わたしはかつて、Vtuberだった。 作:雁ヶ峰
二次創作は、黒である。
限りなく黒に近いグレー、だの。暗黙の了解で許されている、だの。そんなことを宣う輩が蔓延っているが、完璧に、一分の隙も無く、端から端までブラックだ。盗作である。
少なくとも、商業展開を行っているほとんどの作品においては、そうである。許されているのではなく、見逃されているだけ。あるいは知らないフリをしていてくれるだけで、決してグレーなわけではない。
二次創作はほとんどの場合において、益を生まない。稀に二次創作から原作を購入する、所謂"購買意欲を促進する"ケースも存在するが、大体の視聴者は二次創作から得られる情報で満足してしまうし、原作よりも二次創作が好き、などと宣う輩まで出てくる始末だ。
コンテンツの内容を掠め取り、愛があるから、リスペクトだから、などと言いながら、原作者の発想と努力の上澄みをあたかも自身の手柄のように公開し、誇示する。それが二次創作だ。
内、その盗作が広がりすぎて、手の施し様が無くなってしまったもののいくつかは、ならばせめてそれを益にしようと、ガイドラインを設定している。二次創作におけるガイドライン。読まない、などという選択の許されぬ絶対の規範。
それさえも無視する輩については、もう、地獄に落ちろ、以外の言葉は無い。
そんな、二次創作という悪い文化の蔓延ってしまっている中、Vtuberはそれを完全に益にする方向で動いた好例と言えるだろう。
初めから、二次創作のガイドラインを設定していた。あるいはタグを決める事で、管理しやすくした。初めから規範が存在していて、それを付ける事が内輪の雰囲気づくりになるのであれば、ファンと称される人間は好んでそれを使う。何故なら使った方が認知されるし、その輪にすんなりと入り込めるから。加えて、宣伝力にもなる。
二次創作をする事が自らの宣伝に、さらには原作*1の宣伝にもなる。今までのソレと違うのは、Vtuberが一人の人間相当の情報量を有している事。相手が発想やストーリーのみの存在ではないから、二次創作だけでは到底表しきれない事に起因する。
もっとも、二次創作だけしか知らないままでいい、という層が完全に消えるわけではない。どの世界にも一定数いる"そういう人達"については気にしても仕方がない。文字通りどうしようもないからだ。
加え、タグ付けをしない……認知されたくない方の二次創作者についても、どうしようもない。ガイドラインの順守さえしているならば放っておいて問題ないし、していないのであれば容赦なく通報するべきだ。然るべき場所に。昨今のSNSやイラスト投稿サイトはその辺の権利関係の規約がしっかりしているので、通報・報告が入ればすぐに対応するだろう。
「切り抜き文化も同じよね。少し編集を加えたからって許されるものではないし、我が物顔で切り抜きの宣伝をしているのを見ると反吐が出るわ」
「努力すれば善悪はどうあれ評価されるのが世間だよ。結果が出なくても努力は美しいらしい」
「結果が犯罪でも頑張った人が報われなかったら可哀想になるのよね。素晴らしい根性論だわ。素晴らしすぎて全部燃やしたくなる」
「切り抜きも、どんだけ閲覧促進したってわざわざ元動画に飛ぶ人は少ないし、元動画に飛ぶ人は元々視聴者なんだよね。公式が切り抜きを出すのならともかく、どこの誰とも知れない人がやるのは何の曇りもなく許可されていない二次創作だよ。悪意があるのなら、誹謗中傷でお縄だね」
例のごとく、休憩スペース。しかし、いるのはわたしと999Pさんだけ、ではない。
「でも、ウチの放送に来るコメントで"切り抜きから来ました"とか"切り抜きでNYMUちゃんの事知りました!"って言うのよく見るよ?」
「その切り抜き動画が無かったら、元の動画やアーカイブに辿り着いていたでしょうね。切り抜きで好きになるって事は、元から好きになる素質はあったのよ。中間に切り抜き動画があったというだけ」
「元のソレより切り抜きの方が有名、っていう状況がもう残念なんだけどね。まぁ、そもそもあっちのサイトは転載と違法アップロードの温床だったから、今に始まった事じゃないんだけどね」
「たまに生放送でお世話になるけど、あんまり使ったことないなぁ」
999Pさんの対面にNYMUちゃん。そして。
「いやぁ、手厳し手厳し。まぁその通りなんやけどな。あそこで原作だの権利だのを気にしとるヤツはおらんかったし、消されたものが再アップロードされれば不死鳥だの負けないだのと持て囃されてお祭り騒ぎ。モラルなんてもんは存在しないアンダーグラウンドがあっこや」
「誰かが炎上すれば蠅のように集るのは当たり前。それを揶揄する動画を作って、心から馬鹿にして、言いたいことを隠しもせずに言う。こっちのサイトと比べて唯一勝っていたのは匿名性の無さかしらね」
「一週間で復活するとはいえ、消せば消えたからなぁ。アカウントを取る手段が当時は限られていた、ってのもあるんやろけど、嫌がらせをする事にそこまで大した熱量を持っていたヤツがいなかったし、NGワードの設定が容易だったっていうのはデカいやろなぁ」
「うぅ、難しい話だ……」
「金髪ちゃんはあんまり聞かなくていいよ昔の話だし」
わたしの対面に春藤さん。元はわたしと999Pさんだけだったここに、なんでかフラフラと集まってきたこの二人を合わせて四人。なーぜかそのまま雑談中である。
しかし金髪ちゃんに聞かせるには聊か言葉がキツい……いやわたしも全然遠慮してないんだけど。
「そういえばNYMUちゃんって限定放送は何やってるの?」
「メンバーさんの?」
「うん」
「うーん、まだ歌詞とか覚えきってない歌の練習とか、名前はもちろん伏せるけど旅行の話とか、あんまり面白くならなそうな企画とか……」
「へぇ、ちゃんとしとるんやなぁ。ファンを大事にするタイプか」
「最初は何をすればいいのかわかんなかったんだけど、マネージャーさんに聞いたらこういうのするといいかもしれませんね、って言ってくれて」
「マネージャー教育がしっかりしてる会社は良い会社よね」
有料会員限定放送、というのがある。
放送は有料会員にしか見る事は出来ず、基本的に内容の口外もNG。有料会員になるファンは大きく分けて二種類あるだろう。即ち、推しを応援したくて会員になった者と、有料コンテンツが見たくて会員になった者。
どちらも限定放送を見ることには変わりないかもしれないが、切っ掛けが違うだけでスタンスも変わる。
前者は"別に放送しなくてもいい、こっちが払いたいだけだから"、と言う。彼らは内容そのものに対して頓着が無いし、頻度や時間も気にしない。お金を払っている事、が称賛であり応援であり彼らにとっての推し活であるから、それで見られるものや情報はおまけ程度の感覚でしかない。
後者は内容をとことん気にする。"内容が見たくてお金を払っているのだから"、と言って頻度や時間に文句をつけるし、内容に興味が無ければすぐに退会するだろう。
そしてそれは、有料会員
前者に分類される有料会員ではないファンは、"応援はしてるけどお金は出さないし、有料コンテンツも勝手にやっていたらいい"と。そこまで入れ込んでいない。あるいは、金銭と応援、推しを全く別物として考えている。それは悪い事ではないし、なんならそれが普通である。HANABiさんの嫌う代償のない評価システムのままにはなってしまうけれど、現状にある"普通"はこれだ。
そして後者。
後者に分類される有料会員ではないファンは、どこまでも救いようがない。内容をとことん気にするから、"限定放送ばかりやっていたらコンテンツが閉じる"だの"限定ばかりやるようになったら終わり"だの、自分が金銭を払えない、払わない事をなんとかして正当化するし、それでも内容が気になるから開示しろと要求する。コンテンツが無料で公開される事に慣れ過ぎた現代人の末路、という所だろうか。
「"見えているのに手に入れられないもの"が余程気に食わないのでしょうね。無課金が課金してる人間に勝てないと、"無課金を捨てた"だの"結局課金ゲー"だのとかいうヤツ。滑稽よね。自分は代償を支払いたくないけれど、代償を支払っている人間が得をするのは許せないのよ」
「ゲームに関しちゃ基本無料、なんて謳っとるのが悪いと思うんけどなぁ。どこぞの大手MMOはちゃんと一部無料と書いとるし、まるで全体が無料であるかのように宣伝しておいて金を支払わんとまともにプレイできない、なんてのは不条理だと言いたくなる気持ちもわからんでもない」
「それには同意するわ。マーケティングとして基本無料と書いた方が求心力があるから、なのだろうけれど、余計よね。見事な誘蛾灯だわ。そのせいで店全体の評価を下げているくらいには、見事」
「あ、蛾って実は蝶と同じ虫で、全体の90%が蛾なんだよ! 綺麗な蝶は10%しかいないんだって!」
「……天然よね。私には、凄まじい皮肉に聞こえたけど」
「心が汚れてる奴は皮肉や嫌味に聞こえるやろなぁ」
多分NYMUちゃんはわかっていないだろうけど。
「最近ゲームで習ったのです」
「ゲームが学習教材なのね。時代に追いつけそうにないわ」
「ゲームっちゅーんは成功体験が手軽に学べるツールとして極めて優秀やからなぁ。しっかり方向性を決めて努力しないと没個性的な性能になる、とか。物事には至るべき基準値というものがあり、それを見極める事が大切、とか。ゲームから学べることは大いにある」
「標準語に戻ってるけどいいの?」
「おっとっと」
やっぱり春藤さん関西人じゃないんだ……。
「ゲーム、って。そういえば金髪ちゃんゲーム実況やってたっけ」
「うん。配信ではやらないけどねー。動画でまとめて出すんだ」
「それが良いわ。ゲーム実況は配信に向いていないもの」
先日原坂さんに話したように、テレビ放送と配信の違いの話だ。
ゲーム実況はそもそもが動画より生まれた文化である。投稿者がストレスになるだろう部分をカットして編集を加えたものだった。それがいつしか生放送になり、配信というスタイルに落ち着いている。確かに生の反応を楽しむ、という点ではVtuberに合っている題材なのだが、声が届いてしまう生配信だと配信寄りになってしまう。
ゲーム実況はテレビ放送寄りのコンテンツだ。声の届かぬコンテンツだからこそ、映える。
「ゲーム実況なぁ。あんまり好きじゃないんよなぁ」
「わたしも、昔は好きじゃなかった」
「二次創作だからね、ゲーム実況も。公式が許可してやっているものならともかく、あの頃のゲーム実況は純粋な権利侵害だったわ。発売元に許可を求める、なんて愚行は出来なかったのだし」
「ダメなの?」
ダメというか。
好きじゃない、というか。
「配信で好きなゲームをやりたい。配信で好きなゲームをみんなに紹介したい、っていうのはまぁ、理解できるよ。わたしはゲームやらないから完全に理解できているかはわからないけど、まぁわかる。それの善悪は今は置いておくとして、ファンは"推しの話についていきたい"、"推しと一緒に盛り上がりたい"っていう理由で同じ映画やゲームを購入する人も少なからずいるから、ユーザー増加の貢献にも、少しだけは繋がっているんだろう、けど……」
「ファンの購入基準が複雑なのがアカンねや。配信者が中途半端に上手かったら、もどかしくて"自分ならもっとできるわ"って理由で購入するヤツもおるやろけど、爽快感を含む面白さが伝わらなかったら"あんまり面白くなさそうだからええや"となる。上手過ぎたら"自分がやらんでもええか"、"見てるだけで十分や"となるし、下手過ぎたらそもそも見られん。耐久配信が購買意欲につながる事は滅多にない」
アレは要はレビューなのだ。
面白そうに、楽しそうにプレイするのが高評価。それを上手く魅せるのが購買意欲を増進させる良いレビュー。詰まらなそうに、楽しくなさそうにプレイするのは低評価。魅せる事さえ失敗すれば、通販における"レビューを見て買うのをやめた"が発生する。配信者本人が最高評価をつけていようとも、だ。
そして、プレイ中の姿がどう見えるか、というのは視聴者に委ねられている。余程PRの上手い人でないと、良いレビューは書けない。
「……」
「逆に言えば、そのめちゃくちゃなレビューでも買いたい、と。やってみたい、と。HIBANaの言うように"推しと同じ目線が見てみたい!"、"推しの宣伝するものを使ってみたい!"なんちゅー熱心なファンにはダイレクトアタックや。そんなんは各配信者についとるファンの一割にも満たんやろけど、だからこそ規模が大きければ大きいほど数も増える」
「各所に怒られそうな単純計算を言うけど、10万人の登録者のVtuberが発揮できる集客効果が一万人。新規ユーザーが一万人増やせるとして、金髪ちゃんは300万人だから30万人の新規ユーザーを増やせるわけだね」
「登録者全員が視聴者ならコメントなんざ早すぎて見られんやろなぁ」
「だから単純計算だってば」
登録者数の暴力、というべきか。
視聴者が多いという事実を余すことなく利用できるのは、そういうゲームや日用品の宣伝だろう。まぁ、もっとも。300万人のうち270万人はそのゲームをやらなくなるワケだから、それを損失と捉えるかどうかは……やっぱり好きにはなれないかなぁ、という感じ。
言わないけどね。
「全体的に見れば、別に何とも思わない。けど、嫌いなのは一部だけいるわ」
「一部」
「新しく出た、あるいは新しく発見したゲームに対して、"配信して、動画にして面白いかどうか"、"配信に出来るかどうか"で購入基準を決めるヤツ。いるでしょ。私はアレが大嫌い」
「あー」
「コンテンツに対しての姿勢がなってないわ。二次創作の中でも最悪の部類ね。流行っているから、あるいは求められたから、なんて理由で二次創作をするなんて、唾棄すべき事案だわ」
通過儀礼だとか、罰ゲームだとか。わたしもあんまり好きじゃない。
結局ああいうのはゲームという触媒を使って実況者、Vtuberを面白く魅せようとしているだけだ。ゲームに対する感情なんか欠片もない。コンテンツに対して何の愛着も持っていない二次創作。
「ついでに言うと、ゲームの紹介がしたくて実況をしている、と公言するヤツも嫌い。"公式のためなんですよ"感。大方Vtuber本人を求めるファンの要望と、配信者としての布教したい心の折衷案なのでしょうけれど、レビューにわざわざ"これは買ってほしくて書いてます!"って載せるヤツがいる? そんなのはわかってるのよ」
「少しでも新規ユーザーを増やすためとかじゃない?」
「心にも思ってない事を言うものじゃないわ」
まぁ、そうだ。
人は言葉じゃ変わらない。出会い、気付きが無いと変わらない。
言われて、ではなく自らがやりたい、と思わなければ、それが購買意欲になりえない。購入意欲は芽生えない。
金銭が絡むのだ。画面の向こうと自身の欲求、どちらを信頼しているかなど考えるまでもない。
「……高校生の前でする話じゃあ、ないわね」
「随分今更やなぁ。なぁNYMU、この姉さん達怖いなぁ」
「怖くないけど……みんな、ちゃんと考えてるんだなぁ、って思った」
「金髪ちゃん、これはあくまで……わたし達三人がゲーム実況が好きじゃない、という前提なことを忘れないで欲しい。最近のゲームは配信をしていいよ、って販売元が販売時から言っているのもあるから、そういうのは企業側が"これは集客効果になるな"と判断して出してるわけで。だから今までの話は全く気にする必要がないよ。わたし達の好き嫌いの話だから」
「別に私は実況そのものが嫌いとは言ってないけど」
わたし達などより企業の販売部や商品展開予想の方が遥かに優れている。当たり前だ。そこが配信を許可したというのなら、それが良い結果を生むと判断した、という事である。
それに対しての好悪はあれど、商品戦略に対して何かを言うつもりはない。実況という文化を取り込むというのなら、それを傍で眺めさせてもらうだけだ。
「さて、そろそろ金髪ちゃんは家に帰った方がいいなじゃないかなってお姉さん思うんだ」
「え? あ、もう21時!?」
「労基が襲ってくる」
「あんまり遅くなると親御さんも心配するからねー。あ、春藤さんも帰る?」
「ほな、上がらせてもらいますわ。途中まで一緒に帰るか、NYMU」
「うん!」
立ち上がってコートを纏う春藤さん。見てなかったけどずっとギター引っ提げてたんだ……。重くないのだろうか。
そんな春藤さんの横にならぶNYMUちゃん。いやはや、ちっちゃいなこの子。本当に高校生か。
「気を付けんと職質されてまうなぁ」
「そんなに子供じゃないよ!」
「深夜に高校生連れて歩いてたら普通にアウトでしょ」
「おお怖い怖い」
うひひひ、と笑って。
春藤さんはNYMUちゃんと仲良く帰っていった。あの二人、元から知り合いっぽかったけど、何で知り合ったんだろう。接点あるのかな。
「……さて、邪魔者はいなくなった、と言おうかしら?」
「邪魔者じゃないけど、まぁ聞かせる話でもなかったからね」
ようやく、向き直る。
相変わらずこちらの顔を見ない999Pさん。そんな彼女に、話を切り出した。
●
「勝者が喜ばなかった時の敗者の気持ち、ね……アンタ、デリカシーって知ってる?」
「知ってる。デリシャスなお菓子だよね」
「まぁ意味は間違ってないわ」
珍味、という意味がある。
「……まぁ、いいわ。いくつかあったのよ。まず、最初は、怒りよね。別にあの子に向けたものじゃなく、自分への。習い事、コンクール、大会。色んなもので負けるたびに、どうしてああしなかったんだ、って。どうしてもっと考えなかったんだ、って。どうしてどうしてどうして。悔恨が有り余って怒りになっていたのよ。最初の頃はね」
「嫉妬、ではなかったんだね」
「嫉妬は劣っているものがするのよ。私はあの子に勝てた事は無いけれど、決して劣ってはいなかったわ。劣っているとは、欠片も思わなかった。負けたのは自身がミスをしたせいであって、素質は、才能は、発想は同等、あるいは私の方が勝っていると信じていた。信仰していた、と言ってもいいくらい」
随分な自信家だ、と思った。
わたしも相当である自負があるけれど、子供の頃からそうだったわけじゃない。素直に凄いと思う。
「でも、その内。怒りは哀れみに転じたわ。哀れみ。憐れみ。なんて可哀想な子だろう、と思うようになった。あの子は何をしても楽しくなさそうだったし、出来る事が出来ても嬉しくなさそうだった。私が劣っているのではなく、あの子が私に劣っているのだと気づくのにそう時間はかからなかったわ」
「凄まじい……」
「そして、私は自分より劣っている人間が嫌いよ。喜ぶべき時に喜べない欠陥人間が嫌いだし、持て余す才能を人生に役立てられない愚鈍さも嫌い。大嫌いだったわ。でも、そうして嫌い続けていたら、あの子は喜んだのよ。おかしな話よね。その時点で哀れみは消えたわ」
999Pさんから出てくるHANABiさんの話は、わたしの持つHANABiさんのイメージよりも狂気的というか……まるで。
「別の生き物みたいだ、と思ったわ。価値観とか世界観の違いじゃすまされない。全く違う判断基準を持つ生物。まぁペットみたいなものよね。猫に速度が負けたからと言って自分への怒りなんか湧かないし、犬が言葉をしゃべれない事に憐みなんか覚えないわ」
「その時点で、でもコンクールなんかは勝ててなかったの?」
「ええ、そうね。あの子は必ず一番。私は二番か三番。あの子は変わらず喜ばなかったわ。そして私は」
言葉を切る999Pさん。どうやら、ここが答えらしい。
なんだろう。やるせなさか。憎しさか。虚脱感か。
「──とても、楽しかったわ」
「え」
「だってそうでしょう? あの子は喜べなくて、私は楽しいのよ。素敵な話よね。少なくとも私があの子に嫌悪を向けなければ、あの子は喜べない。あの子は得しない。私は今でもあの子が嫌いよ。多少人間らしくなったとはいえ。ずっと、嫌い。私が嫌がる事であの子が得をするのが、嫌だった。私が損することであの子が得をするのが許せなかった。私は世界の中心にいるわ。私が得をして、あの子が損をする事が無いのなら、せめて。私には何も起こらず、あの子だけが損をする方が良いと、判断した」
だから楽しむ事にしたわ。私が平凡である事を。
私が今後一生、妹に勝てない事を。
「どう? これでも仲の良い姉妹だなんて言えるかしら」
「……仲が良いかはわからないけど、随分と似てる姉妹だなぁ、とは思うよ」
屈折具合が。
「そう、ありがとう。似ていると言われて悪い気はしないわ。良い気もしないけれど」
「何も感じてないって事だね」
「ええ、そう。それで、参考になった? なるとは思えないけれど」
「ああ……うん──」
考える。
HIBANaに"変化のない永遠を楽しむ"という概念があるかどうか。"孤独を楽しむ"という概念があるかどうか。自らが変わらないまま、恨めしいものだけが滅びたのだという事実を、楽しめるかどうか。
わたしは。
ワタシは。ああ。そう、なら。いや。だが。
「……参考には、ならなかったかな」
「でしょうね。私とあの子のケースは特殊よ。何故なら、勝者と敗者の間にいびつな絆があるのだもの。良い意味じゃないわ。切り離せない首輪。他人ではない事が、どこまでも私達を捻じ曲げている」
「そうだね。ごめんね、999Pさん。折角話してくれたけど、どうにもHIBANaはお気に召さないみたい」
「問題ないわ。さっきも言ったけれど、私は自分より劣っている人間が嫌いよ。大嫌い。その点、アンタの9割は嫌いね。話しているだけで苦痛」
「残りの1割は?」
「好きよ。アンタの歌だけは、私に劣っていない。なら話す価値はあるし、その1割は他の9割を覆い尽くすわ」
「それは良かった。わたしも999Pさんのこと好きだからね」
人間として、自分より捻くれている人間を愛さないはずもない。
何よりわたしの価値観に無い言葉を吐ける人間を、わたしが逃すはずがない。
「HANABiが嫉妬するわ」
「HANABiさんとはもう家族みたいなものだから」
「へぇ、それじゃ、私はアンタの姑かしら?」
「え? いやいや妹だよ。末妹でしょ? もしくは真ん中」
「……」
え?
「ま、その辺に首を突っ込む気はないわ。夜が遅くて危ないのはアンタも一緒なんだから、早く帰りなさいよ?」
「あ、うん。……うん?」
うん。
え?
〇
|
|
|
|
|
|
|