わたしはかつて、Vtuberだった。   作:雁ヶ峰

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欲しい



贖うまでは。

 未だに、迷っていた。

 社長との対談の日は明日だというのに。すでに台本は渡されているし、15分程度とはいえ社長とも顔合わせをした。原坂さんの言う人物像より少しだけ落ち着いているように見えたけど、はてさて、といったところか。

 

 SNSではわたし……というかHIBANaと社長対談の話について、思った通りのセクハラが多数。「もう手を出したのか」「会うヤツ全員食う女」とか「MINA学もNYMUも落とされてる」とか。中傷はHANABiさんにも及び、「HANABiはたくさんのVtuberを奴隷にしている」だの「MINA学にしつこく絡んだと思えばメンバーの一人を引退まで追い込み、そいつに新規活動をさせて売名、今度は大手に絡んで地位を奪おうとしている」なんて投稿もあった。

 最後の投稿に関しては多方からの指摘、返信が行われ、炎上。投稿者は投稿を削除、その後アカウントを消している。まぁスクリーンショットは撮ったけど。

 

 しかし確実にHIBANa・皆凪可憐を中傷するコメントは減ってきている。対談の話が出たときに爆発的に増えたそれも、しかし総量で見ればHIBANaのデビュー時よりもかなり少ない。飽いてきた、というのはあるのだろうな、と思う。

 Vtuber、バーチャルライバーは当然、わたし達だけではない。今や一万人近いバーチャルライバーが存在し、それぞれが何かしらの汚点を抱えていたり、あるいは語り尽くせない程の美点があったりする。中傷だけをしたくてこの界隈に入り浸る者ならばまだしも、普段は普通に配信や動画を見ていて、稀に批判や中傷を行う者達であればいつまでもこちらに構っている暇はないのだ。

 学生の春休みの近い今、長時間配信を行うライバーも増えてきている。それが、こちらへ向けられる目を逸らす結果となっているのだろう。

 

 であれば尚更に、明日の対談で披露される"HIBANaというキャラクター性"に欠けたものがあってはいけない。

 わたし達としてはそろそろ、皆凪可憐に対して熱くなる心をHIBANaに向けてもらいたいのだから。これから商品展開などもあることだし。

 

 

 だから、出会いを求めてDIVA Li VIVAの休憩スペースに来た。

 いつも通り。しかし、時間は平日の昼。午前で上がらせてもらった。午前で仕事を上がって正午から別の会社に出勤する辺り、余程勤勉であろう。わたし。

 

「あら」

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 待つこと30分で、来た。

 スラっとした手足。洋風の顔立ち。茶というにはかなり鮮やかな──赤毛。

 

「地毛よ?」

「へえ」

「ねぇ、ちょっと話さない?」

 

 願ってもない事だった。

 頷く。とても背の高い女性。どこか──雑誌で見た事があるような気がしないでもない。

 

「私、ミレニア。あなたは?」

「HIBANaといいます」

 

 

 ●

 

 

「モデルさん、なんですね」

「ええ。見えない?」

「綺麗に気を遣っているんだな、というのはわかります」

「答えになってない。ずるいのね」

 

 人差し指の第二関節を口元に当てて笑うミレニアさん。上品、という風にも見えるが、そもそもの文化の違いのような気もする。赤いネイル。爪の片側にのみ、交互に並ぶ黒い点がデザインされている。

 ミレニアさんはモデル業をする人らしい。他、たまにタレントとしてバラエティ番組に出る事もあると。

 

「聞かないの?」

「聞いてほしくなさそうなので」

「そう。じゃあ自分から話す。私はスコットランドと日本のハーフ」

「そうですか」

 

 あんまり。

 ハーフという単語が好きではない。ダブルだのミックスだのという言葉も好きではない。

 

「意外。日本人は全員純血主義だと思ってた」

「文化的にはそうですよ。他国と隔絶したレベルの超純血主義。だから他人種に対して偏見を持つほどの興味が無いし、分け隔てなく接する事が出来る」

「個人的は?」

「一切の興味が無いですね。なんせ、わたし達はそういう肉体に縛られた時代を抜けつつある」

 

 人種や性別より、言語の壁の方が問題だ。学ぶ気がなければ超越できない壁が横たわっている。

 見た目程度簡単に変えられる世界において、もっとも必要とされるのは知識であり言葉だ。そういう話をSNSなんかで見るたびに、時代遅れな事だ、と思っている。

 

「変な人」

「そうですね」

「血液型」

「AB型ですね」

「私は知らない」

「変な人って言われたかったんですね」

「そう。バレた」

 

 血液型は調べておいて困ることは無い。輸血の時のスムーズな選択に必要になるから。

 ちなみに、わたしは血液型によって性格が変わる、という話について、"そうであってほしいな"とは思っている。だってロマンではないか。血液。星座。誕生日。星のめぐりや並び、組み合わせ、地球の角度や月の位置、月と太陽の位置関係。血液の過去に何がいたのか──そういうものが人格に影響を及ぼす、なんて。

 その方が面白い。その方がきっと、楽しい。

 

「夢、ある?」

「現実のその先へ」

「私は、復讐」

「物騒ですね」

「そう思う?」

 

 およそ日常で聞かない言葉が出てきた。復讐。リベンジ。

 何を。いや誰に。どうして。

 

「本当は、俳優になるはずだった。でも落とされた。から、復讐」

「審査員に?」

「そう。見返すの。その程度の審美眼。可哀想に。言うつもり」

「……なるほど」

 

 随分とまぁ、良い性格をしている。自信家、という面もあるのだろうけど、それ以上に反骨精神が強すぎる。だけど。だけど。

 

「そのオーディション、他にいましたか、受けに来た人」

「二人いた。二人とも、受かった」

「喜んでいましたか」

「……私を慰めに来た。から、怒った」

 

 あぁ、そうなのか。怒りなのか。虚脱ではなく、やるせなさではなく──やはり、怒りなのか。

 999PさんがHANABiさんの話をしている時に行っていた、己へ向けた怒りとは違う。確実に、明確に、他者へ向けた怒り。

 

「私を蹴落とした。私の幸せを奪った。なら、おかしい。笑っていなければおかしい。だって、あの子達が笑っていなければ。私は。私の人生は。これまでの努力は。意味がない。私には怒る権利がある。勝って喜ばない人に。勝って敗者を気遣うような奴に。私の人生が無為にされた事が、怒れて、憎くて、仕方がない」

「その子たちはもう、俳優として活躍を?」

「……一人はそう。もう一人は……辞めた。つらくなった。そう言っていた」

 

 それは。

 ああ、なんとも。

 

「私を足蹴にした時点で、あの子達の幸福は決定事項。それを覆すのであれば、私はあの審査員を許さない。それなら私が幸せになっていた。やりたいことをやっていた。あの審査員の、劣った眼のせいで、必要のない不幸が増えた」

 

 結果論だ。確実に、完全に。そして、逆恨みでもある。オーディションとはそういう場所だし、審査員も全員を選ぶことは出来ない。誰かを落とす必要があり、その時点においてはミレニアさんを落とす決定をした、というだけの話。

 しかしそれは、大局の視点だ。登場人物──ミレニアさんにとってはそうではないし、その辞めた子にとってもそうではないのだろう。勿論、審査員にとっても、今も活躍するという子にとっても。

 

「だから、復讐。私が幸せになって、劣化した眼だという事実を突きつけて、自信を喪失させる。悪いと思う?」

「随分と熱量のある人だな、とは思います」

「答えになってない。本当にずるいのね」

 

 ああ、でも。

 やっぱり──怒りなのか。そうか。

 だって今も、この人は怒りのみで動いている。ずっとだろう。それがいつのオーディションなのかは知らないけれど、ずっと。怒り続けるには膨大なエネルギーがいる。ミレニアさんは、健全な精神とは言い難い。言い難い、けれど。

 ああ、それは。いつまでも解消されないのであれば、そうであると、そうなのだと。

 納得した。

 

「ありがとうございます」

「夢、叶うといい」

「お互い様ですね」

 

 それでいいのだと、理解した。

 

 

 〇

 

 

 ──"ワタシは、憎い"

 ──"ワタシの国を滅ぼした奴らが"

 ──"ワタシは憎い"

 ──"ワタシの家族を奪ったアレらが"

 

 ──"憎いのだ。何故、滅んだ。ワタシからすべてを奪ったというのに、何故──繁栄を手にしなかった"

 

 ──"ああ、怒りが身を焦がす。何故。何故。ならば、なんのために、ワタシ達が在ったのか"

 ──"潰さないでくれ。ワタシ達の意味を"

 

 

 ●

 

 

 当日になった。

 対談の、当日。配信をするには聊か早い時間帯──18時から、それは行われる。

 チャットには超遅延モードが導入され、そこまでコメントが目に入ることは無い場所にモニターが設置されている。じゃあ配信じゃなくて動画撮ればよかったじゃないか、と思わないでもない。

 わたしは2Dモデル──全体が黒い人間らしきなにかの上半身で、ブローチのあるべき場所には穴。透過されたそこには、背景画像が映っている。常にもやもやとした黒い粒子の揺らめきに包まれていて、瞬きに連動して影が晴れ、ピアスをしている耳が見える仕組み。この手の"動くイラスト"にはありがちなカラクリだそうだ。

 

 カメラやマイクなどの準備が行われている。わたし達は邪魔をしないよう舞台の隅へ。達。だから、わたし以外。つまり社長も、既にいる。手の外側に文字盤のある腕時計。時計のブランドはあんまり詳しくないけど、見間違いでなければアウトドアに用いる耐久性の高いソレだったように見える。

 社長は。その女性は、わたしの目線に気付くとニッタァと笑みを浮かべた。

 

「ん? なんだ、欲しいのか? 買ってやろうか?」

「結構です」

 

 ……まぁ、先日の打ち合わせで、大体の人となりは掴めているので驚きはしない。

 この人は凄まじくフレンドリーだ。そして奢り癖があるらしい。身内に対してのみ貢ぎ癖もあるらしい。社長……というかCEOとしてそれはどうなんだ、と思う。やっぱり泥船か?

 勿論の話、出ているお金は会社のソレではなくこの人のポケットマネーであるのだが。

 

「ちぇ、最近の若者は欲望を前に出すという事を知らんなぁ。もっとアレが欲しいコレが欲しいと言っていいんだぞ?」

「時計を付けるほど時間に追われていないので」

「この時計は温度湿度付近の風速、さらには装着者の脈拍まで測れるぞ!」

「測ってどうするんですか?」

「楽しい」

 

 子供か。

 

「随分と楽しくなさそうだな。私との会話は嫌いか?」

「配信という行為が憂鬱なだけです」

「それは大変だ。我々はエンターテイメントを商品にしているのだから、所属タレントが楽しいを感じられなければ意味がない。仕方ない。中止にするか」

「──」

 

 挑発か、と思った。

 違う。この人、本当に止めるつもりだ。行動力があるとかそういう話じゃない。思考と行動が一緒だ。

 

「エンターテイメントを売りにするのであれば、待ってくれている視聴者の期待をふいにする方が不利益なんじゃないですか?」

「わかってないな。全然わかってない。商品を買うかどうかもわからん大多数と、このまま続ければ必ず壊れる商品。どっちを優先するか。簡単だ、商品の修理を優先する。何故なら、壊れかけの商品を見て買おうと思う客はいないからだ」

「……それはつまり、大多数を優先するために、先に少数を優先すると。そういう事ですか」

「少数というか、個人だな。君個人を優先する必要があると判断した。だから、配信は中止にしよう」

 

 ……矛盾している。そんな大層な意思があるのなら、初めから呼ぶなと思う。

 ただ、興味は。その度合いは、上がった。

 

「いえ、やりましょう」

「無理しなくていいぞ」

「配信の憂鬱程度より、貴女と一時間話す事の興味の方が勝りました。他者の目が気にならない程に」

「ふむ。まぁ、やりたいというのなら止めはしない。おーい! 準備まだかー!」

 

 イァやってんすからぉとなっくしとってください! という声が音声さんから届いた。肩を竦めて目を丸めて口を尖らせる社長。あぁ、いつも怒られてるのか……。

 

「あーんなに怒んなくてもいいじゃんなぁ」

「とばっちりでわたしまで怒られるの嫌なんでもう少し大人しくしといてください」

「何故ウチに入ってくる新人はみんな気が強いんだ……おいよおいよ、もっと礼儀正しくて小動物みたいなカワイイ子が入ってこないものか……」

「セクハラですか」

「やめたまえその言葉を簡単に使うのは! 昨今目が厳しいんだから!」

 

 それはまぁ、そう。

 あまりに過敏な人たちにとって、この世界は、というか人間はハラスメント以外を発しない生物なのだそうで、そういう人たちには早い所すべてがAIに管理されたディストピア世界に移動することをオススメする。

 わたしのは半分以上冗談だけど、それも受け取り手次第。この場にいる誰かが真に受けたら、よくない話になるかもしれない。少し反省する。

 

 っびーでーっまったぁ! という音声さんの声。準備出来ました。ちゃんと発音してほしい。ちなみにさっきのは、今やってるんですから大人しくしておいてください、だと思う。じっべーわ。

 少し遠くなるけど、ラジオ収録用のスタジオで録ればよかったんじゃないか感は否めない。対談するならそれ専用の設備があっただろうに。まぁ結構歩かないといけないから時間はかかるんだけども。

 

「さて、行くか」

「はい」

 

 ライブスタジオの舞台に設置された長テーブルにつく。対面。互いの間にカメラがある。社長はそのまま、わたしは"動くイラスト"用のツールを噛んで、配信に乗る。

 配信用ツールに試験的に写されたソレ──影法師。瞬きや口角の上下で、揺らめき、隠されているものが見える。2Dモデラーの仕事の速さ。そしてクオリティ。感服です。

 

 っしんっめまー! という声。

 もう突っ込まないが、この人は普段からこういう話し方なのだろうか。日常的なコミュニケーションに困りそうだ。っせーたー。

 

 久しぶりの配信だ。凡そ一年ぶり──もうすぐ一年になる。

 さぁ、被ろう。可憐ではなく、HIBANaを。息を吸う。

 

 

 ●

 

 

「よろしく」

「ああ」

 

 存分にキャラ作りをしていい、と言われているし、そっちのブランディングを壊す意思はない、と言われているため、しっかり尊大に返す。社長であろうと関係ない、のではなく、そういう打ち合わせをしたから問題ない、である。勘違いしてはいけない。

 のだが、既にコメントでは「敬語使え」だの「公式の場なんだからもう少ししっかりしたらどうなんですか?」だの「ああ、じゃねえよ」だの……。まぁ、批判というには些か幼稚だけれど、やっぱりHIBANaが嫌いな人が多い事を確認して、少しだけ口角を上げた。

 

「いやぁ、今回は呼び出しに応じてくれてありがたい! 最近堅苦ノッポが熱を持って話すバーチャル事業に興味が湧いてね。一番若いのと話してみたくなったんだ」

「ああ、構わない。ワタシも自らを飼う主人の顔を見るのは楽しみであったからな」

「はっはっは、飼うと来たか。これは手厳しい。私達は君達の羽ばたく場を作っているのであって、首輪をつけた覚えはないのだけどね」

 

 わたしがコメントを見たがっている事に気付いたのか、スタッフさんがモニタの位置をズラしてくれた。

 「HIBANaが敬語使わないのはそういう設定だろ」「何コイツうざ」「新人の癖に生意気すぎるだろ」「うわー、これ見てて疲れるやつだは」「普通にイラつく」など、来た来た、冷静になってないときの生の反応。今回わたしが配信ソフトを動かす役目が無くて本当に良かった。ただでさえ疎いのに、こうやってコメントに集中しながら動かすもんだからトラブルが起きる。

 批判と擁護、心情吐露。来場者数がまだまだ少ないからこの程度だけど、これからどんどん増えるだろう。

 少し気になったのは、転生関係の揶揄よりHIBANaという新人に対しての文句が多い事。もしかして運営さんがタイムアウトしているのだろうか。

 

「気に障るか?」

「いや、全然。それより、君の話が聞きたいんだ。君は、このDIVA Li VIVAに何を求める?」

 

 急な話題転換。もちろんカンペが出ている。

 求めるもなにも、わたしはスカウトだ。さらに言えば、切っ掛けはHANABiさんがやりたいという意思を見せた事。求めるものなど。

 

「足だ」

「足。移動手段ってことかい?」

「そうだ。広くあるため。遠くへ行くため。集団に属する目的というのは、個人の限界を超えるため以外の理由を持たぬ。手広いのだろう?」

「そうさな、アイドルも芸人もモデルも音楽家もイラストレーターもライバーもプログラマーも、他にも沢山の表現者がウチにはいる。君の足掛けになりそうかい?」

「あぁ、踏み台にさせてもらおう」

「へぇ?」

 

 飼い主でないのなら、リードを付けられていないのであれば。そちらが高みを目指すのを止めたと判断したその瞬間に、ワタシ達はそこを踏み台にし、さらに高みへと昇っていくだろう。手放したくないのなら、躍進を怠らない事だ。

 

「アナタの、理念を聞かせてほしい。行動を起こすにたる理由。信条。あるか」

「んー、理念ときたか。ふむ。そうだね……私と、COOのテル、堅苦ノッポは幼馴染でね。といっても歳は全然違うんだけど。それで、まぁその三人は町一番の悪ガキだったわけさ。まぁ比べた事なんかないから、町一番かどうかなんてわからないけど」

「ほう」

「で、まぁなんやかんやあって会社を立ち上げることになるんだけど、私はこの通りの性格で、初めはタレントになろうとしたんだ。兼業でもよかった。なんでもできると思ってたからね」

 

 なんやかんやあって、の部分が聞きたいと思った。というかさっきから出てる堅苦ノッポ、多分原坂さんのことなんだけど、視聴者に伝わっている……とは思えないんだよな。原坂さんのことなんか知らないだろうし。視聴者に優しくする気はないのだけど、優しくない配信だな、と思う。

 あ、テロップ入れてくれた。なんだスタッフ有能か?

 

「そんな私の前に、凄いヤツが現れたんだ」

「……」

「そんな冷たい目をしないで欲しい。その人は凄い人だったんだよ。aliaという。ウチの看板歌手さ」

「名は、知っている」

「ありがとう。aliaはね、私にこう言ったんだ。"たとえ会社が潰れても、あなたが路頭に迷っても、必ず私が傍にいる。私が歌で、アナタを世界に連れていく。私から出せるものがコレだとして、あなたは私に何を出せる?"ってさ。身勝手だろ? 勝手だろ? それで、簡単に、私はaliaに惚れてしまったんだ。コロっとね」

 

 楽しそうに話す社長。「強引過ぎる」とか「惚れやすすぎだろ」とか「アィヤって結婚してたっけ?」とか……完全に持ってかれている。

 

「私は答えたよ。"じゃあ私は足場を用意するよ"って。"君が世界に羽ばたいていけるように、私を世界に連れて行ってくれるように、どこまでも高い木を育てて足場を作る。羽を休める止まり木をね"って返した。あ、勿論かなり脚色してるよ? 意訳だよ意訳。思い出は美化されるものだろ?」

「……足場か」

「そう! だから、今、私は面白いな、と思ったんだ。だって私がaliaに用意すると言ったものを、君が欲しているなんてさ! 私の理念を聞いたね。私の理念は、高く高くを飛ぶ表現者たちのために、降りなくてもいい止まり木を作る事だ。努力して上げた高度を落とさなくていいように、私達も上へ行く。お眼鏡に適ったかい?」

 

 目を閉じる。ああ、それは。

 素晴らしいと思った。

 だから。

 

「素晴らしい」

 

 言った。思ったから、声に出して、言う。

 

「良かった。じゃあ、私からも聞いていいかな。君が歌う理由を。君が、高みを目指す理由を」

 

 そろそろ次の話題に行って、というカンペが出ているけれど、社長はそれを無視して言う。頭を抱える皆さん。ごめんなさい、わたしもあんまり巻けないです。

 一瞬コメントが見えた。「ピアスえっっっっ」。ナイスだ君。拍手を送ろう。

 

「ワタシは、先を目指している。高みの、さらに先だ。世界を遥か高みから見下ろして、現実を遥か先から見渡して、ワタシは問いたい事がある」

「問いたい事?」

「まだ語るべきではない。無いが、すべての問いは歌に込めている。ワタシは一つの世界として、一国の王として、かつてあった誰かの意思として。答えを得なければならない。そのために、止まるわけにはいかないのだ」

 

 今、無意識に言葉が出た。答えを得なければならない。

 答え、とは。なんだ。かつてあった誰かの意思。わたしは、何を求めている?

 

「ふむ、歌に込められた問いか。じゃあそれは、今から聞ける、という事でいいのかな」

「──あぁ、披露しよう」

 

 やっとカンペを読んだ社長が、言う。笑って。

 モニタに蓋絵が敷かれ、準備中の文字が出る。音声が切られた。

 

「ふぅ……」

「いやぁ、凄いね、演者というのは。本当に別人になったかと思ったぞ。私も様々な俳優を見ているけれど、君は特別な部類だ。目の奥の意思まで変えられる辺り、自己暗示などをやっているな?」

「あぁ、はい。完全に自身をHIBANaだと誤認しています」

「自己暗示は危険だから止めた方が良いぞ、という普通のお説教は君には要らなそうだ。スイッチの切り替えが上手いな。素の自分は思い出せるか?」

「いいえ」

「なるほど、危険領域を既に超えているのか。なんなら今すぐにでも社内カウンセラーに診せたい所だけど、それを苦脳に思っていない上に自覚があるなら問題は無いだろう!」

 

 水を飲みながら、そんなことを喋る。その間にマイクスタンドなどがテキパキと用意されていく。なんでこの人配信中より裏の方が多少は威厳のある喋り方になるんだろう。逆のほうが良いのでは? なんて。

 

 素の自分は思い出せるか、という質問。鋭いな、と思った。そうだ。だって、最初は批判なんて楽しめなかったのだから──批判を劇としてみるようになった時点で、批判を楽しめる自分、というキャラクターを作って演じているに過ぎない。褒められたことを素直に喜べる自分のアレンジ。

 そして素の部分にいた、歌が好きなだけの無個性ちゃんは、押しつぶされて死んだ。

 

「感動をするために、君の歌は今まで一度も聞いてこなかった。aliaを超える自信はあるか?」

「自信しかありませんね」

「大言壮語でないことを祈る」

 

 給水を終えて、マイクの前に立つ。観客はいない。音声さんやカメラさんなどのスタッフさんはいるけれど、目に見える観客は一人もいない。いるのは、画面の向こうの誰かだけ。

 蓋絵が外される。"動くイラスト"がわたしの顔を捉え、HIBANaに意思が宿った。

 

 デビュー曲だ。

 

「『ヒアモリの塔』」

 

 さぁ、成れ。

 

 

 ●

 

 

「君はカンガルーの肉を食べた事があるか?」

「ないです」

「カバは?」

「ないです」

「ワニならどうだ」

「ないですね。あんまり食べ物に興味が無いので」

 

 対談は終わった。万事滞りなく、というにはかなり巻いたけど、配信トラブルは無く、来場者数も上々。否定や批判の数は最後の頃にはほとんどなくなっていて、やはりタイムアウトなりなんなりをスタッフさんがやってしまったのだろうことが伺える。そういう反応を返すから、批判にもなっていない連投やスパムとかが湧くんだけどな、なんて思ったりしなくもない。

 

「そりゃあ勿体ないな。私の若い頃なんかは、金が入るたびに珍味を巡って旅行していたぞ」

「おひとりで?」

「まさか。テルと堅苦ノッポがいつも一緒だった。私達は大の仲良しでね。堅苦ノッポがウチに入社してきたときは、テルとハイタッチをして喜んだものだ。一度は離別したというのに」

「離別?」

「音楽性の違い、というやつだ。私達はアーティストではないが。違うものをプロデュースしたかったんだと。五年前にひょっこり戻ってきて、しっかり実力をつけていたよ。今では知っての通りだ」

「へえ」

 

 あんまり興味が無いけれど、なんだか複雑な話がありそうだ。

 そういえばコメントで出ていたけれど。

 

「aliaさんに惚れたと言ってましたけど、ご結婚は?」

「一回はしたよ。でも、一年で離婚した。喧嘩したわけじゃないぞ。夫婦という仲ではない方が良い、と思っただけだ。aliaは他の人と結婚して、今は子育て中だよ」

「ずっと傍にいてくれるのでは?」

「結婚と傍にいるのは同義じゃない。彼女は今でもDIVA Li VIVA所属で、看板歌手だ。それで十分だろう」

 

 そんなものか。

 まぁ、そうだ。純粋な友情、あるいは親愛というものは存在する。

 

「それより、君だ君。バーチャルシンガーより、普通に歌手になった方が良いんじゃないか? 君なら売れるぞ。私が保証する」

「いえ、結構です。バーチャルシンガーであるのには、理由があるので」

「さっき言ってた問いの事か?」

「それはHIBANaの話です。わたしは、現実のその先を見てみたい。相棒と約束しているんですよ。そこへ行く、って。そして──ライバルとも、対決中です」

 

 たまに、いる。バーチャルシンガーなんかをやるくらいなら、歌手になったらいいのに、という人。ましてやそれを、栄転などという人までいる。

 違うのだ。歌手になれなかったからバーチャルシンガーであるわけでもないし、バーチャルシンガーで成功したら歌手になりたいと思うわけでもない。アングラ寄りのサイトにいた所謂"歌い手"であれば話は違っただろうけれど、わたし達は、あくまで。

 バーチャルシンガーであるために、バーチャルシンガーをやっている。

 

「なるほど、ライバルか。良い響きだ。その子は、君くらい歌が上手いのか」

「ほぼ同等かと」

「ふむ。なるほど。aliaと同レベルが、二人もいるか」

「アナタが探していないだけで、歌の上手い人なんてそこらじゅうに沢山いますよ。わたしが一番である、というだけの話です」

「あぁ、aliaも言っていたよ。"ほかに目を向ける暇があるなら、私を見なさい。私が一番なのだから、私だけを見ていればすべてを見渡せるわ"ってね。はは、似ている。今度会わせてみたいくらいだ」

「今日帰ったら曲聞いてみますね」

「本当に知らなかったのか!? 名前だけは、というのは演技だとばかり……社内SNSに全曲送りつけるぞ!」

「いやそれは怖い」

 

 それは怖い。

 推し愛が強すぎる。離婚した理由ってまさかこれじゃないだろうね。

 

「そういえば、ヒアモリの塔ってどういう意味なんだ。ひめゆりの塔くらいしか知らんぞ」

「ヒモロギの意味でも調べてください」

「あぁ……そういう字か。なるほど」

「意外に知識量がある」

 

 意外なんて言っちゃあ失礼だろうけど。

 

「君の意思を確認せず、呼び出してしまってすまなかった」

「いきなりなんですか」

「いや、行き当たりばったり、当たって砕けろがモットーな私だがね、ああ、見えていたさ。送信されていたコメント。君はいくらかしがらみを抱えていて、悪意の的にあるようだ。企画をした当初は、それを知らなかった。君が配信を嫌った理由はそれか」

「……」

 

 さて、と。

 悩みどころだ。利益不利益を考えよう。このまま素直に違います、ボロを出すのが怖かっただけで、批判や悪意自体は好んでいます、というべきか。それとも、そうです、わたしはもう、嫌な思いをしたくはないので、というべきか。

 いや考えるまでもなかった。外聞もプラス。

 

「まぁ、そういう事です。そこまで気に病んだりはしませんけどね。それでも……わたしは、配信をするには厄介な人たちに目を付けられすぎている。生の声って、怖いですから」

「ああ、そうだろう。所属タレントを守るどころか、矢面に立たせてしまった。今回ばかりは本当に反省している。改めて、すまなかった」

「ありがとうございます」

 

 顔を上げてください、みたいな事は言わない。言わないけど、社長は勝手に上げた。

 笑顔。ん?

 

「だからこれからは動画でどうだ。ほれ、他のバーチャルクリエイトの連中も誘って、大雑談大会とか」

「倍の倍になってますね。嫌です」

「動画なら見たくないだろうコメントは消せるぞ! うちのチェック班は優秀だ!」

「あなた忙しいのでは? 加えて、なんですか雑談大会って。何をするんですか」

「雑談」

「でしょうね」

 

 そうじゃない。

 そういうことじゃない。

 

「HIBANaであんまり雑談したくないんですよ。ストーリー部分はMVで見せたいので」

「ふむ……なら、短時間のゲストとして呼ぶのはアリか?」

「……相方と要相談ですね」

「そうだ、その相方は来ないのか」

「創作関係の仕事ならともかく、雑談には来ないと思いますよ。VCでもチャット参加だと思います」

「引きこもりか?」

「yes」

 

 ナンデワカッタンダロウ。

 冗談はさておき、この人HANABiさんと相性悪そうだな、という感じがしている。価値観云々の話じゃなくて、かなり目にこの人面倒くさいのだ。HANABiさんも999Pさんも効率重視タイプだから、こういう人あんまり好きじゃないと思う。

 

「それを無理に引っ張り出すのは可哀想だな。よし、じゃあやはり私と今度珍しい肉を食べに行こう」

「何が"じゃあ"なのか」

「良いから食事を奢らせろ。怒るぞ」

「理不尽が過ぎる」

 

 まぁ。ただでご飯食べられるなら、それに越したことは無いか。

 食費が浮く。……いいのかわたし。そんな甘い考えで。相手社長だぞ。

 いいや。

 

「今からどうですか?」

「ノリ気だな。ちょいと早いが、夕飯を食べに行くか」

「よろしくお願いします」

 

 時刻は19時。

 HANABiさんに今日は夕飯いらない、という連絡をしつつ、わたしと社長は夜の街へと消えていった。

 

 

 〇

 

 

< 可憐ちゃん
.

 2018年8月11日(土) 

      
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雪ちゃんと喧嘩したって

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