わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
気まずい空気……にはならなかった。
カラオケというのは片方が歌っていればもう片方が予約を入れる、食事をするなどしていて、基本的に雑談どころか会話が生まれない。三人以上がいれば話は別だが、双方が双方好きな歌のジャンルが違うのであれば、歌詞がわからなくて笑ってしまうとか、タイミングが掴めないとか、余計なハモりを入れるとか、あんまりない。
わたしはメタルとオールドロックンロール。遥香さんは90'シティポップスや演歌、邦楽全般が好きで、曲被りもなかった。
20分。それくらいの時が経った時だった。
ノックされた。ドアが。注文されたスナック系とおつまみ系の料理は既に来ていて、時間が迫っている事は内線にかかってくるはずなので、何事かと。思った。思って、見た。遥香さんを。あるいは、わたし達の声に聞き覚えがあって、という可能性も無きにしも非ずだったが、先ほどお手洗いに行った限りではここの防音性は十分に良い。聞こえるはずがない。
だから、誰だ、と。
遥香さんは。
「私が呼んでおいたんだ。私と二人っきりは、嫌だろう?」
ニヤニヤしながら、言う。言った。
直後、ドアが開く。自動ドアではないし、こちらから開けたわけでもないので、外から開かれたそれは。その、ドアノブを握っていたのは。
「あ……」
「……」
ベージュの長髪。スラっと伸びた上体と、丁寧に切り揃えられながらもしっかりと装飾された爪。青が好きだと言っていた。深い青が好きだと。その爪が、ドアノブに注目していたわたしの視界に落ちる。
未だ冬だというのに、どこか春のような薄着。暑がり。ああ。結構、覚えているものだ。
雪ちゃん。雪ちゃんだ。
南雪が、そこにいた。
●
ちょっと連絡があるから、お二人さんで話しといてくれ。あぁ、30分延長しておいたから安心してくれ。
そんな。無責任というか身勝手というか、相手にするのも面倒くさいと思ってしまうような事を言って、遥香さんは部屋を出て行った。遥香さんの置いていったカバンの中に入っていたボイスレコーダーの電源を切る。
油断も隙もない。
残された二人。わたし達。久しぶりだ。本当に、一年と二ヶ月ぶりかなぁ。
「まずは、久しぶり。また会えて嬉しいよ」
「……ええ、本当に。私も嬉しいわ。HIBANa、と。呼んだ方が良いのよね?」
「ありがとう」
先日HANABiさんも言っていたけれど、確かに、配信で作っているキャラ……ですます調で、少しだけ硬い印象を与えるその話し方と打って変わって、彼女の素の喋り方は物腰の柔らかな丁寧なソレである。彼女本人を知らない人間からすれば、違和感と言われても不思議ではないか。
そもそもの話。皆凪可憐と南雪は、お互いがお互いのキャラ設定をしているから、キャラクター設定自体はすべて頭に入っているのだけど。
「……」
「……あー」
「何を話したらいいのか、わからないわ」
「わたしも。あんまりこうやって、穏やかに話す事無かったもんね」
「ええ、会う度に喧嘩していた……というか、議論をするために会う約束をしていたのよね、私達は」
「直接言いたい事があるからオフラインコラボ、って事何回もあったねぇ」
懐かしい話だと。懐かしむことができるのが、やはり、嬉しい。
彼女との思い出はほぼすべてが争いだ。言葉か文面かの違いくらいで、ずっと言い争いをしていた。本当に、心から価値観が合わないのだ。遥香さんのようにソリが合わないのではなく、大事にする部分が対極にあるという感じ。
それが。
それが、なんとも心地良い。心地良かった。
今こうしておだやかに話している、なんて。一年と少し前のわたし達には想像しえなかっただろう。
「とりあえず歌わない? さっき検索してびっくりしたんだけど、可憐と雪ちゃんのデュエット曲登録されてたんだよね」
「あぁ……MINA学のオリジナル曲は参賀さん*1が手掛けていたでしょう。それで、ファンのみんなから歌えるようにしてほしいっていう要望が多くて、著作元の参賀さんがOKを出したから、それなりの量が登録されているはずよ」
「デュエット、人気だったんだ」
「連絡をしなくてごめんなさい。貴女が卒業した後の事だったのよ」
「そのおかげで今歌えるわけだけど、謝る必要ある?」
マイクを差し出して、問う。
わたしも、雪ちゃんも。歌うのが好きだ。わたし達はちゃんと、一つだけ。合わせられるものがある。
カラオケに来て雑談ばかり、ってのもつまらないし。
「長らくこの曲は歌っていなかったから、しっかり出来るか不安だけど……頑張るわ」
雪ちゃんは、マイクを受け取った。
ああ、久しぶりだ。こうして並ぶ事が。背丈もはほとんど一緒。声量も同等。声質はわたしが高めで、雪ちゃんが低め。肺活量も同じくらいで──ああ、ああ。
クリエイターとしての相棒はHANABiさんだ。だけど、事デュエットにおいては。まだ組んだばかりのNYMUちゃんよりも、やはりしっくりくる。信頼がある。
「久しぶりね。だから、格好良く行くわ」
「いいね、激しく行こう」
スイッチが入る、とでもいえばいいのか。先ほどまでの不安な表情はどこへやら。そこにいるのは、紛れもなくMINA学園projectの誇る歌姫だった。歌姫呼びすると恥ずかしがるけど。
曲が流れ始める。タイトルを、『
歌おう。
●
ぱちぱちぱち、と。
歌い終わりの感傷が満ちる部屋に、拍手が響く。ドア。開いている。
開けたのはもちろん、遥香さんだ。
「いやぁ、熱唱! 熱唱だったね、どうだい蟠りは解けたかい?」
「お帰り願います」
「遥香さん、お帰りなさい」
「うんうん雪は優しいねぇ」
優しすぎる。もっと突き放していいよ雪ちゃん。
……そして遥香さんの後ろにいる、二人。ああ、そういうことか。二周年記念の連絡なんて、全部嘘っぱちか。遥香さんの家を出る前のそれも、さっきのも。
ここにみんなを呼び寄せるためか。
「お邪魔します、雪さん、HIBANaさん」
「……」
「ああ、中学校は半日で終わりなのね。遥香さん、予約は……」
「人数が増える事は伝えてあったからね。問題は無いよ」
「……」
沈黙、二名。
わたしと、アミちゃんだ。わたしは用意周到過ぎる遥香さんへの無言の抗議。アミちゃんは……わたしか。まぁ、散々無視したからなぁ。
「アミちゃん」
「……」
「メッセージ。無視してごめんね」
閉まったドアの前で立ったままのアミちゃん。遥香さんと梨寿ちゃんはいそいそとソファの方へ行った。というか避難した。
さて、どうしたものか。
「可憐」
「もう可憐じゃないよ」
「……でも、今。HIBANaでもないですよね。あの変な真っ黒いのじゃないじゃないですか」
「それは確かにそうかもしれないね」
「じゃあ今、誰ですか」
「本名言えって言ってる?」
別にいいけど、今更自己紹介する?
「……わかりました。HIBANaって呼びます。メッセージ無視も別にいいです。酷いことを言っていたのは、私でした」
「それじゃあ、何をそんなに怒っているのか、教えて欲しいな」
「怒ってません。悲しいだけです」
「悲しいの?」
「……可憐はもう、いないんですね。仲間が死んでしまった事を悲しく思います」
ああ、やっぱり。
それを。そのために来たんだ。今日は。わたしは。
それを謝るために、来たんだ。
「アミちゃん」
「はい」
「ごめんね。わたしも、色々言われて面倒になってた。可憐はもうわたしじゃないし、わたしは可憐として何かを考える事が出来ない。MINA学のみんなを仲間だって思うのが、自然にできなくなってる。それは、わたしの演技スタンスの話ね。自己暗示みたいなものでやってるからさ、そこはもう、どうしても無理」
ただね。
「可憐に言葉を届ける事は出来るし、可憐の言葉を伝える事は出来ると思う。可憐は死んじゃったかもしれない。もういないよ。でも、まぁ、みんなバーチャルなんでしょ? じゃあ、天国の声が聞こえたって別に不思議はないよね。そういうの、沢山いるじゃん?」
「……子供だましでなんとかなると思ってます?」
「半分は。言葉じゃ人は変われないよ。だから、変わらなくていいよ、アミちゃんも梨寿ちゃんも。わたしを可憐と同一視したって、別にいいよ。わたしが"この言葉はわたし宛てじゃないね、可憐に言っておこう"って勝手にやるからさ」
「もう半分は?」
「信じてるよ。可憐でなくなったわたしとも、また仲良くしてくれるってさ。わたしが可憐の価値観や世界観を伝えるメッセンジャーになる事を
前者は屁理屈だ。仮想の存在だから、死者の声が聞こえてもおかしくはないだろう、という話。
後者はお願いだ。MINA学のみんなには馴染みのない誰かさんが、可憐の中継になってもいいですか、というお願い。
どうにかして、"もういない存在"から、"直接は声の届けられない存在"にまで、可憐を引き戻す。
「だから、ごめん。わたしから否定してしまったけれど、わたしはもう可憐を否定しないから、アミちゃんも、みんなも。可憐をまた認めてあげてくれないかな」
謝る。過ちを認める。
彼女はまだ亡き骸でなく、いうなれば魂の状態だ。Vの中の人を魂と表現する人もいるけれど──わたしは。キャラクターにこそ、キャラクターの人格にこそ、魂があると考える。わたし達は精神で、魂ではない。可憐の魂はまだ、空を泳いでいる。
「言葉が難しいです……」
「要約すると、"わたしを可憐と見ないで欲しいのは変わらないけど、可憐にしたい話をわたしにぶつけるのは構わないし、わたし自身とも仲良くしてくれると嬉しい"って感じかね?」
「癪だけど大体それであってます」
「一言多いねぇ」
自分の理解者が遥香さんであることが何よりも悔しい。
そして。
「……じゃあ」
「うん」
「また、会えて……嬉しい、って。言ってもいいんですか」
「うん」
「可憐が卒業してしまって寂しかったと。家族がいなくなった気分だったと。言っても、声に出しても、良いんですか」
「嬉しい、と言うよ。彼女ならね」
ありがとう。嬉しい。嬉しいわ。って。
コロコロと笑いながら言うはずだ。今までごめんなさいね、と言って。
「わかりました。じゃあ、HIBANaさんを……いえ、HIBANaさん。改めまして、これからよろしくお願いします。仲良くしてください。またみんなでこうやって集まって、どっか遊びに行きましょう」
「その時は千幸ちゃんも一緒にね」
「……あの配信廃人が旅行に来るかどうかは……」
「わたしが声を出さなきゃ良いでしょ」
「旅行配信をしろと」
こんな感じで。
人間関係というのは拗れると面倒くさいけれど──拗れきる前に解いてしまえば、元に戻す事だって出来るワケだ。それが元であるかどうかはまぁ、みんなの感性次第だろうか。
少なくともわたしは、これでいいと思った。
「それじゃあカラオケ五時間コースでいいか?」
「じゃあわたし、各所に連絡いれてくるね」
「注文しますね」
これがいわゆる、ハッピーエンドかな?
●
という風に終わるのであれば、物語としてはまぁ、アリなのかもしれない。
大団円の終了。みんなが幸せで終わり。
これからも物語は続いていく、と。綴る事をやめたら、そうなるのだろう。
「まぁ、そう上手く行かないのが世間一般ですねぇ」
「裏側が解決したところで、表側は荒れたまんまだからね」
「何かお話ありました? 二周年記念イベントについて」
「ううん。あっても受ける義理はないし」
五時間と+一時間の延長を経てようやく解散したリーダー以外のカラオケ大会は、かなりの盛り上がりを見せて終了した。その間に仕事の話題は一切出てこなかった。あの場においては、わたし含めてバーチャル要素のない、本当にただのカラオケ大会だったと言えるだろう。
じゃあ、またね。そう言って、お開き。
雪ちゃんは"次会うときは、口喧嘩しましょう。少し物足りないわ"なんて言ってたっけ。
「何見てるの?」
「知り合いのイラストレーターが契約関係のトラブルでプチ炎上中ですねぇ。相互フォローの友人のよしみで受けた依頼が、通常価格より低くしてあげたみたいで。それを通常価格だと思った友人が他の人に自慢。殺到した依頼に提示した価格が聞いていた話と違う、と怒られて、サンプルのラフ画と契約内容を晒され、"こんな絵でこんな価格を取るのはおかしい"と謳う誰かさん達大集合。擁護と批判と野次馬で大乱闘」
「うわぁ」
"善意で仕事を受ける"というのは、なにも良い事を生まない。善意を理由にするなら仕事ではなく趣味だ。金銭の発生が事をややこしくする。それが趣味でなく仕事だと言い張りたいのなら、善意などというあやふやな付加価値を取っ払って、正当価格で応対するべきだ。
と、いう話を部外者であるわたしがしても、それは第三者の野次馬と変わらない。こういうのは当人同士が解決するのが一番なのだが、その当人……イラストレーターと友人は別に争っていないのだろう。
「絵柄が好きで依頼しようとした人達が、"こんな絵"扱いをした誰かさんと言い争いをしていたり、正当価格を知らない人達が、この価格なら妥当だろって空リプした人に噛みついていたり……」
「うわぁ」
阿鼻叫喚地獄だ。随分と香ばしい。
SNSで、単純に意見を投稿する事と誰かの返信として投稿する事で、同じ内容でも意味合いが違ってしまう、という事を知らない層があるように思う。勿論故意のもあるだろうけど、それは一旦除外。
流れてくるニュースや事件に対し、思ったことをそのまま投稿する。それを、まるで返信欄をコメント欄のように扱って、独り言をぶつけている。彼らにとってそれは独り言なのだ。だから遠慮なんかないし、慮る相手もいない。
でも、それは機能として、返信だから。
結果、返信を返信だと思っている人たちとぶつかって、"独り言に難癖をつけられた人"と"意見に反論しようとした人"との喧嘩が始まる。
「まぁどんな酷いものであれ、契約内容をSNSに晒すって行為自体が目につきますけどねぇ。いじめられたからいじめ返すって事じゃないですか。同害復讐法ですか」
「その件がどういう形に終わったとしても、契約内容漏らした人と仕事をしたいとは思えないね」
「そして今回に関しては別に酷くないんですよねぇ。相場で見ても特に不思議のない価格です。高くもなく低くもない。やっぱりこの件、私じゃどうしようもないですねぇ」
そう言って、ブラウザを閉じるHANABiさん。
少し気になるけれど、わたしが関わるべくもない。
「下手に手を出して飛び火でもされたら困りますからね。もう私達は企業勢ですし」
「また対岸の火事?」
「今回は沖合の火事ですかねぇ」
時間が経てば、鎮火するだろうから。
……諸共沈没、という結果で。
●
「HIBANaさん」
「麻比奈さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
DIVA Li VIVAの休憩スペース。いつも通り誰かいないかな、とくつろいでいたら、声を掛けられた。少しお話しませんか、と言われ、了承する。
麻比奈さんは休憩スペースのテーブルにノートパソコンを広げると、何かを準備し始める。
「何の件ですか?」
「この間お話しした、PVの件ですね。HIBANaとHANABiのプロモーション且つバーチャルクリエイト事業部の所属ライバー・クリエイターの紹介のために、数秒の映像を撮りたいそうです。HIBANaさん達がデビューをする時、紹介映像が出たと思うのですが、それと似たものだと思ってください」
「ああ、自社番組の」
「はい、それです」
雑誌でいう所の表紙を飾らせてもらえる、という事らしい。光栄なことだな、と思うほどまだ愛社精神が育っていないのだけど、良い事ではあると思う。
日程について聞かれたけれど、変わらず、平日昼は仕事で土日祝+平日夜の開き。
そう伝えると、麻比奈さんは驚いた顔をする。
「どうしました?」
「いえ、私はてっきりNYMUちゃんとのコラボが入っているものだとばかり……すみません、勘違いしてスケジューリングしていました。少々修正しますね」
「NYMUちゃんとのコラボ? は、終わりましたよ。カバーの件ですよね?」
行き違いがあったのかな? でも、あのコラボ日程自体麻比奈さんとあちらのマネージャーさんが決めたものだから、忘れているとは思えないんだけど。
「いえ、その件でなく、外部での共演が三月二十五日にある、と……あの子が間違えているのかしら」
「……」
……はっはーん。
三月二十五日ね。その日は、MINA学園projectの二周年記念イベントの当日じゃないか。そこに、わたしの知らないNYMUちゃんとのコラボ。
はっはーん。
「いえ、その日はやっぱり空けておいてください。PVは他の日に撮りましょう」
「……ああ、そういう……ごめんなさい、HIBANaさんの楽しみを奪ってしまったかもしれません」
「わたしサプライズというものがきら……苦手なので、むしろありがたいです。カウンター、何か考えておきます」
「ああ、良かった。HIBANaさん、案外悪い人ですね」
「性格が悪いのは認めます」
こういうのをやる人、わたしの周囲では一人しかいないし。
性格悪い人には性格悪い事をぶつけるのが一番だ。
「それでは失礼します。決定した収録日は追って連絡しますので」
「はい。お疲れ様です」
麻比奈さんは用件を済ませると長居をすることなく去っていった。仕事人め。お茶の一杯でも飲んでいけばいいものを。
……わたしの卒業日一周年も、もうすぐという事だ。
さて、とりあえずHANABiさんにリアタイ出来ない事を連絡しないとね。
●
創作に必要なものはいつだってただ一つ、"初期衝動"である。
一番に得た感傷。最初に飛来した情動。それらは火薬となり、積み重なる事で溜まっていく。着火剤は、それを誰かに押し付けたい、表現したいという心だ。自己顕示欲。承認欲求。
火を点けると、爆発的に"初期衝動"は消費されていく。伝えたいメッセージがあっただけなのに、なぁなぁに曲を作るようになってしまったり。書き記したい言葉があっただけなのに、どのようにすれば評価を得られるか、アクセス数を稼げるかを考えるようになってしまったり。
"初期衝動"がなくなった火は持続しない。残るのは燃えカスだけだ。燃えカスだけが、自分を大きく見せるように宙を舞う。
忘れない事だ。自分が初めに何をしたかったのか。何をやりたくてはじめたのか。
何が自分の、根底にあるのか。
「それが、ロックなんだよ!!」
「わかります。そうですよね、その青臭さが、アツさが、ロックです。そうです。そうです。わかります!」
「流石やHIBANaァ! そんじゃ、もっと激しくいくぞ!」
春藤さんとの収録。DIVA Li VIVAの収録スタジオで行われているそれは、ものっすごいロックだった。わたしの元からのロック好きと、春藤さんの爆音ギター。作った歌はそれとして、とりあえずなんかアツい曲一個歌いましょう、という話で始まったこの熱唱合戦は、ヒートアップにヒートアップを重ねていた。
わたしはドライである自覚がある。けれど、音楽に関しては。一家言あるつもりだ。強い思いがあるつもりだ。好きなものが少ないからこそ、一点集中に好きが詰まっている。
仕事だから仕方ない、とばかりにレコーディングに来ているHANABiさんが、ガラスの向こうで少し引いた顔をしている。HANABiさんはわたしの歌を好きと言ってくれるけれど、別にこういうアツイノリが好きなわけじゃない。ダウナーな人だからね。
歌う曲は日本におけるヴィジュアル系の代名詞みたいなバンドの真っ赤な曲である。
ロックはロックでもハードロックだけど、うむ。
良い。やっぱりこういう激しいヤツが本当に向いている。可愛い系やポップなのは雪ちゃんが得意。本人のキャラがクール系なのでギャップが人気。
可憐は柔らかい口調なのに、歌うと激しかったりスクリーム連発したりするので、そこのギャップ人気もあったなぁ。
「ハッハ、最高だなアンタ!」
わたしは歌っているので喋れないけれど、笑みを返す。歌には自信がある。謙遜しない。最高であることを肯定する。今、この場が、この刹那において、最高であることを肯定する。
ああ──楽しい。
わたしは、歌う事が、楽しいのだ。
一曲歌って、その後収録作業に入った。
既に曲は出来ている。連日連夜、というほどではないにせよ、そこそこの頻度で社内メッセージツールによる大激論が繰り広げられていた。作曲のプロ二人の間に入っても特に良い事は無いので、完全お任せ。わたしは出来ない事はしない。
そんな感じで完成した曲は、一般的にオルタナティヴ・メタルと呼ばれるもの。激しいのがそんなに好きじゃないHANABiさんと、激しいのが大好きな春藤さんの作曲センスが鎬を削りあった結果である。
HIBANaのイメージを損なわず、且つわたしの好きなものだ。やる気も上がる。
既に喉のエンジンは十分に暖まっている。
大きく深呼吸をして──歌う。
歌い上げる。奏上する。
一曲、歌い終わって。
「ふむ……おいHANABi、ここ」
「今直してますから詰め寄ってこないでください」
「すまん、ちょっと変更したいんやが」
「はい、わかりました」
もちろんそれだけじゃ終わらない。
歌ってみて、何かしっくりこない部分を、何故しっくりこないのかを考えて、直す。直したものがしっくりこない事はよくあるし、何十回も直して、最初に録ったものがしっくりくる場合もある。
初期位置を忘れないようにしながら、リテイクを何度も重ねる。その後エディットして、音量調整をして、チェックを重ねて、ようやく世に出せる。
「HIBANa、もう少しこう……目的地をしっかりもてんか?」
「わたしは空が目的地なんですが」
「ああ、それでか……どうにも、ふわふわしとる。歌い上げるんやなくて、歌を噛み砕いてぶつけるんや。その方が、事ロックにおいては激しくなる」
「……とりあえずそっちでやってみますけど、譲りませんからね」
「ガンガンぶつかってこい。遠慮なんかすんな、曲が廃る」
「上等です」
「春藤さんも、最後鳴らすのやめませんか。余韻が勿体ない」
「鳴らした後の余韻を楽しむのが」
「パキっとした方が良いと思います。さっきのハードロックに引きずられてるんじゃないですか?」
「なんやと?」
我の強いクリエイターの合作なんて喧嘩の連続だ。仲良しこよしにはならない。結果的に良い物が出来るのなら、どんな傷でも負おう。どんな刃も持とう。
HANABiさんが調整を終えたらしく、曲がかかり始める。
もう一回。
もう一回。もう一回。繰り返す。繰り返して、削り合って、強い物を作る。
受け入れる気なんて一切ない。ただ、捩じ伏せられるまで超攻撃的に表現をする。
争って、争って、争って──笑う。
楽しいと。ああ、これは、最高だと。
これをしたい。彼女と彼女たちと、これをやりたかった。
……ちょうどいい機会が、もうすぐあるじゃないか。
〇
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