わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
心から悲しい、という感情に恵まれる機会は、中々無い。人生には付き物という印象深いソレは、しかし、得難いものであるのだ。
テレビで可哀想な話を見て。小説や漫画で悲しい話を読んで。感情の詰まった悲しい歌を聞いて。
泣くことはあるのだろう。涙をこぼし、嗚咽を漏らす事はあるのだろう。
だけどそれは、心から悲しい、というわけではない。可哀想だと同情して。悲しい気持ちにアテられて。呼び起こされたそれが苦しくて。悔しくて、もどかしくて、後ろめたくて。泣く。泣くのだろう。間接的に何かを挟んで、悲しい
心から、人が心から悲しいとそう感じるのは、決まって離別の時である。
家族や友人、ペットとの死別。恋人や親友との離別。一方的に好きだった、手の届かぬ誰かの引退。
もう会えない、という事実にこそ、人は心から悲しむ。会えない。続かない。終わり。終焉ではなく、終端。悔しいではない。苦しいでもない。憎いでも、つらいでもない。
悲しい。悲の感情に、自ら会いに行くことが出来ない。望んで得る事の出来ない、稀有な感情である。
だって。
悲しみを得るには、愛がある必要がある。離別を悲しいと思うのは、相手に愛があったからだ。愛、というロマンチックな言葉に忌避があるのなら、執着心でも構わない。いつまでも自分の世界に在ってほしい、という独占欲でも構わない。
離れたくない。嫌だ。死んでほしくない。嫌だ。辞めてほしくない。嫌だ。
そういう、"自分のため"の感情があって、それを向けられる相手がいて、ようやく。人は悲しみを得る事が出来る。己一人では得られないし、得ようと思って得られるわけもない。離別を意図的に起こすような者は数に数えたくないので除外。
だから、そういう意味では。
その得難い感情を。稀有で、中々巡り合えない感情を、比較的多い頻度で、且つ多様に得られる場所として……配信という場所は、恵まれている、と言えるだろう。
入れ替わりの激しい世界だ。長く続けることが難しく、そもそも長く続けるつもりのないものも多い。インスタントに愛を覚える事が出来るし、同じように離別にも巡り合える。無論、それを望んで視聴をしている者は限りなく少ないだろう。大勢は、大多数は愛を覚えるに留まっている。留まる事が出来ている。
それはまた、名を変えて、推しという言葉になって。
悲しみは悪感情ではない。悲しいと思う事は良い事だ。だってそれは、少なくとも。悲しいと思う人の心に、愛されていた誰かの記憶が残っているということだから。悲しい、と思うのは、弔いなのだ。死別に限らず、二つの間にあった感情の弔い。潰えた、消えたものの鎮魂。
悲しいと思う。悲しいと思う。悲しいと思って、悲しいと思え。泣かなくてもいい。泣くのは悲しくてつらいからだ。悲しくて苦しいからだ。泣かなくていい。悲しいと思う事を、思っている事を実感する。
悲しみを、感情として楽しむ。
「やっぱり、みんながみんな、いつまでもいるわけじゃないんだね」
「まぁね」
引退の発表があった。前に会った配信者の子もそうだけど、季節の変わり目たるこの時期は、バーチャルが未だ依存している現実の変わり目でもある。肉体を持つ以上完全移行のままならぬ人類はまだ、リアルの事情を無いものとしては扱えない。
わたしのように、就職をするとか。あの子のように、寮に入るとか。契約が切れたから、とか。節目だと思ったから、だとか。生活かもしれないし、気分かもしれないし、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。
視聴者にはわからない事実が、そこにある。それを説明するかどうかは配信者の勝手だし、詮索をしたところで解決するはずもない。
NYMUちゃんは落ち込んだ顔をしていた。
まぁ、つまるところ、推しが引退するらしいのだ。死別も離別も引退も、悲しみに貴賎なし。愛の重さなどという言葉があるが、体積は変わっても材質が変わるわけではないのが愛だ。どれもが等しく、悲しみを生む。
「私がVtuberになろうと思った切っ掛けだったんだよね」
「わたしにとっての金髪ちゃんみたいなものか」
ああ、それは悲しいだろう。
NYMUちゃんの推しだという人は、企業でなく個人で活動する人で、登録者数もNYMUちゃんには遠く及ばない。動画数もそこまで多いわけでなく、再生数も四桁のものが多い。
しかし、その付加価値は愛に干渉しない。人気じゃなくても好き。みんなに受け入れられなくても、関係なく、わたしは好きだ、というのが愛で、推しだ。
「悲しい?」
「うん」
「泣く?」
「ううん、取っておく」
……杞憂か。悲しいことを、悲しいと自覚して、悲しめる子だった。
なら問題は無い。彼女の推しの引退配信、あるいは最後の言葉で、しっかりと悲しめるだろう。
「バーチャルライバーってさ」
「……」
「辞めるメリットないんだよね。いやまぁ、余程の不祥事で炎上したとかでメンタル死んでるってんなら話は別だけどさ。究極的に、バーチャルライバーは辞めるメリットが無い。顔割れてる普通の配信者だと、古風社会の日本じゃやっかみを受ける可能性があるってのはあるかもしれないけど、バーチャルライバーはほんと、配信におけるデメリットが無いんだよね」
結局、声なんてものは、性格なんてものは作れるのだ。わたしのように、あるいは誰もがやっているだろう、聞き取りやすく少し声を上ずらせる、程度でもいい。
有名である事にデメリットの少ない海の向こうの国々であれば、それもまた違ったのかもしれない。顔が割れている、あるいは売れている事が社会でメリットになるのならば、まだ。
日本は、まぁ、顔が広く知られているのはデメリットにしかならない。建前と本音を分ける社会はしかし、外聞を気にしないものに対して酷く厳しい。狭く、村社会が基となった監視社会において、顔で名を判断できる、というのは格好の的にしかならないのだ。悪意の的に。
その点、Vtuber……というかバーチャルライバーは、そのデメリットが無い。顔が割れていないというだけで十二分に払拭できる。それを臆病などと罵る人間も少なからずいるが、無謀と臆病の見分けもつかない人間の言葉など、耳に入れる必要がない。自身の知見のなさを露呈しているだけだ。
続けるデメリットが無い事は、しかし辞めるメリットが無い事と同義ではないだろう。
その上で再度言うけれど、バーチャルライバーは辞めるメリットが無い。引退を宣言するメリットが無い。
配信は義務ではない。究極的に言えば、一年に一度。あるいは五年、十年に一度しか配信をしなくたって、問題は無いのだ。辞める、と言わなければ。引退をする、と言わなければ、いつ再開したっていいし、また休止したって良い。
気が向いた時にだけ配信をして、気が向いた時にだけSNSで言葉を発して、気が向かなかったらやらない、を選べる。顔が割れていないのだから、どこかで遊んでいたとしても何を言われることもないだろう。
もしかしたらファンは離れるかもしれないし、忘れてしまうかもしれない。けれど、それがなんだと言うのか。配信をすることに、何の支障もない。バーチャルライバーがバーチャルライバーである事実に何の干渉もしない。何の影響も与えない。
そして、ファンとは。あるいはオタクとは、失われていなければ、欠片程度の興味を持ち続けているものである。長らく配信をしていなかったライバーが配信を取れば、見に行こうかな、くらいは思う。後で見ようかな、くらいは思う。だって、珍しいから。興味で。好奇心で。懐古心で。嬉しさで。
全員が戻ってくるわけではない。それでも、誰かは戻ってくる。あるいは、新しい人が入ってくる。続ける限りは、見向きもされないことは無い。
もちろん提供できるコンテンツがあればこその話だ。何も喋らない、自分が面白いとも思っていないそれを押し売りしていたところで人気がでるはずもない。それは続けていたって続けていなくたって、休止していたって毎日配信していたって、同じこと。
それを提供できなくなったので辞めたい、と思う事はあるのだろう。失望されたくないという自己防衛で辞める事はあるのだろう。わたしはそれをメリットであるとは思わないが、まぁ、思う人もいるかもしれない、という事はわかっている。
だが、辞めたいと思っても、辞めない選択肢を取って、デメリットが無いと。何度も言おう。
続けるメリットがあって、続けるデメリットが無い。それがVtuber、あるいはバーチャルライバーというものだ。
「だからね、金髪ちゃん」
損得勘定で、メリット計算で。すべてが益に傾いているのに、辞める事を選んだのだとしたら、それは。
「続ける気が無かった。辞める事を決めていた。そして、もう一つ」
あるいは、IFの可能性。無いとは言い切れない。そんなつもりは欠片も無かったけど、もし背中を押されていたら、などというIFは、いくらでも建てられる。
「素敵な出会いがあったんじゃないかな。自らの価値観を変えるような──新しい出会いがさ」
辞めるメリットのないVtuberを辞めてでも、やりたい事が出来たのだろう、と。何か──並行して活動できない何かを始めたくて、どうしてもやりたい事があって、辞めたのだろうと。
悲しくていい。別れを惜しむのは当然だ。引き留めて良い。それは愛情だ。相手を泣かせてしまったって、良い。それが人間関係というものだ。少なからず、配信者も視聴者へ愛を持っていただろうから。
悲しんで嘆いて、嫌がって引き留めて、そうしてやってきた離別をまた悲しんで。
それで、さようなら、をしたら。
「お元気で、っていうんだ。離別の時には必ずね」
どこの宗教でも、死後の健やかさを願う。天国でもお元気で。黄泉の国でも健やかに。離別であればなおさらに、病気しないようにね、とか。元気でね、とか。再会を望んでいるから、ではない。ただ、相手が健やかである事が嬉しい。だって、健やかであれば、健やかであると思えれば──愛は続くのだから。
離別はコンテンツの終端かもしれないけれど、愛の終端ではない。引退しても推し続ける、なんて人はたくさんいる。亡くなった人を尚も愛し続ける人がたくさんいる。
「お姉さんは」
「うん」
「お姉さんは、言われて……嫌だった言葉って、ある? ファンの人達に」
「嫌だった言葉は無いよ。好きじゃない言葉はあるけどね」
「それは何?」
それは。
「辞めちゃった、って言葉。"推しがいるんだけど、辞めちゃったんだよね"、とか。"引退してしまって悲しい"、とか」
「……」
「そんなさ、人が。わたしが。望んで辞めた事を──過失みたいに言わないでよね、って」
まるで間違いを犯したかのようじゃないか。まるで過ちのようじゃないか。
わたしは辞めるつもりで辞めたし、皆凪可憐を自ら手放した。それはわたしにとって、決して嫌な思い出なんかじゃない。ありがとう、と思っている。皆凪可憐を愛してくれてありがとうと思っている。皆凪可憐でなくなることを悲しいと思っている。
けど、後悔はしていないし、最善の選択をしたと信じている。
もう活動をしていない、という事を言われるのは構わない。事実だし、真実だ。わたしだって皆凪可憐は活動しているか、と問われたら"していない"と、なんでもなく、サラっと答えるだろう。
でも"引退しちゃったの?"とか"辞めてしまったんですか?"とか。残念がられるのが、とても、好きじゃない。とても、だ。気に障る、と言い換えてもいい。
「言葉の綾だとか、揚げ足取りだ、とか。そう言う人もいるだろうけどね。そんな意思はないぞ、って。でも、発信は受け取り手によって意味の変わるものだからさ。わたし達の歌とか、配信とか。言葉もね。発信者の意思がすべて伝わるわけじゃない。受け取り手が何を思うか。どう解釈をするかで、勝手に意味が付けられちゃう」
だから、わたしは。
その過失みたいな言葉を、そう受け取るという話。わたしの話で、わたしだけの話かもしれないけれど。
わたしは。わたしは。わたしは。わたしは。
それが──好きじゃない。
「それでも、嫌ではない。だってそれには愛がある。可憐に向けられた愛は、可憐が受け取るべきもので、だからそれをわたしが嫌がるなんてことはあり得ない。子供に向けられたプレゼントを親が掠め取るようなものだよ。渡されたプレゼントの中身にわたしの好悪はあれど、取り上げるなんてことはしない。伝えないなんてことはしない」
ただ、好きじゃないだけ。
「金髪ちゃんの推しがどういう人か、わたし知らないからさ。これはわたしの話」
「ううん、いいの。いいのです。私は、引退する気がなくて。引退する人の気持ちはわからないし、どうして引退しちゃうの、って思ってしまうけれど、そうなんだね。絶対、じゃないんだろうけど、ヤなことがあって、引退しちゃう、じゃなくて。良い事があって──引退を選んだ、かもしれないんだ」
あくまでわたしの話だ。全部が全部じゃない。やむに已まれぬ事情──病や事故、資金の問題など、色々な事情があるかもしれない。だからそれは、金髪ちゃんが自分で見極める事。
「あ……じゃあ、言われて嬉しい事は何?」
「今も悲しい。まだつらい。受け入れられない。実感がわかない」
「……それだけ?」
「さっきも言ったけど。その後に、元気でね。って。元気にしてると良いな、って」
"推しが引退して今も悲しいんだよね"と言ってる人がいた。"ずっと引きずってる。辞めた事を受け入れられない"と言う人がいた。
ありがとうと思う。嬉しいと思う。わたしはその言葉が好きだと、思う。
視聴者よりもよっぽど我儘なのが配信者だ。わたしは、わたしの中では皆凪可憐はあそこで止まっているけれど、みんなの中では続いていて欲しい。成長しない。時間は進まない。けれど、続いていて欲しい。
「是非とも、長く。長く長く長く長く長く。ずっと、ずぅーっと、悲しみを楽しんでほしい。わたしが作り上げた、最後のコンテンツだもの。皆凪可憐が残し与えた最後の感情を、ずっと味わってほしい」
「ずっと悲しいの?」
「ずっと悲しくて良いのさ。その悲しみは墓場まで、冥府にまで持って行って欲しいよね。地獄の窯の縁で推しについて語ってほしいし、天国の泉の畔で推しについて大激論を繰り広げてほしい」
「それは少し見てみたいかも」
「立ち直んなくていいんだよ。悲しくたって他に愛は持てるし、二つの悲しみを並行して持つことも出来る。ずっと悲しめ、視聴者。わたしは先に行く」
そして可憐を好きと言え。言った仲間と食事を囲め。囲んだ誰かと友情を結べ。
ラブアンドピース。推し活は世界を救う。まぁ宗教戦争も起きるだろうけど。
「酷いんだね、お姉さん」
「惚れたかい?」
「ううん、元から」
こだまでしょうか?
「お姉さんは、また引退するの?」
「デビューから一ヶ月と経ってない後輩に向けて随分な言葉だね」
「ひとの契約内容知らないもん」
「……まぁ、辞めるつもりはないよ。今回の契約は、年数制限が無い。正式所属だからね。ま、辞めたくなったら辞めると思うけど……」
少なくとも。
「けど?」
君を──。
いや、これは心中吐露じゃなく、言葉で紡いだ方が良いか。
「金髪ちゃん。いや、NYMUちゃんを超えるまでは、辞めないかな。勝手にライバル視させてもらってるからね」
「私も止まる気はないよ?」
わぁ。
まさか言い返してくるとは思ってなかった。カッコイイ子だな、本当に。
いつか、見た。あの目だ。野心に溢れた瞳。
「じゃあ、互いに互いの引退を悲しめるよう、勝負だね。どっちが先に悲しむか」
「先に悲しむか、って……先の人が悲しんだら相手は引退してるんだから、先も後もないよ?」
「いいんだよ、なんでも。勝負の形を取ってれば」
悲しむことを楽しむように。
悲しまれることを、存分に楽しめるように。
わたし達は、先に行こう。
●
ゲームが苦手である。
機械が苦手ともいうけど、殊更にゲームが苦手である。ゲーム。あるいは、試合。対人ゲーム。
時間制限のないパズルゲームなら出来る。けれど、勝負要素の──勝ち負けの概念のあるゲームが、本当に苦手である。
「苦手な事は私も知ってますし、苦手であると公言しているにもかかわらず、なぜ挑んできたんですか……」
「面白そうだったから」
「面白いですか、今」
「全然……」
まぁ当たり前の話なのだが、わたしとHANABiさんは何もずっと創作活動をしている、というわけではない。HANABiさんはわたしから死角になっている所で何かを弄っているようにも見えるけど、それは見なかったことにする。知らなかったことにする。
こうやって、普通に。お菓子を食べたりご飯を食べたり、ゲームをすることだってあるのだ。
「しかも格ゲー。こんな実力が明白になりやすいものを何故チョイスしたんですか。杏さんぶっぱも出来ないくらいゲーム下手なのに。ぶっぱに下手も何もないというごもっともな意見が出てきそうなくらい、ゲームという概念を扱うのが下手なのに」
「……まぁ、勝てるとは欠片も思ってないし、多分面白くないだろうな、と思ってたよ」
「面白そうだったとは」
「そういう日もあるよね」
HANABiさんを観察する。
わたしに勝利した事を、何でもないという風にしているHANABiさんを。……事実なんでもないのだろう。これじゃあサンプルになりえないか。
「実験ですか?」
「なぜ分かった」
「こっちの眼球の動きとか、口元とかを注視してますからね。私の反応を見ている、といったところでしょうか。しかし、目的がいまいちわかりませんね」
「んー、まぁ、簡単に言うと、負けたくて」
敗北を知りたくて。
「……それは、俺より強いヤツに会いに行く、というアレですか」
「そーじゃないよ。それなら多分、CPUと戦っても負けられるだろうし」
「大海を知ってる蛙だ……!」
「なんていうか、ちょっと欲しい感情があったんだよね。HIBANaを作るのに必要な感情、というか」
「ふむ」
途端、先ほどまでより真面目な顔になるHANABiさん。ごめんね、休憩時間に仕事の話を持ち込んで。
「具体的には、どういう?」
「勝者が喜ばなかった時の敗者の気持ち」
「……」
勝負ごとにおいて、必ず勝者と敗者が生まれる。
何故か。謙遜とかいう概念の蔓延る社会では、勝者があんまり喜びすぎると揶揄されがちで、敗者に気を遣え、などという意味の分からない文句が飛ぶ事もあるのだが、全く理解できないこの概念下において、勝者が全く喜ばなかったら敗者はどんな気持ちになるのか、というものを実感したかった。
が、残念ながら、わたしの……敗者の実力が酷すぎて、勝負にならなかった。HANABiさんが喜ばないのではなく、誰がやっても喜ばないと思う。悲しみ。
「あー……うーん、私と杏さんの実力が拮抗していて、少しだけ私が勝っている事……?」
「無いよね」
「まぁ、はっきり言ってしまえば」
「無いよね」
「まぁ、はっきり言ってしまいますけど」
「無いよね」
「あるって言ってほしいんでしょうけど無いですね」
知ってたけども。
知ってるけどもさ。
しかし、どうしたものか。実際わたしは歌以外何もない。ほぼ全てぽんこつである。勝負事、というので、且つ喜ばない人を知らない。
「なぜそれが必要なんですか?」
「HIBANaってほら、国を滅ぼされた王様、みたいな設定にしたじゃん? 愛する人も死んじゃって、敵国が恨めしい。なのに、恨めしい恨めしいとしていたら、いつの間にか敵国も周辺諸国も人間も、全部が全部滅んでなくなっちゃった、って」
深夜テンション等々で決まったこの設定は、わたしにはない感情をいくつか取り入れる必要があった。
その最たるものが、形を成せない悔しさ。
「わたし、悔しいと思ったら言うし。ちゃんと吐き出せるからさ。悔しいかわからない、って感覚がわかんないんだよね。勝者が喜んでくれないと、敗者は感情を形成出来ない。行き場がないんじゃなくて、形にならない悔しさ」
「……なるほど。杏さんが褒められたら喜べ、と言っているのは、そちらも考えてのことなんですね」
「そこまで繋げて考えてるわけじゃないけどね。何かがあったら、感情が発露する。勝者が喜んだら敗者も心から悔しいを吐き出せる。けど、勝者が喜びもしない、なんでもないようにしてると、不思議と、悔しさが薄れちゃう……と、わたしは考えているんだ。そうであってほしいと思っている、が正しいかな」
それを感じたい。悔しい。恨めしい。リトライを望む。その感情が解けてしまった時に、虚脱。実感するには似たもので代用する必要があった。まさか本当に王様になって国を滅ぼしてもらって全世界に全滅してもらうワケにはいかないからね。
「雪さんに頼むのはダメなんですか?」
「歌唱勝負って事? 勝負つかないよ」
「いえ、それ以外で」
「わたし、歌以外で雪ちゃんと戦える要素ないよ?」
雪ちゃんは教養もあってダンスも出来て家事が得意で。
認める気はさらさらないのだけど、あくまで、あくまで客観視をすると、MINA学園projectにおける最上のポンコツは皆凪可憐である。基本、何やってもダメなのが皆凪可憐だ。何故か本人は自信満々なのだが。
「生活面は知りませんけど、ダンスは出来ていたじゃないですか」
「膨大な反復練習あってこそだからね、アレは。激しいヤツじゃなかったし。もっとすごいの踊るなら、アミちゃんと雪ちゃんと千幸ちゃんと遥香さんだけになるよ、ダンスは」
「梨寿ちゃん……」
「わたし以上に運動できない子がいるとはまさかまさか」
しかし、どうしたものか。
NYMUちゃんはアレでいて*1運動得意だし、999Pさんに勝負事してくださいなんて言えるわけもない。春藤さん他DIVA Li VIVAの人達はそもそも芸達者だ。いやわたしも社員なんだけど。
「あー……その」
「何か思いついたようだねハナソン君」
「杏ムズさん、あんまり、私からは言いたくないんですけど……その感情を持っていそうな人、心当たりがあります」
「ほう。言ってみたまえワトBi君」
「姉ですよ、ホー杏さん。勝負事は頼めないでしょうけど、姉なら……その、幼少の頃の自意識高めだった私に散々負けてますから」
ああ。
そうか。傷口を抉るようなことにはなるけれど、そういえばそうだった。
「ハナビッシュ君、連絡してもいいだろうか」
「ッシュ? ……ああ、hamishですか。じゃあヒバナムさん、仕方ないので許可します」
ジェームズだと語感が合わないので仕方ない。
許可が取れたので*2、メッセージを入れる。既読は付かない。まぁお昼だからね。仕事中の可能性の方が高い。
「それじゃ、ちょっと出勤してくるよ」
「はい。いってらっしゃい」
「ハンバーグを所望する」
「材料が無いので材料買ってきてください」
「はぁい」
ちなみにこの後に"わかったよママ"などと続けると、HANABiさんはちょっと拗ねる。
気にすることでは全くないと思うけれど、彼女は割とわたしより年上であることをちょっとだけ少しだけほんのりちょみっと2mmくらい、気にしている。
同い年に生まれたかったそうだ。
「じゃ、行ってきます」
そういって。
わたしは、HANABiさんのマンションを後にした。
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