わたしはかつて、Vtuberだった。   作:雁ヶ峰

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頭の中が虚ろであろうと



見つかるまでは。

 皆凪可憐として活動をしていた時に、こんな批判を受けた事がある。

 ──"バーチャルである必要、ある?"

 その時にやっていたことは確か、クイズ大会だった。MINA学園project総出のクイズ大会。映像が流れて、挙手をして答える。そういうもの。

 批判。あるいは、疑問か。少なくとも否定ではなかったのかもしれない。確かにそうなのだ。わたし達のやっていたクイズ大会。さらには普段の活動。他Vtuberのやっている活動も、そのほとんどが、バーチャルである必要が全くない。

 クイズ。運動会。ドッキリ。ゲームの実況。雑談。歌。その他諸々。

 かつての、さらに前のわたしのように、バーチャルに夢を見ている人間であれば。あるいは、普通の動画投稿者との違いを求めている者であれば。なんだこれは、と思うだろう。だって、何も変わらない。現実の延長線上どころか、現実にさえ届いていない。

 

 あるいは沢山のモデラーやプログラマの集うVRコンテンツであれば話は違ったのだろうけれど、現状のVtuberの9割が、現実で出来る事をバーチャルでやっている。

 バーチャルに関する機材はお金がかかるし、普通の撮影に比べて電気代も跳ね上がるというのに、だ。現実に劣る事を、現実より高いお金を使ってやっている。

 実践面でも、金銭面でも、バーチャルである必要があるのか、と問われたら──無い、と答えるだろう。

 

 そして、必要がある必要はない、とも言うだろう。

 

 無駄なもの程。役に立たないもの程。美しいのだ。綺麗で、面白くて、興味深い。芸術なのだから、当たり前だ。実用と芸術には明確な隔たりがあり、決定的な溝がある。それは娯楽であるというただ一点。知性を少しでもつけた生命が遊ぶという事を覚えるのなら、地球上で最も知性のある人間は最も遊ぶ生物であると言えるだろう。

 娯楽を楽しめるのが人間だ。遊びを受け入れられるのが人間だ。

 ならば、何よりも必要のないもので構成された今のバーチャル界は、極めて純粋な娯楽の世界であると言える。

 

「そもそもオタク文化ってのがソレよねー。無駄無駄無駄アンド無駄。必要ないことを突き詰めて、役に立たないものを敷き詰めて、誰も得しない踊りを踊ってるのがオタク文化よ。ああ、いいえ、誰も得しない、じゃないか。同好の士以外は得しない、が正しいわね」

「サブカルチャー。あるいはアンダーグラウンドはそれが普通でしたからね」

「ま、水面に顔を出し過ぎたのよ。一部のバカが調子に乗って浮上するもんだから、陸地生物の漁師たちが深海に興味を持ってしまったわ。マスコミやらブロガーやら、そういうのがね。それらが深海を漁ってみたらまぁびっくり! ザックザクの金貨が眠っていたのよ」

「精巧な偽造金貨ですね」

「そう。気付いた時にはもう遅いわ。オタク文化という偽造金貨が水面下に戻ろうと必死で回りを抑えても、網目は容赦なく偽造金貨を捉えるわ。お金儲けに散々使われて、話題性に散々使われて、最終的にメッキを剥がされちゃうの。そして言われるのよ。"なんだこの価値のないものは!"ってね」

「価値のないもので楽しむ事を楽しんでいたのに、価値があると勘違いされて、価値を求めてきた人に罵倒される。誰が……何が悪かったんだと思います?」

「そりゃ、水面に顔を出した事よ。粛々と、静々とやってればよかったのに、ちょっと自己顕示欲有り余って公共の場でブレイクダンスするもんだから、あとは共倒れ。本当にバカよね~」

 

 右手の人差し指で毛先を弄りながら、女性は言う。左手で端末を弄っていて、目線はそちら。わたしの方を見ることは無い。

 例によって休憩スペース。ただし今回はHANABiさん同伴という珍しいケース。PVの件で映像収録のため、ということで呼ばれたHANABiさんは、先ほど麻比奈さんに呼ばれて席を外している。

 それを見越していたかのように、HANABiさんが完全に見えなくなってからスッとわたしの隣に座ってきたのがこの人だ。999P(サンキューピー)という名前で活動しているこの人は、芸能事業側のファッションデザイナーらしい。らしいのだが、最近はVR系のデザインで呼ばれる事も多いらしく、今回はそっちで呼ばれたとのこと。

 

「エゴサです?」

「まさか。ファッションデザイナーなんて、自分の名前はほとんど売れないものよ。パブサはすることあるけど、エゴサなんてしないわよ。今やってるのはね、ブロック」

「石片?」

「コンクリじゃないわよ。ブロックよ。アカウントブロック。趣味なのよね~」

 

 久しぶりに自分より捻くれた人に会った気がする。

 

「こう、不快になるものをブロックして、見えなくすることが気持ちいいのよね。排他欲求の満了と言えばいいのかしら、わざわざ悪意の集まってそうな場所に行って、否定と擁護を見て、言葉が強いな、って感じた人を片っ端からブロックするの。気持ちいいわよ。ホラ、昔テレビでごみ屋敷の掃除をする、みたいなのあったじゃない? あれを手軽に出来る感じ」

「あー……」

「SNSは悪意の温床だし、いくら潰しても後から後からゴミが湧いて出てくるから絶好の場所なのよねー。ついでにストレスも獲得できるわ。ストレスが溜まれば、創作意欲が湧いてくるものじゃない?」

「いますよね、そういう人。ストレスの発散と創作が結びついてる人」

「あら、貴女は違うんだ。残念。ちなみに今のやり取りをSNS上でやってたら、私は貴女の事即ブロックしてるかなー」

「意見が合わない時点でブロックなんですね」

「そりゃそうよ。ブロックが趣味になったのはそもそも強すぎる排斥欲のせいだもの。究極の世界を作りたいわ。どうせ趣味なのだから、自分と同じ意見だけを集めて、推しの行動を眺めていたい。あの頃はストレスを感じたくなくて、今後ストレスになりそうなものを全て、あらかじめシャットアウトしていたのよ。そうしたらいつの間にか」

「目的と手段が入れ替わったと」

「臭い物に蓋をする、というのは人間として普通の事だと思うけどね。嫌なものを見たくないのは人間として当然よ。嫌なものを見ないために嫌なものを見に行く私は、非人間かもしれないけれど」

 

 相変わらずこちらに目線を向けず、肩を竦める999Pさん。

 批判を楽しむために批判的な言葉が吐ける人間をとっておくわたしと違って、この人はガンガンに消費するのだ。どうせまた湧いて出てくる事を知っているから。捻くれてるなぁ。

 

「五十歩百歩って知ってる?」

「合わせて百五十歩ですね」

「距離的には百歩よ。スタートラインは同じなんだから」

 

 確かに。言い負かされた。

 ちなみにもうわたしはこの人が好きである。大好きである。

 

「……貴女ならこの感覚わかるかしら。ほら、いるでしょ。否定をするにも称賛をするにも、一文付け足す人。"何々とかいう奴と違って、誰々なら安心だわ"とか"少しは反省したかと思ったけど、やっぱコイツ嫌いだわ"、とか"面白いけど全体的に設定が下手"とか"色使いがちょっとベタすぎるしパっと見の印象も薄め。限定的な場所でしか着れないし必要布量に対して用途少なすぎる。まぁ斬新な試みだとは思うから高評価つけとくね"とか……」

「私怨入ってませんか?」

「そういう、自分の好き嫌いを表現するためにほかの要素を持ってきたり"少し褒めておけば否定しても許されるでしょ感"を出したり、批判を行うためにほかの何かを持ち上げたり貶したり。そういう、余計な感情が乗ってると、どうにも楽しめないのよね、ブロックが」

「わたしはそういうの好きですねぇ。隠したいだろう部分が見えて楽しくなる」

「……こう、悪意を持って接したいなら、もっと正直になりなさいよ、って思わない? 嫌いなものは嫌いと言っていいのよ。それは当然の意見だわブロックはするけれど。何々だから嫌い、とか、どうこうだから苦手、とか。見ていてイライラするのよね。嫌い! 好き! だけの世界で良くない?」

「わたしはむしろその世界嫌です。二極じゃないですか。好きになれない、嫌いになれないはイコールで嫌い、好き、というわけじゃないんですよ。色んな感情の、ギリギリ()()()()()()ものが交じり合って、複雑で面白い批判が生まれるんです。好きと嫌いしかない世界なら、わたしは批判を楽しめないかもしれません」

 

 そこで、ようやく。

 999Pさんはこちらを向いた。

 

「そ。じゃあ私、貴女の事やっぱり嫌いね。意見が合わないもの」

「わたしは999Pさんの事大好きになっちゃいました。後でフォローしておきますね」

「貴女だと判断した瞬間にブロックするけど良い?」

「もちろん。当然の権利かと?」

 

 HANABiさんとも、最初にこういう話をした。似ているようで、根底の違う価値観や世界観。絶対に相容れないものがあって、だからわたし達は一緒にいる。互いにとって有益で、互いにはない発想が出てくる事を知っているから、互いが互いを必要としている。

 999Pさんは自己完結しているから、わたしに欲するものが無かったのだろう。

 

「芸名、なんだっけ?」

「HIBANaですね」

「ん。とりあえず曲聞いてから判断するわ。不快が勝ったら、わたしは貴女の曲を一生聞かないでしょうね」

「問題ありません。歌には自信がありますから」

「不快が勝らないって事?」

「はい」

「大した自信ね。好き嫌い以前に、人として苦手だわ、貴女」

 

 わたしは笑っていて、999Pさんはジト目……というか、薄目。

 いいなぁ、この人。自分に正直だ。

 

「えーと、HIBANaさんと……999Pさん? 随分と険悪な雰囲気ですけど……」

「おかえりなさい、麻比奈さん」

「休憩も十分取ったし、私はここらで失礼するわ。妹の同棲相手がどんな人かわかったし。悪いことは言わないから、距離を取った方がいいわよ。ロクな奴じゃないわ」

 

 そう言って、999Pさんは去っていった。五十歩百歩って知ってます? なんて言葉は投げかけない。

 

「その」

「楽しく談笑をしていただけだから、気にしないでください。それより、収録の話はどうなりました?」

「あ、はい。スタジオが取れたので、今から撮影です」

「わかりました。HANABiさん、行こうか」

「……はい」

 

 999Pさんの去っていった方を睨みつけるHANABiさん。まぁ、その辺なんかありそうだけど、仕事場なので突っ込まないし掘り下げない。ほら行くよ。

 その手を引いて、こちらをチラチラと気遣う麻比奈さんの後をついていく。あれ、というかHANABiさんが……だから、999Pさん少なくともアラサー……凄いな、全然見えなかった。最初に来た時美大生かと思ったくらい。わざとなのかな、あのベレー帽被った古のオタク女子ファッションは。

 

 しかし、世界は狭いものである。

 

 

 ●

 

 

 "知らない事"を楽しむのは情報社会で生きるにおいて必要なスキルであると思っている。

 

 見逃すことが嫌い、知らない事があるのが怖い。それらは楽しみを奪われるのが怖い、という恐怖心に基づいていると考えられる。

 たとえば映画やアニメのCパート。おまけ、というものを溢したくない。後から知る事のできるものだとしても、今知りたい。誰よりも早く知っておきたい。自らが知る事のできる、できたはずの情報を、後から教えられたり知れなかったことを嘆きたくない。

 そういう、勿体ない精神の反転、みたいなものが、今の世界には蔓延しているように思うのだ。

 

 だからわたし達の活動する動画投稿サイトにおいても、有料会員限定、みたいなものに忌避を抱いている人間が多いし、アーカイブが残らない事に対して文句を言う人間が多い。目に見えた手に入らないものが気に入らない。

 

「重要な設定や情報が載っているらしいスピンオフ作品とか、好きになってしまったゲームシリーズの販売終了した一作目とか、見ていた人しか覚えていない幻の配信とか。手の届かないものじゃなくても、手の届かないものでも、"知らない方が面白いもの"ってあると思うんだよね」

 ──"偏執的なコレクターの事をオタクって言うのよ。知らなかった?"

「自分の世界に未知があった方が面白くない? 調べたらわかってしまうかもしれないけれど、放置しておけば永遠に謎の領域」

 ──"不快でしょ、知らない事なんて。永遠に見なくて済む、見たいと思わないで済む情報ならわかるけれど"

「ううん、もっと身近。好きな作品の、愛している作品の、一部だけ。ずっと見えない部分があるという状況」

 ──"ならアンタはオタクじゃないのよ。妄執に憑りつかれないオタクが存在するはずがないわ。あるいは、ただの中二病ね。冷やかしてるオレカッケーってヤツ?"

「クリエイターなんて全員中二病でしょ。だって自分の世界を作ってるんだよ? 神様じゃん?」

 ──"今全クリエイターを敵に回したわね"

「中二病を蔑称として使っている方が悪いよ。自分の中から出て行ってしまいそうな思春期の塊、みたいなものを必死で繋ぎ止めているのがわたし達だもん。むしろかくあるべきだよね」

 ──"……なんでこんなのと通話してるんだろ、私"

 

 あれから、999Pさんとは友達になった。なれた。

 あの後一通、社内SMS*1で"良い歌だったわ"とだけ来て、直後にSNSアプリのフレンドコードが送られてきたのだ。

 そこから、結構頻繁に通話をしている。

 敬語も取れて、大分ラフになった。相変わらず険悪なのはご愛敬である。ご愛敬だと思っているのはわたしだけかもしれないけど。

 

「今何してるの?」

 ──"デザイン画のアタリをねー。どーにもスランプ気味というか、創作意欲が湧かないのよね"

「ということは、わたしとの会話はストレスじゃないんだね」

 ──"めっちゃ創作意欲湧いたわ"

 

 ……これ、遥香さんに見られたら"随分と()()が進んだじゃあないか"とか言って笑われそうだなぁ。って。思った。ニヤニヤしてる顔が浮かぶ。

 人にされて嫌なことはするな、だっけ。ごもっとも。

 

 ──"アンタは何してるの?"

「999Pさんと通話してる」

 ──"それ以外よ"

「特に何も……あ、やっぱりHANABiさんと同じでマルチタスクなんだね」

 ──"アレと一緒にされるのは遺憾よね……私、あの子ほど余裕無いつもりないから"

「なんで姉妹で活動しなかったの?」

 ──"姉妹はもれなく全員仲が良いとか思ってる?"

 

 少なくとも妹の相方を見定めに来るくらいには仲が良いものだとばかり。

 

 ──"やることないなら、ちょっと手伝ってよ。今からラフ画送るから、好きに着色して。細かく塗る必要はないわ"

「お絵描きソフトなんかないけど」

 ──"今どきどんなPCにもペイントツールくらい入ってるでしょ"

「……開いたことないなぁ」

 ──"これDLして、コピペでも開いてもどっちでもいいからペイントツール上に置いて、上から色塗りして上書きしてここに送信してくれればいいから"

「難しい」

 ──"は?"

 

 わたしは出来ない事はやらない。

 ので、触ったことのないツールに対しては本気でやり方が分からない。何度千幸ちゃんに"お願いだから余計なことはしないで!"と怒られた事か……。

 

 ──"……難しい事言ってないでしょ。あぁ、じゃあ、画像右クリックして保存するを選んで適当なとこにいれてペイントツールの左上のタブ押して開くっていうのがあるからそれ押して保存した画像を選んで開くを押しなさい"

「一度にいっぱい言われてもわからないでーす」

 ──"アンタ、極度の食わず嫌いね。食わず苦手、というべきか。得意な事が得意過ぎて、得意じゃない事が嫌いなのね"

「多分そう。今保存したよ。次は?」

 ──"ペイントツールを開く"

「どこにあるかわかんないんだけど?」

 ──"検索窓……虫眼鏡みたいなマークない? もしくはチャットみたいなコメントを送れる場所"

「あった」

 ──"そこにペイントって打ち込んで……"

 

 そうやって。

 999Pさんは、意外にも……と言ったら失礼だけど、懇切丁寧に色々教えてくれた。なんだろう、HANABiさんにも時折感じてはいたけれど、凄く……お姉さんっぽい。今凄い姉を感じている。姉力。アネリキ。アネリキー。

 ある意味で、HANABiさんがなんでも出来てしまったから、教えを乞うという行為をする機会に恵まれなかった、というべきか。配信中はリアルタイムで忙しいし、収録中も慌ただしく忙しい。配信を行うまでパソコンにあんまり触れてこなかったわたしにとって、こうやってゆったりと教えてもらう、というのは経験上無いことで、とても楽しいのだ。

 

 ──"うん、デザインはゴミね。やらない方が良いわ"

「酷くない?」

 ──"色を塗ってみて、って言って渡されたロングドレスを真っ黒に塗る精神に対する感想はゴミで十分よ。魔女か悪女役しか着ないわ、こんなの"

「かっこよくない?」

 ──"せめて少しくらいのアクセントをつけなさい。真っ黒は流石に精神の閉塞を感じるわ"

「かっこよくない?」

 ──"特定の選択肢を選ばないと会話が進まないNPCみたいになってるわよ"

「かっこいいよ」

 ──"とうとう断言したわね。救いようがないわ"

 

 HANABiさんなら絶対カッコイイと言ってくれるのに。

 ……いや、HANABiさんなら同意した後で、自分で煮詰めている間に段々と色々な色味が追加されていくだろう。

 

 ──"歌が素晴らしいのは認めるわ。だからこうして付き合ってるのだし。だけどそれ以外がポンコツね。話しててわかったわ。世話係がいないとダメね、アンタ"

「一人暮らしだけど」

 ──"生活の話じゃないわよ。創作活動の話。アンタの場合ブレーキとかアクセルとかの話じゃなくて、ハンドルが取れてるから、車に乗せない、っていう選択肢を取れるヤツが近くにいないと暴走必至ね"

「HANABiさんが自動操縦の車作ってくれるから」

 ──"バカね。あの子が作るのは自動操縦のロケットよ。それも着地の事を一切考えてないヤツ。作る事で精いっぱいだから、それがどういう結果を生むのかが考えられない。やりたい事しか見えてないのよ"

「その爆心地で被害状況を眺めてニヤニヤしてるのがわたし」

 ──"どっちも救いようがないのね。しかもそれをわかっててつるんでる。極めて性格が悪いわ"

「オリゴ糖」

 ──"せめて先にありがとうを言いなさい"

 

 直感的にわかる。多分この人とは、HANABiさんのように家に入り浸る、などをすると長続きしない。通話越しでギリギリ保っていられる距離だ。近すぎるとわたしが調子に乗ってしまうし、遠すぎればふとしたある日に999Pさんはわたしを完全にブロックするだろう。

 これは良い出会いだな、と思った。

 

 ──"それにしても、キャラ作りが酷いわね。アンタの前世。前世のファンが今のアンタを見たら卒倒するんじゃない?"

「999Pさんも配信者は素であるべき派?」

 ──"……ごめんなさい、そんなことは無かったわ。それは謝る。必要よね、需要と供給は。顧客の要望を叶えるのがサービスの原点か"

「そんな高尚な意図はないけど」

 ──"じゃあなんでこんなキャラ作りをしてるのよ。別人じゃない"

「MINA学メンバーの南雪ちゃんって子がいるんだけど、その子とお互いのキャラクターの設定を決めたんだよね。喋り方とか好きなものとか。それに準拠してるよ、皆凪可憐は」

 ──"随分と恐ろしい話ね。そんな簡単な設定とやらで作り上げた人格で、よく一年間耐えられたものだわ。何年もそのキャラクターを担当した声優だって、まだ人格がつかみ切れていない、なんてことはよくあるのに"

「キャラクターになりきって文章を書いたり歌を歌ってみたりするといいよ。一日、その子で生活してみる。自分を真っ白にして、上からペタペタ貼り付ける感じ」

 ──"それ、元の自分がわからなくなりそうね。地声を忘れちゃう、みたいなヤツ"

「そうなったら元の自分を貼り付ければよくない?」

 

 自分の性格とか、好みとか。

 そういうパーソナルデータみたいなものを、書き出しておけばいい。自己暗示をするのだ、戻るためのキーは何かしら必要である。これこそ中二病、と言われそうだけど、まぁその通りだと思う。出来る出来ないは出来ると思い込めるかどうかによる。どれだけお金を積まれてもバンジージャンプが出来ない人もいるし、直前に楽し気な動画を見ていたから、なんて理由で高所恐怖症の人がスカイダイビングを楽しめたりする。

 思い込んで、思い込む。

 演技とはそういうものだと思う。そうじゃないと、感情なんて伝わらないとも。

 

「999Pさんも、やってみるといいかも? 創作意欲がドロドロ溢れ出てくる自分を思い描いて、自分がそれなんだって思い込む」

 ──"なんでオノマトペがドロドロなのよ"

「煮詰めてるんでしょ?」

 ──"……確かに?"

 

 今回はわたしの勝ちということで。

 スッと出てきたアイデア以外、やりたくて溜め込んでいたアイデアなんて、大体ドロドロしてると思う。だからこそ深みが出るのだとも。一晩寝かせたらコクの出るカレー見たいなものだ。

 

「通話してると作業が進まないっていうのなら、断腸の思いで通話切るけど」

 ──"それは問題ないわ。その程度で進まなくなる程私の筆は脆くないし"

「それはよかった。通話を続けたい、という事でいい感じ?」

 ──"そうは言ってないわ。好意的に解釈しないでくれる?"

「悪意的に解釈すると、わたしとの通話は"通話をしている"以外の理由で筆が進まなくなっているって事かな」

 ──"自分より悪辣なものを見て気分を害している可能性は無きにしも非ずね"

「どんぐりの背比べって知ってる?」

 ──"残念、微妙に意味が違うわ。勉強不足ね"

「じゃあ大同小異」

 ──"80点"

 

 会話が楽しい、という感覚がある。

 HANABiさんとのそれも楽しい。でもHANABiさんは割といじられキャラというか……力関係が結構一方的な雑談になりがち。なのだけれど。

 999Pさんは、こっちが殴ると倍の力で殴り返してくるから、新鮮だった。

 

「良い物を見れば創作意欲も湧くかも。わたしの歌を聞くといいよ」

 ──"それはアリだけど、他、オススメない? 身内贔屓あってもいいわよ、布教したいものを教えて"

「MINA学とNYMUちゃんかな」

 ──"アンタの前世のトコと、ニーム? ああ、なんか聞いたことあるわね。社内で"

「エヌワイエムユーでNYMUちゃん」

 ──"ふーん、最初に聞くならこれ、ってのあったらリンク貼ってくれない?"

「リンクを、貼る……?」

 ──"またかぁ"

「流石に嘘だよ。概要欄とか弄らなきゃいけなかったし」

 

 大きなため息を吐いた999Pさんとの通話グループに、オススメと思う動画を10件くらい貼り付ける。

 

 ──"最初に聞くならこれ、ってのがあったら、って言ったはずなんだけど"

「一番とか選べないよ」

 ──"一番は選べるけどそれ以外を聞かれないのが嫌だから混ぜて送った"

「正解です」

 

 負けが続くなぁ。とても楽しい。

 既に時間は深夜1時を回っているけれど、明日普通に仕事だけど、物凄く楽しい。

 

 ──"まぁとりあえず全部聞いてみるわ"

「うん」

 ──"だから今日の通話は終わりね"

「えー」

 ──"明日も創作意欲が湧かなかったら通話してあげるわ。ま、あんまりやりすぎるとあの子が拗ねるわよ。あの子、重いから"

「それはそう。部分的にそう」

 ──"10割よ。私は経験者だもの"

 

 ……姉妹で活動してない理由って、そういう?

 じゃ、ね。と言って。

 一方的に通話は切られてしまった。

 

 寝るかぁ。

 

 ……もし姉というものがわたしにいたら、あんな感じなのかなぁ、なんて。

 とても普通な感想を抱いて、一日が終わった。

 

 

 〇

 

 

< お姉ちゃん
.

昨日

      
既読

21:00

来ないでって言ったのに

社員なんだから遭遇の可能性は考えられたでしょ。知らなかったわけでもあるまいに 21:25
      

      
既読

21:25

取ったら、怒るからね

今日

はいはい 01:34
      

Aa          

*1
社内SNSではフレンドになってくれなかった




綺麗なものを見る事は出来る

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