認めることが出来なかった。
―――光の国と影の国を繋げる唯一の道を断ち、魔物をまた彼女の国に押し付けるだなんて。そしてそれが最後の別れだなんて、どうして認めることが出来ようか。
「……え、ねえ、ねえってば
―――ちょっと、聞いてるの!?」
「聞いてるよ、イシュタル」
「嘘よ。ぼーっとした顔してたわ」
「流石のアナタでも、疲れたんじゃないかしら。
今日はこの辺で休みましょう?」
「大丈夫さ、エレシュキガル。
このくらいダンジョンに比べたら、なんてことないさ」
「そ、そう……? でも、わたし……。
その、し、心配、なのだわ」
天界と冥界を司る2人の女神様に出会ったのも、使命をこの身に受けてからのことであった。あれは確か……魔物に襲われた拍子に、崖から落ちたことが切っ掛けであったと思う。
目が覚めたらそこは湿った土に囲まれた暗い場所で、何となく死後に来る場所なんだなと感じた。言葉ではうまく説明できないけれど、生気の感じられない、ひたすらに静かな場所であった。
冥界の女主人―――エレシュキガルは、俺を見つけるとうんと驚いた顔をした。
そして何故か顔を赤らめて慌てふためくと、咳払いを1つしてこう言った。
『アナタは、まだ此処に来る運命ではありません。
そ、そりゃ来てくれたことはう、嬉しくないわけじゃないけど……。その、まだ早いのだわ』
『それ、どういうことだ……?』
『と、とにかく……っ!
もうすぐあの憎たらしい迎えが来るから、門の前で待っていて頂戴……!』
これが最初の出会いであった。
この後凄い形相をした、この天界の女主人―――イシュタルによって、俺は無事に生還したわけなのだが……。これらは俺が旅路で力尽きる度に行われた。
使命を成す勇者に死は許されない、ということか。
そして、もう何十回と顔を合わせると、彼女らとの会話は次第に弾むようになっていったのである。
長い回想となってしまったが、今に至るまでの道のりはこんなものだろうか。
自分の使命を終えた俺が次に力尽きた時、泣きながら出迎えてくれたエレシュキガルと、何処かに連れ去ろうとするイシュタルの2人に、ずっと未練として抱えて来たものを打ち明けたのは、何だかんだ文句を言って俺に付き合ってくれた2人だからである。
「それにしても、鬱陶しい森ねえ……。なんかムズムズするわ。
いっその事ぶっ飛ばしましょうか。スカッとするわよ、勇者サマ?」
「は、はしたないのだわ。
アナタ、リンクに何を言っているのよ」
頭上を飛び交うのは、綿毛に小さな羽が生えたような“妖精”であった。
気怠げに“金色”がそういえば、“銅褐色”がばたばたと羽を動かして抗議する。
その様子を見ていると、この妖精たちの中身が丸わかりであった。
2人の言い争いを聞きながら、森を歩いていく。
しかし、全く同じにしかみえない景色が続く森では、段々と方向感覚が狂ってくる。
さらに最悪なことに、森の中には濃霧が立ち込めており、背の高い草に辺り一面覆われていた。闇雲に歩けば、あっという間に迷ってしまうだろう。
「あら? リンク、あっちの方から気配がするわ」
何か道標に出来るものはないかと道具ポーチを探ろうとして、やっと気が付く。
自分は丸腰で道具も装備も何もない、いわば“初期状態”であったのだ。
やけに背中が軽いと思ったら、剣も見当たらない。
あまりの衝撃に冷や汗を流していると、不意に目の前を飛んでいったエレシュキガルが、とある方向を指した。
濃い霧に阻まれ先は見えないけれど、確かに何かの気配がする。
「ああ。……行ってみよう」
このまま立っていても仕方がない。それに、そろそろ夜が来る時間だ。
夜になれば森は闇に呑まれ、足元すら見えなくなるだろう。
「……不気味な森だわ」
「イシュタル、怖いのか?」
「ばっ、馬鹿言わないでよっ!
アタシを誰だと思っているわけ!?」
「誰って……。別に女神様が怖がっちゃいけない決まりなんてないだろ?」
「そ、……。そうだけど……。
だってアンタの前だし、その……って。
ばっかっ! アタシに何言わせんのよ!」
何かの地雷を踏んでしまったのだろうか。
イシュタルという女神様は気性が激しいところがあるので、いつもこんな感じである。
ぽふんぽふん、と体をぶつけて抗議してくる彼女に、一応ごめんと謝っておくことにする。だが、それがさらに別の地雷を誘爆させてしまったようだ。
「今適当に謝ったでしょ!? それで済むと思って!?」
「あー。それは悪かったって」
「ほらまた中身のない謝り方するっ!
大体ね!! アンタそうやって色んなオンナに―――」
「きゃあああっ!!」
「……っ、エレシュキガル!」
ぐるぐると周りを飛び回るイシュタルをやんわりと払っていると、エレシュキガルの悲鳴が聞こえた。視点を変えてばっと振り返ると、そこには巨大な植物の魔物の姿があったのだ。
地面から伸びる茎の先には、人間の子どもであればひと呑みできそうなほどの蕾が付いており、実際に人間もくらう人食植物である。
青っぽい蕾が縦に裂けており、鋭い歯を剥き出しにした赤い口内が何とも気持ち悪い。
どうやらエレシュキガルは、コイツに喰われたらしい。
「リンク! デクババよっ!
アンタならあんなの一撃……って、今アンタ丸腰だっけ。
あーあこんな姿でなければ、アタシが瞬殺してあげるのに。
世話がやけるわ、ほんっと!」
イシュタルはやれやれと言わんばかりに溜息を吐いた、くるりと体を回転させると、金の光を纏い再び俺の周りを飛び回り始めた。すると、地面に金色の魔法円が現れ、更なる輝きが森に溢れる。思わず片手で目を覆うと、暫くしてゆっくりと光が引いていくのを感じた。
「特別なんだからっ!
アタシとアンタの、ナイショなんだからねっ!
わかってんのかしらコイツ」
きらきらとした光が、空から落ちてくる。
両手を掲げてそれを掌で受け止めると……。
―――“天界の弓”を手に入れた!
金細工の美しい青色を基調とした弓だ。
戦いと破壊の女神の加護が込められている―――
「気持ち悪いからさっさと倒して頂戴。
煩い蠅がいないのは良いけど……。
あんな醜いものいつまでもアタシの視界に入れておきたくないもの」
「ああ。エレシュキガルが消化される前に、一気に蹴りをつけてやる」
「でも1つだけ気を付けなさい。
その弓はアンタの“魔力”を消費して、打つことができるの。
魔力を使い切ってしまったら、回復するまで使えないわ」
「いくら武器がないとはいえ、デクババに不覚は取らないさ」
「……。甘いわねえ。アンタ、今自分がどんな所にいるかわかってんの?
ほら、アイツが騒ぐから……集まって来ちゃったじゃない」
「……!」
エレシュキガルの悲鳴というよりも、この弓矢の光につられて現れたといった方が正解かもしれない。ざわりと風が騒めいたかと思うと、敵の気配が段々と此方へと近付いてくる。1匹や2匹じゃない。10匹20匹よりもさらに多い、100匹を超える軍団が迫ってくるのがわかった。
「いやあああっ、なにアレきっしょい!!
確か……。そう、ボコブリンね。
雑魚だけど……これだけいると厄介だわ。
さっさとあのへっぽこ回収して、ずらかるわよっ!」
赤、黒、銀、金……。
様々な色をした“ボコブリン”という魔物は、知能は低く、大した脅威ではない。
しかし群を成すと話は別である。手に持つ武器はそれぞれ異なり、棍棒や弓、爆弾など1人で相手をするには骨が折れるだろう。慣れた武器を持たぬ今は、イシュタルの言うように逃げた方が賢明かもしれない。
襲い来る魔物たちから目を離し、目の前のデクババに矢を向けて放つ。
どすっという鈍い音を立てて、金色の矢が突き立つと、特有の叫び声をあげて消えて行った。
「し、死ぬかと思ったのだわ……。この体だと力が使えないのね。
……! り、リンク、アナタ……その弓っ!」
「ちょっと、近寄らないで! 魔物の消化液まみれじゃない!」
「ず、……ずるいのだわっ!!
いつもいつもイシュタルばかり……。
わたしだって、アナタの力になりたいの。
―――受け取ってくれるわよね?」
「だ・か・ら! 話聞きなさあああいっ!!」
デクババの消滅と同時に解放されたエレシュキガルが、飛び出してくる。
そして、俺の手にした弓矢を見た途端に、ぶるぶると体を震わせると……。
先ほどイシュタルがしたように、光を纏い始めた。
銅褐色の色の光が溢れ、イシュタルと似て異なる魔法円が出現する。
そして……。再び空から、光の玉が降りて来た。
―――“冥界の槍”を手に入れた!
銅褐色と黒を基調とした刃が上下に付いた槍だ。
死の女神の加護が込められている―――
「さあ、行くのだわリンク!
アナタとわたしの力があれば、あんな奴ら敵ではないわっ!」
「はああ!? リンクと、誰の力ですって!
リンク、わかってるわよね?
弓で戦うの。この戦いと破壊の女神が、アンタの勝利の女神になってやろうっていうんだから、さっさと矢を番えなさいっ!!」
「ふ、2人とも待ってくれ……!
両方使うから! それで良いだろう?」
高位の女神の加護が込められたそれら、相当威力のあるものだということが見ただけでわかる。しかしながら、俺の魔力はその2つを自由自在に操れるほど余裕はない。
言われるがままに使っていたら、あっという間に底を尽きて、素手で戦うしかなくなってしまう。体術に自信がないわけではないのだが、大勢を相手取るには如何せん効率が悪い。
「……こういう時、狼に変身できたら良いんだけどな」
ミドナと旅をしていた時は、とある理由から“神獣”になることが出来た。
彼女の力があったからこそできた芸当だが、あの姿ならば武器がなくとも戦えたのにと思ってしまう自分がいた。いわゆる現実逃避である。
「来るわよっ!」
ふと空を見上げると、放たれた無数の矢が弧を描きながら飛んで来るところであった。
反射的に横に避けると、ごろりごろりと前転を繰り返しながら、降り注ぐ矢を避ける。
せめて盾が欲しい。そう心の中で叫びながら、先陣を切って来た赤い体のボコブリンが振り下ろした棍棒を、槍で受け止めると横に薙ぐ。
それが、戦闘開始の合図となったのだ―――。
「……ほお? アレは、……」
*入手武器*
・天界の弓矢
・冥界の槍
何か良いフレーバーテキストを用意したかったのですが、結局思い浮かばず。
天界と冥界の女神様の加護が込められた武器です。
このリンクは魔法ゲージを持っています。
自分の武器以外を使用する際は魔法ゲージを消費します。
入手時の効果音はもちろん……\テッテレレー/